これで私としては『汝、暗君を愛せよ』に時折でていたの転生前の僕ネタはもう出しきったと思っています。
1話では原作者である本条先生より、少なくとも不快ではない旨のお言葉を頂き、感謝のしきりです。
-とある財閥系デベロッパー女性キャリア社員の視線から-
社葬ということで焼香に訪れた取引のある、急死した造園会社社長の葬儀はしめやかにおこなわれていた。
香典は幸いなことに部長が出してくれた。
財閥系デベロッパーに勤めているとはいえ、給料は一般に思われているほどの額ではないし、財閥系デベロッパー勤めとして必要な出費も多いのでので、部長が式への参列を指示したあと、思い出したように香典はこちらで用意しておくと言ったときは助かったというのが正直な心境だった。
私は葬儀に社の立場として参列するのは初めてだが、領収書がでない香典の処理はどうするのだろうか?と場違いなことを思いつつ、焼香を手早くすませた。
なにせ後ろにはまだ沢山の参列者がいるし、そもそも私はこの社長に対する想いは何もないのだから。
作業のように手早く住ませるのは全く問題ないし、そうするべきだろう。
焼香をすませたあと、式場から出るときに回りを観察したが、来たときに感じたとおり、やはり社葬の割には幹部社員以外の社員の参列者は全くない様子だった。
私はこの会社で数少ない顔見知りである某支店長がちょうど席を立ったのをみつけると、彼の元に近づいていき、雑談のふりをした情報収集をした。
しかしこれといった追加情報はなかった。
この支店長の下にいる連絡係のような下っ端社員の電話で、社長の死を聞いたときに教えられたのと全く同じ、酒に酔った上での自宅マンションベランダからの転落による事故死という、連絡係君が電話で話した内容を繰り返し聞かされただけだった。
部長や課長からは『会社にある問題を原因とする自殺の可能性もある。もしそうならば我が社が迷惑を被る恐れもあるので、失礼にならない範囲で可能な限り状況を聴き取るように』と指示を受けていたが、新しい情報を入手することはできなかった。
まぁこの会社に接近する前に事前に独自に入手した財務状況をみる限り、未上場親族経営の中小企業にありがちな粉飾決済等の企業不正はおこなわれていないようだし、会社の規模に合わない役員報酬や株主報酬で会社を傾けかけているということも確認できなかったので、部長達の考えすぎだと思っていたが、どうやらその通りだったようだ。
もっとも不正をしているのを馬鹿正直に取引先に話す愚か者は中々存在しないだろうけどね。
徒歩で頂いた香典返しを持って式場最寄り駅まで移動し、ここなら知り合いに会うこともないだろうと、普段は見栄を張っていかないようにしている、1軒の騒がしいチェーン系の大衆居酒屋に入った。
実はこういった騒がしい大衆系居酒屋が雰囲気、料理共に大好きなのだが、普段は、くだらないと感じつつも縋っている財閥系デベロッパー女性キャリアという面子が邪魔をして、知り合いに見つかったらと考えると我慢しているが、今日はかまわないだろう。
それにこれは精進落としだ。
あと故人の冥福を独り静かに祈るため儀式だ。
すぐに普段なら飲むのを我慢している、安っぽいカクテル擬きと料理が2品やってきた。
これこれ、これよこれ。
私はカクテル擬きをほぼ一気飲みし、料理をつまみながらタブレットで追加のお酒を注文する。
今度は梅酒ロックにしよう。
追加の梅酒ロックはすぐにやってきて、空いたグラスは下げられた。
私は梅酒ロックを、今度はゆっくりと飲みながらぼんやりと思い出していた。
この造園会社に我が社が縁を持ったのは、私が造園部分のみを担当している、我が社が千葉県内で初めてオープンさせる大規模ショッピングモール開発の際に、所在地でいる自治体・・・某市と県の担当者との、実務会議が終わった後の『雑談』で、この会社のことをさりげなく、本当にさりげなく何度か口にしたのだ。
これはつまり『市と県として勧めているわけではないが、こんな造園会社もありますよ~』という程での『指名受注希望』だ。
正確にいうと全然違うが、私達民間企業はそう解釈する。
もちろん公式に勧められたものではないし、そもそも公式に勧めた場合、彼らのクビがどうなるか楽しいことになる可能性が高い案件だが、会議が終わった後の『私の大学時代の同窓が・・・いや彼は既に亡くなっているのですが、造園会社をやっていましてね。今は息子さんが継いでいるのですが県内でかなり手広く、そして堅実に経営をしていましてね』や『ああ、あそこですか!うちの市でも何カ所かの公園の植栽・管理を委託していますが、手を抜かずにしっかりとやってくれる良いところですね』や『私の家を建てるとき、××市に建てたんですが、土地が安いので張り切って敷地を広く取って、庭を広くしたんですよ。で、その会社に庭の設計お願いしたら、もう良い庭にしてくれましてね。今でも年2回の手入れをお願いしています』という『雑談』だから、全く問題ない。
私達も『そうなんですか』や『そんなに立派な庭なんですね!』等、『正しい回答』のみに終始する。
しかしこれは許認可権を持っている自治体からの『指名受注希望』だ。
最低でも『お声がけ』はしないといけない。
お声がけした後に決裂するのは致し方ないし、お勧めした方達も表面上はそう思ってくれる。
だけどもし我が社がその会社に一切声をかけずに他社・・・愚かなことに県外の会社と管理契約を結んだ場合どうなると思う?
市や県が建設に関する嫌がらせをする?
そんなことをするわけがない。
そもそも嫌がらせなんて今の時代出来るはずもない。
書類の書式が整っていれば淡々と処理されていくだけ。
断ったら嫌がらせをしてくるなんて思う人は小説の読み過ぎか陰謀論者だろう。
ただ彼らが書類にちょっとしたミスをみつけたとしよう。
電話で相互で確認し、その部分だけを修正すればいい程度のミスだとしよう。
その程度のミスでも書類全体の再提出・・・つまり面倒この上ない書類の再制作が要求される。
しかしこれは本来あるべき正しい手順なので誰も文句は言えない。
工事現場の視察中にでちょっとしたことがあったとしよう。
記録は取られるものの、その場で口頭注意とこちら側の是正受け入れですむ程度のちょっとしたことがあったとしよう。
その程度のことでも工事の一時的中止と自治体側担当者立ち会いの下での状況確認と書類による報告を要求される。
しかしこれも本来あるべき正しい手順なので誰も文句は言えない。
後は・・・ご近所から建設工事中の騒音に関する苦情が入ったとしよう・・・うん、考えるだけでお酒がまずくなる。
もうやめよう。
とりあえずこの様なことがもしかしたら起きるかもしれない程度だ。
他にもそれとなく勧めてくるところがあった。
ショッピングモール建設予定地入手で下請け・・・ではなく、『協力』してもらった地元不動産会社の社長だ。
私もデベロッパー企業に勤めているのであまりいえないのだが、不動産会社のある程度以上の役職のものはみんな派手。
そしてうるさい。
偏見かもしれないが、私がこれまであってきた不動産関係者はみんなこんな感じだった。
そしてこの造園会社を勧めてきた地元不動産会社社長もそんな偏見が具現化したような、派手でうるさい人だった。
そんな彼が『いやー私は今の不動産会社を経営していた義父さんのところに婿入りしてそれを継いでいるんですが、実家が造園会社をやっていましてね。そっちは兄が、もう亡くなったのですが兄が継いでいたんですよ。そうそう!!兄弟揃って土地を相手に飯食っていたんですよ!で、兄が亡くなった後は兄の息子、甥っ子が継いでいるんですが、中々これが上手くやっていましてね。ああ、上手いといっても狡賢いというわけではなく、造園会社として堅実にやっているという意味でしてね。ご存じですかね?何年か前、今話題のモデル由理・レスパンがデビューしたての頃に千葉県ローカル枠ですがテレビCMをうちましてね。その会社なんですよ!』
うん、そのCM知ってる。
ハーフらしい美しさを持った由理君のテレビデビュー作として語られているCM。
今でも由理君がでる、芸能人ネタばらし系TV番組で必ず放送される奴だ。
キャッチフレーズは『世界を変える。木々と暮らす世界へと』だったけな?
正直、由理君しか見ていないから由理君以外の内容はよく覚えていない。
ただそのCMが番組内で流される度に恥ずかしそうに身もだえする由理君、たまんない。
そしてCMの中でマグカップを手にもって、ラフな白シャツとジーンズ姿の上、裸足で芝生を歩く由理君マジ天使。癒やし。
・・・マジ天使な由理君は一旦置いておくとしよう。
調べてみると、その不動産会社社長と地元自治体の皆様が勧めていた会社は同じ会社だとわかった。
地元自治体にお勤めの方達が個人的会話で話題にあげるほど褒め、現時点では信用できると判断している地元不動産会社の関係箇所であり、マジ天使な由理君の若かりし頃を動画で保管するという偉業を成し遂げた会社。
私情は一切ないが、とりあえず接触する価値はありそうだと私は判断した。
繰り返すが私情は一切ない。
あわよくば由理君とお近づきになれるかもしれない、もしかしたら社内限定由理君グッツをその会社が作っていて、それを頂けるかもしれないなんて一切考えていない。
私情は一切ない。
私は念のためのその会社の財務状況等を調べられる範囲で調べて問題ないことを確認したあと、淡々と勧められた状況をそのままに部長課長に報告し、ショッピングモールの植栽管理者の入札公募をする前に、仁義としてその会社に接触し、当方との条件が合えば管理委託契約するのはどうかと提案した。
提案はその場で受け入れられ、引き続き私が担当することとなった。
ただし全てが私の責任で。
部長課長は一切責任を取らない形で。
まずはじめはウェブサイドでその会社のことを調べ、建設中のショッピングモールがある地域を営業圏としている支店に連絡をこちらから取った。
こちらからのアポイトメントの電話を最初にとったのが連絡係君だった。
最初は悪戯電話かと思われているような対応だったが、すぐに支店長が電話に替わってくれ、とにかくまず会いましょうという事で話が纏まった。
地方の中小企業の割には対応がしっかりとしているし早かった。
立場的には本来ならば向こうをこちらに呼ぶべきだが、地元自治体がそれとなく推す会社相手だ。
こちらが相手側の支社に出向くことで彼らに対する仁義を示すことにした。
決して相手側社内に由理君グッズがあるかどうかを確認するためではない。
私情は一切ない。
相手側の支店を訪れた私はすぐに応接室に案内された。
ちなみに支店建物に入ってすぐの掲示板に、少し色あせているが由理君のポスターが貼ってあった。
レイアウトからあのCM関係のポスターだと察しがついた。
残念ながら確認できた由理君グッズはそれだけだったが、由理君マジ天使。
応接室に案内された後はお互いに名刺を交換をし、ちょっとした雑談
『バラエティー番組で流れていた懐かしのCMで御社様のことを知りまして。あんな素敵なCMをお作りになる地元企業さんならば密着したしっかりとした管理をしてくれるのではないかと思いまして今回ご連絡をさせて頂きました』『何年もたっているというのにあのCMで弊社のことを・・・。有り難いです。あれは社長の肝いりで作った最初で最後の弊社のTVCMでして』等をした後、すぐに仕事の話しに入る。
持ってきた図面をテーブルの上に広げ、こちら側の要望を淡々と説明する。
正直にいうのならば支店長は手強い相手だった。
中小企業と舐めてかかっていたことは否定しない。
実は初めて新設ショッピングモール(の一部)の担当責任者に任命されて、内心はおっかなびっくりではあるものの、それを悟られないためにもはったりで、こっちは財閥系デベロッパーだぞ!ひれ伏せ!この値段でやれ!という態度を少しも隠さずに出していたのに、私のお父さんほどの年齢だとおもう支店長は手強い相手だった。
媚びを売らず、とはいえ怒りをみせる様子もなく、淡々と話を進めていく。
この日は見積もりを取らさせて頂きますという話しだけで終わった。
1週間後、今度はあちら側が東京駅近くのこちらのオフィスにやって来ての商談となった。
見積もりを持ってやってきた相手にホームの有利を盾に押し切って契約書に判子を押させようとしたが、話しはまとまらなかった。
しかし決裂でもなかった。
支店長、タフすぎ。
さらに1週間後、現地視察ということでショッピングモール建設予定地での視察となった。
この時初めて、今回亡くなった相手方の社長がやってきた。
はっきり言おう。
覇気が全くない、存在感がない、社長と紹介されなければ支店長のおつきかと思うような男だった。
しかし彼が若かりし頃の由理君を見いだし、その動く姿をCMという形で遺した偉人である。
だが私情を挟む気は一切ない。
現場視察から2週間ほどたって、相手側がこちらのオフィスにやってきた。
向こう側の参加者は担当者である支店長、おつきの連絡係君、偉人である社長。
そしてスーツは着ているものの、日にとても焼けている初めて見るおじいちゃんがやってきた。
そのおじいちゃんは相手側会社の専務だと紹介された。
こちら側の出席者は私、私につけられている唯一の部下、課長、そして忙しいはずの部長だった。
所詮は造園関係のみだし、私と部下の2人でもいいぐらいだ。
後で聞いた話だと、課長はたまたま空いていただけだったが、部長は相手の社長と大学が同卒だと知り、無理をして参加したとのことだった
全くあの大学は・・・。
どこでも2人いればすぐに同窓会を造るし。
その内たった1人でも同窓会をつくるんじゃないかしら?
それは兎も角として、その時の商談は異常なものとなった。
こちら側の造園設計を完全に無視して、相手側が頼んでもいない造園設計をもってやってきたのだ。
極論までいうと私達は植木屋が欲しいのであって、庭園師が欲しいわけ気ではない。
しかし向こうは自分達が造った造園設計図を広げ、淡々とおじいちゃんが、専務が説明をする。
『千葉県に初めて進出されるとのこと。ならば県の心証をよくするためにこの部分の植栽を千葉の県木である犬槇にするのは如何でしょうか?こちらには市の木である××を・・・』
『正面ゲートの右半分は千葉の花である菜の花を、反対側には建設地の市の花である○○を。それぞれ開花時期がずれていますので、開花時の美しさは維持されます。ただ植生に合わせて植え込み部分の設計をこの様に少々変更するのは如何でしょうか?』
『こちらの植え込み部分ですが、すぐ脇に店舗内冷却用の大型室外機が多数設置されていて、夏は熱風が、冬は冷風が植栽の方に流れてきます。指定されています植木は暑さに弱く、どんなに注意して水やりをしてもすぐに枯れてしまい、見た目が悪くなるかと・・・。なので植え込みの位置をこの様に変更して・・・』
等々、頼んでもいないことを、図面と支店長と連絡係君が時折私達に手渡してくるかなりよくできている想像図を前に静かに淡々と喋り続けるが・・・悪くない。
部長、課長も『地元自治体の心証をよくする為』という説明を最初に持ってきたためか、後の方で色々といわれたこちら側の設計の欠陥に関する事は気にしていない様子だった。
後で聞くと、このおじいちゃん専務はずっと現場で働いている、今でも現場に出ているベテラン植木職人でもあるそうだ。
ただ内容が内容なので、この日はお帰り頂いた。
ちなみに偉人である社長は、最初と最後の挨拶以外一言も喋らなかった。
2週間後、今度はこちらが出向いての商談となった。
要約すると『私達は財閥系デベロッパーである。契約を結んでもいない、地方中小企業が勝手に制作した案など一切受け入れられない』ということを最初にいう。
それを聞いた支店長と社長、連絡係君は黙って頭を下げる。
それをみて溜飲を下げた後、新しく制作した造園関係図面をだし、商談を始める。
ちなみに新しい図面は2週間ほど前にとある地方中小造園会社が勝手に制作した図面と内容がとても似ているが偶然です。
この日ようやく基本合意がなり、仮契約がなされた。
そしてその後数回にわたり、いかに価格を抑えたい私達と、いかいに価格を少しでも上げたい向こう側との激しい戦いが繰り広げられたが、仮契約以後は常に商談に参加していた偉人である社長は、最初の最後の挨拶以外殆ど喋らなかった。
時折、高そうな腕時計をちらっと見たりしているだけでずっと置物といえる状況だった。
私はその様子を見て『文字通りの置物だ』と思っていたし、唯一の部下はあからさまに軽蔑する態度を示していたが、私はそれを窘める気にはなれなかった。
なぜならば私達は財閥系デベロッパーだからだ。
格が違う格が。
しかし数度の商談の後、こちらとしては百点満点な金額ではなかったが、なんと双方の着地点に到達し、正式な契約書に判子を押す際、置物社長は
『では私の責任を持って当契約を締結させて頂きます』
といって契約書に判子を押した。
向こうが用意してくれた帰りのタクシーの中で部下は言った『あの社長、単なる判子係でしたね。いる意味あるんですかね?』と。
私はそれを聞いてため息をつきたくなった。
ねぇ、うちの課長や部長が『私が責任をとるからやってくれ』って言ってくれたことが一度でもある?
ちなみに由理君グッズを手に入れることはできなかった。
そして由理君との縁も既に切れていることもわかった。
残念。
そんな社長が亡くなった。
まだ契約期間はあるし、そもそも相手側の仕事は丁寧で現場からの評判もよい。
評価の高さから、社内他部署であるマンション関係部署もその会社とマンション敷地内の植生管理契約を締結したとのことだった。
金額に関してはバチバチにやり合ったそうだが。
なのですぐにどうこうなるはずがないとわかるのだが、あの社長がいなくなった事に関してどうも不安を感じる。
念のために今のうちに他の造園会社に目星をつけておいた方が良いかもしれない。
まともに喋ったことは一度もないといっていいにもかかわらず、私はあの社長があの会社で重きをなしていたと感じている。
その社長がいなくなった後どうなるか不安を感じているほどに。
私はその不安があたらないように、面倒なことにならないようにと祈る気持ちを込めるようにグラスに残っていた氷が既に溶けきっていた梅酒ロックを一気に飲み干した。