ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか 作:アロンソ卿
「……もう一度報告してもらってもいい?」
「はい。昨日の探索では10階層に到達。オークを2匹撃破したのち、他冒険者のキラーアントを使用した妨害を受けたものの、これを撃破。探索を切り上げ、帰還しました。パーティメンバーが疲労していたこともあり、報告が遅れました」
ギルドの一室でエイナに報告するベルの姿は堂々立派なものだった。しかしまあそれは、とんでもない報告の開き直りみたいなものが多分に含まれていただろう。もしくはせめて報告だけでも堂々としようという心がけなのかもしれない。
惜しむらくは、その姿が誰にも見られなかったことだろう。話が話だから、個室でするしかなかったのだ。
「はあ、わかりました。それで妨害してきたっていうその冒険者はどこのファミリアかわかる?」
「いえ、正確には分かりません」
「なるほど……了解。それじゃまた妨害されたり、もしくはそのファミリアがわかったら連絡をすること。ギルドで対応できるかもしれないから」
「はい、分かりました。ありがとうございました」
ベルは立ち上がって、それこそ見惚れてしまうくらい奇麗なお辞儀をした。なんだかんだベルはいつもエイナに世話になっていた。彼を拾ってくれた神様は別として、一番感謝している人物だった。
報告を終えた2人は元の広間に戻った。広場では今日もギルドの人が忙しなく働き、冒険者もまた行き交っている。俺はその中に見知った冒険者を見つけた。アイズ・ヴァレンシュタイン氏だ。これから冒険に行くのだろうか、しかしそれにしてはずっと待ちぼうけを受けているように退屈そうにしているなと思っていると、こちらを見つけた彼女が歩み寄ってきた。
一体何があったのだろうか、そう思っているうちに彼女から話しかけてきた。
「10階層に到達したんだね、おめでとう」
「ああ……ありがとうございます」
一体どうして知っているのだろう。エイナさんとのここでの会話を聞かれていたのか。ところで本当に何の用だろう。
「……どうして君はそんなに強いの? その理由が知りたい」
「……いや、ヴァレンシュタインさんの方がよっぽど強いと思うんですけど……」
予期していなかった方向の話の流れに、取りくつろいなど消し飛ぶ。これが天然というやつか、もしくはこの齢であのLv.に到達しているが故に他のことを知らないだけか、何にせよ恐ろしい性格である。
「それはただステイタスの話。それにこんな短期間で10階層に到達できる方が、よっぽど強いよ」
言葉の節々から頑固さが見え隠れ……いや、隠れてはないか。何にせよ、このままでは納得も何もしないな。とりあえず戦ってみるか?
〇〇〇〇〇〇
オラリオ外郭を形成する市壁の上。俺はアイズ・ヴァレンシュタイン氏に連れられるまま、ここに来てしまった。彼女の頑固さに立ち向かうために労力を割くよりは、こっちの方が手っ取り早く収穫もある。
果たしてステイタスの差による戦闘能力の差はいかほどか。あるいは、俺のスキルがどこまで効果を発揮するのかも、確かめられるかもしれない。
「準備は、大丈夫?」
「ええと、その前に少し話だけいいですか」
「いいよ、なに」
さてこういう形で誰かと戦うのは久しぶりである。さて、俺自身もよく知らない、ヴァレンシュタイン氏が知りたいという強さの理由をどのように教えるかだが、これは戦うことで何とかなるだろう。しかしその場合は俺が指導するという形になる。ならばヴァレンシュタイン氏をパーティメンバーとして扱ったほうがやりやすい。
それに、そんな強い人をメンバーにするのはこれが初めてではなかった。さて、気合を入れるか。
「俺が指導するという形式で戦闘訓練を行う。訓練時間、30分戦闘の30分休止を区切り。その間、俺が指導するという立場からヴァレンシュタイン氏は俺をリーダーとするパーティに形式上加入すること。いいか」
「うん、それでいい。それと名前はアイズでいいよ」
「了解。では現時刻0900をもって訓練開始。いいぞ、かかってこい」
なんて不遜な態度。それは決してLv.1の冒険者がアイズにとっていい態度ではなかった。しかし形式上だけでもリーダーになった以上、やるしかない。
「それでいいの? なにも構えてないけど」
「いい」
俺は腕をだらんと垂らした、ごく自然体に突っ立っているだけだ。
「……わかった。それじゃ行くよ」
同時にアイズの体がぶれる。右足を軸足にして1回転、左足が伸びてくる。ああ、これがステイタスの効果、反射で何とか対処できるかどうかの速度だ。起き上がりの動作を見ても反応で動けない。それでも、俺は動かなきゃならないんだ。
俺は頬を擦りながらも軸足に蹴りを入れる。びっくりしたようにアイズが鞘を横一線に振るってくるも、これも何とか服を割かれながらも躱し、その回転に合わせてナイフを突き出す。
『狙え』
そんなのは簡単に引かれてしまうも、一歩踏み込み、さらに身体を捻って半身を突き出す。ここまでしてようやくアイズは俺の右手を蹴り上げる形で動きを止めた。ここで拘束する。
『撃て』
倒せないまでも、さしもの剣姫といえど動けないだろうと思う。しかし本来の力を発揮したアイズはその弾幕から抜け出した。
んなバカな。MGクラスの弾幕だぞ、頭を僅かに出すことだって躊躇われる速さなんだぞ。これがステイタスか。
射撃のためにアイズを見失う。瞬間、これまでの経験則だろうか、身体が縮んだように屈んだ。直後、頭上を鞘が走る。跳び退きざまに振り向いて射撃するも、もはや捉えられない。
さて、どうやってこの人に強さみたいなのを指導すればいいのか。そもそも少し戦ってみた限り、どうやってその齢でここまで磨いたのか、そこまで戦闘技能に差があるわけでもなく、ステイタスでは圧倒されている。一体なにをもって……。
「……一旦やめよう」
どうすればいいか考えようとしたところで、アイズは剣を下ろして足を止めた。
「確かに冒険者になって1月にしては驚くほど強い。まだそんなに戦ってないけど、戦闘技術も高いってわかる」
「けれど私が知りたい強さはそういうのじゃない……気がする」
何とも的を得ない話だが、強さに異様な執着心があることだけは分かった。強くなりたいのだろう、しかしどうしたものか、なり方というのはあまりよく分からない。
まあ何故か指導する立場になってしまった? し、何とか戦いになるために形式上のパーティメンバーにしてしまった? し、まずは現況把握から始めるか。
「ところで、どうして俺を強いと思ったんだ」
「……初めは私が仕留め損ねたミノタウロスと戦ってたときかな。装備は明らかに冒険者になったばかりなのに、ミノタウロスと戦えてたから。それにたぶんあのまま戦っていても君は勝ったと思ってるから。次はベートにも臆していなかったから。それに、1人でずっとダンジョンに潜っていたときにも強いと思った」
ああそういえば、あの3夜4日の迷宮探索のときアイズに見守られていたように思っていたが、やっぱりそうだったのか。さてそれで依然俺を強いと思った理由ははっきりしない。だってアイズが列挙したそれらは、それらくらいしかアイズと関わりを持っていないのだから、比較検討のしようがない。
だが共通点があることにはある。それは、まとめれば心の強さだろうか。2つ目までは明らかな格上との対峙であり、3つ目は弱さを見せず平然を装うにはそこそこのキツさがあった。今回のアイズとの戦闘では、戦闘中であるが故に、そういった部分が分からなかったというのも考えられる。
しかしそういう強さは、冒険者になったときから年齢という制限を取り払うとともに、自分のものにするものではないのだろうか。冒険者というのは、以前の自分よりその傾向がより強いように思うのだが、ここでは冒険者がありふれているため、そんなことも薄まっているのだろうか。
まあ俺としてもベートさんに言われるまでは魂の奥底に眠らせていた部分もあるわけだが。
「なるほど、それでどうしてアイズはそんなに強くなりたいんだ」
ここがキモだ。それが分からない限りはどうしようもない。アイズは、
理由……と呟くと、こちらを見据えて口を開いた。
「……モンスターを倒すため」
同時、ズズズと黒い靄のようなものがほんの僅かその白い四肢を覆うように立ち込める。金の瞳が黒く染まる。そんな、幻覚を見た。それは、かつて何度も感じてきたものが可視化されたようだった。
「──気をつけッ!!!!」
有無を言わさない号令が放たれた。恩恵の後押しを受けたそれは、もはや市壁という無機物すらも、そうさせるようなものだった。2人の様子を盗み見ていた神ですらも、その身を引き締めさせただろう。
アイズがハッとして俺を見る。そして黒いものが引っ込んだ、ように見えた。復讐心、憎悪、周囲で渦巻いていた懐かしい感情だ。しかしそれは我々の行動を誤らせる。勇気を付ける以上は不要な感情であり、コントロールしなければ己を破滅させる。
その点でいえばアイズは危うかった。ベルに指導の必要性を感じさせ、そしてステイタスでいえば遥かに格上であるアイズをそれだけで怯ませるほどの眼光を持たせるほどに。
ただおかげでアイズの知りたい強さというものが何となく分かったような気がする。ただこれを言語化するのは、なかなか難しく実行するには厳しいものがあった。しかし俺でもできたのだ、アイズの精神に素養があれば、あるいはすぐにでもできるだろう。
「よし。その感情は何とかするとして、俺の中でも解答が固まりつつある。ところで今の俺は強く見えたか」
「……うん。それこそ、うちの団長みたいに」
まさかあのフィン・ディムナと比べられるとは。まあそれはそれとして、アイズが俺に見た強さというのは理解できた。しかし俺のそれはスキルにもある通り、全くの虚像である。それが実像のように見えたのならば、種明かしとともに虚像の強さを作り上げてもらうしかない。
「分かった。ならアイズの問いに回答するが、たぶん思っているのとは違う。それでもいいか」
「うん、大丈夫」
さて、この虚像をどうやって説明したものか。
「よし、なら回答する。さっき俺が強く見えたのならば、それはただそう見せる必要があったからだ。倒さなければならないモンスターがいるなら、自分はそれを倒せなければならない。アイズ・ヴァレンシュタインに戦闘指導しなければならないのなら、それができるだけの動作をしなければならない。それができる者はどんな格好でどんな動作をするか、その通りにできなければならない。自分がどんなに弱くても、やるしかないならやるしかない」
そんなことできるはずがないという彼女の脳に浮かんだ当然で堅固な理論は、しかし目の前でこなしたベルを前に脆く崩れる。
「これは俺も忘れていたことだが、俺たち冒険者はそんな力を持っている。冒険者は世界を相手に冒険をする。そこに年齢やステイタスは関係ない。従って、冒険者になった時点で、冒険者は世界に挑む力と勇気とを自分のものにする」
アイズはベルの眼にあまりにも曇りのない真っ直ぐな想いを見た。まるで何百年も堆積した地層のような経験値を見た。決して崩れるようには見えない強い想いは、本当に世界が敵になったとしても戦って勝利するだろうという、そんなあり得もしないことを信じさせてしまうほどだった。
だから、とベルは続ける。だから強いのだ、と。理想と今とが遠くかけ離れているとか、そんなことは関係ない。確かにそれは求めていた回答とは違ったが、弱い自分が嫌いで憎むより、すでに強いのだと思う方が遥かに気が楽になるだろうとの予感があった。
〇〇〇〇〇〇
「どうかしらオッタル、彼は」
バベルの最上階。いつもとほとんど変わらず、女神フレイヤはオッタルとともにベルを眺めていた。いつもとの違いといえば、フレイヤは居を正し、またオッタルも体を真っ直ぐに屹立させていることくらいだろう。
ベルの必要に迫られたそこそこの号令は、その気になれば恩恵無しで500人も1000人もそうさせるだろう号令は、神とLv.7といえどその強制力から完全に逃れることはできなかった。
「何とも不思議な男です。自分もより興味が湧き、彼を試したくなりました」
一言二言、ようやく2人は強制から放たれ、その佇まいを戻した。
「そうでしょう。ああ……オッタルにも彼の魂を見せてあげたいわ。彼のいう言葉が嘘偽りなく、本当にそうあろうとしている様を」
「しかしできるかどうかは別です」
「ふふふ。そうね、『面白いものが見れそう』なんて呼び止めてしまって悪かったわ。もう行っていいわよ」
「いえ、実際に良いものが見れました。失礼します」
オッタルは興奮を僅かに抑えることができなかった事を恥じながらも、ダンジョンに向かう。用意する相手はミノタウロス。Lv.2相当のモンスターとはいえ、そのままで彼の相手をさせるのは荷が重いと感じていた。
「さて、私は私でどんな冒険を用意しようかしら」
妖艶で嗜虐的な微笑が、小さく部屋を舞った。
〇〇〇〇〇〇
さてベルの指導が役に立ったかは定かでないが、翌々日、アイズ・ヴァレンシュタインのLv.6到達が報じられた。
いつか帝都物語の加藤保憲が出てくるやつを書くんだ