ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか 作:アロンソ卿
白い四肢が、金の長髪が、揺れる。次の瞬間、アイズは目の前から忽然と消えた。驚いている時間的余裕すら存在せず、直前の構えや体の動き出しからここだろうと当たりをつけ、回避行動に移る。
直後、その部分に鞘が走る。僅か服に引っかかってその部分が破れた。それは有るか無しかギリギリの隙ではあった。手があるだろう位置に思い切り棒を叩きつける。
「……ッ!」
手応えを感じた俺は続いて体があるだろう場所に蹴りを入れる。まだアイズの姿を正確に捉えられてはいなかった。
その蹴り足が空を切る。俺は直後に発生する激痛の予感をすでに捩じ伏せながら、軸足で飛んだ。
『狙え』
案の定、脚に鞘が叩き込まれる。走る電気信号を奥歯で噛み止め、体を捻りながらようやく見えたアイズに狙いを定めつつ、叩かれた反動で上がった軸足で蹴り落とす。
『撃て』
足は空振りするも、体を引いて避けたために弾丸は命中する。そのままさらに緊迫してナイフを突き出した。しかし突き出すその瞬間、一瞬だけ射線がブレたその瞬間にアイズは膠着から脱出して蹴ってきた。
その脚にナイフを突き立てる時間もなく、俺はそのまま蹴り飛ばされた。そのまま市壁の上を転がるも、込み上げる胃酸を飲み込んで平然と立ち上がる。
ほとんど同時に、またもアイズの姿が視界の焦点から一瞬だけ消える。距離が離れているから姿は捉えられるものの、棒を持ち上げて鞘による斬撃を防ぐことくらいしかできず、鍔迫り合いにすら持ち込めずに押し飛ばされた。
『狙え、撃て』
空中で着剣し着地、そのまま膝に力を入れず倒れる力を利用して、今度はこちらから仕掛ける。出力できる最大速度ではなく、超えてアイズに届く速度で射撃とともに迫った。
「ヤーッ!」
だがその突きすら鞘で去なされ、体が滑ると同時に蹴り出した脚はアイズの蹴りとかちあい、威力負けして飛ばされた。
蹴り足がジンジン痛むが、しかし戦闘時間の区切りがきた。
「よしここまで。30分休止」
全身痛いが、さて指導する立場として膝を折るわけにも行かない。すると当然ながらまだまだ余裕なアイズが歩み寄ってきた。
「どうだ、なにか掴めたか」
「……ううん、難しい。どうして君が弱い自分を見ないのか、まだわからない」
Lv.6に上がってから数日後であるも、今まで引き摺っているらしい。階層主との戦闘に勝利したとはいえ、何かあったのだろう。弱い自分というのが許せないという。と言ってもなあ……。
「俺は常にこうあるべき自分が頭にあるからだろう。それに指導する立場としてそんな姿を見せられるわけもないというのは大きいな」
思考は人それぞれだ。今でこそ、俺もそう思えているかもしれないだけで、昔は弱い自分を嘆いていた、ような気がする。それが変わったのは、実際に部下を持ったときだろうか。ならば──
「アイズも、誰かを率いてダンジョンに潜ってみたらどうだ。リーダーとしての責務を果たしていれば、弱い自分を見る余裕なんてのもなくなり、終いにはそれが普通になる。フィン・ディムナ氏に聞けば、別の視点からの回答も得られるだろう」
ただ、それをこの場で実践することは難しい。俺がメンバーとなって一緒にダンジョンに潜るというのは、違いすぎる実力以上に違うファミリアであるというのが枷になってできない。
アイズもそれを分かったようで、機会があったらしてみると言った。しかしアイズがリーダーか、本人の気質もあるだろうが、なかなか不安だなぁ。
そんな事を考えていると、じゃあもう一つとアイズが質問をしてきた。
「どうして君は構えをとらないの」
「……構えをとってないわけじゃないんだが、まあ理由は色々ある。重心が下方にあるから動きやすくて安定感がある。それに我の企図を秘匿できる。さっきアイズの攻撃を避けることができたのは、逆に、アイズが構えていたからというのが大きいな。あとは柔軟性を保持できるからか」
例えばバドミントン。この世界にあるのか分からないが、基本的にあの競技は返球したあと中央に戻る。それは特定の場所に強い対応という利を捨てる代わりに、どこに飛んできても対応しやすいという利を拾っている。さて構えの中央はどこという話だが、俺は無構えだと思っているだけだ。
ああ、そうだ最も重要なことがあった。まあこれは考えてもらおう。
「じゃあ構えをとる……ってのも変だが、まあ最後の一つは考えてみろ」
そう言いながらも俺は微動だにしない、だってもう構えているから。だが傍目の変化を起こさないためにアイズは首を傾げる。
「それは構えてるの」
「ああ、なんたって無構えだからな」
それからやや真剣に考え込むアイズ。しばらくして、分かったと言った。
「それはただの構えっていうだけじゃない。たぶん、戦いにおけるマインドセットそのものに意味がある」
さすが剣姫だと素直に感心する。そのLv.に見合うだけの戦闘経験値を積んでいることはあった。
「そうだ。戦闘用に構えをとるのではなく、普通の姿勢を構えとすることで常在戦場を体現する。俺もまだまだだが、やってみるか?」
「……分かるけど、納得は──」
口でそう言いながら、しかしアイズの体に力が入る。鞘を持つ腕、脚が力を溜めるためにほんの少し動く。ここで仕掛けてくるらしい、無構えがどんなものか、もう一度剣を交わして確かめようというのか。
だが今なら、元から動ける体勢にある俺の方が動き出しが早い。アイズが動き出す前に地面を蹴って駆け出す。ほとんど同時、僅かに遅れてアイズも動いた。2人の距離が狭かったために、すぐ棒と鞘がかち合って、ズレた鞘が俺の肩を掠めた。余ったナイフがそのまま脇腹で止まる。
「明確な企図のないまま攻撃するな」
「そうだね……あと疑ってごめんね」
そのまま弾かれるように跳び退く。
「ああ。それでこれからどうする。まだ続けるか」
「うん。君と戦っていたら、何か掴めるものがあるかもしれないから」
そうして再び構えるアイズ。もうすでに休憩とかいう考えは頭にないらしい。俺の体のことも少し考えてほしいが、さてそんな事を言うわけもなく、また俺が大丈夫に見えているなら、それはそれでいい。そういうことも伝えていくか。
そうして月がしっかり登るころ、ようやくその特訓は終わった。
「ロキ・ファミリアは明日から遠征だったな。その中でリーダーをやってみるのも一つだろう。安全には気をつけるように」
「うん。これまで付き合ってくれてありがとう。それじゃ君も頑張ってね」
そうして別れる。明日もまたダンジョン探索だ。果たしてリリは見つかるだろうかと、俺はもう一つの悩みの種であるリリのことを考えていた。
〇〇〇〇〇〇
翌日、まだ昨日の戦闘訓練の痛みが少しばかり残る体を動かして、いつもの時間にいつものリリとの集合場所に向かう。しかしここ数日はリリの姿を見ていない。以前のことがあるため、果たしてもう一度ともに冒険をしてくれるのだろうか、それが一番の懸念事項だった。
(あれか?)
いつもはリリっぽいサポーターの姿すら見つけられないでいた。そのなかで今日は、行き交う冒険者たちのなか、小さな体で不相応なラックサックを背負うという著名なサポーターがいた。しかしそれは獣人で、小人族ではない。だが小人族ではないというだけで、リリのようではあった。
顔以外で人を判断し続けてきたのだ、その経験が、ぽつんと1人あのときのように座る獣人の女の子から意識をそらさせない。
「……」
無言で目の前を通り過ぎる。確かにその視線は不自然なほど俺の後ろ姿を追ってきた。この街で俺を知っている者はそう多くない。サポーターに限れば、それはリリくらいなものだ。だとすればどうやったのか、あるいは魔法か、特殊メイクみたいなものがここにもあるのだろうか。
確かめるか。俺は一度視線を切って、背後からそっと忍び寄る。そのまま考え事に耽って無防備な背中に声をかけた。
「リリ」
「ッ! ……人違いではありませんか? 私はリリなどという……」
かわいそうなくらいに跳ねる背中と、いじらしくも誤魔化そうとする姿に浮かび上がる笑みを噛み殺す。目の前の獣人は明らかにリリだった。極度の動揺、会話の抑揚の付け方や言葉のイントネーション、言い回しなど、一言でリリだと分かる。
「変装よし。しかし次の点で指導事項2点。1点目、動揺をしないこと。2点目、常に話し方を意識すること。どちらも不意に話しかけられたときに露呈する弱点だ。その点に着意すること。よし、冒険に行くぞ」
「……はい」
リリの返事を聞いて歩き始める。自分から見つからないようにしてはいたのだろうが、見つかったので観念したらしく、リリは素直に後ろを着いてきた。
あまり事情を詮索しない方がいいだろう。あるのは、今俺に着いてきている、そしてリリに金が必要だという事実だけだ。
さあ行こう。何はともあれ俺たちは冒険者なのだ、冒険をこそしてだろう。今後の方針は、冒険の後に考えればいい。
そうして歩き出した2人を、女神がバベルの最上階から限りない祝福の眼差しを送っていた。