ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか 作:アロンソ卿
「……ん、あれ、ここは……」
リリは気がつくと、すぐに自分が地下室的な場所にいると察した。光の入り方が夜にしても暗い、地下特有の暗さがあった。地下室というのは後ろめたさがどこかあるものだが、しかしこの部屋はそれにしてはやけに明るかった。
「お目覚めかい、サポーター君」
リリが目を覚ましたと知ったヘスティアが、少し離れたベッドの上から話し掛けた。それでもまだリリはここがどこか分からなかった。
「もう少しだけ待ってくれ、いまベル君のランクアップ中だ。ミノタウロスを倒したことで、また別の上位経験値が目覚めたみたいなんだ。少し準備に時間がかかると言って寝てもらっている。たぶんもうすぐ起きるだろう」
そこでようやくここがヘスティア・ファミリアのホームだと分かった。けれどまだまだ頭がはっきりしないリリは、そうらしいなぁと思うばかりだった。
そんなまだ夢現にいるリリの様子を確かめると、ヘスティアはベルの休息のために引き延ばしに引き延ばしていた心の準備を終え、彼の背中に手を添えた。
〇〇〇〇〇〇
夢を見ていた。懐かしい、かつての夢だった。全てが終わった後、ひっそりと仕事を辞め、誰もいない部屋の中で、独り急変する社会を、空虚な心でひっそり見つめていた。その頃の夢だった。
捨てた家族はもう居らず、心にはあまりにも大きすぎる穴が空いていた。無気力に日々が流れ、またそれが良くないと思う気持ちや寂寥感などもその穴に消えた。
ふと読んでいた五輪書を思い出して刀を握った。常人に比べれば打ち込んだ方だろうが、しかし心の穴が大きすぎて、それですらも埋めることができなかった。
そうしてまた、夢の俺はかつてをなぞるように真っ暗な部屋のなかで目を閉じる。空虚な、どこまでも空虚な夢だった。
けれど今は違う。少なくとも神様がいる。家族の存在はそれほど大きいものだった。
ふと背中が暖かくなる。天上からの抱擁の如き暖かさと安心感に、俺は意識を浮上させていった。
そうして目覚めると、いつものベッドがあった。
「おはようございます、神様。ランクアップは終わりましたか」
「うん、終わったよ。それで、これが今の君のステイタスだ」
神様から1枚の紙を受け取り、そこに視線を落とす。
ベル・クラネル
L v.2
力 :I 0
耐久:I 0
器用:I 0
敏捷:I 0
魔力:I 0
指揮:C
《魔法》
【撃て】
・攻撃魔法
・詠唱『狙え』
《スキル》
【虚栄虚飾】
・戦闘時における全能力の補正
・精神錯乱に対する超高抵抗
・パーティメンバーに比例して効果上昇
【率先垂範】
・作戦行動時における全能力の補正
・全局面における能力低下の局限
・パーティメンバーの能力に応じて効果上昇
1つ発展アビリティが発現していた。発現したのが指揮というのは、なかなか俺の魂も掘り起こされつつあるということだろう。しかしランクアップしてステイタスの数値が元に戻るというのは慣れないな。ここからまた能力値を上げていこうと思う反面、自分の体をそんなふうに捉えたくないという思いもある。
「ありがとうございます。ところでリリは……」
「ああ、彼女なら向こうで今し方起きたところだ」
向こうと神様が指す方を見ると、魔法が解けたリリが元の小人族の姿で縮こまっていた。他ファミリアのホームは居心地があまり良くはないのだろう。いや、リリの場合はソーマ・ファミリアのホームも同じようなものか。
「リリはこれからどうするんだ」
それは暗に、このままこのホームに居たらいいという提案でもあった。これまでの行動から金が必要だろうリリにとって、いまは住居費も削りたいだろう。
ややあって、リリは答えた。
「この数日は自分に至る痕跡を消してきました。その上でしばらく魔法でリリの姿を秘匿していれば、数日前の件で死んだと思われ、またリリのことも忘れられるでしょう。その間に金を稼いで、ソーマ・ファミリアを脱退します。それまではソーマ・ファミリアの構成員なので、宿に泊まります」
「了解」
しかし今後のパーティの話を持ち出さなかった部分を見ると、負い目があるのだろう。今朝もリリから話しかけてこなかったところを見ると、まだ決心がつかないらしい。
「俺はランクアップに際して色々やることがあるから、また3日後に迷宮探索に行く。時間と場所は変化なし」
「……はい」
そんな2人のやり取りを、神様は微笑ましく見守っていた。
〇〇〇〇〇〇
翌日、俺はバベルにやってきていた。ランクアップしたということで、色々と発生した用事を済ませなければならない。
まず1つ、これが最大の難関と言っても過言ではないだろう、エイナさんへの報告がある。すでに昨日、ミノタウロスを討伐したという報告で、彼女に咆哮もかくやという絶叫を上げさせてしまったばかりだった。
そしてもう1つが専属鍛治師との契約だ。こちらには当てがあった。ヴェルフ・クロッゾ、愛用している防具の製作者である。それにすでにアポイントメントも神様を通して取ってあった。
さて、とバベルを目の前にして気合を入れる。ランクアップしたと言えば、なんて詰められるか分かったものではないのだ。昨日はリリが気絶していたためにすぐ解放されたが、果たして空身でやってきた自分に対して、エイナさんが昨日の分と合わせてどれだけの時間を拘束してくるか、考えただけで恐ろしい。
何はともあれ覚悟を決めて、早期決着を狙いつつエイナさんのところへ向かう。そのエイナさんはというと、最低限の武器しか持っていない俺を見れば冒険が目的ではないことを察し、報告だけならばその報告こそが厄介だと思い当たったようで、ため息とともに表情を固くした。
目の前まで行き、エイナさんに正対して頭を下げる。いつものルーティンワークだった。
「冒険者ベル・クラネルは、報告事項があり参りました」
「はい。じゃあ別室を用意するから着いてきて」
「分かりました」
まるで予定調和のように言葉を交わして奥に進む。そうして別室に連れて行かれ、どうぞと報告を促される。
「はい、ベル・クラネルは昨日夕頃、ランクアップ致しました」
「……はい、分かりました。じゃあ君の活動記録をまとめたいから、少し待っててもらっていいかな」
「はい、大丈夫です」
そう言ってエイナさんが部屋を後にする。同時に俺はふぅと一息吐いた。活動記録をまとめるということで、本番はこれからだろうが、とにかく報告が速やかに済んで助かった。
しかし、とエイナさんが出て行った扉を見て思う。これまでずっと丁寧に報告はしていた。だとすればそんなに時間は掛からないのではないかと。
「お待たせ」
すぐに戻ってきたエイナさんは、書類の束を手に持っていた。机に置かれたそれを見ると、ほとんどが自分の提出したもので、まとめるための書類もあった。
「じゃあこれまでの君の冒険から、どうやって成長したのかヒアリングするから、答えられる範囲で答えてね」
「はい、分かりました」
なるほど今後の冒険者の参考にするわけか。確か最速ランクアップはアイズの1年だったはずだから、それを大いに短縮させた俺の冒険というのは、それはそれは参考にしたい部分も多いのだろう。
分かりましたと言っておきながら、しかし何を参考にするというのか、俺は悩んだ。
神様曰く、このランクアップは新たな偉業を成し遂げたため、今回で言えばミノタウロスの討伐、ではないらしい。その過程で目覚めたものでランクアップしたというのが神様の見解だ。
「えっとまず初めに確認だけど、ここにある報告書の他に報告していないこととかはある?」
とにかく何でもいいよ、とエイナさんが続ける。報告していないことか、これまでの一月半を思い返す。それがここ1週間に及んだところで、1つ思い当たった。
「2日前までアイズ氏に戦闘指導をしていました」
「へえ、アイズ氏に指導してもらってたんだ」
「いえ、アイズ氏に指導をしました」
瞬間、言葉の意味を正確に理解したエイナさんの表情が固まる。おっとこれはまずいと思い、固まった表情が動き出して口が開いたと同時に、俺は指で耳を塞いだ。
「君がアイズ氏に指導〜〜〜〜……」
指の向こう、小さく声が聞こえた。危ない危ない、こういうことの積み重なりが聴力低下を招くのだ。
「それがきっかけでステイタスが大きく向上し、ミノタウロスの討伐によりランクアップしたと思います」
「なるほどね、まあでも上級冒険者との訓練っていうことなら納得はできるし……。うん分かった、じゃあ他に報告していないことはある?」
アイズ・ヴァレンシュタインという他ファミリアに所属する冒険者が絡むということは与えた衝撃が吹き飛ばしたらしく、話が続いていく。
「あとは……実はオラリオに来る前に戦闘訓練を祖父から受けたくらいです。こういった報告とかに慣れているのもそのためですね」
ちょっとずつ嘘を交えて話す。実際には義祖父だし、戦闘訓練とかは何も受けてない。頭の中で嘘を吐くなと抗議してくる祖父を封殺しつつ、結局まともな教育もなく、すけべなことしか教えてこなかった祖父が悪いと追い討ちをかける。
「うん。それも重要なことかな。さて、ありがとう。これは今後の冒険者のために参考にさせてもらうね」
「はい。それでは他にランクアップに関してしないといけないことはありますか」
「んー、事務的なことはこれで終わりかな。協力ありがとう、ベル君。これからも安全第一で頑張ってね。君のことだから大丈夫だろうけど、ここで気が緩んでしまう冒険者も多いから」
それは、早期に中層へ挑んで死んだ冒険者が非常に多いということだろう。
「分かりました。ありがとうございます」
とりあえずこれで一件終わった。次はヴェルフ・クロッゾと話して契約を取り付けるだけだ。
俺はエイナさんに別れを告げると、ヘファイストス・ファミリアに向かった。