ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか 作:アロンソ卿
「我々は迷宮の中層に進出、探索を行う」
ベル、リリそしてヴェルフの3人はいつもと同じく迷宮前でベルの計画を聞いていた。少し変化はあるものの以前のような計画だったが、それはリリとヴェルフがどのように行動するか、それが終わった後に大きく変化した。
「配給。各人に1枚、サラマンダー・ウール」
それはエイナから教えてもらった処置だった。中層からはヘルハウンドという犬のモンスターが出現する。いわば口に火炎放射器を加えたようなものらしい。だからこその耐熱装備だ。
ベルは耐熱効果を持つその精霊の護符を2人に配ると、いつものように死なないことを要望事項として挙げて、計画を話し終えた。
このパーティにとって、それが終了して初めて迷宮探索は行われるものだった。ベルは最後にもう一度、自分の装備に異常がないか、特に重要な細部を目で見て手で触って確かめた。いま着ている防具は新たにヴェルフから貰ったものだ。その分、ヴェルフにランクアップさせたいと強く思った。
「毎度そんなに丁寧に見てもらえるなんて、お前に装具を作って良かったぜ」
そんなベルを見て、ヴェルフはベルに感慨深そうな笑みを浮かべた。
〇〇〇〇〇〇
「命令補足。最重要情報、自分の異常及びモンスター特にヘルハウンドの出現、その数と方向。前へ」
13階層、いよいよ中層に降り立ったベルは、感慨とかよりも前にそれだけ言うと一本道を歩き出した。ここからはヘルハウンドが出現する。ダンジョンがどのような条件でモンスターを産み出すか、まだまだ分かっていないが、それでも既にいるものとして行動すべきだ。
ベル達は十分な距離間隔をとり、姿勢をなるべく低くしながら歩く。と、恩恵によってより鋭敏になった視力が、およそ400M先のヘルハウンドを2匹捉えた。
「停止」
簡単な姿勢を低くせよとのハンドサインとともに、そう小さく命令する。当初、リリもヴェルフもただしゃがむだけだったが、ベルが完全にうつ伏せたため、ヴェルフも同じようにし、リリもバックパックの分はあるが、できるだけ低くなるようにした。
ベルはそれを後ろ目で確認すると、正面を向いてヘルハウンドに狙いを定めた。
『狙え、撃て』
小さな小さな、体を上下させないようにした詠唱の後、2発の魔法弾が放たれた。もはやベルにもそのわずかに光るだけの軌道を追うのがやっとであり、ヘルハウンドの倒れる様によってようやく着弾を確認した。
「よし、前へ」
さすがに慎重だとリリは感心した。既に踏破している上層では速度をもって早期に突破し、中層からは一つ一つより丁寧に確実に進んでいく。これが冒険かと言われれば、素直に頷くことはできない。しかし、これ以上に安全な探索をしたことがなかったのも、また事実だった。
再び縦隊のまま通路を進み、そしてルームに入る。そのとき、主として右側方及び上空を警戒していたヴェルフが叫んだ。
「右側50Mアルミラージ3匹!」
ベルとリリが同時に振り向く。そこには二足歩行の一角兎のようなモンスター、『アルミラージ』がいた。その手には小さな石の片手斧が握られている。
「展開! 各人間隔5M取れ!」
ベルが叫びヴェルフを中心に左右の2人が横に跳んだ瞬間、アルミラージの群れは石斧をぶん投げてきた。それが元々あった頭部の位置を通り過ぎて壁に砕ける。ヴェルフは自身の大剣で石斧を叩き落とし、そのまま構えた。
『右から! 狙え──撃て』
アルミラージも近くの岩を砕いて新たな石斧を手に入れる。同時、計6つの影が正面からぶつかった。
その後ろで石斧を振りかぶっていたアルミラージの、影の頭部が撃ち抜かれて倒れた。
〇〇〇〇〇〇
(これが中層か、なかなか)
飛びかかってくるアルミラージを刺突し、あるいは棒尾で殴打し、魔法で振りかぶる石斧ごと撃ち抜きながら、ベルはアドレナリンが分泌されるのを感じていた。
次々と襲いかかってくる新たなアルミラージの群れに、ベル達は円を描いて戦っていた。不意のヘルハウンド、またはアルミラージの石斧投擲、これらに目を光らせるにはどうしても円形にならざるを得なかった。
しかし周囲を囲まれて絶望的な状況かといえばそうではなかった。外郭のおおよそ1割をリリが、3割をヴェルフが、残り6割をベルが担当し、リリとヴェルフが押し込まれれば、その分だけベルが押して大きな円を維持していた。
おかげでこの状況を打破できないまでも、下がるにはまだまだ余裕があり、不意にヘルハウンドが火を吹いても全滅しない大きさを保てている。やや相互支援には不向きな距離であるが、そこはベルの魔法が補っていた。
だがそれだけではなかった。非戦闘員であるリリはともかくとして、ヴェルフもLv.1とは思えないほどの活躍をしていた。その中にあってベルは不安を抱えていた。
(何か妙だ、迷宮にしては大人しすぎる……)
確かに中層は脅威である。モンスター間で連携した怒涛の波状攻撃が押し寄せるも、しかしそこまでだった。これまでの少ない経験から、迷宮はもっと冒険者に厳しいというのがベルの評価だった。
何が来る。ベルが思考を目の前、あるいはパーティから離した瞬間、彼の目は2つの事象を捉えた。1つは迫ってくる6人組パーティの姿だった。一切の企図が分からないまま、こちらに殆ど直前的に向かってくる。そしてその背後にはモンスターの影がチラついていた。
2つ目は天井だった。モンスターが産まれる亀裂が天井に走っている。しかしその場所が狙ったようだった。局所的に発生した亀裂は、ベルが腹案として持っていた退路を塞ぐような場所にモンスターを産み落とすことを企図していた。
ベルはすぐさま思考を回し始めた。それは自分より経験が豊富だろう、こちらに向かってくるパーティの1人が、こちらに後悔や悔しさの入り混じった瞳をむけたこと、そのパーティも天井を注視し、そしてベル達の戦闘は区域に緊迫した後の進路を変えたことに起因した。
「──!? モンスターを押し付けられた!」
一体何が起こるのか、足りない経験の中思考しようとしたベルの靄ともいうべき思考の鈍りを、リリのその一言が吹き飛ばす。
「ヴェルフ伏せろ! 『狙え──撃て』!」
ベルは即座にヴェルフを伏せさせ、その頭上を通すように彼の向こうにいたモンスターを掃射する。モンスターが吹き飛んで開けた視界の向こう、ベルが想定していた退路が見えた。
「走れ!」
その企図を正しく理解したヴェルフが一挙に駆け出す。すぐさまリリが続き、殿をベルが務める形になった。そして他パーティが押し付けていった、いま周囲にいるアルミラージと同数程度、さらにヘルハウンドまで控えた群れに注目したのと同時、ベルの背後の天井がモンスターとともに崩壊した。
崩落した天井が退路を塞ぐように落下し始める。
そのときだった。ベルは真に、ここが敵なのだと理解した。モンスターだけではない、ダンジョンそのものが敵であり、言わばダンジョンは敵の作戦地域なのだと。
まだどこか、ベルには冒険者ひいては冒険という言葉の中に、リアル現実だというのにファンタジーめいたものを感じていた。
しかしそんな考えは、今この瞬間に消し飛んでしまった。また1つベルのスイッチが切り替わった。
『狙え、撃て』
静かな詠唱、それに反比例するかのような凶弾が押し付けられたモンスター及び天井から落下するモンスターに襲いかかる。
「急げ!」
追加で檄を飛ばしたベルは、ここでパーティの分断隔離を企図する敵アルミラージの群れの一角を、鬼のように文字通り蹴り飛ばしながら進撃し、遅れるリリのバックパックを握ってヴェルフに放り投げつつ、岩盤に退路を塞がれる前に通路に逃げ込んだ。
「……助かった」
岩盤が背後のモンスターを分断したことに、ヴェルフはほっと一息ついた。一歩間違えればパーティ自体が分断されていた事実に、その安堵は大きなものだった。
「気を抜くな」
しかしダンジョンに対する認識を改めたベルは、その安堵を許さなかった。あるいはそうしなければ、その安堵を許さなかったのはダンジョンの方だったのかもしれない。
ベルは後続のモンスターから逃げ切ったという認識よりも、自分たちの退路が再び絶たれた認識を持った。すぐ動かなければモンスターに圧迫されて死ぬと。
まだパーティを組んで1週間である。その物言いにヴェルフが少しだけムッとしてベルを見たが、そんな感情はすぐさま射すくめられた。ベルの目は、今日ダンジョンに潜る前とは全く違っていた。それは、14歳の目でも、冒険者の目でもなかった。
「一列縦隊、前へ」
精神的疲弊が蓄積されつつある中、ベルはパーティを動かす。ヴェルフやリリの立ち上がる動作が、ほんの少しだけ緩慢になったのをベルは見逃さなかった。少しずつパーティの動きが鈍っていく。この部分は練成が必要だと感じるだけだった。
その耳に、べたらべたら走る音が届き、同時に通路の奥が赤く光る。
「伏せー!! ヴェルフはリリを抱えろ!」
ほとんど反射的に叫ぶと、『精霊の護符』の一辺を地面に置いて押さえ、簡易的な防御壁を構築した。直後、ベル達にヘルハウンドの炎が襲いかかった。その赤い布は炎になびきながら扇形を描き、その裏にパーティを隠した。
足音に隠した炎の強襲。味方であるモンスターをも利用した奇計による炎に、通路の奥へ押される。これが繰り返されれば、いずれ追い詰められて焼かれるだろうことは簡単に想像できた。
あるいは動き出さなければそうなっていたかもしれない。
「走り抜ける! 『狙え、撃て』!」
「ハァ……ハァ……くそっ!」
「ヴェルフ走れ……ハァ……ハァ……」
炎が止んだ瞬間、ベル達は魔法を使用して一挙に駆け出した。通路に冒険者がいれば狙撃されていただろうが、そんなことは後に回して走る。急に切迫する生命の危機に、抱えていた疲労が表層に現れたリリとヴェルフの呼吸が大きく乱れ始めていた。
そしてそんな3人が次に見たのはどどどど音を立てて迫り来る白波だった。それが飛び跳ねてやってくるアルミラージの群れであることに気がつくのに、それほど時間は掛からなかった。
「右側ヴェルフ!」
そうして叫ぶパーティと白波がぶつかる。ともすれば物量で押し込まれそうな、アルミラージの怒涛の勢いにも、ベルは魔法と着剣したヘスティア・アームズでもって、槍のようにあるいは矢のように波を裂いていった。取りこぼしたアルミラージをヴェルフが粉砕して走る走る!
「ルームが見えた! あと少しだ、頑張れ!」
先頭を走るベルが叫ぶ。それは下がりつつあったヴェルフの剣先を少し上げ、リリの足取りを戻すには十分な声だった。だがベルはその大量のアルミラージがどこから来たのか、よく考えるべきだった。
アルミラージの波を抜け、ルームに入る。その瞬間だった。天井からバサバサという大量の羽音が聞こえ──
そして地面が抜けた。
「うおっ?!」
呆気なく崩壊する地面、ヴェルフの声もベルには遠く感じた。何故なら羽音の向こう、再び崩壊する天井が見えたからだった。
ベルは降下中、指揮も忘れて呆然とした。