ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか 作:アロンソ卿
「……各人、現在の状態を全て確認報告。特に身体の異常及び持ち物」
「……リリ。右腕部裂傷、止血シールにより処置。左足首捻挫、包帯により処置。全身軽度の火傷。歩行に問題なし。持ち物、ポーション2ハイポーション1。武器無し、敵避けの強臭袋1」
「ヴェルフ。左下腿部挫滅、止血バンドより処置。全身軽度の火傷。1人での歩行困難。持ち物武器無し」
「了解」
ヘルハウンドの火炎放射及び地面と天井の崩落は、パーティの戦力を大きく減殺させた。まともに戦闘ができるのは、軽度な火傷のみを負ったベルだけになってしまった。
パラシュートがなくとも崩落を無傷で潜り抜けたことに、ベルは遠く地上で帰りを待っているはずの神様に感謝した。しかし薄暗い洞窟の中、絶望的な状況下であることに変わりはなかった。
「……作戦会議を行う。近くに集まれ」
ここで判断を誤れば死ぬ。息を切らしながらも這い這いになって寄るリリとヴェルフに、ベルは遠く懐かしく感じた。
「現在地、落下時間からダンジョン15階層と推定。リリ、どうだ」
「……迷宮の特徴など、14階層よりも15階層に近いと思われる」
「了解。我々は次の手順で地上に帰る。その1、順に階層を昇る。その2.一度18階層に降りて戦力を回復し、その後に階層を昇る。リリ、17階階層主の存在は」
「ロキ・ファミリアが遠征の通過時に討伐してから、再出現までやや時間があると見積もられる」
「よし……。我々は18階層まで降り、戦力回復。その後に地上に戻る。リリ、当初ヴェルフとともにパーティの後方を前進、状況に応じて『強臭袋』を持ってパーティの先頭を前進。ヴェルフ、リリとともにパーティの後方を前進。指導事項2点。1点目、下層への移動は縦穴を利用すること。2点目、努めてモンスターに曝露しないように行動すること。以上質問確認事項」
「「無し」」
「よし、では3分後行動開始」
その言葉を合図に、元いた位置に散らばる。そしてきっかり3分後、ベルの小さな小さな一挙手でパーティの行動が開始された。
〇〇〇〇〇〇
ヴェルフは、ベルから伸びたロープをしっかり握りながら、迷宮の角を隠れるようにコソコソと、リリの肩を借りながら移動している間、何度もロープの先にベルがいるのか不安に思った。
そしてその後ろ姿を確かめようと僅かに体を持ち上げると、すぐさまロープが下に引っ張られて姿勢を低くしろと、無言の叱責を受けた。
つまりはロープの先に、しかもすぐ先にベルはいるのだ。しかしその気配はすぐに消えてしまった。
(なんだこいつは……すげぇが、いやしかしこれは……)
モンスターはおろかダンジョンにすら、ベルはいないのではないかと思われるほどの隠密行動に、ヴェルフは戦慄した。
同時に、様々な感情を覚えた。その中には羞恥と焦燥もあった。俺がこんなことでは、俺のせいでバレてしまうと。ベルが完璧であればあるほど、その思いは急速に膨れ上がっていく。そしてそれはリリも同じだった。
また、自分がランクアップしない理由、同じ意味だが、目の前の少年ともいえる存在がランクアップした理由を叩きつけられたような気がした。
だから2人ともどうにかして、足りない経験と知恵とを振り絞り、尽きる体力の虚像を生み出して、目の前の畏怖すら覚える例を参考にしながら、ダンジョンを進んだ。
そんなふうにしながらパーティは、ときにベルが後衛になって殿を努め、ベルを除いて戦闘することなく、強臭袋の使用を局限しながら17階層まで進んだ。
そこでベルが拳を握って2人に見せた。停止、休息の合図だった。それを見た2人は音を立てないように、しかし崩れるように地面にへたり込んだ。
リリとヴェルフはすでに限界を通り越していた。戦闘こそしていないものの、隠れて行動するという神経を使う移動に、精神から先に疲労が来てしまったのだ。そしてそれは急速に体力を奪った。
しかし空身でほとんどただ移動しているだけの2人はここで意識を手放して倒れるわけにはいかなかった。なぜならリーダーであるベルは戦闘や経路の把握、縦穴の移動の補助まで全てこなしながら、しかしその何処にも疲労の色を見せていない。
今ですら、休息を取らずに周囲の警戒をしている。
17階層はこれまでの階層以上に静かだった。初め、ヴェルフはこれまでと同じように荒く呼吸したが、それが思った以上に響いて、慌てて口を押さえた。
これまで一切の小さな足音すら憚られる、というのはなかった。その静かさが、焦燥感に拍車をかけ、嫌な想像を掻き立てる。
もしダンジョンの生み出すモンスター数に規定の量が設定されているのなら、何か強大なモンスターを生み出すために雑魚モンスターを生み出していないのだとしたら。
まもなく階層主が産まれるということなのではないか。
(ベル……)
ヴェルフは思わずベルの方を見た。同時、3人の視線がぶつかる。ベルもリリもまた、同じ予感を覚えていた。続いて2つのハンドサイン、それは発進と配置転換のサインだった。
休止時間は減った。しかしそんなことを言っていられるような状況でもない。最良以外のケースでは死んでしまうのだから、ムチを打ち続けた体に再びムチ打って立ち上がる。
よろけそうになった体をベルが支え、さらに今度はヴェルフを背負って歩き出した。そして速度を増すハンドサイン。リリは不気味なほど静かで巨大な通路の先を力強く見通して、歩き出した。
そして辿り着く、巨大な大広間。それはそのまま、そこに産まれるだろうモンスターの強大さと恐ろしさを叩きつける。
特に広間の左側を形成する『嘆きの大壁』は、階層主を産み落とすためだけのその壁は、先頭を歩くリリの足を釘付けにしようとするくらい、意識を引っ張った。
「走れ」
小さな、しかしベルの久しぶりの声に心を戻したリリは、向こうに見える洞窟へ駆け出した。
だが、バキリと、再び心を乱すかの如く、パーティの左側から音が鳴った。同時にぎゅううと、ベルの首が絞められる。恐怖に引き攣った、ヴェルフの震える腕が、ベルの首に絡みついた。それはリリも同じだった。
「走れっ!」
広間に響くベルの号令。それはわずかの間でも恐怖で支配された2人の脳から、バキッと続く音を消し去った。いとも簡単に消し去られた恐怖に、リリの足が動く、ヴェルフの腕がやや弛緩する。
ヴェルフは背中に飛来する土塊に慄きながらも、振り落とされないように、その行動を阻害しないようにしっかりとベルにしがみつき、リリもなりふり構わず走る走る。
『──オオオオオオオオオオッ!!』
しかしついにパーティが出口へと辿り着く前に、階層主【ゴライアス】がその姿を現した。7Mに届こうかという巨人を背に、ベルは半回転してヴェルフを引き剥がして投げた。
「リリッ!」
そのいつもとは違う呼び掛けに振り向いたリリが、目の前に投げられたヴェルフを確認した瞬間、彼女はベルの企図を明確に理解した。
いや、ヴェルフの向こうで武器を構えるベルを認めた瞬間、理解してしまった。そのまま背にヴェルフを受けたリリが踏ん張って走る。走るしかなかった、走って逃げて、囮になったベルが早期に離脱できるように。
リリが走り出した一方で、ベルもまたゴライアスに向かって走り出した。やることはただ1つ、多量の火力でもってモンスターとの距離を切ること。
『狙え──』
火量に限界のあるベルはまず出口とは反対方向に走った。
『オオオオオオオオオッ!!!』
まるで巨大な鉄球か砲弾を思わせる巨拳がベルに振り落とされる。それは爆風と破片を伴って、拳を避けたはずのベルに襲いかかった。
「がっ!?」
まるで砲迫の弾着。衝撃と土塊に吹き飛ばされたベルは、これでも生きていられるのかと神様から与えられた恩恵に感謝しつつ、体制を取り直してその腕を飛び駆け上がった。
『狙え、撃てッ!』
狙うのはその眼。岩壁を思わせる腕を器用に駆け上がり、棒を構える。そして発射レートは最大で精神力も考慮しないその魔力弾の衾がゴライアスに襲いかかった。
僅かに仰け反る巨体の上、ベルは出口付近にリリの姿がないことを確認すると、その鋼のような肩を蹴って出口に駆け出した。もうここしかない。奇襲のような一撃に乗じてゴライアスとの間合いを切ると、そのまま洞窟に転がり込む。
そのままベルは洞窟から吐き出されるように地面に投げ出された。柔らかな草の感触と、懐かしくすら思える光がベルを包む。しかしその安心感に勝手に意識を投げ出そうとした本能を蹴り飛ばすように、四つ足をついて立ち上がると、同じように投げ出されているはずのリリとヴェルフを探した。
彼もまた限界に近かったが、しかしまだ仲間の安全が確保できていないのだ、こんなところで果てるわけにはいかなかった。
そして立ち上がってすぐ、うまく受け身を取れなかったのだろう、少し離れたところで転がる2人を見つけた。既に2人は意識を手放していた。
(……小屋を設営しないと)
2人を少なくとも屋根のある場所で寝かせるべく、ベルはサラマンダー・ウール、適当な布及び何本かの木の枝を使って、頂点の高さが30CM程の小さな平べったい仮小屋を迅速に設営すると、中にリリとヴェルフを入れた。それで仮小屋は高さも容量もいっぱいいっぱいになった。最後にクセか、そこら辺の資材で覆った。
出来上がった仮小屋のすぐそばにへたり込む。さてこれからどうするか、それを決めなければならない。幸にしてここ18階層には『街』もあるらしい。めちゃくちゃだろう価格レートに目を瞑れば、ここを拠点として17、16階層で魔石を集めて売り払い、必要な物資を集めてから帰るのがいいだろうと当たりをつける。
「階層主はどうにかするとして、まずは偵察するか」
全く一体俺は何をやっているんだとため息を吐きながら、立ち上がる。ふらつきそうになる足を、これくらい普通のことだっただろうと励ましながら歩き出した。
しかしすぐ大規模な野営地を発見した。このフードから覗く白髪を恨めしく思いながら、少し離れた位置で地面に伏せて定点監視する。するとすぐさま天幕の一つから褐色肌の2人が飛び出してきた。
ベルはその姿に見覚えがあった、ロキ・ファミリアのヒリュテ姉妹だ。アマゾネスの姉妹は警戒心を露わにして周囲を見回し始めた。明らかに監視しているものを探す動きだった。
いや、天幕の中にいただろ。
なぜ気がついたのか、しかしそんな感想はお構いなしに、ヒリュテ姉妹は遂にベルを見つけて近寄ってきた。幸にして他の冒険者には気づかれていないから騒ぎにはならないものの、ベルはその場に両膝をついて手を頭の後ろで組むしかなかった。
「あれ! 君は……確かベル君だっけ、どうしてここにいるの?」
「……そんなの、ここまで冒険してきたに決まってるじゃない。それで、どうして私たちの野営地を監視していたのかしら」
ジリジリと、平静を装いつつもしかし警戒しながら近づいてくるヒリュテ姉妹。俺は苦笑いを浮かべながら確実に訪れる拘束される未来を思い、さて仮小屋に置いてきた2人をどう治療してもらうか、それを考えていた。