ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか 作:アロンソ卿
「さて、準備はいいかい。ベル・クラネル君」
「……よし、いいぞ」
18階層『迷宮の楽園』。ロキ・ファミリアが野営地を構えている森から外れた草原で、俺はロキ・ファミリア団長フィン・ディムナと相対していた。フィンは自身の獲物である槍を構え、そして俺はそれに呼応するように着剣して『神様の武器』を一本の槍にした。
これから模擬試合を始めようと言うのだ。しかしどうしてこうなってしまったのか、俺は俺たちを見守る集団の一部を作っている、回復したリリとヴェルフを見た。
〇〇〇〇〇〇
「……とりあえず着いてきて」
ヒリュテ姉妹、特にティオネに促されるまま、彼女たちの後ろをついて行く。折を見て抜け出そうなどという考えは、監視を見破られたときに消えた。それにここで騒ぎを起こす必要もない。
(あれは……ヘファイストス・ファミリアか。一番初めに偵察したのがヒリュテ姉妹の近くでなければ、もっと楽だったな)
抜け目なく、いや職業病のために情報収集していると、天幕に見慣れたマークを見つけた。もし先に見つけていれば、ヴェルフの服を着てからロキ・ファミリアの団員に怪我人がいると掛け合えば……。そんなたらればが浮かぶ。
そうして周囲の観察を続けながら、俺は作戦室だろう天幕に連れて行かれた。これではあまりにも分かりすぎるなあと思いながら天幕に引き込まれる。そこには想像通り、ロキ・ファミリアの幹部陣、フィンとリヴェリア、俺とは面識のないガレスがいた。
「おや、どうして君がここに……いや、なるほどね」
フィンはボロボロの俺を見てある程度の事情を察したらしい。リヴェリアとガレスは俺を見て何やら話していた。フィンがわずかに俺から左に視線をずらしていたのでそちらを見ると、ティオネが何やら得意気な顔をしている。
「少し彼と2人きり話がしたい。みんな、少し席を外してくれないか」
「……わかった」
俺としては非常にありがたいフィンの提案に、まずリヴェリアが反応し、少し駄々をこねるティオネを連れて外に出た。特に団長の言葉に反発する必要もなく、ガレスとティオネもそれに続く。そして俺はフィンと2人きりになった。
「さて、こうして会うのは二度目だね。僕はフィン・ディムナ。ロキ・ファミリアの団長をやっている。どうぞよろしく」
「……ああ、よろしく」
近づいていって握手を交わす。小さいのに力強い、そのLv.か職位あるいはもっとおおきなものを背負ったために生まれる力強さがあった。
2人で話したいという理由が少し理解できたような気がした。
握手した手を離すと、フィンはふふっと笑った。
「すまない、ティオネは少し強引だっただろう。それは、またどこかで君と話したいというのを、彼女が聞いていたからなんだ。彼女を悪く思わないでほしい」
「大丈夫だ。それに俺としてもフィン・ディムナに会えた方が都合がよかった」
「……何か僕らに頼み事でも?」
「ああ、俺のパーティメンバーを治療してほしい。1人は小人族の女、もう1人はヘファイストス・ファミリアの男だ。代金は地上で払う」
しばしの沈黙。フィンは笑みを浮かべたまま視線を逸らす事なくこちらを見つめている。やってしまったかと思いつつも、だからといってこちらも動揺するわけにも行かず、結果として張り詰めた空気が漂った。
それを初めに崩したのはフィンだった。
「分かった、その要求を聞こうじゃないか。数には限りがあるけれど食糧も提供する。その代わり、後で僕のわがままを聞いてくれるかい」
「……食糧まで提供してもらうんだ、わがままを聞こう」
「よし。なら今すぐリヴェリアたちに治療させよう。入り口の彼女を君たちのパーティが休んでいる場所に連れて行って構わない。ああそうだ、途中でヘファイストス・ファミリア団長の椿・コルブランドを連れて行ってほしい。その方が分かりやすいだろう。その間に僕は食料の調整をしておくよ」
「何から何まで……本当にありがとう」
「じゃあ行こうか。本当は君ともう少しでも話していたいけど、治療は早い方がいい」
フィンが立ち上がる。俺は先に天幕を出ると、それにフィンも続く。彼はガレスとリヴェリアに指示を出すと、そのままヒリュテ姉妹を連れて歩いて行った。ガレスは深いため息とともに天幕へ戻り、リヴェリアはこちらに振り向いた。
「ここからは私が案内する。よろしく頼む」
「こちらこそよろしく」
「まず他に治療できるものと椿を連れて行く。少し寄り道になるが構わないな」
「ああ。ただ、なるべく急いでくれるとありがたい」
「ふふっ、そうだな」
着いてこいと先を歩き始めたリヴェリアに続く。リヴェリアは勝手知ったるロキ・ファミリアの野営地を悠々と歩くが、余所者の自覚がある俺は内心おっかないと思いながら歩いた。
珍しいものを見るように、あるいは異物をか、そんな視線を浴びながら先導されて歩いていると、こんなこともあったと懐かしく思った。
すると、リヴェリアが顔だけわずかに後ろに向けた。
「そういえば、フィンは何か粗相をしなかったか」
「……何も……、いや、一つだけわがままを聞いてほしいとは言われたな」
「そうか。少し浮かれたのだろうな、フィンは君にどこか共感を覚えていたから。あまりひどいわがままだったら言ってくれ。外聞もある、私がなんとかしよう。ところで、パーティメンバーの怪我の状況を教えてほしい」
「そうだな。1人は……」
そうして2人の怪我、その処置、また体格などなど正確に伝える。そのうちにリーネという救護員を拾い、椿・コルブランドと合流した。
その椿・コルブランドはというと、合流した途端からベルをじろじろ眺めたと思えば、「さてはお主がクラ・ベルネル」と盛大に間違え、どう間違って伝わったのか、どんなふうに噂されているのか不安に思いつつ、ベルは名前を訂正した。
「そうかそうか、すまない。手前は椿という」
「改めて、ベル・クラネルだ。よろしく」
がっちりと握手を交わす。こちらもまた、丹念に武器を鍛えてきたのだろう、年季と信念が込められた手だった。
向こうはどう思っているのだろうか。少し気になったが、すぐにブンブンと振られ、ああもうなんでもいいやと思った。
「して、手前に何用だ?」
「自分のパーティメンバーに1人、負傷したヘファイストス・ファミリアの団員がいる。今から彼も含めてパーティ全員の治療をロキ・ファミリアにしてもらうが、椿にも着いてきてほしい」
「……そうであったか、あいわかった」
そうして俺は女性3人を引き連れて自分たちの野営地に向かって歩き始めた。しかし3名が3名とも秀麗な冒険者だからか、俺に突き刺さる視線がなかなか痛い。
チラッと振り向くと、そんな視線は感じていないのか普通に歩いている。ただ、リヴェリアはそんな俺に気がついて小さく笑ったから、視線には気がついているのだろう。
眷属と主神は似るというが、まあ分からなくもない話だ。そんなことを考えていると、椿が俺の武器に目を付けた。
「……気になっていたが、その武器は手前の主神様の武器ではないか」
「……ああそうか、そうかそうだな」
神様は詳しく語らなかった。しかしこれほどの出来の武器、例えどれほどの鍛治師であってもそうそう作り上げることはできないだろうとの予想もあった。
なるほど神様の作品というのなら、この出来も納得である。果たしていくら借金を背負ったのか、戻ったら聞かねばなるまいかこれは。
見せてほしいというので椿に手渡すと、おもちゃを与えられた子どものように目を輝かせた。
「おお……さすが主神様の武器だ。しかしそれだけではない、丁寧に使用されているし、よく手入れされている。お主のパーティにいるという団員が羨ましい」
「ありがとう。できればその言葉は本人の口から伝えてやってほしい」
「む、それもそうだの」
そんなふうに話しながら歩くこと数分、ロキ・ファミリアの野営地から抜けて木の影に設営した仮小屋に着く。元から小さいのと上手く隠しすぎたせいで、他の冒険者には見つからなかったようだが、リヴェリアたちもすぐにはわからなかった。
「ヴェル吉……」
「……なるほど、これなら治癒魔法とポーションで十分だな。リーネ、頼む」
「はい」
彼らは三者三様の反応を示した。ベルはというと、ネーミングセンスは団長譲りかと椿に目を見張った。すると、リーネの治療を傍で見守っていたリヴェリアがベルに声をかけた。
「地上に戻ったあとで構わない、テントや応急処置について聞きたいのだがいいだろうか。もし教えてくれるなら治療費は払わなくていい」
「……願ってもないことだ。教えられることがあるなら教えよう」
冒険者として、あるいはファミリアの幹部として知識を得たいのだろう。しかしそればかりではないだろうとベルは考えた。たぶんだが接点を持ちたいのだ。フィンやアイズのことばかりではなく、おそらくはリヴェリア個人としても、ファミリアにとって有益だろうとの思惑もある。
「ひとまず終わりました」
「……本当にありがとう、助かった」
そうこう考えているうちにリーネの治療が終了する。止血帯で出血は最小限に抑えてあり、2人を見れば外傷も癒えていた。
「起床」
仮小屋を覗き込んでそういうと、ややあって2人の瞼が開いた。
「──ベル……様、ここは」
「──おいおい……ベル、お前ってやつは……」
とりあえずの異常が無かったことにホッとする。しかしこれで迷宮探索が終わったわけではない。ここから戻るとして、ロキ・ファミリアの後をついて行ったとしても、距離的にはまだ折り返しなのだ。ずっと意識を失ったままでは困る。
「2人とも。これから我々の現状について達する。現在地18階層『迷宮の楽園』の一角。持ち物変化なし。我々はロキ・ファミリア基幹の遠征隊による治療を受けた。この後、糧食の配給を受ける。それまでの間、現在地にて休息を取ること。質問確認事項」
「「なし」」
「よし、では休憩」
その一言を合図に、起きあがろうとしていた体が再び糸を切ったように崩れ落ちる。まあ仕方ないか。
もはや表情筋すらも脱力し切った顔を微笑ましく思いつつ、後ろの3人に向き直る。
「借りは必ず返す。それで、食事の時間を教えてほしい、分けてくれる分の糧食を受け取りに行く」
「そうだな……フィンのことだから、ともに食事をしようという腹積りだろう、ヘファイストス・ファミリアの団員もいることだ」
だから──、とリヴェリアが言おうとしたとき、ガサっと音がしてティオナがやってきた……いや、飛び出してきた。興奮を抑えきれず走ってきたようだ。
「あー、いた!」
何があったのか、考える間もなくグッと腕を掴まれる。
「ねえねえ、これから団長と模擬戦するんでしょ? 早くいこー!」
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俺は勢いよくリヴェリアの方を見た。表情を変えなかっただけでも褒めてほしいところだが、とにかく今はそんなことどうでもいい。一体どうして、これがわがままか、ならリヴェリア止めてくれ、いやこれからすぐなのか、行くしかないのか、頼むリヴェリア……。
しかしリヴェリアは呆れたようにため息を吐くばかりだった。
これはあれか、行くしかないのか。
「おお。お主、フィンと戦うのか、それは楽しみだの。ほれヴェル吉、我々も行くぞ」
「……すまない。リーネ、治療してやってくれ」
「ほら行こう!」
「リリ、ヴェルフ、行くぞ……」
俺は諦めてリリとヴェルフを起こすと、そのままティオナに引きずられるがまま、連れて行かれた。
〇〇〇〇〇〇
俺は直立の姿勢から左足を踏み出し、右手を引いて構える。ロキ・ファミリア基幹の遠征隊は、そのほとんどが俺たちを見にきていた。彼らの多くが俺の一挙手一投足に注目している。
フィンの相手はどれほどのものなのか、あるいはそいつのパーティの程度は、冒険者たちの思惑は様々だが、そのどれも見定めようとしているのだ。
特に、ベート・ローガはいなかったものの、ガレスも含めて一級冒険者の見せる期待の眼差しをひしひしと感じる。ここまで来てしまっては仕方ない。
ふっ、と短く息を吐く。槍先がピタッとフィンの喉元に狙いを定めて止まる。
さあ、俺たちの威容を見せつけよう。
「行くぞっ!」