ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか   作:アロンソ卿

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グレーゾーン①

「デッ、デデデデデッ! デートだってぇー!?」

 

 豊穣の女主人からの帰り、急に決まってしまったデートに際して、なんとかまだ開いていた店に飛び込んで服等買い足してホームに戻ると、それをめざとく見つけた神様がベルを問い詰めた。 

 

「あっ、相手は誰なんだ!?」

 

「えっと、その、豊穣の女主人のシル・フローヴァさんです……」

 

「……そうかぁ……んむむむむ」

 

 素直に白状すると神様はツインテールをみょんみょん動かしながら、むんむん唸りだした。しかししばらく考えたあと、意を決したように口を開いた。

 

「んー……ここは神様として見守るべきかぁ。ちなみにデートはいつなんだ」

 

「まだ細部はわからないけど、とりあえず来週ってところまでは決まってます」

 

「なーんだ、来週か」

 

 来週と聞いて空気が抜けたように神様は萎んだ。たぶん、俺が酔いにかまけて慌てて服を買って帰ったからだろう、たぶんデートの日にちを明日くらいに勘違いしたんじゃなかろうか。

 

「まあベル君のことだからあんまり心配はしていないんだけれども、くれぐれも準備は周到にするように」

 

「はい、分かってます」

 

 さあ果たして前世も合わせると何十年ぶりのデートだろうか、俺は小さくともたしかに胸を躍らせながら、デートプランを考え始めた。

 

 〇〇〇〇〇〇

 

『乾杯!』

 

 ベル、リリ、ヴェルフの3人は、それぞれ手に持ったジョッキやグラスを掲げてかち合わせた。ガチンと小気味のいい音がなり、ごくごくとエールが喉を流れる音が続く。少し息苦しくなってジョッキをテーブルに置いて、ふうーと深いため息を吐けば、自然と笑いが溢れた。

 

 ここは酒場『焔蜂亭』、南ストリートにあるヴェルフ行きつけの酒場らしく、ベルたち以外の冒険者も多くいた。豊穣の女主人よりももっとファンタジーの酒場らしかった。

 

「いやー、にしてもよく生きて帰ってこれたよな」

 

「まったくです。ベル様がいなければ今ごろどうなっていたことやら」

 

 ヴェルフに続いてリリが笑う。懐かしいその笑顔は、死に瀕した状況から生還した故の、喜びと緊張からの解放が混じったものだった。

 

 今回の宴会は、無事に生還したことに対するものとしてヴェルフが開催したものだ。それはよくある宴会のテーマだった。俺も確かに開催したはずだったが、しかしその記憶ももはやほとんど薄れている。

 

 元から抜け殻のようだった自分だ、記憶に残る部分も少なかったのだろう。けれど今みたいにほっと笑い合えるのはとても嬉しかった。微かに残る記憶では、みんなもっと暗い表情をしていたはずだ。なぜならば──

 

「ああ本当にそうだぜ、ベル、お前と冒険できて本当によかった」

 

「……俺としては危険な目に合わせたから申し訳ない気持ちなんだが」

 

 急に真剣な口調でそんなことを言われてしまい、俺は困ったようにリリを見たが、彼女も感慨深そうに頷いてヴェルフに同意していた。

 

「危険な目にあったのはその通りだ。けどな、それ以上に冒険者の気概ってやつが見れたんだ、だから俺の気持ちは変わらん」

 

「そ、そうか。ありがとう」

 

「そうですよ、おかげでリリも──いえこれはまた別の機会に……。ところでヴェルフ様は今回の冒険でランクアップされたのですか?」

 

「いや、ランクアップはしなかったな。だがランクアップしなくてよかったとも思ってる。いまこの時分にしか打てないものがあるはずなんだ」

 

 そう言い切ったヴェルフの顔は、まさに上級鍛治師のそれだった。神ヘファイストスも己の技量一つで武器を作っているのだし、発展スキルがなくとも今のヴェルフならいいものが作れるはずだ。

 

 しかし、だとしてもそれでいいわけではない。言わずもがな、発展スキルがあった方がいいのだから。

 

「しかしランクアップのことは考えないといけないな、それが元々ヴェルフがこのパーティに入った理由でもあるわけだし」

 

 しかしランクアップか、それはそれで頭を悩ませる問題である。確かに先の探索では俺がメインで経験値を得ただろう。しかしあれですらランクアップしないとなると、俺が手を抜く……ことはあり得ないから、どうするか。

 

「どうすればランクアップできるんだろうか……」

 

「──何だ何だ、どこぞの『兎』がランクアップについて話してるぞ!」

 

 そのとき、聞こえよがしな大声が店に響いた。隣のテーブルに座る冒険者たちのうち、小人族の冒険者が叫んだらしい、そいつは杯を片手にご機嫌な様子だった。

 

「新人は怖いものなしでいいご身分だなぁ! インチキ野郎がランクアップのアドバイスなんて、オイラには恥ずかしくて真似できねぇよ!」

 

 少年の声が酒場の隅々まで響き渡る。そのせいで多くの冒険者がこちらに注目していた。

 

 嫌な雰囲気だ。どこかで味わったことのある、トラブルの誘発を通り越した──、そう誘発をこの冒険者は狙っている。それで言うなら、以前に豊穣の女主人で絡んできた冒険者たちとは違っていた。

 

 俺は自分の酔いが急速に冷めていくのを感じていた。その目はまず服の上にあるファミリアの徽章を捉えた、金の弓矢と太陽を。それは、【アポロン・ファミリア】の徽章だった。

 

 ごく自然と、まるでよく訓練された犬が反射的に動くように、俺は速やかに心の戦闘準備を完了させた。

 

「どうせ他の冒険者に泣きつくことしかできねぇんだから!」

 

 その小人族の口は止まることを知らない。同じテーブルに座る他の冒険者も、彼を止めようとはせず、ただくすくすと笑っているだけだ。その後も俺ばかりかパーティにまでその挑発は及んだ。

 

「構うなよ」

 

「はい」「おう」

 

 必ず向こうから手を出させなければならないのだ、こんな人目の付く場所では。

 

 俺たちが無反応を貫いていることに苛ついた小人族が、舌打ちをするとさらに声を荒げた。

 

「威厳も尊厳もない女神が率いる【ファミリア】なんてたかが知れているだろうな! きっと主神が落ちこぼれだから、眷属も腑抜けなんだ!」

 

 恐らくは同じファミリアだろう冒険者の哄笑が爆ぜた。俺はこのタイミングだと思い、彼らの方を向いた。

 

「ん? 場所も発言も弁えない下劣で愚鈍な冒険者が多いな。お前らみたいにお前らの主神も下劣で愚鈍なのか?」

 

 瞬間、酒場は静まり返った。ん? とさらに聞くが、小人族の冒険者は口を噤んだままだ。何かを気にしているらしいが、しかし彼らのうち1人が立ち上がると、他のものは体をびくっと震わせた。

 

 その男はこっちに向かってくると、そのまま俺の胸ぐらを掴み上げた。深い海のような碧眼に俺の顔が写った。確かアポロン・ファミリアのヒュアキントスだ。

 

 そしてその向こう側、【ロキ・ファミリア】のベート・ローガの忌々しい顔が見えた。

 

「薄明如きが、吠えるな」

 

「図星か。そうか、そんなのに可愛がられて、可哀想に」

 

「ッ!!」

 

 ヒュアキントスの顔が酷く怒りに歪んだかと思えば、その瞬間に俺は床へと叩きつけられていた。かろうじて頭を腕で庇って衝撃は緩和できたものの、なかなかの力に首が痛む。

 

「おいてめぇ!」

 

 ヴェルフが抑えていた怒りもろともに立ち上がって殴りかかるも、しかし簡単に取られて投げ飛ばされた。俺はヒュアキントスに蹴りを入れながら立ち上がり、ヴェルフとの間に立つ。

 

 ある種の打算が入っていた。こうしていれば、苛ついたベート・ローガが痺れを切らして介入してくると。そのツケはなかなか面倒な、いや本当にマジで面倒なことになるかもしれないけど、まあいいや。

 

「うおおっ!」

 

 ほとんど怒りに身を任せたかのように、拳を振りかぶって殴りかかる。当然ながらそんなパンチは躱されてしまって、勢いをつけすぎた俺はつんのめると、さらに地面を蹴ってヒュアキントスの後ろにいた小人族に思い切り倒れかかった。

 

 そのまま、ほんのちょっと、いやかなり力を込めて、ただ倒れかかっただけのように見せかけて、その呆気に取られている生意気な顔に拳をめり込ませた。

 

 苛立っていることは間違いないのだ。

 

「ぶびっ!?」

 

 そのままテーブルごと地面に倒れ込む。まだテーブルにあった料理が2人の体に降り注いだが、これはこれで悲惨さを演出できてよかった。

 

「ちくしょう!」

 

 そのまま小人族を踏みつけざまに立ち上がる。そうしてまた簡単なパンチを繰り出すと、予定調和かのように避けられ、そのままさっきは地面を蹴って避けたヒュアキントスの膝蹴りが腹にあたった。

 

「ぐうぅっ……」

 

 ちゃんと腹を引っ込めてダメージを軽減したものの、しかしそれでもやってくる痛みにちゃんと腹を抑えて唸る。

 

「主神を侮辱した罪は重い……相応の報いは受けてもらうぞ」

 

 ヒュアキントスが更なる追撃を加えるべく一歩近づく。そのとき、テーブルを蹴り砕く音が店に響いた。当然、店中の視線がそちらに向く。そこにいたのはベート・ローガだった。

 

 思惑通りヒュアキントスの前に立った彼が、そのまま2、3言交わすと、アポロン・ファミリアの連中は店を出ていった。

 

 よし、よぉし。あとはこのままこちらを思い切り睨みつけてくる狼人をかわせばいい。ただベートはそのまま俺の胸ぐらを掴み上げた。

 

「俺を利用しやがって、舐めてんじゃねえぞ」

 

 そう言うと俺を床に投げ捨ててそのまま店の外に出ていった。一緒にきていたロキ・ファミリアの団員が慌てて代金を支払うと、彼の後を追った。




精神は体の年齢にも寄るということで、前世ならルアンを殴らなかったでしょう……かね?
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