ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか 作:アロンソ卿
「リーダーは1つの頭しか持っていないから、戦闘もこなしながらだと、どうしても手一杯になる。そんなときに、適切な情報やこうした方がいいと思うとか伝えると、それだけで一気に楽になるときがある。俺もあのとき、サポーターの一声が無ければ危なかった」
「なるほど」
神アポロンの挨拶が終わり、場内がより活発さを増していくなか、俺は食い溜めに走った神様を横目に、ヤマト・命と話していた。
なぜ話しているかといえば、彼女からどうすればもっと強くなれるのか聞かれたからだった。よくよく聞くと、自分がもっと強ければ俺たちにいわゆる『怪物進呈』をしなくてもよかったのではないか、という事だった。
ならば強さというよりはパーティの形か連携だろうと思い、その話になった。
「その辺りはまあ、経験豊富なやつがパーティのもう1つの頭になるのが通常だな。そうすればリーダーが死んでも問題ない。あとは今回のことについてファミリア内で話し合ったか? 冒険中のよかったとこや、なぜ対処できなかったか、次はどうするか話し合うだけでも変わる」
そのときだった、ざわっと広間の入り口から起こった大きなどよめきに、開いたヤマト・命の口が閉じた。
何があったのか、騒ぎの方に目線を向けると、そこには巨身の獣人を従えた銀髪の女神様がいた。
「あっ、フレイヤだ」
いつの間に食事を終えて戻ってきたのか、神様が横からにゅっと身体を出してそう言った。俺は、その名前を聞いた瞬間に、あれが神フレイヤかと思った。バベルの最上階に住むという女神様。
フレイヤ様の登場を境に、場は一気に盛り上がっていた。それも納得の美しさだ、不敵の美しさというやつだろう、俺は三島由紀夫の金閣寺を思い出していた。
美貌、プロポーションやあるいはそれを閉じ込めたドレスも、一挙手一投足までもが、美しい。あんな綺麗な神様、初めて見た──。
っと危ない危ない、危うく心を持っていかれるところだった。ハニトラを警戒していた経験、あるいはヘスティア・ファミリアの眷属としてここにいるという自覚が無ければ、今ごろ無様を晒していたかもしれない。
「ああそうだ、もう遅いかもしれないけど、フレイヤは見ない方がいい。『美の神』を見てしまった子供達はたちまち虜になって『魅了』されてしまう」
「ああ確かに、そうですね」
だいぶ遅いです神様、とは言えなかった。しかし、周りを見ればかなり悲惨なことになっていた。神も下界の者も、さらには性別も問わず魅了されているのが一目で分かった。中には魂が抜けたかのような者までいる。
あれが、恐らくは俺を見ていた──。そう記憶を元に視線を戻したとき、フレイヤ様と視線がぶつかった。間違いなく、それはオラリオに来てから何度も味わった視線だった。
フレイヤ様は俺を認めると、確かに微笑んで、こちらに向かって歩き出した。コツ、コツと靴音が鳴るたびに人込みが散って道ができる。神様は俺に、何かあったかと耳打ちするも、俺は分からないですと返すしかなかった。
そのうちに、俺たちの前で止まる。俺も神様も、神フレイヤの目的はベル・クラネルだと共通の認識を持った。
「来ていたのね、ヘスティア。それにヘファイストスも。神会以来かしら?」
「やぁフレイヤ、何しに来たんだい」
神様は子供達の嘘がわかるというが、そんな能力が無くてもこれが建前の会話だとわかった。
「別に、挨拶しに来ただけよ」
フレイヤ様はそういうと、じっと俺の方を見つめ、笑みを深めると同時に、ごくら自然な動作で手を伸ばして、俺の頬を撫でた。
「──今夜、私に夢を見させてくれないかしら?」
それだけで腰砕けになりそうな一連の動作を、なんとか気合いで耐える。
「いえ、すみませんが今晩は我が主神と帰りますので、そのお誘いは断らせていただきます」
そのままそっと頬を撫でる手を取ると、その甲に唇を落とした。そして手を離す。うまく断れただろうかとフレイヤ様の方に視線を上げると、手の甲を見つめながら僅かに驚くフレイヤ様がいた。
「──振られちゃったし、もう行くわ。それじゃあ」
オッタル、と側に控える自らの眷属に声をかけると、そのまま人の群れに囲まれて遠ざかっていった。
俺はその姿が見えなくなると、ようやくふぅーと長く深いため息を吐いた。
「……よくやったベル君!」
ふん、と胸を張る神様だったが、もしかしてアポロン・ファミリアよりも厄介なものを抱えてしまったのではないかと思う。どちらかというと、目をつけられたのはフレイヤ様の方が先ではあるが……。
「それじゃあそろそろ挨拶回りと行こうじゃないか」
それからしばらく俺は神様に着いて、知人だという神様に挨拶して回った。途中、神ロキとも出会って、神様同士は喧嘩を始めてしまった。それに若干呆れながらも、眷属としてパーティに参加していたアイズと笑い合ったりした。
それは何とも新鮮な、冒険者ではない1人の少女としてのアイズだった。その姿を見ていると、いまこうやって気を張る俺が何だか変なように思えてしまった。
まあ仕方ない、これも職業病だと、ロキ・ファミリアと別れたあともにこやかに挨拶を交わす一方で、神と冒険者をめざとく観察した。
そうして挨拶を終えた俺は、一旦小休止を貰ってバルコニーに出た。遠く小さく聞こえるオラリオの喧騒に誘われるように、後ろを振り向く。
すーっと冷たい夜の空気を吸うと、熱気に浮かされていた頭が幾分かクリアになった。と、そのとき、視界の下の方でヒュアキントスの姿が見えた。誰かヒューマンと話しているらしい。自然と、気配を消して聞き耳を立てる。
『早ければ明朝に奇襲をかける。手筈通りに包囲しろ、仕掛けるタイミングは我々で統制する。いいな、ザニス?』
『言われなくとも分かっている。それより、報酬は取り決め通りだ』
予期していたことだが、なるほど、動くなら今夜らしい。しかしこれ以上こんな近くで相談されても困るなと思い、俺はぐーっと大きく息を吐きながら振り返りつつ背伸びをした。それに気がついたのか、背後では草を踏む音がした。
さて、と広間を見れば、少しばかりテーブルの配置が変わってダンス会場の様相を呈していた。せっかくだからと神様の姿を探すも、まだロキ様と言い争いをしていた。
仕方ないともう1柱の女神の姿を探す。多くの耳目がある前でお誘いを断ってしまったのだ、せめてダンスくらいはこちらからお誘いしなければと視線を滑らせると、一瞬で見つかった。
ダンス会場を遠巻きに見つめ、何とか微笑みつつ気が乗らないのか、ダンスの誘いを断っていた。
よし、と俺は弾みをつけて歩き出した。断られるならそれでいいと思いながら、コツコツと足音を立てて歩く。向こうも俺に気がついたのか、僅かながらの驚きを見せた。
そうして彼女の目の前まで行くと、彼女は双眸を細め美しく微笑みながら、銀の髪を揺らしてこちらに振り向いた。
「夜まではご一緒できませんが、私と一曲踊っていただけますか?」
「ええ、喜んで」
頭を恭しく下げて差し出した手に、そっと手が重ねられる。俺はしっかりとその手を握った。
指を絡めてダンスホールに赴く。それまでも、なかなかにやばかった。僅かに揺れる絡めた指が、それだけで極上の愛撫になっていたのだ。果たして踊ったらどうなるのやら、俺は色んな思いをない混ぜにしつつ、その腰に右手を回す。
『美の神』フレイヤ様がそこにはいた。どこまでも美しい御尊顔が目の前にあった。
「さあ、踊りましょう?」
「はい」
それを合図に、音楽に合わせて踊り出す。ダンスは何度か練習を重ね、本番にも参加したことはあった。だがそんな経験は、今に比べればまるで塵芥のようだった。
美の神に飲まれないよう、精一杯だった。ふふふ、と楽しそうに笑うフレイヤ様に微笑みを返さなければならない。ダンスがどうとか、足を踏む踏まないとか、そんなことはもはや考える余裕すらなかった。
笑顔を崩さず、さりとて自然であり、体の全身隅々にまで力を行き渡らせて、俺は女神のダンスに釣り合わなければならなかった。神フレイヤと踊るにあたって、指先ほんの少しだって油断は許されなかった。
本当なら、その上で相手と目配せなんかを楽しみつつ踊らないといけないのだろうが、ほとんど何も考えられないままダンスが終わってしまった。ただその中で1つ思ったことがあった、神フレイヤもまた、美の神としてあろうとしているのではないかと。
「楽しかったわ」
その言葉とともに手が離れ、フレイヤ様は元の場所に戻っていった。満足していただけたのだろうか、そうであれば嬉しいのだが。
「次はボクと踊ろうぜ!!」
俺も帰ると、神様に捕まった。途中から見られていたのだろう、その目には逃さないとありあり書かれていた。元々踊ろうとしていたのだ、俺は手を差し出そうとした──。
「──諸君、宴は楽しんでいるかな?」
そのときだった、神アポロンが登場した。