ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか 作:アロンソ卿
その日は早朝、いや深夜からアポロン・ファミリアは惨憺たる様相を呈していた。
まず深夜に起こった正体不明の冒険者によるホームの襲撃事件にて、ホームが崩壊した。神様以下団員に死者は発生しなかったものの、偶然居合わせたフレイヤ・ファミリアのヘイズ・ベルベットがいなければ、その限りではなかっただろう。
それでなくとも崩壊に巻き込まれて手足を潰される者もいた。あるいは、治療が追いつかずにパープル・モスの鱗粉を浴びたために毒で苦しみ続ける者、失血により動けなくなる者も大勢いた。
そんな彼らを救命しつつ、ホームの復旧というか、ひとまずの住居スペースの確保に、動ける団員は深夜から総出で取り掛かった。すでにベルは離脱していた。
そうしてひとまず全ての団員を救出し、瓦礫を除去した場所で休む頃には、もう朝日が登っていた。ヘイズ・ベルベットもまたフレイヤ・ファミリアへと帰還していた。
太陽に照らされながらも、しかし彼らの士気は酷く低下していた。誰もヘスティア・ファミリアへの襲撃を決行しようなどという者はいなかった。
その心理はいかなるものか、闇派閥に準ずる攻撃を受けたことに対する衝撃か、あるいは襲撃者が誰か分からないという恐怖か、はたまた、実行犯として可能性の高いベル・クラネルに対して、そうだとは思いたくないという葛藤か。
団長であるヒュアキントスは、崩壊したホームを前に呆然としていた。
「──アポロン、戦争遊戯を受けて立とう」
そんなときだった。アポロン・ファミリアのホームを囲う外柵の、その正門を、神ヘスティアが通ったのは。
神ヘスティアは、たった1神、たとえ下界の者が同様の髪型をしてもそこまでの威圧感を漂わせられないだろう、歩調に合わせて堂々たるそのツインテールを靡かせ、瓦礫の山と化したホームを背にする神アポロンの前で立ち止まった。
神ヘスティアが戦争遊戯を受けた一方で、神アポロンは酷く顔を歪め、盛大に歯軋りをした。
「ヘスティア……よもや君がこんな真似をするとはな」
「何を言っているんだアポロン。もしかして君は後ろの惨状をボクの眷属がやったと思っているのか。そんなことをするのは、むしろ君の方だろう、ここにソーマ・ファミリアの子どもを連れてきたっていいんだぜ」
「ぐっ……!」
「まあいいさ。とにかくボクは君からの戦争遊戯を受けた。これからギルドに行ってその申請をして、臨時の神会も開いてもらうつもりだ。それじゃ」
それだけ言い終えると、神ヘスティアはさっさとホームから出ていった。後にはただアポロンが残った。
〇〇〇〇〇〇
その日のギルドは、突然発生したアポロン・ファミリア襲撃と、戦争遊戯の処理、あるいはそこに遅れてやってきたアポロン・ファミリアがヘスティア・ファミリアに戦争遊戯を申し込んだという噂がごちゃ混ぜになり、騒然としていた。
ホーム襲撃は全く何も情報が無く、闇派閥の仕業だと騒がれ、また、ヘスティア・ファミリアの、昨今名を上げてきたベル・クラネルがやったのだとも、しかし彼にそんなことができるのかだの、彼はそんなことしないだの、好き勝手に言いながら、しかし戦争遊戯の処理をしていた。
一方で神会もまた騒然としていた。噂好きの神様が、明晩に起こったアポロン・ファミリアへの襲撃事件とヘスティアを見比べて、好き勝手に話していた。しかし初めて見る彼女のただならない雰囲気に誰もが彼女に対しては閉口した。
しかし相手であるアポロンだけは、今朝から心境の変化があったのだろう、余裕の表情を見せて、戦争遊戯の内容についてヘスティアと対話した。
「我々が勝ったら、ベル・クラネルをもらう。またヘスティア・ファミリアに対して1億ヴァリスを要求する」
「……ベルくん以外にまだ眷属はいない。もしボクが負けても1億なんて到底払えないぜ」
「ならば仕方ない、ベル・クラネルに払ってもらう」
この変態め、ヘスティアは表情こそ変えなかったものの、心の奥でアポロンを睨みつけた。ベルを愛で、あるいはボロ雑巾のように使い潰した後に愛でてもいいかなど、その悍ましい笑みの下で考えているのだろう。
「……わかった」
「そこだけははっきりさせておきたかったのでね。ヘスティアが勝者になった暁には、要求は何でも呑もう」
ベルの移籍に関する記録が、書記の神が明文化する。そのまま戦争遊戯に関する手続きが進み、勝負形式を決める段に至った。結果としてはヘルメスがクジを引いて『攻城戦』、ヘスティア・ファミリアが攻めという形に落ち着いた。
「ちょっといいかしら」
しかしそのとき、フレイヤが割り込んできた。アポロンは謎の乱入に顔を顰めるだけだったが、ベルとの件もあり、ヘスティアは疑念や警戒、あるいはらしくなさそうな行動に、その心境を案じた。
「本人の意向というのが大きいのだけれど、この戦争遊戯に、私のヘイズを含む
「……どうしてだ」
「アポロン・ファミリアが脆弱だからよ。だからヘイズが申し出たんじゃない、あの子、誰かが死ぬのを嫌うから」
脆弱と言われ、しかし彼女の眷属であるヘイズがその場にいなかったことを想像すると、何も反論できなかったアポロンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
それを機に再度、決まりかけていたルールの細部が見直されることとなった。神達としても、戦争遊戯で子どもが死ぬのは望むところではないのだ。
──でもそれだけじゃない。ヘスティアはそう思い、表面上こそすましているフレイヤを見つめた。
確かに昨晩の宴のとき、ベルくんはアポロンに対して何かをしようとした。ボクがあの場で戦争遊戯を受けていれば、いやそうでなくとも、たぶん宴はベルくんのせいで大混乱に陥っただろう。けれど何もしなかった。
そしてベルくんは弾かれたようにフレイヤの方を見た。彼らの間で何かあったのだろう。
ヘスティアは苦手な部類に入るフレイヤに対し、警戒を解いて心配さえし始めた。
そんなヘスティアを置き去りにしてどんどんとルールの細部が決まっていく。交戦期間は3日、アポロン・ファミリアの大将が生き残ればアポロン・ファミリアの勝ち、大将が負ければアポロン・ファミリアの負け。戦闘員の中に治療を担当するものは含まず、自前の治療師等で傷病に対処できない場合は、『満たす煤者達』が治療等を行うが、彼らが治療した団員はその時点で戦争遊戯からリタイアとなる。
また治療要員を攻撃してはいけないし、治療要員もまた戦闘に参加してはいけない、満たす煤者達は通常時は戦闘区域外にいて、非常時はその限りではない、治療要員は光る腕章を付け、治療中は攻撃しないなど、フレイヤの意向に従って、子ども達が死なないようなルールが明文化されていった。
そうして戦争遊戯に関する取り決めが決まり、神会が解散となった。戦争遊戯を控え、熱狂に包まれつつある神達が会議場を後にしていく。
「フレイヤ」
「なあに、ヘスティア」
ヘスティアはその中で、他の神と混じって退場するフレイヤに声をかけた。
「何か……あった」
「いいえ何もないわよ。ふふふ、そんなに心配そうな顔で見ないでちょうだい。それに、私の心配をするより自分のことを考えた方がいいのではないかしら。それじゃあね」
「……ああ、それじゃあ」
何もないようにそのままフレイヤは出ていってしまった。そうして1人になったヘスティアにヘルメスが話しかけた。
「もしかして……」
「うん」
目配せとともに意思疎通を行う。周囲にどれだけ耳目があるか分からないのだ、不要な言葉は避けるべきだ。ただチラッとアポロンの方を見ただけ、それだけでホームへの襲撃のことだとヘスティアが悟り、ヘルメスも犯人がベルだと認識が取れた。
「……君はこのことを義祖父に報告するのか?」
「いいや、まだしないさ。今回のは全部ひっくるめて、彼の平穏と幸せを願うあの爺さんには刺激が強すぎる。まあ何にせよ、今回はひとまず彼が勝つことを祈ろう」
「そうだね」
そうして熱狂はオラリオへとばら撒かれていった。ベルによるアポロン・ファミリア襲撃も、犯人不明であることや、戦争遊戯のためにギルドとガネーシャ・ファミリアが動いたために、一旦はうやむやになった。
ルールと場所が決まった日、ベルは準備を終えるとヘスティアに行ってきますとだけ告げて、戦争遊戯の舞台である古城シュリームに向かった。