ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか 作:アロンソ卿
「予め動作を決めておけば、さっきみたいに十分な指示が出せなくても各人で動くことができる。このとき周到な準備と予行をしっかり行うことが大切になる」
ベルはリリ、【タケミカヅチ・ファミリア】の命とダンジョンへ訪れていた。ここまでのリーダーはベルが務め、その指揮を受けることに慣れているリリとともに研修として命が参加している。
元はといえば神アポロンの主催した宴での会話だった。命がベルたちに依頼し、冒険が始まった。
ベルがどのように冒険しているか、その方法が【タケミカヅチ・ファミリア】に適合しそうか、あるいはもっとふんわり何か掴めるものがあるのではないか、というのが目的だった。
そこで、実際に一緒に冒険せねばわかるまいという理由で、今回の冒険となった。
まあ命自身、彼がどのようにあの状況から生還したのか、その冒険に興味がないわけではなかったし。
「というわけで、次は命がリーダーとなって指揮を取れ。使命は『冒険を終えるため地上に帰還する』こと」
「じ、自分がですか!? ……分かりました、やってみたいと思います」
急に振られた命は、軽くなっていた体に普段の重さが戻り、また初めてのこととベルからの指導とは名ばかりなお小言をもらって、まだまだ浅い階層だというのに涙目になりながら地上を目指すこととなった。
〇〇〇〇〇〇
「ううぅ……何もあそこまで言わなくても……」
地上に戻った命は、人目から避けるように建物の影に寄ると、膝を抱えてさめざめと泣いていた。傍らのリリが大丈夫ですからねと慰めている。
ある程度は仕方のないことだろう、これまでの冒険とは全く違った、鍛えるという面を最重視した迷宮探索は、命には、あるいはオラリオの冒険者には耐性が無いものだった。
「……すみませんでした、生きるか死ぬかのことだから熱が入っちゃって……」
ただ、少々やりすぎたかと、ベルもリリに倣って声をかける。
「本当ですよ全く。『それでいいのか』とか『他の方法はないのか』とか、『リリと俺がどういう行動を取ってるか確認しろ』とか『早く次の指示をしろ』とかとかとかとか、矢継ぎ早に言い過ぎですよ。負荷をかけすぎです」
どうやら今回のリリは命の味方らしい。まあそれもそうか、いまリリの目の前でされていた研修は、いずれ自分の身にも降りかかってくるものである。そのときに少しでも楽をしたいという思いを抱くのは、責められるものではない。
もちろん、その裏でベルが即座にモンスターを倒す、経路を示唆する(ただし、そのために命のメンタルはゴリゴリに削られたのだが)などしていたため、迷宮探索から帰還できたのであり、命もそれは重々承知していた。
「だが本来の冒険はもっと負荷がかかるぞ」
「「……」」
ベルの言葉もまた正論だった。段階を踏んでいけばいい、なんていう考えは、実質的に迷宮探索を禁止することと同義なのだ。そんな余裕も何もないことなど、それが痛いほどよく分かっている2人は、言葉を噛み締めるためにすっかり黙ってしまった。
それに、なるほどこの研修の先であったために、タケミカヅチ・ファミリアが行った怪物進呈にも対処できたのだと、命は確信した。
「あー……まあ、今日はこれまでとする。約束ではまた3日後だったが、続けたいなら約束の時間に本拠まで来ること。以上、解散」
「はい」
それを合図に、背伸びをしてふーっと深いため息を吐くリリ。彼女にとってもベルとの冒険は慣れてきたものであったが、高効率高安全の冒険はそれを成立させるだけで疲れるのだ。
と、そのときだった。命に用があったのか、タケミカヅチ・ファミリアのヒタチ・千草が落ち着かない様子でこちらに駆け寄ってきた。その様子は命にとっても珍しいもののようで、狼狽えながらも彼女は千草に駆け寄った。
「──ほ、本当ですかっ!?」
と、命は千草と話すうちに驚きの声を上げた。そしてこちらに振り返り、がばっと頭を下げた。
「そっ、それではこれで失礼しますっ!」
そのまま命と千草は、何が何だか分からないままのベルとリリを置いて、走り去ってしまった。
「──行くか?」
「ベル様は妙なところで変な責任感がありますよね」
「うーん、まあな」
この性分は一度死んだ程度では変化してくれやしないらしい、こればっかりはどうしようもないのだ。思えばリリのこともそうであったか。
だがまあ、とりあえずリリも止める様子はないので、俺はリリを引き連れて2人を尾行するため、日が落ちつつあるオラリオに駆け出した。
だがその尾行、開始して程なく、具体的には命達が繁華街から少し小道に入ったところで、一度足を止めざるを得なかった。初めに気がついたのはベルだった。
ベルは自身のヘスティア・ナイフをリリに預けた。
「リリ、これを持って先に帰ること」
「了解──って、どうして……ま、まさかっ……分かりました」
リリも気がついたようで、ナイフを受け取ると一目散に本拠へと引き返していった。リリの想像する場所とは、もしかしたら違うかもしれない。まだまだ遠く、そこに行くとは確信できていないリリだが、しかし彼らの不審な様子から、その可能性を否定できなかった。
そうしてリリと別れたベルはすぐさま命達を追った。だが単純に通ったルートを追いかけるのではなく、行き先に当たりをつけて先回りするように。
「止まれ、動くな」
果たしてそれが功を奏したのか、建物から飛び降りる形で、ベルは命と千草の前に降り立った。こういう止め方しかできないのは、ある種ご愛嬌だろうか。
ベルの背後からは妖しい気配の漂う歓楽街が広がっている。2人がそこへ行く前になんとか止めることができた形だ。
「ベ、ベル殿、どうしてここへ?」
「歓楽街を楽しみにきたって感じじゃなかったからな、何か別の用事があると思って声をかけた。スルーして、後からトラブルに巻き込まれたって聞くのも気分が悪い。よければ話してみないか」
その言葉に、2人は目をぱちくりさせつつも,どこかほっとした様子を見せた。
〇〇〇〇〇〇
(狐人、確か名は春姫だったか)
2人から話を聞き出したベルは1人、歓楽街を奥へと歩いていった。2人は同郷の少女を探しているとのことだった。噂で聞き及んだ容姿がその少女そのものだったので、こんな場所まで足を運ぼうとしていた。
そう"こんな"場所である。聞き及んだ噂というのも,それはつまり、こうこうこういう容姿の狐人が"良かった"ということなのだろう、たぶん。
(そんな状況で会ってどうなるというのか、お互いに)
ベルはそう思いながら,座敷の向こうからこちらに手を振る娼婦達を眺めていた。ここはベルにとってもそこそこ物珍しい場所であった。前世の法治国家日本では、このような場所は滅多に見かけない。1つの建物となると、存在しないだろう。
だからと言って物怖じするベルではなかった。見た目はどうであれ中身は立派な大人である、似た場所は初めてではなかった。
(さて──と、あれは?)
極東の出だということで、遊郭に似た娼館を歩いていると、光沢を帯びる金の髪を持った狐人と目があった。その瞬間、目を奪われた。
少女と大人とを、憂いと羨望とを、楽と哀とを不安定に揺れ動くその様に、どうしようもなく心を奪われた。
と、そんな体だからだろう、歩いてきた誰かとぶつかった。
「っと、すみません大丈夫でしたか」
「いやこっちこそ……って、もしかしてベル君かい?」
ぶつかったのは橙黄色の髪と瞳を持つ、おそらくは男神だった。
「ええそうですけど,貴神は?」
「オレの名はヘルメス。どうかお見知り置きを」
そうして男神は人好きのする笑みを湛えて差し出してきた。それに応えるように俺も手を差し出す。
(この方が神ヘルメス。なるほど)
腹に何を抱えてるか分かったもんじゃないな。俺も同じようににこやかな笑みを返した。