ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか 作:アロンソ卿
少し前から店内はざわついていた。けれども俺にとっては神様の方が大切で、だからそっちの方はあまり気にしていなかった。
それが一段落つき、さらには大きな乾杯の音頭で、どうしてもそちらに注意が向いた。そしてその中に俺は、あのミノタウロスから助けてくれた恩人の姿を発見した。
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。つまり、今あそこでテーブルを囲っているのが【ロキ・ファミリア】であり、音頭にあった遠征という言葉と、ヴァレンシュタイン氏の存在を合わせると、あれがロキ・ファミリアの最高戦力たちということか。
そういえば神様はロキと知り合いなのだろうか、ふとそう思ったのだが。
「あの、神様──」
「ベル君、あっちの方を向くんじゃない」
それだけでだいたい察してしまった。知り合い、あるいは腐れ縁、あまり仲は良くないのだろうが、普段から毛嫌いしたりせずにそこまでの仲になるということは、まあ深い付き合いなのだろう。
はい、と返事してすぐ食事に向かう。ただまあ、ファミリアのメンバーに対しては何か言ってもいいのではないだろうか。
「あの、アイズ・ヴァレンシュタインさんにはもう一度お礼を言った方がいいでしょうか。もしくはその神様に」
「いや、そこまでする必要はないな。ベル君はそのヴァレンシュタイン君に助けてもらったときに、一度お礼を言ったんだろう。それに、そのミノタウロスは向こうの取り逃しと言うじゃないか」
だから大丈夫だと。なるほどそれもそうだ。それに、俺にとっては強敵でも、ヴァレンシュタイン氏にとってはゴブリン程度と変わらないだろうし。
にしても、それほど強い冒険者たちが向こうにいる。それは、大きな好奇心を湧き上がらせるには十分だ。もう耳は向こうに向いていた。いや顔が振り向くのだって抑えられなかったのだろう、だって別の給仕をしていたシルさんがチラッとこちらを見ただけでも、それが伝わったのだから。
「ベルさんは【ロキ・ファミリア】さんが気になりますか。【ロキ・ファミリア】さんはうちのお得意さんなんです。彼等の主神であるロキ様に、私たちのお店がいたく気に入られてしまって」
トトトト小走りに走ってきて、そう教えてくれた。なるほどと1つずつ入ってくる情報を整理して頭に入れていく。つまりは、神様を連れてあまりこの店に来てはいけない。1人で来れば強い冒険者たちに会えるかもしれない。
「ベル君、1人で来ようなんて考えやしないかい」
しかし神様には筒抜けだったようだ。
〇〇〇〇〇〇
久しぶりの豪華な食事に、神様のエールも2杯目に突入する。俺は1杯でいいかなと考えていると、ロキ・ファミリアの話題は別の方向に進み始めた。向こうもそこそこ出来上がってきているらしい。彼等のうち1人、獣人が話し始める。
「そうだアイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」
あの話……なんだか嫌な予感がした。ヴァレンシュタイン氏は何か分からずこてんと首を傾げているが、できればそのまま流れてほしい。
「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス! 最後の1匹倒したときにいたあの駆け出しの!」
ああ、それは間違いなく俺の話だ。だってヴァレンシュタイン氏に話しかけているんだもの。同じく気がついた神様が俺の顔を伺う。俺は頷くしかなかった。
「そいつ、兎みてえにちょこまか逃げまわった挙句、あろうことかアイズに向かって『倒すの手伝ってもらえませんか』だとよ!」
その声は店内に響くくらい大きかった。俺は縮こまりながら、こんな階層にいるから同じLv.1だと思った、だから一緒に闘えば勝てると思って声をかけたと、神様に弁明するしかなかった。
「違う、そういうことじゃない! 話を聞く限り、あの場では立ち向かわずに逃げるのが正しかったんだ。運良くヴァレンシュタイン君がいたからよかったものの」
「おお? そこにおるんはどチビとちゃうか」
獣人の声に比して神様の声は小さかった。だから獣人たちには聞こえなかったものの、しかしそこそこ大きく、運悪くカウンターに広がっていたロキ本人に見つかってしまった。その声を認めた神様はうげぇとした顔を浮かべる。しかしロキはそんな顔お構いなしに近づいてきては、俺の姿も見つけた。
「それになんや見ん顔もおるやんけ、少年、名前はなんちゅうねん」
「……ベル・クラネルです」
そうやって自己紹介をしている間にも、どんどん獣人の口はヒートアップしていく。
「そんな身の程知らずの腰抜け雑魚が俺たちと同じ冒険者だ」
ひいぃ、となんとも情けないような、普段の彼らしい声が漏れる。それでロキもすぐに事態を察した。兎のような見た目も相まって、確実に目の前のヒューマンがその駆け出しだ。
ロキが、あちゃーと額に手を当ててのけ反る。なんもかんも、起きたこともタイミングも悪い。
「これ、そろそろやめえ」
「あー、いま思い出しても情けねえヤツだったぜ」
しかしそれでも獣人の口はとまらない。隣の神様はムカムカしていて、今にも俺の手を引っ張って店を出ていきそうな勢いだ。
ここはまあ仕方がない、俺が出るしかないか。そう思って立ち上がる。何をしようとしているか察した2人が、少し心配そうに俺の方を見た。
すっと立ち上がってヴァレンシュタイン氏の方を向く。歩き始める前に、ロキ様に助けていただいてありがとうございましたと礼を言う。先ほどはもういいと言われたけど、せっかく近くにいるのだから、言ってしまえばついでだ。
そのまま歩いてヴァレンシュタイン氏のところまで行く。向こうも俺の方に気づいたようで、ああと口を開けた。
「ヴァレンシュタインさん、昨日は助けていただいてありがとうございました」
それは、もはや宣戦布告だった。今お前がバカにしてた相手が、ここにいるぞ。
「うん。こっちこそごめん、あの後は大丈夫だった?」
初めに反応したのは酒を飲んでいなかったアイズだ。あるいは天然だったから反応できたのかもしれない。次いでエルフのお姉さん、金髪の少年いや小人族か、ドワーフのお爺さんだった。彼等は、ほう、と感心したように、また面白いというようにベルを見た。
「へえ、お前があんときの駆け出しか」
そして最後に獣人が反応して立ち上がった。そのまま俺の前に立ってじっと見下ろしてくる。
かなりの威圧感があった。身長などもあるだろうが、何よりLvの差もあるのだろう。しかしこの詰められ方もまた懐かしい。
「なあ分かるか駆け出し、いや腰抜け。俺たちは【冒険者】なんだ、すぐ誰かに助けを求めて冒険しねえやつは冒険者じゃねえんだよ」
「……」
そんなやつは冒険者辞めちまえと。それは俺の心を大きく抉った。これまで半月ではあるが、一切の冒険をせずにダンジョンへ潜っていたことは事実だった。エイナさんの言うことも正しいが、しかし目の前の獣人が言うこともまた正しいことだった。
言葉と同時に鋭い視線と凄まじいプレッシャーとが俺に降り注ぐ。だがこれしきのことで、動揺など一つとして出す訳にはいかない。心に突き刺さったなど、一分たりとも見せる訳にはいかないのだ。
俺はそのまま真っ直ぐに目を見つめ返す。身じろぎも震えも、視線を僅かにでも晒すことを自分に許さない。呼吸が乱れて胸が大きく動くなど、もっての外だ。
「なんか言ったらどうだ。言わねえならこっちから聞いてやる、どうしてお前は助けを求めた」
「冒険者になって半月の俺では、1人でミノタウロスは倒せないからだ」
すぐに発言しなければならない。こんなところで隙を見せる訳にはいかない。しかし内容は良くなかった。
「ハッ! そんな期間を言い訳にしてる野郎が、どんだけ経ってもミノタウロスを倒せる訳ねえだろ」
「なら1ヶ月だ。俺は1ヶ月後にミノタウロスを倒す」
売り言葉に買い言葉。勝算なんてある訳なかった。しかし、もともと俺は大傲慢でなければ使い物にならないのだと、そんな信念がその言葉を俺に吐き出させた。
酒場の空気が凍る。普段ならこのような諍いをすぐに止めるだろう女主人も、そこに割って入ってはいけなかった。対峙している獣人の口だけが動く。
「……ならやってみろ。もしてめえが嘘なんて吐きやがったら──」
「そこまでや、ベート。それ以上は口にするな」
一段落ついてようやくロキが仲裁に入る。先ほどよりもやや強い口調は、場の空気と相まって、ベートという獣人は、いや人狼か、口を閉じた。俺はくるりと3挙動で半回転し、神様の手を取って店を後にした。
〇〇〇〇〇〇
「あんなこと言って、いったいどうするつもりだい!」
俺の手の先で神様がジタバタしながら騒ぐ。
「今から1月でミノタウロスなんて無茶苦茶だ。そんなことボクが許さないぞ! 今からでも頭を下げにいくんだベル君!」
神様の言うことは全くもって正しい。けれど、もう後戻りはできなかった。
「神様すみません、明日の準備をしてきます」
まだ店はやっているだろうか。俺は教会に着くと、神様を置いて金を持ち、摩天楼に向かって走り出した。
翌朝、いつもの時間に起きた俺は、背負うバックパックだけ変えて、ダンジョンに向かった。3日分の水分と食料、予備のナイフや安いポーション、それに着替えなどを入れたそれを背負った。それでは4日後と言い残して。