ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか 作:アロンソ卿
「今日は10階層に行く」
「……! それはずいぶんと急な話ですね。いつものベル様ならそのような無茶はしないと思いましたけど」
それでも計画に反対はしないのを見るに、まあこういう面での信頼は得られているみたいだ。
「構想。昨日のステイタス更新で発現した魔法及びスキルの効果を確かめ、そのスキルをもって下層に向かう」
スキル……とリリが小さく反応する。そういえばリリのステイタスはどうなっているのだろうか、ふとそんなことが気になった。どのように迷宮探索を行うか認識を擦り合わせている間、頭の片側ではそんなことに思考が向かった。
ステイタスは更新する必要がある。リリの所属する【ソーマ・ファミリア】は、調査した限り神様は自身の趣味以外には頓着しない神物らしいが、ともすればステイタスすら更新されていないのではないかと思う。
またそれとは別にして、ただ今後の行動のため、パーティメンバーであるリリのステイタスは確認しないといけないと思った。
「そういえば、どうして急に10階層に行こうという計画にしたのですか」
「実はあと半月くらいでミノタウロスを倒さないといけない。そのためにスキルの発現に合わせてより下層に向かいたい」
「……理由は、分かりました。下層に降りる判断はベル様に任せます」
「ありがとう。では現在時0930をもって迷宮探索を開始する」
最終的な認識統一を終え、ダンジョンに潜る。その直前、俺は俺たちの後をつける稚拙な尾行に気がついた。
そしてもう一つ、自分の真上からまさに神の如き視点で鳥瞰してくる視線にも、気がついていた。
〇〇〇〇〇〇
「うーん、気づいているのだとは思うけれど、さすがにもう慣れたのかしら。だとしたら、それはそれでいじらしいわね」
バベルの最上階。正しく神の視点からオラリオを見下ろす女神がいた。女神フレイヤ。【フレイヤ・ファミリア】の主神である彼女は、今日もまた下界を、ベル・クラネルを見下ろしていた。
彼を見つけたきっかけは全くの偶然だった。初めはただひたすらに強い輝きを放つ魂を見つけただけだった。そんな子どもがこの街にいただろうかと思うほどに、それは周囲の何物にも負けぬ意志をもってそこにあった。
なんて強い子なのだろうと思っていた。けれどそれはただの勘違いだった。彼女の眼をもってしても、一度で彼の本質を見抜くことはできなかったのだ。
何度も何度も見て、そしてようやく気がついた。彼が本当はとてもとても頼りない、簡単に挫けてしまいそうな子どもだったことに。
その健気さに、元のか弱い魂からすれば途方もなく強くあろうとするその狂気ともいえる在り方に、あるいはその虚像でありながら実像の如き輝きを放つ魂の強さに、彼女は見惚れてしまった。そもそも、彼を見つけた時の、あまりにも強い魂に一目惚れしてしまったのかもしれない。
「ああ……見てみたいわ。彼が膝を折って泣き、その魂に鎧ったものが全て剥がれた姿を……」
それはどのような感情なのだろうか。しかし少なくとも言葉にされたものだけではないことは確かだった。彼が困難に直面すればするほど増す輝きを見たいという想いもあるだろうし、もしくは何があろうとも挫けないでほしいという願いの裏返しもあるだろう。
けれどもその想いが一方的であることだけは、間違いなかった。
「ねえ、貴方もそうは思わないかしら、オッタル」
彼女は自分の背後に仕える獣人の男に問いかけた。オッタル、都市最強の冒険者だ。
「……自分は彼のことをよく知らないので申し上げることはできませんが、しかし貴方の仰られる彼の強さというものには興味があります」
「……じゃあ、あの子への働きかけ、貴方に任せるわ。ちょうど彼も相手と冒険を欲していることだし」
ふふふと微笑みを湛えながら、葡萄酒を一口含む。その両目はしっかりとベルを、探索中に訪れるであろう苦難を見通していた。
〇〇〇〇〇〇
「本当にベル様は冒険慣れしていらっしゃいますね」
ダンジョンに潜り、既に5階層。2人は予定通りベルのスキル効果等を確認しながら進んでいた。
「そうだな、これが冒険というのなら、確かに慣れているかもな」
ベルは休止間に入り、昨日までリリが背負っていたバックパックの腰ベルトを緩めて、それを降ろした。今回はベルがバックパックを背負いたいと申し出たのだ。理由は、バックパックに急遽取り付けた腰ベルトの性能を確かめるためだった。
「リリ、一度これで背負ってみてくれ」
ベルは性能に満足したのか、バックパックをリリに試させた。
「はあ……、先程までベル様がしていたようにすればいいのですよね」
「ああそうだ、そうそうバックパックに仰向けになって腰ベルトを締めて、肩を通してひっくり返って四つ足で立ち上がる。どうだ」
言われるままに立ちあがったリリは、バックパックの重さを支えるために背中を丸めるのではなく、背骨の代わりにバックパックがあるような形になった。
「おおすごい! ずいぶん楽になりました! ありがとうございます」
ほとんど自由になった肩を回し、バックパックが背中に密着していたことで発生していたムレの予感が薄まったことで、リリは気分が良くなってはしゃいだ。
「にしてもよくこんなこと知っていましたね。それにバックパックも簡単に背負っていましたし。やはりベル様は冒険慣れしていらっしゃいます」
「どうだかな……しかしこれで俺のスキルの内容も大体把握できた。それで、リリは10階層にも行ったことがあるんだったな」
「ええ、他のパーティのサポーターとしてですが、何度も行ったことがあります。しかしベル様の──」
「なら大丈夫だ。それに、パーティメンバーが行ける階層にリーダーが行けないという訳にはいかないだろ」
例えそれが分不相応だとしても、ベルの魂がそれを許さない。パーティメンバーができることなら、リーダーとしてそれ以上のことができて当然であり、指導までできなければならない。そんな強迫観念にも似た想いと死狂いの実行とが、彼の魂には【経験値】として刻み込まれていた。
新たに魂の表層に浮かび上がったそんな【経験値】によって発現したスキル【率先垂範】は、背中の文字こそ普通のことが書いてあるが、言ってみればそんなスキルだった。
だからリリのバックパックを背負いながらここまで戦闘をしても、疲れの色はない。いや、見せないほうが正しいか。
「よし、そろそろ行動開始するぞ」
「はい!」
リリが疲労なく行動できる以上、彼もまた疲労なく行動しなければならないし、リリに今後の行動に対する不信感を与えてもいけない。
ベルは、側からみればそれこそ本当に、10階層など簡単に探索できるような冒険者に見えた。
〇〇〇〇〇〇
8〜9階層を突破して10階層に進む。10階層は朝霧が立ち込めるような場所だった。
降り立つや否や、即座に思考を回す。
(この霧は我の行動を秘匿するが、同時にモンスターの活動も秘匿するな。霧に乗じた小型モンスターの襲撃と連携した大型モンスターの攻撃が一番怖いか)
「リリ、後方及び右側方警戒。異常があれば報告するとともに、小型モンスターの接近にボウガンで対処」
「了解」
そのまま縦隊を維持して通路を進み、ルームに出る。そこは草原だった。まさか本当にこんなふうに草原があるとは思わなかったが、同時に懐かしい気分にもなった。
周囲を見回すと前方に枯木が何本も突っ立っていた。上にいくにつれて極端に細くなる木は、それだけで天然の武器たりえる。なるほどこれが『迷宮の武器庫』か、どこからでも湧くモンスターといい、どこまでも地域は我に不利らしい。
いや、武器庫ならしっかり施錠しとけ。
そんな感想もすぐさま、立木の奥からゆらり現れた大きな影に遮られた。まるで装軌車を思わせるような足音と地鳴りが体を襲う。
『ブグッゥゥゥゥ……』
現れたのは大きく太った身体と豚頭を持つ大型級のモンスターである『オーク』だった。
「リリは引き続き警戒実施。『狙え』」
オークが枯れ木に手を伸ばす。先手必勝、俺は棒の先をその手に向けた。
『撃て!』
『グオォッ!』
瞬間、音速を遥かに超える速度の魔力弾がオークの手に襲いかかる。何発か外れはするものの、当たった弾が腕を弾いて怯ませた。その隙に駆け出し、さらに3発右膝に撃ち込む。そのまま僅かに崩れた右側に着剣しつつ回り込んだ。
「ヤーッ!」
裂帛の気合いとともに
「右からオーク1匹!」
「よし! リリ、オークの腹『狙え──!』」
リリの報告通り右側から襲いかかってくるオークの、今度は頭部に銃剣を向け、もはや号令を兼ねた詠唱をする。リリも弾かれたようにボウガンを構えた。
『撃て!』
同時にリリも矢を放つ。初めに俺の魔力弾が豚頭に命中して怯ませ、普通なら防がれるだろう矢が腹に刺さる。
『グゥゥウ……』
「リリは警戒に戻れ!」
腹を丸めるオークに、一挙に接近する。敵の接近にオークが拳を振り上げるも、その拳が放たれる前に魔力弾を撃って静止させる。そのまま空いた脇腹を抉りながら通り、半回転して脇下を斬り上げた。
濃緑の血液が吹き出して草原をさらに濃く染める。俺はなるべく節約のため魔法は使わずに背後から滅多刺しにした。その1つが魔石に当たったのか、塵も残さず消える。
ひとまずはこれで終わりか。なんとかなったか。
「ベル! 引け!」
そのとき、リリの簡潔明瞭な指示が飛んだ。同時に異臭が鼻をつく。なんだ、何が起こっていると頭を回しつつ、後方に跳び下がってリリの側に寄る。
「9階層に撤退する。撤退時に何があったか報告」
ここは俺より迷宮探索に慣れているリリの判断に一任する。
「後方よりモンスターを引き寄せるトラップアイテムの投擲を確認した。別冒険者による攻撃の可能性があると判断した」
「了解。命令を一部修正する。我々は今回の探索を中断して街に戻る」
さて、どちらだ。初めに後を付けてきていた者か、あるいは今も上から見下ろしている者、まあ明らかに前者だろうな。
「リリ、いまから矢の使用は禁止する。モンスターに襲われた場合は俺の魔法をもって対処」
同時に持っていたマナポーションを少し飲む。おそらくは俺よりもダンジョン内での経験が豊富な冒険者との、ダンジョン内でのいざこざになる。万全を期さなければならない。
もしくはこのまま振り切ってしまえばいい。そう思い、リリが着いて来れる範囲で、モンスターを駆逐しながらさらに速度を増す。そしてそのまま7階層に到達した。
通路を抜けてルームに入る直前、人の気配を感じた俺は叫んだ。
「停ー止!」
リリがつんのめって俺にぶつかりそうになるも、なんとか止まる。ルームの入り口、俺はそこから僅かに覗く剣先を見、小さな舌打ちを聞いた
「やっぱりこの道だったな糞ガキ」
そんな言葉とともに、数日前に制圧した男が姿を現す。
『狙え』
「おっとなんだ魔法か」
男は通路からルームに戻って身を隠す。さすがに人相手だと速攻性に欠けるな。そう思いながらも、走り出すハンドサインをリリに送る。
『撃て』
放たれた魔力弾と同時に走り出す。男が身を隠した方の角を威嚇射撃しながら、空いた入り口からルームに入った。
「そのまま走れ!」
リリに指示を飛ばしながら、反転して3発射撃する。さすがに魔力0の俺では実弾のように一撃で相手を戦闘不能にすることもできず、命中しても少しの間だけ唸らせることしかできなかった。
もう一度反転してリリの背中を追う。しかしその小さな背中と大きなバックパックの向こうに、通路を塞ぐ男が見えた。
「ここは通行止めだぁ、アーデ」
「カヌゥさん……」
どうやら知り合いらしい。カヌゥの一言や雰囲気から、物を盗まれたとかではなく、おそらくはファミリア内の知り合いだろう。
後ろの男も気にかかるが、リリの隠しきれない怯えから、リリの斜め前に立つ。チラッと背後を確認すれば、男もニタニタ笑っていた。なるほど協力者らしいが、さて、カヌゥからそんな雰囲気は感じ取れないし、男のさらに後ろにも別の男が控えていた。
「でなぁ、アーデ。俺の言いたいことがわかるか」
さて、これはファミリア内部の争いか、噂に聞いていた通りだな。どうするか、リリを庇いながらの戦闘は困難だとも言っていられないが。
「ネタは上がってるんだ、金になるもんは全部出しな」
リリが俺を見る。俺はリリを守るように一歩前に足を踏み出した。それをどう受け取り、どう思ったのかは分からないが、リリはチャラっと音を立てて何かを取り出して、俺が気づくより早く放り投げ始めた。赤い剣に金時計、そしてようやく気がついて振り向こうとした俺の目の前を鍵が飛んで行った。
「魔剣に金時計か。それに何だ、これは」
「オラリオの東区域にあるノームの貸し出し金庫の鍵です。中にはノームの宝石が入っています……」
「なるほどなぁ。ありがとよアーデ、これはお礼だ」
リリの差し出したそれらを取り返そうと足に力を込めたとき、足元に袋が放り投げられた。袋の口が開いて中身が見える。それはまだ息のある上半身だけのキラーアントだった。
まずい! 死にかけのキラーアントは仲間への救難信号を発信する。俺は反射的に蹴り飛ばすも、もはや遅く、またルームの中にある限り対した効果もない。
「ゲドの旦那も協力ありがとうございました。こいつはそのお礼も兼ねてるんで……」
そうしてゲドと呼ばれた男の後ろで、カヌゥの協力者が新しいキラーアントの半身を転がした。突然の裏切りに唖然としているゲドの脇をカヌゥの仲間がすり抜け、そして追加で一つ俺たちの横に落としていった。
早くも蟲が溢れる通路。ゲドは現状を理解し、顔を青ざめさせた。
「正気かっテメェらあああ! くそったれがあああ!」
ゲドは翻って通路に逃げ出す。しかし悲鳴が聞こえ、そして途絶えた。
「それじゃあ俺等もずらかるんで、少しの間蟲どもの囮になってくれや」
袋を投げ返され、俺たちの足元には3つの袋が転がることになった。キラーアントが俺たちを囲むその向こう、大笑いしながら虫の数が減った通路に去っていくカヌゥ達がいた。
リリはどう感じているのだろうか、仲間に裏切られ生命の危機に瀕し、絶望しているか。予想はしていたものの、1つの言葉で傷ついたか、どちらにせよ自失呆然としている。
リーダーがメンバーを見捨てるわけにはいかない。
「リリ!」
引っ叩くわけにもいかずに叫ぶ。が、これまでのパーティ行動があったからか、そこそこ効果はあったらしくまだまだ揺れる瞳でこちらを見る。
「
そうして、ようやく動揺が収まった。数日数回とはいえ耳から体に叩き込んだ戦闘行動開始の合図だ、勝手に身が引き締まるのだろう。
「行くぞ。リリ、後方の虫、横射『狙え──!』」
気を取り直したリリが動き出してボウガンの狙いを定め、俺も前方の虫に棒を向ける。
『撃てッ!』
同時に矢と弾が放たれる。第一線の虫に向けて薙ぐように魔力弾を連発する。
「走れ!」
リリが振り向いて走り出す。その速度に追いつかれないように、次いで縦射により前への道を無理やりこじ開ける。
「右方射撃!」
リリが右の虫を牽制し、左の虫は俺が撃ち落とす。牽制を乗り越えた虫はナイフで切り落とす。そうしてようやく通路に辿り着いた。同時に着剣する。
ここから正面は狭いものの縦深は長い。俺はただ真正面の虫だけを、速度を維持したまま刺突と銃撃をもって駆逐していった。
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「……ベル様ならあいつ等と同じようにリリを囮にすれば無茶せず助かったはずです。どうして……」
キラーアントの波を乗り切った2人は、そのままダンジョンの外まで駆け上がっていた。ようやく一息ついた2人は、リリは肩を大きく不規則に上下させている一方で、しかしベルは平静を装っていた。
そんな中、身体の疲れが精神に影響を与えたようで、リリが弱々しく言葉を吐き出したのだ。
「リーダーとしてメンバーを見捨てるわけないだろう」
ベルの返答は簡潔なものだった。さも当たり前のように、疲労や先ほどの襲撃も些事であるかのように言うベルに、リリは頼もしくもあり、恐怖も感じていた。
その些事の中には、たぶん自分のことも含まれているのだろうと、リリは察していた。想像でしかないが、リリは自分がどのような存在でどんな行動をこれまでにしてきたのか、凡そベルには掌握されていると感じた。
「さて、今日はこれで解散しよう。明日と明後日は休みにして、また明々後日に今日と同じ時間に集合すること」
「……はい」
その上でまだパーティに誘われる。はたして自分はどのようにするべきなのか、まだ判断がつかなかった。