最強コーチ と 愉快な仲間たち   作:御沢

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手違いで消してしまったので、新たに作り直させていただきました!

申し訳ございません。


その女、襲来。

「んーっ、日本は随分久しぶりな気がするなーっ」

 

―――7月31日。午後1時。明治神宮野球場。

大量の観客が既に詰めかけた球場には、既に席はもう残っていない。

 

…まぁ、それも当然か。試合は既に始まっちゃってるし。

 

―――今日は西東京代表をかけた、甲子園予選決勝戦。対戦しているのは、2年連続の甲子園出場のかかった稲代実業と、6年ぶりの甲子園出場のかかった青道高校。

 

 

パッと開けた視界。目を細めてしまうほどまばゆい光。大きな歓声。

「高校野球もかなり盛り上がってる…。さすが…!」

試合展開は、どうやら青道が先制しているらしい。でも、相手が相手。油断は禁物。

 

 

その言葉のとおり、結果は青道の負け。稲実が2年連続の甲子園出場を決めた。

 

 

球場の外で頭を下げる青道の面々。決して恥じない試合をした、と言い切ったって過言ではない。私はそう思う試合だった。だけど、当人たちは…。でも。

「…まぁ、それを見越して、あの人は私を呼んだのかもしれないけどね」

遠目に青道を見つめながら、その場に似合わない笑みをこぼしかけ、ぐっとこらえる。そんな気持ちを考えないこと、できない。―――“青道”の人間として。

 

 

―――去年から結成された野球のU18の女子日本代表。球速は高校野球の方が断然早いし、ほかの部分でもやはり男子には劣る部分の方が多い。年齢だって同じなのだから、その点はしょうがないのかもしれない。

しかし、高校球児と日本代表の大きな違いはそこじゃない。言ってみれば、能力差は誤差のようなものだと私は思ってる。

 

大きな違いは、度胸の大きさ。立つ舞台の大きさ。声援の大きさ。注目度の高さ。

 

日本を飛び出し、世界を舞台に戦うんだから、自然と度胸は大きくなる。女性は愛嬌、なんて言うがそんなものはいらない。度胸があれば十分。

昨年、結成されたばかりのチームで世界を相手に試合、見事優勝を収めた女子日本代表は、プロ野球や甲子園本戦に比べればずっと注目度は低いものの、それなりに高い注目度を集めている。

 

不思議なことに、選手たちはガッシリとした男子と間違えるような人はほとんどいない。皆、ほどよく筋肉が付いている、ほっそりとした体なのだ。

そんなルックスも合わせて、若干アイドルのような扱いを受けていた時期もあった。

―――その中でも、特に注目されたのは、エースと正捕手のバッテリー。

 

 

細い体のどこにそんな剛速球を投げるパワーがあるのか、と巷で少し話題になった、最高球速は女子の最高球速に並ぶ130km/hのサウスポーのエース―――伊勢咲桜。咲桜、とかいて、さくらと読む。

同様に、細い体で130km/hの剛速球を軽々受け止める実力の正捕手―――原田美花。ちなみに彼女は、先程まで青道と試合をしていた稲実の正捕手・原田雅功の双子の姉である。

 

そんな2人のうち、投手の伊勢咲桜―――それが私。

 

 

エースとしてちょっと活躍した私は、実は青道高校の2年生。

もっとも、入学してすぐに日本代表に選出されて、学校にはほとんど通えていないから、私のことを知ってるのはほとんどいないと思うけど。

…いや、居た。2人だけ、私のことを知っている人が。正確には、私が青道の生徒だと知っている人、だけど。

 

さっきまで試合をしていたショートの倉持洋一とキャッチャーの御幸一也。

1年生の最初の頃に、江戸川シニアのキャッチャーだった御幸と知り合った。たまたま向こうも、女子のシニアでそれなりに有名だった私を知っていたらしい。

それでも、女子のシニアはマイナーだし、知ってるのは彼だけ―――だと思ってた。

何故かもう1人、私のことを知っている人がいた。それが倉持。

中学の時にグレて、いっそのこと女子の野球に殴りこんでやろうか、なんて考えてちょっと調べたらしい。そこで私の名前を知って、1度だけ試合を見に行って…という、こちらも偶然。

 

結局2週間しか学校には通えず、高校はクラスでの活動も少ないこともあって、友達…というか、知り合いはこの2人だけしかいない。ちなみに部活は野球部マネージャー。野球はできなくても、関わりたいと思ったから。…もっとも、こっちも一度出たっきりだけど。

 

 

ただ、しかし。私は監督である片岡監督とは知り合い。

何故かって?それは、母さんの弟さんだからだ。

 

まぁ、母さんは物心つく前に病死してしまったけど。父さんも、私を養うため―――母さんの死から目を背けるため、ずっと仕事ばかりやっていて、あまり話した思い出はない。中学生になる頃には、顔を合わせない日も出てくるほどに。

別に父さんのことが嫌いなわけではない。

少し堅い父の性格は苦手としていた時期もあったが、それでもしつこく絡まれるよりはよっぽどましだったし、最愛の人の死と真正面からではないにしろ、向き合おうとしていた父さんのことを心の底から尊敬している。

 

それでもどこか、幼い私にとってそれはさみしいことで。保育園に行けば、比較的早い時間に皆、お母さんが迎えに来るのが羨ましいと思ったこともあった。

そんな私に優しくしてくれたのが、母方の祖父母。そして、弟の鉄心おじさん。

おじいちゃんもおばあちゃんも、父さんのことを悪く思ってはいない。働いて養うことが大変なことなのは重々承知しているらしいし、時々夜に訪ねて、お礼を言ったりしているらしい。

 

私に野球をやらせてくれたのは父さん。

父さんは母さんの弟である鉄心おじさんと気が合って、母さんが生きていた頃は良く一緒に話していたらしい。母さんが死んでからも、鉄心おじさんは幼い私とキャッチボールばかりしてくれた。幼心に、私はそれを楽しいと思っていたのも事実。

それを見抜いたのか、比較的早い時から女子の野球をやっていた。今では、野球で結果を残すのが父母や祖父母、そして鉄心おじさんにできる唯一の孝行だと思ってる。

 

 

そんな鉄心おじさんこと片岡監督からの呼び出しで、私は2度目の世界一を手にした数日後、日本に帰ってきて、青道高校にやってきたのだ。

悔しくて、どうしようもない青道の野球部にしてみれば、急にやってきて、しかも女子で、さらに次の秋大のことしか考えていないような部外者がやってきて、きっと戸惑うばかりだと思う。

…だけど、私はそれが正直、楽しみで仕方がない。どうやればこのチームを東京一…いや、日本一にできるだろうかって。

 

今日から私は、再び青道高校2年生として学校に通う。

そして、野球部にも顔を出す。しかしそれはもちろん選手ではなく、しかしマネージャーでもなく、指導者―――コーチとして。

 

「…ダメだ、笑みが漏れる…楽しみすぎる…!」

 

 

にやり、と口角が上がりそうなのを堪えて、真顔を保ちながら、とりあえず鉄心おじさんの所へ向かう。

確か青心寮っていう寮にいるって言ってたはず。男子野球部の寮だし、綺麗ではないだろうと思っていたが、まぁ予想を裏切らない見た目だった。

部外者がやってきたのがバレないよう、こっそりと寮の中へと足を踏み入れる。ふと食堂の方へ視線を向けると、部員が集まっているようだった。見る限りでは談笑しているようではない。まぁ当たり前か。

音を立てないよう二階に上がり、スタッフルームへ向かう。そこにはもちろん、鉄心おじさん。それに、2人の大人。

「来たな、咲桜」

「久しぶり、おじさん。いや、ここでは監督、かしら?」

青道の制服を着ているのに、見たことのない顔が来て顔をしかめている2人。でも、私はあらかじめ2人のことを教えてもらっている。

「高島副部長と太田部長ですね?初めまして、伊勢咲桜といいます。2学期から青道高校に再び通う事になっています」

「あぁ、あなたが監督の姪っ子さん。初めまして、高島礼よ。ご存知のとおり、野球部の副部長をしているわ」

「君が職員会議で出てた!部長の太田です。活躍はかねがね」

「存じてらっしゃったんですね。ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」

「しっかりしたいい生徒じゃないか!」

何やら太田部長は嬉しそう。この人、ストレスでも溜まってるのか。

…まぁ、昨日の今日で溜まらないわけはないだろうけど。

 

 

まだ早い時間だということ、それに3年生がいない時にまず紹介し、後々3年に紹介しようということで、私は夕方までフリーになった。

久々のフリーとはいえ、こんなところですることもない。御幸や倉持のところに行くこともできない。

おじさんや礼ちゃん―――彼女の希望だ―――は学校に行き、報告している。太田部長も用事があるとかでいない。

「…暇ね。何をすればいいのやら…」

しょうがないからスマホを取り出す。ロックを解除すると視界に広がる唯一無二のバッテリー・美花さんと私の写真。世界一を掴んだ時の写真だ。

 

U18のチームとはいえ、スタメンのほとんどは17歳。

なんでも、女子野球をこのレベルまでやっていれば、大学スポーツ推薦はもちろん来るらしいが、行きたい大学と合致しないとか。それで、一般入試をする人が多いらしい。

美花さんはマイナーではあるが女子のプロに挑戦するという目標があるため、18歳でもチームに入って、正捕手を勤めていた。

しかし、17歳が主流のチーム。キャプテンは私だった。おまけに打率も高く、4番も任された。

正直、最初から最後までプレッシャーだったけど、やりきったという達成感はあった。

美花さんも私がキャプテンをすることに異論がなかったらしく、副キャプテンとして支えてくれた。正直、美花さんがいなかったら私は壊れていたと思う。

 

 

たしか美花さんは稲実に向かったんだっけ。これから稲実は甲子園が待っている。

「…電話くらいいいよね?」

誰に確認するでもなく、少しつぶやいて電話をかける。

 

数コール後、はい、という高めの鈴のなるような声。

『咲桜ちゃん?どうしたの?』

「いや、なんとなくですけど…ダメでした?」

『ううん、全然!ていうか、私も実は暇してたところだったの。私はコーチになったわけじゃないから、応援するだけだしね』

「そっかー…そうですね。私も、まぁ今は部外者が出ていける状況じゃなくて…」

しばしの沈黙。野球選手らしくない優しくおしとやかで、思いやりの心を持つ美花さんだから、考え込んでしまったのかもしれない。

「美花さーん?」

『咲桜ちゃん…ごめんね…私、何も考えてなかったよ…嬉しいばっかりで…』

「いいんですよ!私も正直、通う学校とは言え知り合いもほとんどいないし、あまり悔しいって感じはしないんで」

『そっかー…まぁ、そうだよね。っていうか、むしろワクワクしてるでしょ、咲桜ちゃん』

クスクス笑う美花さんに、やっぱりこの人には一生敵わないな、と内心思う。

「バレました?だって、テンション最悪のこのチームを、しかも新チームを、1から鍛えることが出来るんですよ?ワクワクしません?」

『わかるわかる!私もその立場だったら、不謹慎だけど笑みがこぼれちゃうもん』

「あ、それ、昨日の私です」

『あ、本当?さすがバッテリー!』

「…ふふっ、ですね」

 

離れても、この人がいたから今の私があるんだろうな、というのはひしひしと感じる。

でも、美花さんはプロの世界に飛び込んで、別の人とバッテリーを組む事になる。私は…わからない。未来のことなんて。

故障したわけではないし、野球が嫌いになったわけでもない。野球で結果を残すことが孝行になるって気持ちもある。

でも、大学に行って、父さんに楽させてあげたいという気持ちもある。今までがむしゃらに働いていた父さんは、ある日突然壊れてしまいそうで怖い。だから、私が支えてあげたいとも思う。

 

でも、競技人数が現在減少傾向にあるらしいプロの世界が、エースだった私を手放す訳もなく。

必死にお願いして、監督だった浅葱監督の手助けもあり、とりあえず高校在学期間は練習は怠らないが、表舞台には出ないという約束になった。何とも曖昧でいつ壊れるかわからないような約束だと思う。

 

『…ふふっ。…あー、結構話し込んじゃったね』

そんなことも考えながら話していると、美花さんのそんな声。

「えっ…あ、1時間半!?すいません、めちゃくちゃ話しちゃった…!」

『いやいや、私もめちゃくちゃ楽しかったしいいよー。やっぱりバッテリーの絆だね』

「そう言ってもらえると嬉しいです。去年チームができて、そこから丸2年、伊達にバッテリー組んでませんね」

『当たり前だよー!…私、咲桜ちゃんとバッテリー組めて幸せだよ』

「美花さん…」

私は一体、この人に何度、泣かされそうになっただろうか。泣かないようにしているけど。

―――泣いたのは、2度目の世界一を掴んだあの日、美花さんの前でだけ。

『それじゃ、またね』

「はいっ!」

『ばいばーいっ』

楽しそうな可愛い声を聞きながら、笑みを漏らして電話を切る。

 

 

―――電話を切って、初めて外から音がすることに気づく。

窓から下を覗くと、おじさんや礼ちゃんが練習場らしきところを見つめている。遠目に太田部長も見えた。

きっと、練習でもしているのだろう。今日はオフだって聞いていたけど…練習熱心な人たちだ。

「今のレベルがわからないから何とも言えないけど…やる気だけは、十分みたいね」

 

 

やっと夜になる。不安も緊張もない。期待だけが胸の中にある。

おじさんに連れられて食堂に入ろうとすると、1人の部員が出てくるところだった。なんだか…そう、リスみたいな子。

「川上、少し中に入ってくれ」

「あ…はい」

そういえばこの人…9回を投げていた投手じゃない?心に傷を負っているのか、表情は硬いというか、暗いというか。

食堂内は川上くんが戻ってきて、不思議そうな顔をしたあと、おじさんが食堂に入ってきてキリっとした顔になる。おじさん、本当に監督してるんだな…。少し不思議な気持ち。

私の顔を見て、ハッとした顔をするのは御幸と倉持―――それに、もう1人。この子も確かピッチャー。デッドボールをした子だったはず。1年生のサウスポー。

「あぁぁぁ!テレビで見た顔!」

まぁ、そうですよね。決勝戦なんかは、テレビ中継されたから。でも、その時は甲子園予選と重なっていたから、見ていないと思っていたんだけど…。

「栄純くん、知り合い?」

ピンク色の髪の可愛らしい子が尋ねる。そうそう、ピッチャー君は沢村栄純くん。それで、ピンクの子が代打のラッキーボーイ・小湊春市くん。

沢村君が大きく頷きながら私を指さす。

「俺、深夜に目が覚めて、テレビつけたら野球やってたから、1人で見てたんすよ!そしたら、この人投げてました!」

そういえば、決勝戦は深夜だったっけ。変な偶然だ。

 

みんなの前に立つと、端から端まで見渡す。1、2年だけでも随分いる。さすが強豪校。

「新チーム始動とともにコーチになる伊勢咲桜だ。ちなみに青道高校の2年生でもある」

おじさんの紹介を受けて、改めての自己紹介。

「初めまして、先ほど紹介にあずかりました伊勢咲桜です。2年生ですが、コーチとして明日から練習に加わらせていただきます。先程、そのピッチャー君が言ってましたけど、一応U18の女子の日本代表のエースと4番とキャプテンをさせていただいてました。ストレートも最速で130しかないけど、変化球の種類では男子にも負けないつもりです。あと、度胸でも。それと…」

すぅ…と息を吸って、私のことを見つめるみんなに笑顔を浮かべて見せる。

 

 

「勝つためには、妥協しないし、言いたいことは全部言うし、ダメ出しもするので、覚悟しといてください」

 

 

皆の凍えた笑みを満足げに見つめて、再度私は微笑んだ。

横で、おじさんの小さなため息を聞きながら。

 

 

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