最強コーチ と 愉快な仲間たち   作:御沢

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その女、通告。

紹介が住むと、足早に食堂から出ていくおじさん。慌ててそれを追う私。

流石に名前しか知らない男子の中に置いてきぼりってのは、度胸があってもちょっと辛い。世界の舞台で身につけた度胸とは、その、なんというか、違う度胸が必要というか。

 

 

古びた階段を上り、さっきまで待機していたスタッフルームへと向かう。

「おじさん…私、これからどうすればいいの?」

「住むところなら、浅葱が手配していると聞いている」

「そういう話じゃなくて、今日の話。帰ってもいいのかなーって」

私の住む予定のアパートは、U18の女子日本代表の監督だった浅葱俊輔監督が手配してくれた、青心寮から徒歩5分ほどで行けてしまうほど近いところ。セキュリティもそれなりのワンルーム、ユニットバス付き。食事も含め、1日の大半は青心寮や青道高校野球部で過ごす予定になっているから、家には帰って寝るだけ。

ちなみに、浅葱監督も青道高校野球部出身。高卒でプロで活躍していたけれど度重なるケガで若くして引退、今は女子のチームの監督をしているような人。偶然にも、おじさんの同級生で、おじさんとは学生時代、いわゆる悪友だったらしい。

 

私の質問に、おじさんはしばし考え込む。少し悩んでいる感じがする。

「…これから、副キャプテンをここに呼ぶ予定だ。そこで、任せることを伝える」

ふっと脳裏に浮かんでくる、自分がキャプテンに任命された日のこと。薄々感づいていたけれど、キャプテンは美花さんだと思っていたから、どう反応すればいいのか、これからどうすればいいのか、ものすごく悩んだっけ。

「そう。それで、キャプテンは?」

「…そのことだ。そのことを俺が伝えるか、お前が伝えるか…」

「え!?いや、それはおじさんが伝えるべきよ。自分で言うのもなんだと思うけど、私は部外者よ?そんな人に急にキャプテンだ、なんて言われても戸惑うだけに決まってる」

私だって、浅葱監督の判断だったからキャプテンを引き受けて、おじさんの頼みだったからコーチを引き受けたようなもの。部外者に言われても、きっと無理だと言っていたはずだ。

でも、おじさんはそんな当たり前のこと、わからない人じゃない。

「…次のキャプテン、誰なの」

黙りこくるおじさんに尋ねれば、どこかで予想できていた名前が聞こえた。

 

「…御幸だ」

 

 

やっぱり、としか言葉が出てこなかった。

昨日の試合を見て、1年以上前に2週間学校で話しただけだったけれど、それでも彼がほかの大半のメンバーより、頭1つ分、抜きん出ていることはわかった。まあ、倉持なんかは同じレベルはあると感じたけれど。

「咲桜は御幸とは知り合いじゃなかったか?」

「そうだけど…たかだか2週間の間で知り合いになったってだけの話だし、それも1年以上前の話だし」

おじさんはさらに続ける。

「…あいつには、4番も任せる。正捕手として投手たちをまとめてもらわなければいけない」

おじさんの言いたいことは、なんとなくだけどわかる。

「おじさんは、私と御幸一也を重ねてるのね。4番でキャプテン、捕手と投手っていう点では違うけれど、立場の重さは似たようなものだし」

「…そうだな」

静かにおじさんは首を縦に振る。

 

―――つまり、そういうこと。

 

「おじさんの頼みだもんね。私は断れないよ」

 

御幸一也に、その立場を経験した者としてアドバイスでもして欲しいということ。

 

 

スタッフルームをあとにして、御幸を探す。流石に部屋をいきなり尋ねるのもいかがなものかと思い、今一度食堂へととんぼ返り。

途中で礼ちゃんと会った。改めて女性は礼ちゃんと私しかいないんだと感じる。

「どう、青道は?」

「うーん…まだ練習を見ていないからなんとも。先日の試合は3年生がいたし、まだ新チームも始動していないし」

「あら、随分辛口なコーチね」

「やるならとことん厳しく、ってね。私のモットーなんです。…浅葱監督の受け売りなんですけど」

こういう新しい場所で、同性の年上のお姉さんはこの上なく頼りになる。おまけに美人で優しくて仕事もできて巨乳。…最後のは関係なかったかもしれないけど。

「まあ、私たちもまだわからないけれど。これからよろしくね、敏腕コーチ?」

「そんなことないですって。まぁでも、頑張りましょう」

軽く頭を下げて、キシキシ音を立てる階段を下りる。

 

1階に降りると、食堂に明かりがついていた。

現在9時ちょっと過ぎ。みんなが食事をしていたのは8時前だったから、もうかれこれ1時間以上たっているということだ。

「いったい誰がこんな時間に…」

こそっとドアの隙間から覗くと、探していた御幸と、先程叫んでいた沢村栄純くんがいた。何やらテレビかビデオを見ているみたい。わずかにドアを開け、内容を見る。

「稲実との試合…?」

昨日の今日で、もうビデオを見ているのか。随分メンタルの強いこと。

 

「…いや、強くしているのか?」

 

その声に気付いた御幸が、ハッとこちらを見る。わずかに覗かせている顔が私のものだとわかると、ふっと笑みを浮かべる。

「伊勢、何してんの?」

「うーん、ちょっと御幸に用があってね」

「俺?」

自分のことを指差して、心底不思議そうな顔をする。キャッチャーは人を見て、言い方が悪いけれど欺くことを得意とするような人が多い。美花さんも、実はちゃっかりとそういうことをしていたりする。もっとも、可愛らしくて憎めないのだから困ったものだけど。

「そう、君。あ、ビデオ、見終わってからでいいよ」

「あー…じゃあ、そうさせてもらうわ」

「オッケーよ」

意外にも1年前と変わらない調子で進んでいく会話に驚く。

御幸は沢村君と稲実戦のビデオに見入っている。2人とも心なしか表情が硬い。私が場違いな人間に思えてしかたがない。

 

 

ビデオを見終わると、沢村君と御幸は軽く会釈をして解散する。沢村君は、私にも深々と頭を下げていった。運動部の少年とは、まあこんなものなのだろう。

何から話せばいいのか悩んでいれば、意外にも向こうから声をかけてくれた。

「久しぶりだな、伊勢」

「そうね。1年以上ぶり、かしら?…惜しかったわね、決勝戦」

「…まぁな。正直、一生忘れられる気、しねぇわ」

「でしょうね」

時間も押し気味なので、早速本題に入る。

 

「…薄々感じてるかもしれないけど、次のキャプテンは君よ、御幸」

 

はは…、と乾いた笑みが漏れる。眼鏡の奥の瞳はよくわからない色を伴っている。

「そっか…。まぁ、なんとなく、わかってたけどなー。ゾノか倉持か、ってのも思ったけどさ」

「そう…。御幸は打線でも主軸を打ってもらうと思うし、捕手として投手をまとめてもらうこともある。頼んでおいてだけど、大丈夫?」

しばしの沈黙。眼鏡の奥の瞳の色が、若干変わったように見えた時、彼は口を開いた。

 

「やるしかねぇよ」

 

―――彼は私とよく似ている。ひしひしと感じる一言だった。

自分がキャプテンに任命されたとき、私も言った。確かに言った。

『…やるしかないじゃないですか』

 

「…君ならそういうと思った。おじさんにその意志、伝えてくるわ」

「おう。…って、え?」

椅子から立ち上がった私に、間抜けな声が聞こえる。さっきも見せた心底驚いたような顔でこちらを見てくる。私、何か変なこと、言った…?

「あの、御幸…?どうしたの…?」

「いや、あの、聞き違いかもしれないけどさ…」

「うん…?」

「今、伊勢、おじさん…って言った?」

おじさん…。あ、そういうことか。私がおじさんこと片岡監督の姪っ子っていうのは、知られていないんだったっけ。知っているのは礼ちゃんと太田監督くらいか。

「あー、皆知らないんだったっけ?監督こと片岡鉄心は、私のおじさんよ。私は姪なの」

「え、マジで?」

「マジよ。大マジ」

特に思うこともないため、真顔で返せば、御幸はため息をつく。

「え、私、変なこと言った?」

「いや、そういうわけじゃねぇけど…なんつーかさ…」

気まずそうに視線を逸らして、呟くように言う。

 

「学校でも監督に見られてる気がするなー、と…」

 

「え…」

 

その、あまりにくだらなすぎる理由に、こみ上げてきた笑いをこらえきれず、吹き出してしまう。

「あははっ、何それ!私が学校で起こったこと、いちいちおじさんに報告するとでも?」

「え、しないの?」

「しないわよ!第一、おじさんだって教員なんだから、野球部のことはほかの生徒よりは見てるはずよ。それ以上のことを私が報告する必要なんてないでしょ?」

「そういうもんか…」

「そういうものよ」

そんなくだらない話を間において。改めて、目の前にいる新キャプテンのことを見る。

アスリートとして、人の体を見てしまうのはクセだ。御幸はキャッチャーなだけありウェイトもあるはずだし、身長も低いわけじゃないし、筋肉もついている。服の上からでもわかる。

正捕手で4番で主将―――そんな人が…雅さんがいるチームに、青道は負けた。そのチームを超えるには、彼に成長してもらわなければならない。

 

 

「…とにかく」

ぐっと視線を上げ、御幸の瞳を見据える。不安の色がわずかに覗く、けれど自信たっぷりな瞳。

「これからの青道、任せたわよ、キャプテン」

その瞳を私の方へ向け、力強く頷く。

「あぁ」

短いその言葉の中に、彼の決意を見たような気がする。きっと彼なら大丈夫。青道は強くなれる。

「いい返事ね。私もコーチとして精一杯サポートするから」

「それは助かるぜ。サウスポーとして、沢村にアドバイスしてやって欲しいし?」

「そういえばサウスポーだったね、彼。いいよ、楽しみね」

彼が―――いや、私たちが見ているのは前。まだ多くの部員が見ることのできない“前”。

 

 

―――始まる。私たちの番が。私たちの時代が。

 

 

 

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