最強コーチ と 愉快な仲間たち   作:御沢

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その女、投球。

8月3日、新チーム始動初日。

初めて見るメンバーも多い中、私はおじさん、礼ちゃん、太田部長とともに前に立つ。

「実家に帰っていた者、そのまま寮に残った者、いろいろいましたが1、2年生合わせて59人全員揃っています」

太田部長の報告に、おじさんが頷き、一歩前に出る。

「お前達も多くを学んだと思うが、引退した3年生ほど成長した世代はいなかった」

私はその世代と関わったことがないから何とも言えないけれど、おじさんがいうほどだ。よっぽどだったんだろう。

おじさんは続ける。

「練習の時から一人一人が高い志を持ち、野球と向かい合ったからこそ、あれだけ強くなれたんだ。結果を出してやれなかったのは、監督である俺の責任だ」

今までより、さらにトーンの低い、ドスのきいた声でおじさんは喝を入れる。

「お前達もあの敗戦の悔しさを忘れるな」

おじさんの喝に、部員全員が大きな声で返事を返す。

 

「やる気だけは十分みたいね」

 

口から出ていたその言葉を拾った部員達は、一斉に私の方を見る。若干トゲのある私の言い方に、何人かは顔をしかめる。

食堂にいなかった人は私のことを知らないんだから、よく思わないんだろう。しょうがないから今一度、自己紹介をしよう。

「初めましての人も多いですね。昨日食堂であった人は昨日ぶりです。改めて、伊勢咲桜です。新チーム指導とともに野球部コーチとして参加することになりました。知っている人が居るかどうかわからないけれど、U18の野球女子日本代表でした。知らない人は…うーん、調べてください。まあ、何はともあれよろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げる。ざわざわとした空気の波が広がっていくのが分かる。…少し態度がきつかったかな?しょうがない。これから言いたいことはどんどん言っていくつもりなのだから。

 

名前のわからない部員の1人が、恐る恐る手を挙げている。礼ちゃんに発言許可をもらうと、堂々とした態度で私に問いかける。

「あんた、何歳ですか?あと、女性…ですよね?」

名前はわからないし、かなり後ろの方にいるから、おそらく一軍ではないのだろう。だけど、少し上からな感じがする。威圧的というか。私も人のことを言えないと思うけど。

「16歳です。誕生日が来れば17歳なので、高校2年生ですよ。あと、正真正銘女です。女子の代表でしたし」

苦笑しながら答えると、彼はちょっと気まずそうに集団の中に紛れ込んだ。なんとなくだけど、これから話す機会はない気がする。彼が一軍に上がってくれば、話は別だけど。いつかまた話したい気もしないでもないけれど。

「まあ、その…」

一瞬つまりながら、なんとか次の言葉を紡ぐ。

「…なめられる、ってのは予想できてたんで、しょうがないと思ってますよ。でも、言いたいことはたくさん言わせてもらうんで、特に一軍の人、これからよろしくお願いします」

今一度頭を下げれば、沢村君の盛大な拍手の音が聞こえてくる。

「皆さん!頑張っていきやしょー!」

「うるせえ、沢村!」

やっぱり元気な子だな、沢村君。

彼の拍手に誘われるように、ちらほら戸惑いの色の混じる拍手が湧いた。

―――これから、このチームをどう変えていこうか。楽しみになってきた。

 

 

「それでは、新キャプテンからも一言…」

礼ちゃんの言葉に2年生の主力メンバーが若干湧く。集団の中から出てきたメガネは、私が昨日、直々にキャプテンを言い渡した御幸一也。

こういう場に慣れていないのか、やや照れ気味に、気恥ずかしそうな顔をして出てくる。

「…えーと…あれ?何をしゃべれば…」

何も考えていない新キャプテンに、太田部長が小さな声でアドバイス、沢村君が大きな声でブーイング。ほかのメンバーからも、御幸の緊張した態度に笑いが起こる。

「えーと、じゃあ、正直まだ戸惑ってるけど、とりあえず…一言」

「声が小さい!」

坊主の少年―――副キャプテンの前園君がヤジを飛ばす。おそらくみんなが思っただろう。

 

しかし、そこはやはり御幸。メリハリのつけ方は、おそらく部内でもトップクラスなんじゃないかと思う。実際、あの2週間だけでもそのことを強く感じた。

フー、と息を吐くと、まっすぐとみんなを見据える。

「多分…自分はあの決勝戦を、一生忘れることができないでしょう」

いきなり持ち出された決勝戦の話題に、試合に出ていたメンバーはもちろん、ほかのメンバーも表情がこわばる。御幸は続ける。

「自分の未熟さを思い知り、相手の強さも知った。何より、野球が怖いと初めて思った」

野球の怖さは、試合が一瞬で変わってしまうこと。私だって、野球をしていて、何度そのことを思い知ったか。よく今まで野球のことを怖いと思わず、野球をやってこれたものだとむしろ感心する。

「引退していったセンパイ達には申し訳ないけど…自分達にはもう1年、リベンジするチャンスがあります…やるからには結果にこだわりたい…」

場の空気が一瞬のうちに変わる。御幸の言葉は、既に“キャプテンの言葉”になっている。

 

 

殺気をも放ちそうな瞳をした彼は、はっきりとした声で告げた。

「勝つことにはとことん貪欲でありたいと思います」

 

 

その言葉に、新副キャプテンの前園君と倉持は笑みを浮かべる。まるで獲物を狩る前の獣のような、そんな瞳の。やるからには勝つのは当然だし、先輩の仇討ちをするのも当然だ、というような、そんな顔。

ふと後ろを見れば、沢村君がさっきと同じように大きな拍手をしている。

「最後まで噛まずによく言った!」

…彼はなぜ偉そうなのだろうか?後輩のはずだけど。でも、彼のおかげでチームの雰囲気も良くなっていくのだろう。

 

そんな中。御幸がボソッと言う。

「てことで…言いたいことは全部言うつもりなんで…覚悟しといてください」

蚊の鳴くような声だったけれど、確かに全員が聞いた。…聞いてしまった。

恐怖に怯えるような声がちらほら。これはしょうがない。私が昨日、食堂で同じようなことを言った時にも、同じような反応をされた。

 

 

空気も切り替えて、練習が始まる。私は初めて見る練習。

「それじゃ、まずはアップから」

「あ゛~!?聞こえんな~キャプテン!!そんな声じゃ!」

ここでまたヤジを飛ばす前園くんの大きな声に比べれば、確かに御幸の声はまだまだ小さい。

御幸の方を見た前園くんは、してやったりという顔をしている。

渋々、という言葉が似合う顔をした御幸は、また恥ずかしそうに頬を染めながら大声で叫びながら走り出す。

 

「まずはアップ!声出してこーぜ!!」

 

 

そんな後ろ姿を大人組が3人で見つめている。礼ちゃんがおじさんに何かを言って、おじさんが反応する。話の内容は聞こえないけれど、きっと御幸のことか、新チームのことかを話しているのだろう。

 

―――そして、突然。

「どーんっ!」

「うひゃ!?…って、梅本、さん…?」

「やっほー、伊勢さん!名前、覚えててくれたのね」

控えめなツインテールの女子マネージャー。梅本幸子さんであってたことに胸をなで下ろす。

「まあ、一応ね」

「すごいねー。伊勢さん、コーチなんでしょ?マネージャーじゃなくて」

「まぁ、そうね。私にどうこうできるチームだとは思ってないけど、楽しくやって行かせてもらうわ」

「すごい自信家!私、伊勢さんみたいな子結構好きよ!じゃあ、また話そうね!」

大きく手を振りながら梅本さんはもう1人のマネージャーのところへ走っていく。

嵐のように去っていく彼女は、ものすごく熱い感じがした。運動部のマネージャーとしては適任だと思う。

 

ふと空気が変わったのを感じる。大人3人の方を見ると、おじさんが何かを言って、その言葉に礼ちゃんと太田部長が絶句している。

「おじさん…言ってなかったのかしら…」

―――秋大会で監督を降りるってこと。私が呼ばれた理由はこれもある。

甲子園に3年生を連れていけなかったとか、監督になってから実績を出せていないとか、辞める口実はいくらでもある。私には、ただ逃げているようにしか思えないのだけど。おじさんの決めたことに、私は口出しできない。

「…逃げるだけじゃ、何も変わらないのに」

母さんの死も、父さんの態度も、U18の4番も、キャプテンも、エースも、コーチの話も、全部正面から受けてきた私からすれば、逃げるっていう選択肢は絶対にありえない。

 

 

グラウンドの方へ向かうと、たくさんの人がバッティングをしていた。初めて見る青道の練習風景。なるほど、名門と呼ばれるだけはある。

1年から一軍入りしていたという倉持や御幸は別格だと思っていたが、ほかの人たちもなかなかの実力だ。倉持とともに副キャプテンに就いた前園くんは、ブルヒッターになれそうだとは思うけど、大ぶりしすぎている気がする。ただ、さっきあんな態度をとったあとで、偉そうに言うことはためらわれるけど。

そういえば、私のチームにも同じように大ぶりをする子がいたが、彼女は浅葱監督のアドバイスで3番バッターにまで上り詰めた。きっと彼も、アドバイスを素直に聞き入れれば、もっと上達するはず。

「倉持、前に体が突っ込んでる。もっとボールを呼び込まなきゃ」

一方倉持は初対面ではないからか、頭で考えるよりも先に口が動いていた。

私の声に気づいた彼は、耳の奥に残る、どこか懐かしい特徴的な笑い声を上げる。

「ヒャハハ、久々の挨拶がそれかよ」

「あー…そうね。でもまあ、言ったことは事実よ」

「まあ、若干自覚はあったし…さすが敏腕コーチだな。了解!」

うっし、と気合いを入れ直し、倉持はバッティングを再開する。

バッティング組はとりあえずひととおり見たし、次はピッチャーとキャッチャーのところにでも行こうと思う。

 

ブルペンへ行くと、当然ピッチング練習をしている。沢村君と、もう1人の豪腕投手―――降谷暁君も投げている。降谷君は本格派。高校生とは思えない速さの球を投げる。ただ、ストレートしか上手じゃないみたい。

沢村君はムービングのセンスが光る。スピードこそ私と同じくらいか、むしろ私が速いくらいだけど、生まれ持ったムービングは羨むところもある。何より同じサウスポーとして、稲実の成宮鳴の次くらいには興味がある。

でも、なんだか、今日の彼は―――…

 

 

「沢村くん」

ブルペンの外から声をかければ、彼は元気のいい返事をしてこちらへとダッシュしてくる。

「な、なんでしょうか?」

「君、怖がってるの?」

表情がこわばる。額に汗がにじんだまま、豪快な笑い声を上げる沢村君。

「何を言っていらっしゃる!この沢村に恐怖という文字はありやせん!」

「そう…ならいいけど。ちょっと入らせてもらうわよ」

しかし困ったものだ。ブルペンを見ると、どうしても投げたくなってしまう。幸い今はジャージだし、軽く投げても大丈夫だろう。

球を受けていない御幸を見つけ、彼の名前を呼ぶ。

「御幸ー、ちょっと球受けてー!」

ブルペンに入ろうつぃて、すれ違う川上くん。

「走るの?」

「え…あ、うん」

急に声をかけられて戸惑った様子だった川上くん。おどおどして見えたのは、きっとそれだけじゃない。

「大丈夫なの、彼」

御幸のそばへ行く。もう1人キャッチャーがいるが、名前を知らない。御幸にタメ口で話しているから、おそらく同級生だと思う。補欠のキャッチャーか。

「自分が打たれたことよりも、先輩達の夏を終わらせてしまった…そのことを一番苦しんでいるんじゃないの」

「…3番バッターへの四球は痛かったけど…マウンドでは堂々とピッチングしてたからな。先輩達だって、誰もあいつを責めてねーよ…」

「そ…そりゃそーだけど…」

そこで口を開く補欠ピッチャーくん。あとで名前は聞いておこう。

「あいつ自身が前を向かない限り、俺たちにしてやれることは何もねぇよ」

御幸の一言はもっとも。

 

正直なところ、私はあまり負けたことがない。日本代表としては一度も負けなかった。公式戦も練習試合も負けなし。

女子のシニアにいた頃も、公式戦では負けたことはなかった。こんなことがあるのかと思うと思うけれど、事実。

何からも逃げたことのない私だけど、負けとは出会ったことがなかった。

 

 

負けと直面することがどんなことかわからないけれど、もうチームは次に向かって動き始めている。逃げていてはダメだといつ気づくかな。

 

「フン…何のん気なこと言ってやがんだ!誰もがテメェみたいに強くないんだぜ?」

ふと後ろから聞こえたその声に御幸が反応する。私もつられて振り向く。

「お前が川上を立ち直させろ、新キャプテン」

野球部らしいガッシリとした2人は、見覚えがなかったし、御幸が控えめな態度をとるから、おそらく先輩なのだろう。

その先輩は、私の存在を視界に捉えると、ムッとした顔をする。

「新キャプテン…その女子は誰だ?」

「まさか、テメェ…彼女か!?彼女をブルペンに連れ込んだのか!?」

先輩2人にものすごい形相で睨まれる御幸。焦っている、珍しい。

「彼女じゃないし、そもそも彼女なんていないっすよ」

御幸に彼女がいないことを不思議に思う。雑誌に取り上げられるほどの実力と容姿を兼ね備えているのに、モテないわけはないだろう。…野球馬鹿か。

「じゃあ、誰だよ…?」

「新しくマネージャー、入ったのか?」

「あの…紹介が遅れてすいません。今日から野球部コーチに就任しました、2年の伊勢咲桜です」

3年生には改めて紹介しようと思っていたけれど、まぁしょうがない。

 

先輩たちは目を見開く。

「こ、コーチ?」

「えっと…はい。ご存知かどうかはわかりませんが、U18の野球の女子の日本代表のメンバーでした。この度、新チーム始動とともに叔父である片岡監督から声が掛かって、コーチになることになりました。2学期からは、青道高校に通うことになっています」

「監督の姪っ子!?日本代表!?」

「こりゃ…すげー奴が来たな、御幸」

ポンポン、と先輩に肩を叩かれた御幸は、若干苦笑する。

「御幸、どこに苦笑する場面があったのよ」

「え、いや…ハッハッハ」

「ちょっと、逃げない!あと、球受けてちょうだい!見たら投げたくなっちゃうのよ!」

そもそもブルペンに来た目的はこれだ。先輩はじゃあな、と軽く挨拶をしてブルペンを去っていった。…名前を聞き忘れてしまった。

 

サウスポーなので沢村君からグローブを借りて、御幸の正面に立つ。

―――あぁ、久々にこの感覚。美花さんとのミットには劣るけど、初めて捕ってもらうのにこの安心感…さすが御幸。

「いいぞー」

オッケーサインが出た。

女子選手としては、世界でも通用すると言われた私の投球、とくと見ればいい。

これは賭けだ。なめられたままでコーチにつくか、実力と見せしめてコーチにつくか。後の印象が大きく変わる。

せっかく投げられるんだ。投げるなら本気で行く。

 

 

瞳を閉じると、自然と周りの音が遮断される。周りの喧騒も何も聞こえない。

次に見えるのは、いつもミット。ランナーがいればランナーも映ったり…気にするべきところが映る。でも、大体は信頼しているミット。

―――そして、次に聞こえるのは…。

 

 

パァンッ!!

 

 

「ナイスボール」

 

 

―――相棒の信頼するミットの音。

 

「ふぅ…投げられて良かった」

代表から抜けても練習はしていたけれど、昨日は練習できなかったから不安だった。

それに、チームにいた頃と比べれば練習量は減ったし、不安がないわけではなかった。

「投げられてってな…沢村より速いよ、お前の球」

「そう…?まあ、安心したのは本当だから」

軽く笑いながらグローブを外し、沢村君に返す。

「ありがとう、グローブ。投げやすかったわ」

「それはよかったっす!ただ、俺より速かったっすかね、あの球!?」

「負けず嫌いね、君…。御幸が言うんだから速かったんじゃないの?」

「う…ぐぬぬ…」

獣のように唸る沢村君。少し可愛らしく見える。

「大丈夫よ、色々教えてあげるし。御幸、ありがとう!」

「あぁ、俺もいい経験になったぜ」

グローブをつけたままの右手を上げて叫ぶ姿に、自然と美花さんを重ねる。大体のキャッチャーは美花さんを重ねてしまう。

でも、御幸は御幸でもいいかもしれない。やはり彼はすごい。

そんな彼がキャプテンを務めるチーム、そのコーチを務めることができるなんて、私は幸せ者かも知れない。

 

 

 

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