都市伝説解体センターは今日もブラック   作:モンです

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 仕事の辛さは給与に比例しない。

 多くの人が愚痴るような事を、私は30歳になるまで実感できていなかったようだ。

 

 赤い太陽が地に沈みつつある頃合い。泥だらけの作業着を身にまとい、足を引きずりながら歩く私は、ようやく仕事が終わったと肩を落とす。

 

 ようやく就けた仕事は、農業という一次産業。今まで全く触れてこなかった分野をこの年になって行う事はなかなか辛いものがある。

 

 やりがいはあるし、生活ができるだけでも御の字であると理解はしている。身体と心がついていかないだけだ。

 

 タイムカードを切り、帰路につく。

 家は職場から徒歩五分の、ワンルームのアパート。田舎の賃貸は驚くほど安く、それで決めたと言って良い。家計簿を付ける、節約をする等、お金を気にすることが多くなった。これが普通の人の暮らしというものなのだろうか。

 

 虫が多く飛び交う道を抜け、アパートが見えてくる。

 

「……なんだ?」

 

 視界に入ってきた人影に、足を止めた。

 

 アパートの前に立っていたのは、フリフリの服を着た女性だ。ショートカットの髪をなびかせ、唇に人差し指を添えながら、スマートフォンを操作している。

 

 アパートの住民ではない。他の部屋の人を待っているのだろうか?

 いや、考えても仕方がないことだった。

 早く帰ろう。

 

 女性に会釈をして部屋に入ろうと鍵を探す。

 

「あ、あの!」

 

 声をかけられ、振り返った。

 改めて見ても、見覚えはない。だが女性は私を見て確信を持ったかのように頷き。

 

「黒沢優弥さんですよね!」

 

 私の名前を言い当てた。

 ……また、この手の人か。

 

 無視して部屋に入ろうとする私に、女性は慌てたように言葉を続けた。

 

「ま、待ってください! 私、都市伝説解体センターの福来あざみといいます。黒沢さんに伺いたいことがあるのですが、少しお時間をいただけませんか」

 

 都市伝説……何? 宗教関係?

 やはり関わるべきでは、

 

「“パンドラの箱”の正体を、知りたくないですか?」

 

 ドアノブにかけた手を止めた。

 

「何をおっしゃっているのか分かりません」

「復讐したいと、思っていませんか?」

 

 思わず舌打ちをしてしまった。

 なんなんだ、この女。

 苛立ちが顔に出ていることを自覚する。7年前の事を、今更掘り返しに来たというのか。知られてしまっている焦燥感が口調を乱暴にする。

 

「お前、何だ?」

「……は、話をさせて、いただけるんですか?」

 

 女性――福来あざみを睨んで問うが、おどおどとしている割に芯が強い。簡単には口を開かないか。

 

「そうですね。私も君に聞きたいことができました。着替えてくるのでここでお待ち下さい」

「っ、はい! ありがとうございます!」

 

 頭を下げる女から視線をそらし、部屋で身支度を整えに行く。

 

 また過去に目を向けなければならないのか。

 逃げる事を許されない、そう言われた気分だ。

 目を細め、鬱屈した感情を巡らせながら、外に出たのだった。

 

 

 

 

 田舎で夜までやっている唯一の食事処。

 週末であるからか、意外と混み合っている中で、私は福来あざみと対面に座っていた。

 

「――上野天誅事件。上野公園で野村健吾さんが殺害され、死体の背中には天誅と書かれた紙が置かれていました」

「……失礼ですが、誰と通話しているのですか?」

「都市伝説解体センターのセンター長さんです! 私が話を代弁させていただきますね!」

 

 それはスピーカーモードではだめなのだろうか。突っ込むと面倒そうなので、曖昧な表情で頷いておいた。

 

「この事件で容疑者となったのは、大学教授である如月努。ですが事件の発生時刻、彼は野村朋子と食事をしていた為、警察の捜査から外されました」

「…………」

「しかし、その情報が公開されることはありませんでした。何故なら犯人の中に、警備局局長の息子がいたから」

 

 私の事だ。

 父は私に甘かった。殺人を隠蔽しようとする程に。

 当時は何も思わなかったが、警察のトップが情に流されるというのは、恐ろしい事この上ないな。

 

「黒沢征二局長は上野天誅事件を解決してはならなかった。当時副総監だった彼は捜査を終了し、如月努が自らの潔白を示すために集めた、犯人の証拠も処分した」

「7年も前の事を、よく調べていますね」

「頑張りました!」

 

 急に得意気になるな。

 私は皮肉を言っているんだ。

 

「世間は如月努を責める声で溢れ返り、警察は頼りにならない。そうして事件は未解決のまま終わる。――そのはずでした」

 

 そう言って彼女はパソコンを取り出し、私に画面を向ける。

 流れ始めた映像を見て、私は顔を歪めた。

 

「あなたはご存知でしょう。上野天誅事件から一ヶ月後、Bootubeで投稿された動画です。世直し系として活動していた5ソサエティが、野村健吾さんを殺害する一部始終が映っていました」

「この動画がきっかけになり、私達5ソサエティと父は逮捕された。私は傷害致死で6年の有期懲役となった……」

 

 だから今、こんな生活をしているわけだが。

 他人に自身の事情に踏み入られるのが、これ程不快だとは思わなかった。

 

 無表情を装う私を他所に、福来は此処からが本番だと指を立てる。

 

「ではこの動画は誰が、何の為に投稿したのか。アカウント名はaの一文字、他の動画は投稿されていない。ネットでは如月努だと言われていましたが、当の本人は否定しています。結局、真相は謎に包まれたままでした」

 

 そして、それだけでは終わらなかった。

 上野天誅事件の裁判の後。次の動画が投稿される。それはまたしても、未解決事件の決定的な証拠だった。

 

「今もそのアカウントには未解決事件の証拠が投稿され続けています。依然として正体は不明、目的も不明。人々はそのアカウントを、あらゆる災いの詰まった箱――パンドラの箱と呼ぶようになりました」

「随分と大層な名前だ」

 

 ネットには香ばしい名前を付けないと落ち着かない病人でもいるのだろうか?

 

「都市伝説解体センターはとある依頼を受けて、このパンドラの箱を解体する事になりました」

 

 福来の透き通った目が私を見据える。

 

 何故私に会いに来たかは分かった。上野天誅事件に関わりのある私から話を聞きたいのだ。

 解体とやらは何の事か分からないが、情報が欲しいから接触してきた、ということで間違いないはず。

 

「残念ながら私にはパンドラの箱の正体は分かりませんよ。むしろ教えてほしいくらいだ」

 

 期待に応えられなくて申し訳ありません、と口にする私。

 その答えに対して彼女は首を横に振った。

 

「いいえ、あなたに会いに来た理由は聞き込みではありません。――スカウトです」

 

 予想外の言葉に思わず固まった。

 

 殺人を犯した私を、スカウト?

 意味が分からなすぎる。

 

「……正気ですか?」

「そうですよ、センター長さん! こんな胡散臭い人が後輩になったら、どう接して良いか分かりません!」

「そういう事は本人を目の前にして言うべきではないし、時々君の意見が漏れ出てくるのはややこしくなるからやめてくれないか?」

 

 なんか頭が痛くなってきた。

 

 真剣な話とコントを交互にしてくるのはやめて欲しい。福来、君も殺人者を胡散臭いで済ませるのは普通ではないからな。

 

 げんなりした顔の私を置いてセンター長は滔々と語る。

 

「私は本気ですよ。あなたをスカウトすることで、パンドラの箱に近づけると確信しています」

「はぁ。なぜそう思うのですか?」

 

 私の目の前で福来が2本の指を立てる。

 

「理由は2つあります。1つはあなたが上野天誅事件の加害者であることです。パンドラの箱は上野天誅事件の真相から始まりました。投稿者はあなたに関心がある可能性が高い。あなたがいればあちらからアクションをかけてくるかもしれません」

「それはあまりにも希望的観測過ぎませんか?」

 

 たまたま上野天誅事件が目についただけかもしれないし、その後も未解決事件の証拠を投稿し続けているのならば、投稿者は「未解決事件」に興味を持っているだけではないだろうか。その中の一つの事件の犯人でしかない、私個人にアクションを仕掛けてくるほど関心を持っているとは思えないが。

 

 センター長はその言葉を否定せずに続ける。

 

「本命は2つ目です。単にあなたの能力を買っているから。純粋にスカウトをしたいのですよ」

 

 その言葉に思わず目を見開いた。

 

「……あなたに私が仕事をしている場面をお見せしたことがありましたでしょうか?」

「いいえ。私が見たのは上野天誅事件でのあなたの動きです。如月努を犯人に仕立て上げたSNSでの発信の仕方。あなたは人を煽るのが実にうまい」

 

 なんだよ、煽る能力があるって。全然嬉しくない。

 

「人を先導し、望むとおりに動かす能力が高い。あなたは我々都市伝説解体センターにとって必要な人材です」

 

 煽る能力なんて何に使うのだろうか。

 そもそもどんな活動をしているのかさえ分からない団体だ。何をしようとしてるのか分からないなら、推測しようがない。

 

 宣伝でもしろというのか?

 

「その通りです」

「思考を読まないでいただきたい」

「我々都市伝説解体センターは、認知度が低い。世間的な評価も高くありません。まあ、都市伝説という題材を扱う団体という時点で信用がないのは承知の上です。しかし、聞き込みすら満足にできない状態になれば、都市伝説を解体することはできません」

 

 知っている人と知らない人、どちらに情報を提供したいかという話だ。

 ならば私が期待されている役割は、広報活動ということか。

 

「また、あなたの煽る能力……噂の発端になる力があるからこそ、同じ立場の人間を見つけられるかもしれません。SNSでの噂の発端を探し、都市伝説を特定していく。その作業においての活躍も期待しております」

 

 これが私があなたをスカウトした理由です。

 そう締めくくったセンター長を前に、私は考えを巡らす。

 

 パンドラの箱の正体は私も気になっていたところだし、協力してもいいかもしれない。ただし、そのために今の職を捨てることになるのは、前科者の私にとってあまりにもリスキーだ。

 

 逆に言えば、その点さえクリアしてくれるのであれば……。

 

「雇用条件をお聞きしてもいいでしょうか?」

「月給30万。ボーナスは夏と冬に支給いたします。土日祝休み、お盆正月に長期休暇あり。残業は月20時間程度でしょうか?」

「喜んで行かせていただきます。社長」

「センター長とお呼びください」

 

 こうして私は7年前の謎を解き明かすために都市伝説解体センターに入社したのであった。

 

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