「うひょひょひょ113k0dキタコレ」
液晶モニターの明かりだけが辺りを照らす部屋のデスクで俺はカチカチとマウスを動かしキーボードを叩いていた。
10年来やってきたタイトルで過去1番のスコアを叩き出したことに気を良くした俺は一休みして朝食だか夕食だかわからない食事を摂ることにした。
「ふへふひひ、ちょっと休憩」
ゴトリと頭に着けていたヘッドホンを下ろし傍らにあったポテチの袋を開ける。その拍子に肘が積まれていた菓子の箱に当たりちょっとした雪崩が起きた。
「あーやっちゃった。片付けだる」
部屋はいつから掃除をしていないのか思い出すことも出来ないがスナック菓子の箱や袋が散乱し足の踏み場も無い。
流石に不味いと思うが今更きちんとした生活に戻せるとも思わない。
もうここ1週間は菓子をコーラで流し込む生活だ。
「あ、コーラ持ってこないと」
ふと、手に取ったボトルが空であることに気づいた俺は引きこもってから随分と細枯れた身体をゲーミングチェアから起こし立ち上がろうとした。
「あ、れ?」
しかし一瞬椅子から持ち上がった身体は俺の意思から離れそのまま机の上にあった物を薙ぎ倒しながら散らかった床に倒れ込む。
「なん…で」
つい先程まで高速で動かしていた指が今は1ミリたりとも力が入らない。
先程までぱくついていたポテチ袋が目に入る。
「あ、もしかしてこれ餓死?」
コーラやポテトチップはカロリーと油こそ多分に含んでいるが栄養素は悲しい程無い。栄養失調という単語が頭をよぎる。
「まさか食品飽和状態の現代日本で飢え死にするなんて…」
次第に思考も回らなくなってきた俺は「あ、今期のアニメ見忘れた」と至極どうでもいい遺言を残してこの世を去った。
それが体感5分前の記憶。
気が付くと俺は真っ白な空間に浮いていた。目の前にはゆらゆらと動きながら俺の死に様を告げる火の玉がひとつ。
《おお死んでしまうとは情け無い》
「死にたくて死んだわけではない」
《そうだろうそうだろう。ならもう一度お前に生を授けよう》
「マ?もう一度BF1やれる?」
《やれるやれる》
どうやらこの火の玉は慈悲深い神様だったようだ。俺は二つ返事で火の玉の提案に乗り____
「ふひ…かえりたい…」
「愚痴ってないで撃てナツメ!」
「ひぃん」
地獄をみていた。
遮蔽にしていた壁から手にしていたマグナムオートだけを出してやたらめたら撃ちまくる。
火の玉の権力で2度目の生を受けた俺は乳離れすら済まぬうちに一瞬で捨て子になり国営裏組織に拾われた。
すなわち犯罪者予備軍を実行前にこの世から葬り去る暗殺者集団。『リコリス』である。
仕事は単純、ヤバい奴を手にした銃で亡き者にすること。
ふひひ、むりぽ。
足掛け10年モニターの中で撃ちまくっていたとはいえ3次元でリアルFPSするのはキツイ。
今日も今日とて怪しげな取引現場に向かわされた俺は背後から近づく黒ずくめの男に気づかず謎の薬を飲まされそうになったところを先輩リコリスであるフキに助けられた。
しかし騒ぎを聞きつけた他の裏社会の構成員たちが駆けつけ当初スネーク風潜入を想定していた任務はCOD的ドンパチ合戦に発展してしまった。
「うわーん作戦は失敗です…こうなったらミナゴロシに…」
「ならさっさと1人でも減らせバカ。あ、でも武器商人には当てるなよ!」
そう言いながらフキは正確な射撃で構成員の胸と頭を撃ち抜く。
廃ビルの大ホールに陣取った構成員たちとキャットウォークにいる俺たちの間で激しい銃撃戦が展開する。撃って撃たれて撃たれて撃って、しかしそれも程なくして膠着状態に陥る。
「ガキ共め!俺たちの仲間を散々殺しやがって!」
大ホールに入ってきた新手の男が声を張り上げる。傍らには拘束された少女の姿。その顔は私たちがよく知る人間だった。
「エリカ…」
別ルートから侵入し敵の逃走ルートを封鎖していたリコリス蛇ノ目エリカだ。
「このガキはお前たちの仲間だろ!無事に返してほしければ武器を捨てて降参しろ!」
「あの野郎…!」
ギリッとフキが奥歯を鳴らす。
「どうする、このままだとエリカが」
俺とフキともう1人、ヒバナという名前のリコリスがリーダーであるフキの指示を請う。
早く決断しなければフキはこの作戦を監督している司令部に無線を入れる。
増援を要請し最悪の事態になる前に一気にかたをつけようという考えだった。
しかし、
「通じない?」
「通信障害?」
冷たいほどに合理的な指示を下す司令部との通信はノイズ音を垂れ流すだけで応答しない。
孤立した。そう実感した俺は壁から少し顔を出し虜囚となったエリカを見る。
手を縛られて拘束している武器商人に後ろ頭に銃口を突きつけられている。不意に彼女と目が合った。
「構わず撃って!」
「勝手に喋るなガキ!」
声を張り上げたエリカに武器商人は持っていたトカレフの筒先を押し付ける。
相手はもう我慢の限界だ。フキは司令部との通信を復旧しようと意固地になってる。しばらく具体的な指示は受けられそうにない。他のメンバーもどうするべきか測りかねている。
なら、
「やるっきゃない…か」
俺はおもむろに立ち上がると壁を飛び越えキャットウォークから大ホールに飛び降りた。
「おいナツメ待て!」
フキの驚愕の声が背後から聞こえる。俺はパルクール選手のような身のこなしで衝撃を殺して着地すると一直線にエリカを拘束している武器商人に突進する。
武器商人は突然の行動に激しく動揺しつつも俺に向かって銃を構えようとする。でも、遅い。
「止まれ!止まらないとこのガキ__」
「うるさい」
「ぶべっ!」
武器商人の顔面に大口径拳銃の大柄なグリップを叩き込む。陥没した鼻から血が吹き出し勢いよく後ろに倒れて動かなくなった。
「な、ナツメ?なんで」
「助けに来た」
キメ顔で言いたかったけど俺の表情筋は引き攣るだけでニコリともしない。
「なんだコイツ!」
突拍子もない単独突入にしばしフリーズしていた構成員たちだったが再起動に成功したのかこっちに銃口を向けてくる。
「あのバカを援護しろ!」
フキの声と共に9ミリ拳銃弾が降り注ぐ。同時にまた彼女の慌てた声が聞こえてきた。
「待てたきな!そこまでしろとは言ってな…」
そんな言葉に思わず上を見るとこれまで無言を貫いていた1人のリコリスがおそらく構成員が持っていたのであろうPKP軽機関銃を越しだめに構えていた。
「へ?」
「え?」
俺とエリカの口からそんな声が漏れた。たきなの身体に力が入ったのを見た俺は瞬間、背筋に悪寒が走り傍らで未だ両手の自由が聞かないエリカを抱き寄せ押し倒した。
直後、それまでの銃声とは桁違いのけたたましい連射音が襲いかかり辺りは着弾の土埃で何も見えなくなり男たちの断末魔が響き渡る。
「ふ、ふひ、ふひひ…部屋に帰りたいポテチ食べながら暮らしたい」
恐怖に顔を引き攣らせながら俺はもう叶うことのない願望を思い描きつつしめやかに気絶した。
数分後、奇跡的に無傷で生還した俺は一目で激怒していると分かるフキと何故か頬を派手に腫らしているたきなに挟まれた車内で帰路につくことになった。
そうして胃に深刻なダメージを受けながら本部に帰りついた俺たちは任務"失敗"の報告をするべく連行され事の顛末を知った。
なんでも今回の任務は武器商人の誘拐と武器入手ルートの調査だったのだが調べたところ既に1000丁ほどの銃器が運び出されており行方が知れずになっていた。
しかし、俺がぶん殴った商人は倒れた拍子に頭を強打してそのままご臨終になり他の何か知ってそうな構成員たちも漏れなくたきなの機銃掃射で三途の川を渡っていたので手がかりが失われたらしい。
「いや…その…ワタシガンバッタ。マジゴメンナサイ」
そうして重要参考人を撲殺した俺はリコリスを統べる首領、楠木司令に詰められていた。
敵は何人だったか?使っていた武器は?etc…
俺は司令の繰り出す一問一問に戦々恐々と答えていき時計の針が一周した辺りでやっと解放された。
曰く、お前からは何の情報も得られん、帰っていいぞ。とのこと。ぴえん。
詰問を終え手持ち無沙汰になった俺はなんとなく銃器の訓練所に足を運んだ。
特に何か考えがあったわけではない。だからそこで会った人物とも本当に偶然だ。
「あ、たきな」
「ナツメ…」
自然と隣合わせの射撃ポジションに入り数十メートル先の的を狙う。
「ほっぺた、大丈夫?」
「お構いなく」
俺の問いかけにたきなは素っ気なく答える。同時にたきなの手に収まっているS&W M&P9が発砲される。
パンパンと規則正しい発砲音と共に的に穴が開く。ほぼワンホール。凄い腕前だ。
「フキに殴られました」
「フキに?」
「あなたたちを危険に晒したと」
「あー…」
まあ、汎用機関銃で滅多撃ちは普通死ぬよね。
「でも私には自信があった」
「くひひ、自信があってもやめてほしい。いやホントに」
俺は言いながら手にした大型自動拳銃『ウェブリー=マーズ』の引き金を引いた。
試射した兵士が『まるで爆発したよう』と称した強烈な反動、閃光、発砲音が俺を襲い身体全体を震わせる。
3発も撃った頃には紙製の的は粉々になり用途を成さなくなる。
「いつ見ても凄い銃ですねそれ」
「くふ、そうでしょ」
これが俺の転生特典?のようなもの。『ゲームで1番使っていた銃器を使いこなす程度の能力』。なんで100年前に試作止まりだったコレクターズアイテムを日本のリコリスが持っているのかは知らん。なんかいつのまにか在庫にあったらしい。
死蔵しているのも勿体無いので唯一使いこなせる俺の専用武器のようなポジションになった。
そこはかとなくあの火の玉の采配を感じる。
「私は異動になるそうです」
「そっか。寂しくなる」
「寂しい、ですか?」
「俺もエリカもたきなが居なくなると寂しい。特にエリカは」
不意に隣の銃声が止む。見るとたきなは目を丸くしてこちらを見ていた。
「てっきり怖がられているかと」
「怖がられることした自覚はあるんだ」
「それは、まあ、はい」
それから俺たちはしばらく無言で的を撃ち続けた。
心地よい沈黙とまではいかないが少なくとも気まずくはなかった。
そっか異動か。今回の責任かな。
あれ、だとしたら重要参考人殺した俺はどうなるんだ?
翌日、俺にはセカンドリコリスからサードリコリスへの降格の辞令が下った。