骨董品リコリス   作:モラーヌソラニエ

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出向

 さて、ヒキニート男子から根暗女暗殺者にジョブチェンジしても生来の(この場合は前世からの)性格は変わらないもので俺は任務と訓練と睡眠以外は基本自室でゲーム三昧であった。

 意外なことに子供に命のやり取りをさせている割にはリコリスの福利厚生は充実していてご飯も美味ければベッドもふかふか、風呂トイレ完備に訓練名目で温水プールまである。並の一般企業の社宅が霞んで見える恵まれっぷりだ。

 

 ゲームやネットに関してももちろん機密保持のためチャットの類は厳禁で厳しく画面を検閲されているが基本的には閲覧は可能だ。

 

「BF最高…」

 

 今日もこうして死ぬ一歩手前の訓練を切り抜けてから電子の戦場で死体の山を量産している。

 

「あーまたやってる良く飽きもせずに同じタイトルばっかやり込めるっすね」

「サクラうるさい」

 

 俺がマウスを動かしていると同室の刈り上げた明るい髪が特徴的なセカンドリコリス乙女サクラがモニターを覗き込んできた。

 リコリスの福利厚生に一つだけ不満があるとすれば部屋が2人一部屋なことだ。そのせいで徹夜でゲームができない。これは早く是正してほしいところ。

 

「完全個室制になるよりナツメの生活習慣を正す方向に行きそうっすね」

「ぐぬぬ」

 

 話ながらも手を止めない俺にサクラは「ミネラルウォーター置いとくっすよ」とスポーツ飲料のボトルをデスクの隅に置き部屋着に着替え始めた。

 

「それ5.6年前のタイトルっしょ飽きないんすか?」

「BFは神、飽きなんてくるはずがない。ただし2042アイツは駄目だ」

「そんなに」

 

 あれはゲームではないチーターとゴミ調整の闇鍋か何かだ。その分6には大いに期待してる。

 

「これ何やってるんすか」

「ひたすら弾配り。弾薬箱とポーチで補給体制万全」

「楽しいんすかそれ。もっとこう敵をバババッと倒して廻る方が爽快感ありそうっすけど」

「やってみると案外楽しい。スルメ的娯楽」

「ふーん」

 

 自分の着替えが済んだサクラはふと壁に掛けられていた俺の制服を見る。

 

 リコリスの制服は階級ごとに三色に分けられている。

 1番トップ。エリートのファーストリコリスは赤。

 中堅のセカンドリコリスは紺。

 下っ端のサードリコリスが白だ。

 

 俺はつい先日まではサクラたちと同じセカンドリコリスとして紺色の制服に袖を通していた。しかしあの銃取引のゴタゴタで降格、白制服に戻されてしまった。

 

「悔しくないんすか?」

「なんで?」

 

 俺の返答にサクラは一瞬キョトンとした表情を浮かべた。しかしすぐ少しの苛立ちも滲ませた声で続けた。

 

「なんでって。殺されかけたんすよ仲間に。それに敵を皆殺しにさせたのはたきななのにナツメが降格なんておかしいっすよ」

「いや、武器商人にトドメ刺したの俺だし」

「それだってエリカが捕まってなければ起こらなかったアクシデントじゃないっすか!」

「俺に怒ってくれてんの?」

「バディ殺されかけてキレないヤツいないっすよ!むしろなんで当の本人はのほほんとゲームできるんすか!」

 

 だって死んでないし、ナツメさん喉元過ぎたこと引きずらない。あの体験は2度としたくないけど。

 

「たきなは本人なりに一応助けてくれたみたいだし。エリカは…長いリコリス生活敵に捕まることも一度くらいあるよねって」

「そんな甘々な…あたしは仲間に銃口を向けるヤツなんて認めない。仲間の足引っ張るやつも」

 

 まあまあと宥めつつ俺はプレイしていたサーバーから退出しゲームの手を止める。そしておもむろに机の引き出しから戦闘糧食の鳥飯缶詰とスプーンを取り出した。

 夜食である。

 缶を開け中のご飯を一掬いしサクラに差し出す。

 

「ふひ、これ食べてクールダウンして」

「あたしはそんな気分じゃ…むぐっ?!」

 

 何か言いたげなサクラの口に鳥飯をねじ込み黙らせる。このままじゃ言っちゃいけないことまで言いそうだからね。悪口とか。

 俺も缶の中身を一口食べ表情を綻ばせる。うん誠に美味である。

 

 バディの俺が言うのもなんだがサクラは結構単純な性格であり一度冷めると過ぎた話題を蒸し返すようなことはしない。

 

 もぐもぐと鳥飯を飲み込みサクラは口を尖らせる。

 

「あーもう、ナツメは自分に対して無頓着過ぎるしまるで相棒の為に1人で怒ってるあたしが馬鹿みたいじゃないすか」

「ふひ、サクラは馬鹿じゃない俺が保証する」

「ナツメのお墨付きは何の保証にもならないっすね」

「…テラヒドス」

 

 しばらくすると落ち着いたようではあと息を吐いて口を開いた。

 

「あたし、ヘッドハンティングされたんすよ」

「誰から?」

「フキさん」

「あーたきなが居なくなったからバディ不在だもんねフキ先輩」

 

 ファーストリコリスからのヘッドハンティングなんて赤服への1番の近道だ。普通なら断る道理などない。

 しかしサクラの顔には少しの迷いがあるように見えた。どうやら俺とのコンビを続けるかどうか決めあぐねている感じだ。

 

「良いよ俺は別に。サードと組んで雑用するのも嫌でしょ」

「言い方素っ気ないっすね。もっとこう『私とは遊びだったの?』とか『行かないで、あたしに悪い所があったなら直すから』とか無いんすか」

「くひひキャラじゃない」

「ちょっとは2人の間で揺れ動く乙女心を察してくれてもいいんじゃ」

 

 そんな些細な機微を察する高度な対人スキルを引きこもりに求めないで欲しい。

 

「そういうわけなんで明日にはこの部屋から出ていくっす」

「念願の1人部屋キタコレ!」

「もちっと別れを惜しんでくれても良いんじゃないっすか」

 

 それこそキャラじゃない。今生の別れでもあるまいし俺にお涙頂戴のセリフを求められても困る。

 

「あーもう馬鹿馬鹿しくなってきた!おやすみ。ナツメも早く寝るっすよ!」

「分かった。1時には寝る」

「遅い!」

 

 サクラはベッドに飛び込むと毛布に包まりものの1分足らずで寝息を立て始めた。

 俺はサクラと話す為に首に下ろしていたヘッドホンを付け直しゲーム画面に向き直る。

 

「お給料入ったらBF6買うのも良いかも」

 

 結局その後俺が寝落ちするのは午前3時を回ってからだった。

 

 

 翌朝、

 

「出向…ですか」

「ああ、東京支部と本部の連絡員としてお前を派遣することにした」

「はえ〜」

「少しは真面目にせんか!」

「はい」

 

 楠木司令の執務室に呼び出された俺は司令の口からそんなことを告げられた。

 

「本日正午には現地入りし支部員と顔合わせしろ良いな」

「あ、はい」

 

 話が終わりそそくさと執務室から退散した俺はさっさと荷造りし本部宿舎をあとにした。手持ちの荷物は少しの着替えとゲーミングノートPC、非常用の無線Wi-Fiルーター。他は後から郵送して貰えば良い。

 

 新幹線と電車に揺られること1時間。たどり着いたは東京都墨田区錦糸町。大都会東京の中でも繁華街と見なされている街だ。

 司令部から渡された地図を頼りに路地を歩いていると一軒の建物の前に辿り着いた。

 

「ここ……ここ?」

 

 しかし地図に示されたその建物はおおよそ暗殺者集団の支部とは似ても似つかない雰囲気の。

 

「カフェ…?」

 

 和風喫茶店だった。

 一瞬位置情報の間違いを疑ったが日本最高峰のスパコンをバックにもつDA本部がそんなミスをするはずがない。

 

「突っ立ってても仕方ない…」

 

 俺は意を決して一歩踏み出すと喫茶店のドアを開けた。

 

「お邪魔しまーー」

「リコリコにようこそ!」

 

 底抜けに明るい声とともに破裂音が鳴る。一拍置いてそれがクラッカーの音だと気付いた俺は背中のサッチェルバッグに隠してある銃に伸びた手を止めた。

 

 ひまわりみたいに綺麗な人。

 

 それが目の前で花吹雪を散らすクラッカーを持った少女、錦木千束の第一印象だった。金髪で赤みがかった瞳、外国人の血が混じっているのか足がスラリと長くスタイルは日本人離れしていた。

 そんな美人が俺に向かって満面の笑みを浮かべてにじり寄ってきた。

 

「私錦木千束!あなたが新しくきたリコリス?お名前は?」

「ぅぁ、柊木ナツメ…です。年は15、顔…ちか」

「ナツメちゃん!これからよろしくね!」

 

 いつのまにか握られていた手をブンブンと振りキラキラとした笑みを向けてくる千束に俺は確信した。

 

 この子陽キャギャルだ。俺の天敵だ。と。

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