ラプチャーは残らずぶっ潰す!   作:マカミ

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「ここです」
 
 


CHAPTER.00-5 再起

 

 /

 

 灰色の雲が、低く、重く垂れ込めていた。まるで空そのものが、この地上を拒絶しているかのように。崩壊した高層ビル群が、無言のまま影を落とす。

 

 鉄骨はねじ曲がり、ガラスは砕け、道路は抉られている。文明はここに確かに存在していた───だが、今はただの廃墟だ。不破は瓦礫の上を進みながら、胸の奥にわずかな違和感を覚えていた。

 

 静かすぎる。

 

 ラプチャーの駆動音も、銃声も、爆発音もない。それは戦闘が終わった後の静けさではない。───戦闘が始まる前の底知れぬ沈黙だ。

 

「……展開」

 

 短く命じるとラピとアニスが即座に散開した。

 

 無駄のない動き。それはかつて不破がA.I.M.S.で見慣れたものとよく似ていた。マリアンは不破の背中から下り、一人で歩いている。足取りは覚束ないが、それでも彼女は前に出た。

 

 索敵───そう言えば聞こえはいい。だが、不破の視線は無意識のうちに彼女の背中を追っていた。

 

(……何かがおかしい)

 

 説明できない。

 

 理屈ではない。

 

 だが、戦場を渡り歩いてきた勘が微かに警鐘を鳴らしている。

 

 その沈黙を破ったのは、マリアンだった。

 

「ここです」

 

 迷いのない声。

 

「……先発隊はおろか、誰もいないわ」

 

 アニスが周囲を見渡しながら言う。

 

 瓦礫、崩れた建物、焼け焦げた地面。だが、激戦の痕跡すらほとんど残っていなかった。

 

「います」

 

 マリアンは即答した。

 

「いや、本当にいないんだけど」

 

「捜してみましょう」

 

 その言葉と同時にマリアンは歩き出した。

 

 まるで誰かに呼ばれているかのように。

 

 ───その姿を見た瞬間、不破の胸裏に嫌な記憶が蘇る。

 

 滅亡迅雷.net。

 

 ヒューマギアが暴走プログラムをダウンロード・インストールされ、人類を絶滅させる存在へと変貌したあの光景を。

 

 合理性を装った暴力。

 

 自由を奪われた瞳。

 

(……似ている)

 

 思わず歯を食いしばる。

 

「……? 何なの?」

 

 アニスが眉をひそめたその時だった。

 

『……ラピ。輸送機のブラックボックスの解析が終わりました! テキストデータで送ります!』

 

「ラジャー」

 

 ラピの眼球がほんの一瞬だけ点滅する。データリンクが開き、膨大な情報が流れ込む。そして───

 

「…………………………」

 

 ラピは無言で銃を構えた。

 

 狙いは遠ざかるマリアンの背中。

 

「マリアン。止まって」

 

「はい」

 

 応答はあまりにも素直だった。

 

「あなたが輸送機を撃墜したの?」

 

「……は?」

 

 アニスが声を漏らす。

 

「いいえ」

 

 だが、その否定はどこか空虚だった。

 

「二度も輸送機の内部で爆発が起きた。今回の作戦で使う予定だった爆弾よ。外部からの起爆信号なしには絶対に爆発しない」

 

 ラピの声は冷静だった。だが、その冷静さは事実の重さを際立たせる。

 

「……そして、その起爆信号の識別コードはマリアン。あなたよ」

 

「いいえ」

 

 繰り返される否定。

 

 その瞬間、不破の脳裏にヒューマギアが暴走していた映像が重なる。

 

(……まるで)

 

 思わず呟きそうになる。

 

(滅亡迅雷.netに接続したヒューマギアみたいだ……)

 

「目的は何」

 

「ここです」

 

「答えて。答えなければここで処分する」

 

 その言葉にマリアンの声が歪んだ。

 

「ここです。ここです。ここです。ここここですここここ」

 

 壊れた音声。

 

 感情のない反復。

 

『! 侵食反応を確認! い、いつから!』

 

 シフティーの声が、明らかに動揺する。

 

「ちっ!」

 

 不破は反射的に一歩前に出た。

 

「マリアンに何が起きたんだ!?」

 

「ラプチャーに中枢神経を奪われました!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が冷たくなる。

 

(侵食……)

 

(滅亡迅雷.netと同じだ)

 

 ヒューマギアに悪意のコードが流し込まれ、意志を奪われていった時と何が違う? あの時と同じだ。

 

「なんだって……」

 

 マリアンの声は、もはや人のものではなかった。

 

「ここここここここでででででででですすすす」

 

『コーリングシグナルを感知! 阻止してください!』

 

「撃ちます! 命令を!」

 

 ラピの声は冷静だった。

 

 だが、不破は───撃てなかった。

 

 引き金にかかった指が動かない。

 

(くそ……)

 

(俺は、まだ……)

 

 その瞬間───地面が唸った。

 

『ぜ、前方からハイクラスのエネルギー反応! この振動パターンは……ブラックスミスが来ます!』

 

「ブラックスミス?」

 

『コードネーム・ブラックスミス! タイラントモデルの1つです! 地上に上がったニケを捕まえて、ラプチャーの部品にする特殊モデルです!』

 

 その説明を聞いた瞬間、不破の頭に別の思考が走る。

 

(……ショットライザーがあれば)

 

 あれがあれば、速攻で片がつく。

 

 だがそんなものはない。ここには、A.I.M.S.も、プログライズキーも存在しない。

 

「ここここでででですす……」

 

 影が伸びる。

 

 触手がマリアンを絡め取り、抵抗する間もなく引きずり込む。建物の向こうへ、闇の中へ。

 

 ガシャン。

 

 マリアンの専用火器であるサブマシンガンだけが残された。

 

「!」

 

「ああっ! 吸収された!」

 

 不破は拳を握り締める。

 

(また……守れなかった)

 

「行方不明になった先発隊は多分、あれにやられたのでしょう」

 

 ラピは即座に判断する。

 

「まだ間に合うかもしれません。マリアンも、先発隊も」

 

「ラピ! 何を……!」

 

「ブラックスミスは捕獲したニケをしばらくの間保管します。時間的には生存している可能性が高いと思われます」

 

 問いかける。

 

「どうされますか?」

 

 不破は即答した。

 

「マリアンを助けるぞ」

 

 迷いはなかった。

 

「ラジャー」

 

「正気なの? 死んじゃうわよ!」

 

「アニス」

 

 ラピが静かに言う。

 

「やってみよう。やってみたいの」

 

 不破は前を見据えた。

 

 この世界は、滅びかけている。

 

 だが───

 

(だからって、見捨てていい理由にはならねぇ)

 

『……分かりました! ただ今より、タイラントモデル003 ブラックスミスとの交戦に入ります! エンカウンター!』

 

 ここは地獄だ。

 

 だが、かつて人類の悪意と戦った男は知っている。

 

 ───人々の自由のために闘う者こそが、仮面ライダーだということを。

 

 狼は再び牙を剥いた。

 

 

 / 

 

 

 倒壊したビル群を踏み砕いて接近するラプチャー。タイラント級、ブラックスミス。不破にはラプチャーの等級についてはよく分からないが目の前の敵が雑魚ではないことは理解できていた。

 

 こちらをゆうに超える巨体だがその動きは鈍重だ。マリアンを捕まえた触手は突き刺すという単調な攻撃パターンで、初動を見てからの回避でこと足りた。

 

 次にブラックスミスは背部のミサイルポッドからミサイルを射出した。推進装置こそないものの、あの大きさのミサイルが直撃したらひとたまりもない。

 

「ラピ! アニス! すべて破壊しろ!」

 

「ラジャー!」「言われなくたって!」

 

 近接防空システムのような正確無比の射撃によりミサイル群は落下することなく上空で爆発した。その間隙を突くようにブラックスミスの両腕の対物ライフルがこちらを狙っていた。

 

「! 隠れろ!」

 

 瞬時に遮蔽物に身を隠すと発砲音と遅れて銃弾が廃墟の瓦礫を吹き飛ばしていく。当たれば人の形なんて保てないだろう。一瞬でミンチの出来上がりだ。

 

「あのライフルが厄介だ。火力を集中させろ!」

 

 ブラックスミスの対物ライフルを破壊すれば脅威がひとつ減る。上空ミサイルは面倒だが対処法は理解した。

 

(どこだ? マリアンはどこにいる?)

 

 ブラックスミスの全身を観察して取り込まれたマリアンを案じている間に、アニスのグレネードランチャーが右のライフルを破壊していた。

 

「指揮官様! ひとつやったわよ!」

 

「よし! 触手に注意して左もぶっ壊せ!」

 

「了解!」

 

 先ずは無力化してから考えよう。不破も二人に負けじとアサルトライフルを発砲していたが……

 

 カチッ。

 

 最後の弾倉を使い切ってしまった。すぐに遮蔽物に隠れ、ラピとアニスを確認する。二人とも被弾こそしていないがその表情には緊張と疲労が見えていた。

 

 助けなければ、と周囲を確認すると瓦礫の上のサブマシンガンを発見した。マリアンの銃だ。

 

「───借りるぞ」

 

 不破はブラックスミスの攻撃の間隙をついて移動すると、サブマシンガンを手に取って残弾と状態を確認する。……弾は半分以上残っている。壊れてもいない。

 

「……よし」

 

 再び上空にばら撒かれたミサイル群を撃ち抜き爆発させていく。ラピのように正確な射撃ではないため、無駄弾が出てしまったがミサイルは一つ残さず破壊された。

 

「指揮官! 右ライフルも破壊しました!」

 

「了解! コアに火力を集中させろ!」

 

 アサルトライフル、グレネードランチャー、サブマシンガン……それぞれの弾丸がブラックスミスの装甲を削り、脚部を破壊していく。

 

 そして、遂に───

 

 

『ぶ、ブラックスミスの撃破を確認……。し、信じられません。戦闘に勝利しました!』

 

 

 ブラックスミスは、完全に沈黙していた。

 

 巨大な機体は崩れ落ち、無数の金属片が地面に散乱している。タイラント級───地上に出現するラプチャーの中でも最も危険な存在の一つ。それを打ち破ったにも関わらず、勝利の実感はどこにもなかった。

 

「生存者を確認します」

 

 ラピはそう告げると、鉄くずと化したブラックスミスへと近づいた。その足取りは冷静で、感情の揺れを感じさせない。

 

「先発隊は全滅。部品がすべて剥がれてしまいました」

 

 その言葉通りだった。

 

 ブラックスミスの残骸の周囲には、無惨に解体されたニケたちの部品が散乱していた。胴体、脚部、武装───どれも、元が人の形をしていたとは思えない。

 

 助けることはできなかった。

 

 救出作戦は完全な失敗だった。

 

「……マリアンは?」

 

 アニスが恐る恐る尋ねる。

 

「生きては、いる」

 

 ラピは少し間を置いて答えた。

 

 その視線の先。瓦礫の影に、マリアンが横たわっていた。全身は損壊寸前。装甲は破れ、内部構造が露出している。それでも、かろうじて生きている状態だった。

 

 ラピは彼女をそっと抱き上げ、壁に寄り掛からせる。

 

「…………………………」

 

 アニスは言葉を失った。

 

「ここ、です。こ……こ……」

 

 マリアンの声は途切れ途切れでノイズが混じっている。

 

「……手遅れね」

 

 アニスは歯を食いしばった。

 

「侵食が脳にまで転移してる」

 

『脳が破損したニケは処分するのが規則です』

 

 通信越しにシフティーの声が響く。

 

『軍法により、ニケの処分は指揮官が行わなければなりません』

 

その言葉が不破の胸に突き刺さった。

 

「…………………………」

 

 不破は何も言えなかった。

 

 ラピは不破の前に歩み寄ると、ホルスターから拳銃を取り出した。そして、静かに差し出す。

 

「自決用の拳銃です。至近距離から撃ってください」

 

「…………………………」

 

「私がやろっか?」

 

 アニスが絞り出すように言う。

 

「ダメよ」

 

 ラピは即座に否定した。

 

「ニケがニケを処分することはできないもの」

 

 それが、この世界のルールだった。

 

 不破は拳銃を受け取り、マリアンの前に立った。

 

 ゆっくりと銃口を持ち上げ、彼女の額へ向ける。

 

 だが───引き金に指がかからない。

 

「指揮官」

 

 ラピの声が硬くなる。

 

「迷っている暇はありません。このまま放置すれば、イレギュラーになる可能性が高くなります」

 

「…………………………」

 

「指揮官! ───っ」

 

 その瞬間。マリアンが、わずかに動いた。

 

 自ら、不破の銃口を両手で掴み、額へと引き寄せる。

 

「指揮、官……ここ……です」

 

「…………………………」

 

「包帯……嬉しかった……です……」

 

 その言葉に、不破の喉が詰まった。

 

 戦闘中、彼女に巻いた包帯。あれは、ただの応急処置だった。

だが、マリアンにとっては───

 

「……ありがとう」

 

 最後に、かすれた声が聞こえた。

 

 パァン!

 

 乾いた銃声が、廃墟に響いた。

 

 マリアンの腕が、力なく下がった。

 

「マリアン、処分確認」

 

 ラピは震え一つ見せず、事実だけを告げた。

 

『……沈黙確認。現時刻をもって、捜索作戦を終了します。アークにお戻りください』

 

 通信は、淡々とそう告げる。

 

 不破は、しばらく動けなかった。

 

 やがて、ゆっくりとマリアンのもとへ膝をつく。風穴の空いた頭部に、丁寧に包帯を巻いた。意味がないことは、分かっている。だが、それでも───

 

「こいつはもらっていく。じゃあな、マリアン……」

 

 不破はマリアンのサブマシンガンを携え、立ち上がった。

 

「……くそっ」

 

 アニスが、悔しさを噛み殺すように呟いた。

 

 誰も、それに答えなかった。

 

 三人はマリアンの亡骸をその場に残し、静かに背を向けた。

 

 

 / 

 

 

「ありがとう。おまえには最期まで助けられた───」

 

 




 
 
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