アイシールド2/1   作:寛喜堂秀介

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01 セナ+アイル

 

 

 小早川瀬那(こばやかわせな)

 泥門高校アメフト部「泥門デビルバッツ」1年。

 小柄な体格ながら、本場アメリカのプロ最高峰の瞬足を誇る、泥門の絶対的エースランナー。

 

 彼を擁する泥門は高校アメフト秋季大会全国大会決勝(クリスマスボウル)で優勝。

 セナ自身は、東京予選でベストイレブンランニングバック部門に選出され、関東大会では最優秀選手賞を受賞。そして全国大会でも最優秀選手に選ばれる活躍を見せた。

 

 チビで臆病なパシリだった少年は、数々のライバルと戦い、その中で進化を遂げ、チームを全国一に導いた。

 

 全国優勝後も、セナの活躍は続く。

 高校ワールドカップ全日本選抜チームで、最強のライバルたちとともに世界に挑み。

 そして現在、決勝戦で、圧倒的実力を誇るアメフト王国アメリカ代表相手に、同点延長戦までもつれ込む大熱戦を繰り広げていた。

 

 

 ……はずだった。

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、カメラフラッシュの洪水の中にいた。

 地響きのような歓声と、万雷の拍手に包まれ、なにも見えない。聞こえない。

 突然そんな状況に放り込まれ、小早川瀬那は挙動不審にビクつきながら、周囲を探った。

 

 どうやら室内。それもどこかの体育館かアリーナらしい。

 記憶が確かなら、直前までアメリカ代表との試合中だったはずだが、ぜんぜん別の場所だ。

 

 

 ──ええええ、どうなってるの!?

 

 

 わけがわからない。

 混乱の中、目も見えないほどだったフラッシュが、次第にまばらになる。

 

 ……なぜか中学生くらいの女の子たちや、記者に囲まれていた。

 

 

 ──ひいいいい、どういう状況!?

 

 

 小動物的な防衛本能から、思わず飛び退りかけたが、周りを人で囲まれて動けない。

 というか距離感がおかしい。女子中学生にもみくちゃにされるなんて体験、セナはしたことがない。

 

 

天王洲(てんのうず)選手、レスリング全中女子3連覇おめでとうございます! 公式大会無敗、まさに国内に敵なしですが、これからの抱負をひと言!」

 

 

 ──ええええっ!?

 

 

 詰め寄ってきた記者のインタビューに、セナは混乱しまくる。

 天王洲なんて名字にも、レスリングにも、全中女子3連覇なんて業績にも、なにひとつ覚えがない。

 

 そう思った、瞬間。

 セナの内側から、記憶がぶわーっとあふれてきた。

 

 天王洲アイル。

牛王院(ごおういん)中学3年。レスリング部所属の日米ハーフ。

 都内に屋敷を持つアスリート一家に生まれ、幼い頃からレスリングを続け、たったいま、全中大会3度目の制覇を果たした、世代最強の中学生レスラー。それが自分(・・・・・)だ。

 

 

 ──ええ? 僕は僕だよね!? なのに中学生で? 女の子で? レスリング? いやいやいや、いやいやいやいや。

 

 

「天王洲選手? ぜひひと言を! さあさあ!」

 

 

 強引な記者がずずいとマイクを押し付けてくる。

 ただでさえ混乱してるのに、急かされまくったセナは、ぽろりと漏らしてしまう。

 

 

「あ……アメフトが、やりたいです」

 

 

 とんでもない騒ぎになった。

 

 

 

 

 

 会場は蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。

 

 記者たちは真意を追求する。

 顧問や部の仲間たちは混乱しまくる。コーチはおろおろする。

 たったひと言が大きな波紋を呼んでしまい、根が小市民なセナは怯えてしまって訂正できない。

 

 おまけに、たまたま応援に来ていたアイルの父が、「将来について悩んでいたとは知らんかった。私はアイルの意志を尊重しよう!」なんて言いだすものだから、騒ぎは余計に膨れ上がった。

 

 戸惑いと混乱の中、セナは先に天王洲の屋敷に帰された。

 アイルの部屋は飾り気もなくシンプルで、調度も必要最低限。

 ただ、フォームチェックのための大きな鏡が、朴訥とした部屋の中で盛大に自己主張している。

 

 その鏡に、セナは目を向けた。

 小早川瀬那とは似ても似つかいない美少女がそこに居る。

 幼さを残しながらも凛々しく整った顔立ちは、14歳のわりに大人びている。

 

 ……というか金髪だ。

 しかもドリルみてえな巻き髪だ。

 

 いや理由はわかる。

 ハーフなんだから、この金髪は自前だ。

 大柄な体格もそのせいで、身長は170cmほど。

 レスリング選手らしく全体的にがっしりしているが、女性的なラインは損なわれておらず、客観的な印象としては「金髪美人」だ。

 

 

「天王洲、アイル……」

 

 

 名を呼ぶ。

 不思議なことに、自分の名前だと思える。

 自認こそほぼセナだが、厳密にはアイルとセナが妙な具合に混じり合っているらしい。

 

 

「うううう、こうなるんだとしても、なんで試合の途中で……」

 

 

 セナは頭を抱えた。

 よりによってアメリカ代表との同点延長戦。佳境も佳境だ。

 すごい仲間(ひと)たちといっしょに、すごい好敵手(ひと)たちと戦っていたのだ。

 最高に楽しい時間を取り上げられたのはひどいと思うけど、文句を言う相手なんて居ない。

 

 

「もう、こうなっちゃったのは仕方ない。仕方ないんだけど……どうしよう、これから」

 

 

 セナは途方に暮れた。

 精神の合体事故のせいで、アイルの進路は派手に変わってしまった。

 

 いや、どのみちレスリングは続けていなかったかもしれない。

 幼小中あわせて10年間打ち込んできたが、「すごい」と思える人には出会えなかった。

 勝ち続けても、心のどこかではずっと退屈で……でも、辞めてなにをしたいか、わからなかった。

 そこへセナの、ライバルとの熱い戦いの記憶とかが混じりこんできたものだから、ぽろっと「アメフトやりたい」なんて言葉が出てしまったのだ。

 

 戦犯セナである。

 いやどっちも自分なんだから、責任を押し付け合っても仕方ないんだけど。

 

 

「アメフトか……高校受験までは時間があるけど……行ってみたいな。泥門高校」

 

 

 壁のカレンダーを見ながら、つぶやく。

 いまは6月。高校ワールドカップが3月だったから、3ヶ月前の話になるのだろうか。

 

 新年度となり、同学年の戦友──モン太や十文字たちは、もう2年生だ。

 アイルが来年泥門高校に入学したとしても、校則の都合上、3年生になった彼らは部活を引退。上級生のヒル魔や栗田は卒業してしまっている。

 

 

「……また、いっしょにプレイしたかったな」

 

 

 ぽつりと、本音が漏れる。

 栗田とヒル魔。自分がアメフトを始めた、始まりのふたり。

 

 気が優しくて力持ちな、頼れる先輩、栗田良寛(くりたりょうかん)

 外道で悪魔だけど、アメフトには真摯な頼もしい先輩、蛭魔妖一(ひるまよういち)

 忘れもしない。泥門に入学した1年前のあの日から、ずっといっしょに戦ってきた、本当にすごい人たち。

 

 

「……いや、ちょっとおかしいぞ? カレンダーの日付、2年前!?」

 

 

 ふと気づき、声をあげた。

 部屋のカレンダーが古い……わけではない。

 思い出してみれば、天王洲アイルの生年は、小早川瀬那と同じ。

 

 その自分が中学3年生、ということは。

 

 

「いまは2年前──セナ(ぼく)もまだ中3の頃……? ええええ……どうなってるの……?」

 

 

 新たな問題に気づいてしまって、セナは頭を抱えた。

 

 中3の春といえば、まだ進路とかも全然考えてなくて。

 友達もろくにおらず、学校でパシリまくりの人生を送ってた頃だ。

 

 秋になって、年上の幼馴染、姉崎まもりに家庭教師やってもらって、必死で勉強して……来年の春には、小早川瀬那は泥門高校に入学する。

 

 それは本来、天王洲アイルとは関係のない物語。

 だけど、彼女(ぼく)もまた小早川瀬那で……彼が歩むその先には、あるはずなのだ。

 高校ワールドカップ決勝。アメリカ代表との同点延長戦──途中で終わってしまった、熱い戦いの決着が。

 

 

「……そうだよ。自分で投げ出したわけじゃないけど……あの場所に自分が居ないなんて、我慢できない」

 

 

 拳を握る。

 ふつふつと、闘志が湧き上がってくる。

 じっとしてられなくて、衝動のまま部屋を出てしまう。

 

 視線が高い。

 一歩の歩幅が大きい。

 あらためて、セナとは違うと感じながら、庭に出る。

 屋敷の庭は平坦な芝生で、軽く走るには十分な広さがある。

 

 

「……入るのは、泥門高校だ。全国大会決勝(クリスマスボウル)を目指すなら、当然泥門のみんなとじゃないと」

 

 

 つぶやきながら、準備運動をする。

 

 いまの自分は女子だが、高校アメフト界の絶対王者、帝黒アレキサンダーズにだって小泉花梨(こいずみかりん)選手がいる。

 実力さえ示せば。ましてや万年選手不足の泥門デビルバッツなら、女子が選手になるのは難しくないはずだ。

 

 

「問題は、その先。男子アメフトの世界で、わたし(ぼく)が──天王洲アイルがどこまで活躍できるか、だよね」

 

 

 それを試すために、構えて──思いっきり走り出す。

 レスリングで鍛えられた瞬発力が生み出す初速は、しかし40ヤード4秒2──光速の視界に慣れた自分には、ひどく鈍重に感じる。

 

 足を止め、己の両足を見る。

 小早川瀬那のそれよりもずっと長く、太く、力強い両足。

 

 

「僕は……もう、セナじゃない。アイルなんだ。光速の脚はもう、ない」

 

 

 その現実を、セナ──天王洲アイルは噛みしめる。

 

 瞬間的な走行ルートの判断、フットワーク技術。

 ライバルとの戦いの中で培った経験値。そういったものは、己のものとしてアイルの中に存在する。

 

 だが、天から与えられた才能は、無二のものだ。

 小早川瀬那の、フットボーラーとしての唯一にして最高の武器は、自分にはもうない。

 

 

「──でも、かわりに別の才能がある。天王洲アイルの武器が、ある」

 

 

 レスリング漬けの9年間で培った、圧倒的技術と経験値。

 身長170cmの、男子アメフト選手に混じっても戦えるフィジカル。

 それは光速の脚のような絶対の武器じゃない。超人の、神の領域にある好敵手たちと戦うには、心もとない能力だ。

 

 だが、泣き言を言っても始まらない。

 决めたのだ。全国大会決勝(クリスマスボウル)に勝利し、日本代表に選ばれて、アメリカ代表との決勝を戦うと。

 

 なら、ないものを求めて嘆いている暇はない。

 アイルは、カールの入った金色の巻き髪を、後ろでまとめる。

 

 幸い、自分には小早川瀬那と天王洲アイル、まったく違う2種類の経験値がある。

 ふたつの経験を、スキルを、試しまくり、反復しまくり、よじり合わせて自分の力に昇華する。

 

 泥門入学までの期間は、そのためにこそ費やすと决めた。

 もちろん、レスリングを辞めるといっても、すぐには辞められない。

 実際問題、強化合宿などはともかく、すでに決まっている国際大会の出場予定を、一方的にキャンセルはできないだろう。

 

 そのあたりは、両親やコーチと相談の上だ。

 両親はまあ、認めてくれるだろうが、根が小市民なアイルとしては、先のスケジュールを决めないことで、穏便に引退したいところだが、ともかく。

 

 

「始めるんだ。アメリカンフットボールを……もう一度、泥門デビルバッツで!」

 

 

 アイルは、夜空を見上げた。

 宵の月は、ちょうどアメフトのボールのようで。

 それを追うように、アイルは月に向かって手を伸ばした。

 

 ……まあ、決意したところで、トイレとか、お風呂とかの卑近な問題は山ほど残っているのだが。

 たとえ自分のものだという意識があっても、セナ由来の恥ずかしさとかドキドキは相殺されないのである。0+1=1なのだ。

 

 

 

 

 




本日もう1話投稿予定です。
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