アイシールド2/1   作:寛喜堂秀介

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11 新築ロッカールーム+アイル

 

 

 専門医による指導を受けつつ、部室増築の土木作業を手伝い、アメフトの練習メニューもこなす。

 そんな生活を送ること2週間──入部テストから数えて一ヶ月近くも経てば、練習にも体が慣れてくる。

 負荷の軽い運動で体力をつけてきた雪光も、アイルから姿勢やフォームについて指摘されることが、だいぶ減ってきた。

 

 

 ──正しいフォーム、適切な負荷、反復と回復のバランス。

 

 

 これが雪光が担当医から念押しされたことで、アイルがチェックしなくちゃいけない部分だ。

 

 雪光はいままで運動をしてこなかった。

 これは筋肉だけでなく、運動神経──神経筋も未発達だということだ。

 正しくないフォームでの運動は、筋肉の発達をアンバランスにするだけでなく、体に間違った動きを覚え込ませ、上達を阻害してしまう。

 

 だが根性のある雪光は、スタミナはとっくに切れてるのに、みんなに遅れまいと、走り込みで顎を上げながら走ったり、敏捷性(アジリティ)トレーニングで体をふらつかせながら動いたりする。

 アイルはそのたび「ゆっくりでもいいから確実に! イメージしてくださいイメージ! 試合でそんな動きするつもりですか!」と言い続けてきた。

 

 ただ、それがよかったのか、他のメンバーもフォームを意識して練習するようになり、こころなしか上達が早まったように思う。

 

 ともあれ、ちょうどみんなの基礎力がついてきた、そんな頃。

 アメフト部部室の隣に、立派なロッカールームができあがった。

 

 

「すげー!!」

 

 

 完成した部屋を見て、全員が歓声を上げる。

 部屋の両脇には個室ロッカーがずらりと並び、それぞれ部員の名前が入っている。

 アイルの時は、三兄弟は最初1つのロッカーを共有させられていたのだが、今回はそれなりに積極的にやってるためか、最初から個室だ。

 

 そんな中、アイルの名前だけが見つからない。

 

 

「あれ、わたしのロッカーは?」

 

「いやここにある方が問題だろ。俺らが着替えんだから」

 

 

 アイルのとぼけた発言に、十文字が突っ込む。

 当たり前だが、男に混じって女が1人着替えるとか大問題だ。

 

 

 ──花梨(かりん)さんとか、一軍に上がるまでどうやってたんだろう。

 

 

 アイルは関西最強、帝黒アレキサンダースの紅一点、小泉花梨のことを思い出す。

 部員数200名を超えるあの巨大な帝国(チーム)は、1軍に上がるまでは雑然とした共有ロッカーだったはずだ。いやさすがに特別扱いはされてたと思いたいけど。

 

 

「お、あれじゃねーのか? 一番奥のカーテン」

 

 

 部屋の奥を指さし、モン太が声を上げる。

 ロッカールームの一番奥には分厚い白のカーテンが引かれており、確認するとその奥にロッカーが対面で置かれている。

 個室ロッカーにはアイルの名札があるし、カーテンで仕切られた空間は、あきらかに女性用を想定しており、着替えスペースとしても十分な広さだ。

 

 

「おおー。これで時間ずらさずに着替えられるね!」

 

「いやなんで出入り口別じゃねえんだよ。お前が着替えて出る時に俺らがまだ着替え中だったら問題あるだろ。くっそ、なんで俺がこんなツッコミやらなきゃいけねーんだ……!」

 

「十文字君、変に律儀なとこあるから……」

 

 

 突っ込みながら自己嫌悪に陥ってる十文字に、セナが小声でつぶやく。

 関わるだけ損な地雷要素なのに、ちゃんとツッコむあたり、「変に律義」って評価は正しすぎる。

 

 

「天王洲! お前俺らが妙な気起こしたら覗かれる立場なんだから、あんまガード緩めんなよ! 気をつけとけよ!」

 

「いやあ、さすがにそんな気は起きないんじゃないかなあ……」

 

 

 ずびしぃっ! と指を突きつけてくる十文字に、アイルは天井を見上げながら返す。

 

 

「いやお前普通に美人だからな!? 気になってるやつクラスにいくらでも居るからな!? なんなら委員長に血の涙流しながら『クソチビから姫を守ってくれ』とか頼まれてんだからな!!」

 

「クソチビって僕!?」

 

 

 セナが謎の誤射を食らっているのはさておき。

 十文字は猛反論していたが、ふとアイルの視線を追って──目をすがめた。

 

 

「……おい。なんで部室に監視カメラがありやがんだよ」

 

「血迷った人の弱みを握るためじゃないかなあ……」

 

 

 犯人はさぞ名のある悪魔なのだろう。

 ロッカールームに居た全員が「うわぁ……」とドン引きの表情になる。

 

 

「……まさかだが、その監視カメラ、女子のロッカーにも向いちゃいないよな?」

 

「いやさすがにないでしょ。なんに使うんだって話だし」

 

 

 十文字の疑問を、アイルは切って捨てる。

 全員当たり前のように、ヒル魔に性欲があることを信じていない。というのはともかく。

 

 

「……取引材料、とか?」

 

「さすがにその一線は守ってるって信じてるから……」

 

「おい声揺れまくってんぞ」

 

 

 セナの発言に動揺しまくったアイルに、十文字が突っ込む。

 そっちの可能性なら、ひょっとしたらありえるかも、と思えてしまうから怖い。いや、やらないだろうけど。

 やるにしても実際には撮らず、相手に「アイルの着替え映像が欲しい」と言わせて、それを脅迫材料にするだろう。悪魔か。悪魔だったわ。

 

 

「一応確認しとけよ。なんかもう、いいように使われてるのが忍びねえ」

 

「いや、アメフトに関しては、好きでやってるんだけどね……うん、カメラっぽいものとか、不審な穴とかはない……けど、なにこれ。写真のネガ?」

 

「……ハ?」「はぁ?」「はぁぁぁ!?」

 

 

 アイルの言葉に、黒木、戸叶、十文字が一斉に身を乗り出す。

 乗り出しかけて、カメラの存在を思い出して、かろうじて立ち止まったが。

 ちなみにこの三人、いまでこそ真面目にアメフト部員やってるが、当初は全裸写真をネタに脅されていたのだ。アイルはくわしいところを知らないけど。

 

 

「お、お前っ、それ、どんな写真だ? ……いや見るな! 絶対見るな! こっちに寄越すだけでいい!!」

 

「えーと……ん? みんな小さくてかわいい……?」

 

「見るなっつっただろうがーっ!!」

 

 

 がっくりと崩折れながら慟哭する三兄弟。

 金髪美女に全裸写真を見られて「小さくてかわいい」とか言われたダメージは計り知れない。オーバーキルもいいとこだ。

 

 

「いや、ネガは見てないよ。ネガの入った封筒の中に、それだけ書かれた便箋が入ってただけで」

 

 

 あんまり過剰な反応に、アイルは困惑しながらカーテンを開く。

 

 

「完っ全に手球に取られてやがる……」

 

「これ、ネガも絶対関係ない写真のやつだろ」

 

「悪魔かよ……悪魔だったわ……」

 

 

 地面に突っ伏している三兄弟の様子にいろいろ察して、アイルは同情してしまう。

 ちなみにネガは子猫や子犬の写真で、「みんな小さくてかわいい」も事実だったのは、さておき。

 

 

「──(ファッキン)野郎ども! 基礎練でどんだけ強くなったか計んぞ! とっとと着替えやがれ!」

 

 

 名のある大悪魔はいきなりやってきて、そんなことをのたまった。

 

 

 

 

 

 

 着替え中に「いいタイミングだ」と、ヒル魔がアイシールドの正体を明かすサプライズがあったのは、さておき。

 いやさておくのはどうかってくらい混乱とか騒ぎとかあったけど、まあ落ち着くべきところにおちついて、一行はトレーニングルームに向かう。

 

 能力測定で、まず計測したのはベンチプレスだ。

 前回の計測から一ヶ月経っていないが、大きく記録を伸ばした者が複数出た。

 

 セナは10kgから40kg。

 雪光は30kgから40kg。

 伸び幅は大きいが、さすがに期間が短すぎたのか、アイルの時と比べて有意な差は出ていない。

 

 三兄弟も、以前と同じく60kgから85kg。

 アイルは3人がここで大きく記録を伸ばすことは知っていたものの、それ以上に、自分の記録80kgを越された衝撃は意外と大きかった。

 

 

「うわー、十文字君たちに越されたー。知ってたけど、みんな伸び幅すごっ!」

 

「ケケケ、鍛えてねえヤツほど伸び代デケェからな。俺らはクソほど地道に鍛えてくしかねえ」

 

 

 声を上げるアイルに、ヒル魔が返す。

 三兄弟が伸びるのも、自分がもっと時間をかけないと伸びないのもわかってはいるが、一ヶ月経たずに追い抜かれるのは、やっぱり持って生まれたものの差を感じる。そんなこと言ってたらヒル魔に蹴っ飛ばされそうだけど。

 

 セナや雪光、三兄弟は、相当うれしいのだろう。

 大きく記録が伸びたことを、声を上げて喜びあっている。

 

 

「鍛えはじめのボーナスタイムだからなあ。絶対楽しいやつだ」

 

「ケケケ、せいぜい喜んで鍛えまくりやがれ」

 

 

 みんな祝福したり発奮したり。

 仲間の成長に刺激を受けながら、続いての計測は40ヤード走だ。

 こちらも、おいそれとは記録は伸びない。スピードに重点を置いて鍛えたモン太でも、タイムは縮んでいない。

 

 だが、雪光は6秒1から5秒8に記録を伸ばした。

 これは筋力がついたというよりも、フォームを改善した成果だ。

 

 同じくセナも、通常5秒0から、4秒8。

 これも、筋力よりもスピードを緩めない意識と持久力。光速を出せる時間が長くなったのが大きい。

 緩急効かせた走行の結果で、数字的には詐欺のようなものだが、ともあれ、これでセナは名目上、短距離走者(スプリンター)を超え、エースランナーの世界に足を踏み入れる。

 

 アイルの記録は、まだ以前と変わらないが、感触は良い。

 ベンチプレスもそうだったが、以前よりも安定感が増したように感じる。

 

 

「わたしの成果が出るのは、早くて1ヶ月後ですかねえ。2ヶ月後にはさすがに記録に反映されるだろうけど……」

 

「おうらやましいこった。俺なんぞ本当にミリ伸びの世界だぜ」

 

 

 アイルのつぶやきに、ヒル魔が笑って返す。

 

 ヒル魔は、肉体的には決して恵まれてはいない。

 たかが女子アスリートの最高峰でしかないアイルより、なお下だ。

 だがその上で、ヒル魔は間違いなく関東屈指のクォーターバックだ。

 そこに至るまでの努力と反復練習に、いったいどれほどの時間が注ぎ込まれたのか。

 

 ヒル魔の、アメフトへの秘めた熱量に、アイルは敬意を払わざるを得ない。

 

 

「でも、嘆いてられない。人間、配られた手札で戦ってくしかない──ですよね?」

 

「ケケケ、わかってんじゃねえか(ファッキン)ドリル。死ぬほど鍛えて、強えヤツとの実践経験死ぬほど積んで、死ぬほど作戦組み上げて……それでも勝てるとは限らねえ」

 

 

 言いながら、ヒル魔はニヤリと口の端を釣り上げる。

 

 

「──だから面白れーんだ。アメフトってのは」

 

 

 

 

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