◆月刊アメフト特集記事
先日行われた月刊アメフト杯代表決定戦は、大方の予想を覆し、南神奈川の強豪・太陽スフィンクスを泥門デビルバッツが降す結果となった。
泥門は創部2年目。
蛭魔、栗田という関東大会級の選手を抱えながら、選手不足のために長らく大会上位に食い込んでくることはなかった。
しかし今期より参入した規格外の女性タイトエンド・天王洲アイル(42TE)、容姿経歴一切不明ながら40ヤード4秒2、光速のランニングバック・アイシールド21(21RB)により、春大会は2回戦敗退ながら都大会王者・王城ホワイトナイツと互角の勝負を演じるまでになった。
鉄壁の王城ディフェンスを3度ぶち抜いたアイシールド21。
あの高校最強のラインバッカー・進清十郎すら抑えた恐るべきリードブロッカー・天王洲アイル。
爆発的な攻撃力を誇る名コンビの活躍で、最強の鉾を手に入れた泥門だが、太陽戦前の評価は、決して高いものではなかった。
依然として人数不足のメンバー構成。
特に正規レシーバーとキッカーの不在、栗田頼りのラインは、秋大会を戦うチームとしては、安定力不足と言わざるを得ない。
当然、太陽VS泥門の事前予想は7:3で太陽の勝利だった。
しかし泥門デビルバッツは、秋大会を見据え、すでに戦力の補充を行っていた。
両翼のレシーバー。小柄だが空中戦に秀でた雷門(80WR)、高さと体格に優れ、競り合いに強い瀧(88WR)*1の活躍は申し分ない。
栗田と肩を並べる新人ラインマンたちも、当初こそ圧倒されていたものの、試合の中でどんどん成長し、ピラミッドラインに負けぬ勇姿を見せてくれた。
特に十文字(51T)、黒木(52G)、戸叶(53T)の3人の上達は進化と言ってもよく、太陽打倒の
もちろん、5人目のラインマン・小結(55G)も小柄ながら他に見劣りしなかったし、創部以来の古参、石丸(30RB)も地味だが堅実に仕事をこなしている。
試合結果は泥門26‐16太陽。
後日のアメリカチーム・NASAエイリアンズとの戦いに向けて、疑義を挟ませない実力を示した。
一方で課題も浮き彫りになった。
依然として残る選手不足の問題。動ける選手は攻防両面で酷使され、終盤あきらかにスタミナ切れを起こしていた。
キッカー不在は解消されておらず、エイリアンズ戦、そして秋大会を勝ち抜くためには、さらなる戦力補充が必要となるだろう。(天王洲アイル選手に関しては、巻頭特集記事)
◆
太陽戦の翌日に予定されていたNASAエイリアンズ戦が、あちらの都合、というかワガママで延期になった。
当然ヒル魔が黙っているはずもなく、相手チームの監督・アポロの尊厳を徹底的に破壊する畜生動画を全世界に配信し、名誉挽回のための試合の約束をまんまと取り付けた。
1ヶ月後の試合に向けて特訓を始めた、そんな蒸し暑い昼休み。
新しく取り付けられた冷房でキンキンに冷えたカジノ──もとい部室で、みんながくつろいでいると、カウンターに寝っ転がって雑誌を読んでいたヒル魔が口を開いた。
「ケケケ、
「うおおマジかっ!?」
三兄弟が争うようにしてヒル魔から雑誌を奪い、食い入るように見る。
表紙のアイルを、指で触れないよう気をつけて持つ十文字の過剰なお気遣いは、さておき。
「……進化、だってよ。けっこういいこと書いてあんぞ」
「写真も載ってんぞ! これ変なオッサンがカメラ向けてきたときのやつか! メンチ切っちまったじゃねーか!」
「カッカッカ。まあ悪かねえな褒められんのも」
どこかうれしげに記事を見る三兄弟に、ヒル魔は口の端を曲げる。
「ケケケ、太陽戦は敵地で糞アウェイだったがな。それでも声援は飛んできてやがっただろ? 勝てば誰もが認める。そういうもんだ……アメフトってのはな」
「ふん、焚き付けやがって……」
十文字が、雑誌片手にヒル魔に顔を向ける。
太陽戦の勝利が彼の心に火をつけたのか、それとも別の原因か。瞳には抑えきれない熱が宿っている。
「──言われるまでもなく、こちとらとっくに滾ってんだよ。アメリカに勝って、誰も俺らに文句はつけさせねえ!」
「ケケケ、ならこの一ヶ月、
「やった! みんないっしょに早朝練習だね!」
「フゴーッ!!」
ヒル魔の言葉に、栗田と小結がそろってバンザイする。
ちなみに栗田基準の早朝練習とは、深夜2時からやるものなのだが、ともかく。
「ヒル魔さん、僕らは」
さきほどからアイルが表紙の月刊アメフトに興味津々な様子を隠せてないが、見て見ぬふりする情がまもりにも存在した。口元はにやついてるけど。
「
「ディフェンス!? 攻撃100%のヒル魔さんが!?」
セナやモン太が驚いてるが、すこし勘違いしている。
「ケケケ、
「少年誌の悪役でもなきゃ言わないことを、臆面もなく言い切った!?」
セナが驚愕の表情を浮かべる。
今回の特訓の目玉は
ヒル魔好みの、いわば超攻撃的なディフェンスなのだが、ついでに守備のイロハも叩き込まれる。
そろそろイロハくらいは覚えとかなきゃマズいし、好意的に考えれば守備に手が回せるくらい、攻撃には手札がそろってきたってことだ。
「……あ、すみません!」
エイリアンズ戦に備えて、なにをすべきか。
考えていたアイルは、思いついて手を挙げる。
「どうした
「練習前に、アイシールド──セナの弱点教えときたいんで、時間欲しいです」
小早川瀬那の光速の走りには、弱点がある。
アイルは以前、そのことをアメリカ合宿で教えられた。
NASAエイリアンズ戦でセナはこの弱点を突かれ、敵エースにランを止められたのだ。いまのうちに塞げるものなら塞いでおきたい。
「僕の、弱点……」
「……ケケケ、いいだろ。泥門の切り札に弱点があるってのなら、見せてもらおうじゃねえか──おい、
「あの、もうすぐ授業……」
「んなもん後だ後!」
ヒル魔に急かされたアイルとセナは、急ぎロッカールームでユニフォームに着替え、仲間の待つグラウンドに出た。
数メートルの距離を開けて、アイルとセナは対峙する。
加速を付けるには短すぎる距離だが、初速からトップスピードに入れるセナなら、関係ない。
「いいよ、セナ。いつでも」
「うん……行くよ。アイル」
セナの表情は、いつになく挑戦的だ。
当然だろう。
光速の脚は、セナが数多くの敵を破ってきた絶対の武器。
いままで対応できたのは、最強のライバル・進清十郎くらいだ。
走りなら、アイルにも負けない。
その思いが、ありありと表情にでていた。
そのセナが、わずかに身を沈める。
刹那、小柄なその体が、ぐんと前に押し出された。
速い。
医師の指導のもと鍛えられ、
光速の世界に、アイルは対応できない。
だが──アイルは一瞬、左に重心を動かす。
眼前に来て急ブレーキをかけたセナは、直後ロケットスタートで右側に抜け──狙いすましたアイルのタックルが、セナを捉えた。
「え……」
セナがアイルに抱きつかれたまま、呆然と声を漏らす。
セナだけじゃない。
見ていたチームのみんなが、愕然としている。
驚愕は、アイシールドの
「アイル。もう1回、やっていい?」
「いいよ。何度でも付き合うから」
セナの真剣な言葉に、アイルは応じる。
まもりが空気を読んでいろいろ漏らすまいと頑張ってるのは、さておき。
セナは光速の
結果は完封だが、アイルは内心冷や汗をかいている。
回を重ねるごとに、セナの走りが速く、鋭く、洗練されていく。
そして。15本目にして、セナは気づく。
「……そうか、罠なんだ。コースが広いのは」
「正解。いくらセナが速くても、抜くルートを決め打ち出来たら、捕まえるのは難しくない。なぜって言うと──あ、聞こえてない」
超集中状態に入っているセナは、アイルに向け身構える。
チェンジ・オブ・ペース。
9年間、人混みの中を走り抜け続けた練習量が産んだ、速度にムラのある走り。
光速40ヤード4秒2でのストップ&ゴーは、小早川瀬那の持つ絶対的な武器だ。
だが、曲がる直前、セナは必ず急ブレーキをかける。
そこだけスピードは0になる。そのタイミングでフェイントを入れれば──セナは瞬間的な判断で、確実性の高い走行路を選ぶ。
──が。
眼前でブレーキをかけたセナは、誘導した方とは逆のルートでアイルを抜き去った。
「……お見事」
光速の
未熟であってなお届かぬ世界を見せつけられながら、アイルは称賛する。
「アイルこそすごかったよ。抜く方向を選ばされてたって、ぜんぜん気づかなかった」
「コンマ1秒の瞬間的な判断だからね。経験則が導く最良のルートの逆を行くのは、意識しないと難しいんだ……この手の駆け引きはフィールドの
ひとまず、壁は乗り越えた。
セナならこれで、実戦の中でフェイントに気づき、とっさに逆から抜けるだろう。
急場の対応としては申し分ない。
だが、セナが目指すべきは、さらに先だ。
「セナは
言いながら。
アイルはセナから距離を取り、構える。
セナはアイルの動きを見逃すまいと、じっとこちらを見ている。
そこに、走る。
40ヤード5秒0。快速の
それは、アイルが知る光に比べて遅すぎる世界。
だが。
ブレーキを一切かけずに突っ込む。
一直線に向かってくる
瞬間。
歩幅を縮めてジグザグに足を踏み切って。
アイルは最高速のまま、セナの隣を駆け抜けた。
驚きに目を見開きながら、セナの視線はアイルを追っている。
当然だ。アイルの脚に悪魔の走りは宿らない。
自分の技が、ただのクロスオーバーステップだというのはわかってる。
だが、セナは違う。
「ブレーキをかけずに曲がる。このステップを覚えたら……セナの走りは、
──【デビルバットゴースト】。
小早川瀬那の必殺の
医師の指導で鍛え始めてから1ヶ月。
エイリアンズ戦まで、さらに1ヶ月。
鍛え抜かれた身体があれば、片鱗であれ、掴めるはずだ。この悪魔の走りの。
「ケケケ、
ヒル魔が、珍しく興奮をあらわにしている。
パンサー。
無重力の脚を持つ天才ランニングバック。
監督の偏った信念によって万年控えに甘んじている今でさえ、ただ天与の才だけでフィールドを蹂躙する未来の最強選手だ。
「やります! やらせてください! この走りを──アイルの走りを、手に入れたい!」
セナが拳を握りしめて叫ぶ。
「出来るよセナ。君は出来る。そのことは、
アイルは微笑みながら、うなずき。
まもりは目と鼻から尊みをあふれさせた。
次回はエイリアンズ戦……ではなく「栗田ん家+アイル」です。よろしくおつき合いください。