アイシールド2/1   作:寛喜堂秀介

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16 NASA戦+アイル

 

 

 7月20日。

 泥門デビルバッツVSNASAエイリアンズの日米決戦当日。

 ヒル魔が持てる総力を使って宣伝しまくった結果、会場となった地久フィールドはデビルバッツ応援の観客で埋め尽くされていた。

 

 

「や──!! 兄さん、試合頑張って!」

 

「やあ、マイ(シスター)鈴音(すずな)! 応援に来てくれたのかい!? ありがとう! この僕の活躍で、日本が勝利する確率100%さ!」

 

 

 応援席から声をかけてきた少女に、夏彦が足を上げてポーズを返す。

 

 

 ──あ、鈴音だ。

 

 

 懐かしい姿を見て、アイルは口元をほころばせる。

 瀧鈴音(たきすずな)。夏彦の年子の妹で、他校生ながら泥門デビルバッツのチアリーダーを務め、チームの一員として苦楽を共にした大切な友達だ。

 

 

「瀧君、妹さん?」

 

「マドモアゼル・アイル! その通り! 僕の可愛い(シスター)、鈴音さ!」

 

 

 あらためて仲良くなれないかな、と、アイルは鈴音にぺこりと会釈する。

 

 

「うわ美人……あ、雑誌に載ってた女性選手の──アイルさんだー!」

 

「うん。瀧君のチームメイトの天王洲アイル。よろしく!」

 

「は、はい……兄さんをよろしくお願いします!!」

 

「なんでそうなるの!?」

 

 

 なんかあっぷあっぷな感じの鈴音の謎発言に、思わずツッコむ。

 泥門のスタッフチームがわらわらと集まってきて夏彦を狙うが、ただの風評被害である。

 

 が、当然無視できない人が居る。

 

 

「なに言ってるの!? アイルちゃんはうちのセナのものなんだから!」

 

 

 瀧鈴音VS姉崎まもり。ファイッ!

 と、謎の争いが起きてしまったのは、ともかく。

 エキサイトするまもりを、セナがベンチまで引きずって、ほっと一息ついた。

 

 

 

 

 

 

 開始時間の夜7:00まで、あと少し。

 テレビ放送も入るお祭り騒ぎの中で、両軍の将──ヒル魔とエイリアンズ監督アポロが、フィールド上で何やら話し合い……いや、罵り合っている。

 

 

「……なあアイル、ジョンソンとかディックとか、なんのことなんだ?」

 

 

 モン太の質問に、アイルは首を傾げる。

 

 

「たぶん俗語(スラング)。わたしも半分くらいはわからないけど、たしかディックはおちんちんのことだったと思う」

 

「アイルちゃん!? ──モン太君!! アイルちゃんになに言わせてるの!!」

 

「ちが、ちがうんスまもりさん! 俺も知らなくて、わざと言わせたんじゃないんスよ! 弁護を! 弁護の機会を!」

 

 

 なぜかまもりが激怒して、モン太が心に致命傷を負ったのは、さておき。

 まもりの怒りの矛先は、モン太だけにとどまらない。

 

 

「ヒル魔くんも! アイルちゃんの前で下品なこと言わないで!!」

 

『監督、俺らの女神の前でなに下品なこと言ってんスか! 俺らまで品性疑われたらどうするんスか!!』

 

 

 ヒル魔とアポロ監督に両陣営から批難の声が上がる。

 エイリアンズのマッスル軍団はどの口で言っているのか不明だが、監督はタジタジだ。

 

 ともあれ。

 双方10点差で勝てなければ、自国退去の約束だ。

 おたがい死力を尽くさざるを得ない戦いが、始まろうとしていた。

 

 

「ところでアイルちゃん。エイリアンズの選手たち、妙に親しげだけどなんなの?」

 

「昨日セナたちが早朝練習のために、栗田さんのお寺に泊まったんですよ。わたしも様子見に行ったんですけど、そこでエイリアンズの選手たちと、なぜか夕食いっしょに食べたから、それでですね」

 

 

 まもりの疑問に、アイルは嘘偽りない真実を答える。

 嘘偽りなく言ったことで、かえって荒唐無稽になっちゃってるが、仕方ない。

 

 

「みんな試合前日になにやってるの……」

 

「まあ、試合は試合ですし。それに、セナたちから聞きましたけど、今日の勝敗にムサシ先輩の復帰がかかってるんでしょう? なら、勝ちにいきましょう──全力で」

 

 

 エイリアンズに勝ったところで、家庭の事情だ。

 ムサシが本当に戻ってきてくれるかは、わからない。

 だが、可能性がわずかでもあるなら……【死の行軍(デスマーチ)】前に頼れるキッカーが戻ってきてくれるなら……目指さない理由はない。

 

 

 

 

 

 

 そして日米決戦は始まった。

 試合は、エイリアンズのボール。

 筋肉に任せた超パワーのブロック【マッスルバリヤー】に守られ、放たれる超長距離の投擲【シャトルパス】は、レシーバーが追いつけずに不発ながら、その恐ろしさを十分に印象付けた。

 

 度肝を抜かれたセナとモン太が、顔を見合わせる。

 

 

「あんな奥の方から投げて、あわやタッチダウンってとこまで飛んでくるなんて……すごすぎるよあのパス」

 

「あのレシーバーも相当速え。たぶんセナ、お前以外じゃ追いつけねえぞ」

 

 

 レシーバーのワットは40ヤード4秒8。

 後衛(バックス)で2番目に早い石丸*1でも追いつけない速さだ。

 

 

「じゃあ、僕がワットさんをマークする……?」

 

「タコ! 地力で負けてんのに後手に回んな! 連中の度肝を抜いて逆に対応させるんだよ!」

 

 

 セナの提案に、ヒル魔の声が飛ぶ。

 みなの視線が集まる中、ヒル魔は口の端を釣り上げた。

 

 

「──電撃突撃(ブリッツ)増やすぞ。派手な砲台は撃つ前に潰す」

 

「なら、ヒル魔さん。わたしに投手(クォーターバック)狙わせて下さい。一発カマします」

 

「いいじゃねえか(ファッキン)ドリル。勝負は相手をビビらしたもん勝ちだ。せいぜい度肝を抜いてやれ」

 

「あははは、警戒されてたら使えない大技ですけどね──やります!」

 

 

 アイルの志願に、ヒル魔は許可を出して。

 

 それからヒル魔の指示で皆ポジションについた。

 エイリアンズ2回目の攻撃が始まった──刹那。(ライン)に向かって、3人の泥門選手が突っ込んでいく。

 

 黒木と瀧、そしてアイルだ。

 瀧と黒木が開けた空間に超低空から滑り込んで、アイルは敵投手(クォーターバック)、ホーマーに突っ込む。

 

 盾役を引き倒して、狙うはホーマーの腕──ではない。

 アイルはブレーキを掛けず、そのままタックルで突っ込む。

 

 アイルがセナなら、腕を狙うしかなかった。

 だが天王洲アイルなら。速度こそ劣れどセナより体重(ウェイト)で15kg以上勝り、極まったレスリング技術を持つアイルなら……筋肉の鎧を、突き破れる。

 

 ホーマーの体が、アイルのタックルに抗しきれず、傾く。

 が、完璧に重心を崩された、その体制から、ホーマーはボールを構える。

 

 投げ捨てではない。

 欧米人特有の強靭な上半身は、ここからでも完璧なパスを投げられる。

 

 

 ──それを、僕は知っている!

 

 

 片手でホーマーの胸を抑えたまま、アイルは手を伸ばす。

 投擲姿勢に入り、片手でボールを持つ。その瞬間なら──喰らいつける。

 

 アイルの指がボールの縫い目にかかる。

 ボールにかかる強固な力にホーマーが顔色を変えるが、もう遅い。

 アイルの超絶したピンチ力──指先の握力が、ホーマーの巌のような手の内から、ボールをねじり抜いた。

 

 実戦でも何度か試した、見様見真似の【スクリューバイト】。

 ……否。アイルが使うのであれば、【悪魔の噛食(デビルバットバイト)】というべきか。

 右手でホーマーを押し倒しながら、逆の手でボールを脇下にガッチリとしまい込み、駆け出す。

 

 が、さすがに後衛(バックス)の戻りが速い。

 20ヤードほど駆けたところで、タックルを食らって倒れた。

 

 

『す、すごいビックプレーが出たぞ! 【マッスルバリアー】を突破した泥門ラインバッカー・アイル姫、相手投手(クォーターバック)を倒してボールを奪取、そのまま大きなリターンを决めた──!!』

 

 

 度肝を抜かれた表情のエイリアンズ勢を、尻目に。

 アイルは集まってくる泥門メンバーに、親指を立てた。

 当たり前のように、ヒル魔から無言で尻キックされたのは、さておき。

 

 

「ケケケ、やりやがったな(ファッキン)ドリル! 野郎どもの度肝を抜きやがって!」

 

「指先の力には、自信アリですから……いや、さすがに連中のパワーで警戒されたらキツいですけど」

 

「十分以上だ! (ファッキン)マッスルどもにボール奪取(ストリッピング)キメれる大技がある(・・)と思わせられたら、いくらでも使いようがあんだよ!」

 

 

 アイルの申告に、ヒル魔は口の端を邪悪に釣り上げる。

 視線の先には、相手チームのエリアでベンチから立ち上がって頭を抱えてるアポロ監督。

 

 

「うわあ、ヒル魔さんすっごい楽しそう……」

 

「ぼさっとすんな。お次はテメーだ(ファッキン)チビ! (ラン)決めるぞ!」

 

「は、はいっ!」

 

 

 乾いた笑いを浮かべるセナに、ヒル魔の指示が飛んだ。

 勢いに乗った泥門だが、エイリアンズのマッスルな守備を抑えるために、アイルを中央から外せない。

 だが。石丸はおろかパワーのある夏彦でさえ、マッスル軍団の前には、セナを守るブロッカーとして役を果たさない。

 

 

「アリエナァイ!?」

 

 

 夏彦が叫ぶが、無理なもんは無理である。

 

 だが。

 小早川瀬那の脚には、すでに悪魔の走りが宿っている。

 

 仕切り直しての攻撃。

 セナはふたたび大外から突破を計る。

 盾役(ブロッカー)の石丸はマッスルに弾き飛ばされるが、セナは構わず突っ込む。

 

 強大なマッスルの突進に、真正面から向かって。

 セナの姿がブレたかと思うと、次の瞬間には敵ディフェンスを抜き去っていた。

 

 

 ──【デビルバットゴースト】。

 

 

 光速の走行から、減速なしに曲がって駆け抜ける。

 フェイントを交えるため、敵は幽霊(ゴースト)のように消えたと錯覚してしまうほどの、小早川瀬那の代名詞とも言える必殺の(ラン)

 まだ威力、完成度ともにアイルの知る【デビルバットゴースト】には遠く及ばないものの、それでいてなお、初見で対応できる技じゃない。

 

 3人。

 機敏に対応したディフェンスをすり抜けて。

 アイシールド21は、誰一人触れさせず、ゴールラインを踏み越えた。

 

 

『た、タッチダウーン!? 泥門アイシールド21、エイリアンズのディフェンスをごぼう抜きだー! なんとなんと泥門デビルバッツ、アメリカの強豪NASAエイリアンズ相手に先制点!! エイリアンズのアポロ監督、ここでたまらずタイムアウトだーっ!』

 

 

「セナ! 出来るって信じてた!」

 

「アイル、ありがとう……はは、正直出来過ぎだけど──勝とう。このまま」

 

「出来すぎっつーのは正解だ(ファッキン)チビ。正直パンサー抜きでも2:8で分が悪ィ相手だかんな」

 

 

 喜び合うアイルとセナに、ヒル魔が割って入る。

 その際セナの尻にきっちりキックをキメるのは忘れていない。

 

 

「──だが運がよかったわけじゃねえ。(ファッキン)ドリルがカマして、連中が浮足立ったところに、(ファッキン)チビが光速の(ラン)でねじ伏せた……ケケケ、見ろよ、(やっこ)さんどものあわてっぷりを。このままどんどん揺さぶりかけんぞ。相手にいつものプレイを1ミリ秒も思い出させんな!」

 

「うん。なにせ格上相手、落ち着かれたらキッツいですからね」

 

「そういう時は、格上相手でも動揺させっぱなしならぶっ殺せるっつーんだよ(ファッキン)ドリル!」

 

 

 と、話していると。一同は異様な気配に気づいた。

 まばゆいまでの照明の下、ゴールポストの上に這う闇。それは、人間の形をしていた。

 

 パンサー。

 白人優先主義の監督アポロのもと作られた、白人チームNASAエイリアンズに所属する、唯一の黒人。

 いまはまだ雑用係だが、進退を賭けた嘆願で、この試合で初出場を果たし──改心したアポロの指導の元、世界最強のランナーとなる……セナのライバルだ。

 

 その視線は、小早川瀬那をまっすぐ射抜いている。

 当然だ。いま日本に存在する光速の世界の住人は、セナとパンサーのふたりだけだ。アイルなど眼中にない。

 

 

 ──だけど。僕はあきらめない。光速の世界(そこ)に立ち入れなくても、自分が持ってるすべてをかき集めて、戦うよ……パンサーくん!

 

 

 決意の言葉を。

 アイルは心の中で叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 それから。

 偽装サインを始めとしたヒル魔の揺さぶりにより、エイリアンズは調子を崩されたまま前半を終える。

 

【泥門12‐7NASA】。

 エイリアンズに一度もリードを許さないまま、後半開始。

 アイシールドの(ラン)を警戒して外側に寄ったエイリアンズのディフェンスの隙を突き、アイルの中央突破……は見せ札。

 

 本命は次のプレイ。

 ライン組が前線を放棄して、大外から回るアイシールドのブロッカーとなる掃除(スイープ)

 三兄弟が一丸となって【マッスルバリアー】をこじ開けて、アイシールドを無人のフィールドに届けた。

 そのまま、光速の脚は誰の追随も許さず、ゴールラインを超えてタッチダウン。【泥門18‐7NASA】。差を11点に広げた。

 

 

『ええい、誰かあのアイシールドを止めろ!!』

 

 

 アポロ監督が叫ぶが、止めようがない。

 光速の領域に足を踏み入れる事ができる選手は、エイリアンズには1人もいないのだから。

 

 

 ──そう、選手には。

 

 

 後半第4クォーター。

 本人と、エイリアンズの選手全員の嘆願もあって、試合経験皆無の雑用係がフィールドに足を踏み入れる。

 

 パトリック・スペンサー。

 通称パンサー。人呼んで「無重力の脚を持つ男」。

 相手ディフェンスを最小限の曲がり(カット)で躱し、軽やかにすり抜けていく。その様は、彼の通称と同じネコ科の肉食獣のごとく。

 

 その無重力の走りは、光速の脚を持つセナでも、追いつけない。

 当然だ。セナの武器である天然の【チェンジ・オブ・ペース】。緩急をつけた走りが、常時光速を出すことを許さない。

 

 

『タッチダーゥン! パンサー君、無重力のような軽いステップで敵をかわしながら、トップスピードを維持し続けたぁーっ!!』

 

 

 この劇的なタッチダウンで、エイリアンズは完璧に蘇った。

 マッスルにあかせた超ロングパス【シャトルパス】。パンサーの無重力の(ラン)

 

 一方の存在が、もう一方のプレイの破壊力をも爆増させる。

 それは、泥門デビルバッツが、肌に染みて知っていることだ。

 

 

「キックも決まって4点差優勢まで詰められた……こっちの消耗キツイとはいえ、守ってちゃ駄目ですね」

 

「ケケケ、ここで主導権手放すスカタンが勝てるかよ。攻めて攻めて攻め殺す──テメーと(ファッキン)チビのコンビネーション(ラン)だ……!」

 

 

 かくて、天王洲アイルとパンサーは対峙する。

 小結との連携で【マッスルバリヤー】を押し割って、セナとともにフィールドに抜け出すと、セナに向けて一直線に黒い影が迫る。

 

 無重力の走りの止め方を、アイルは知っている。

 完成された後の走りならともかく、今のパンサーなら。

 フェイントで進路を誘導し、セナとパンサーの間に、無理やり体を割り入れ、その脚を止める。

 

 が、ダメだ。

 パンサーはアイルを押し、反動で無理矢理に方向転換。セナに追いすがる。

 

 予想もしない野生児じみた動き。

 アイルがとっさに伸ばした手すら届かない。

 

 

 ──住んでる時間が……違いすぎるっ!

 

 

 パンサーのタックルで、セナが倒される。

 その様を見ながら、アイルは拳を握りしめる。

 アイルの(ブロック)のおかげで、8ヤード余分には稼げた。

 だが、アイルVSパンサーとして見れば、完敗と言うほかない。

 

 パンサーが入って、展開にスピード感が増した。

 泥門がタッチダウンを決め、その後パンサーがあわやキックオフリターンタッチダウンを決めかけるが、ここではアイルが止めた。

 

 最短の距離を滑り抜けるようにして駆けるパンサー。

 フェイントで走行ルートを誘導しつつ、敵を抜くため差し伸ばされた腕を、先読みで絡め取って組み付いたのだ。

 

 過去(いま)のパンサーの弱点を知るがゆえの、一発技。

 初めて、アイルの存在が、パンサーの視界に入る。

 そのことに喜びを覚えながら、アイルは次のプレーに集中する。

 

 残り10ヤード。

 パンサーの(ラン)の、絶対射程圏内。

 

 

 ──思い出すんだ、光速の世界を……!

 

 

 無重力の脚を持つ最強のランナー、パンサー。

 大観衆が見守る試合の緊張の中、光速の世界の住人と対峙したことで、アイルの中の時間が加速していく。

 

 ガチン、と、アイルの中でなにかが噛み合った。

 とたん、視界に入るものすべての動きが緩慢になる。

 アイル自身の動きすら。そんな中、セナとパンサーのみが何事もなく動いている。

 

 40ヤード4秒2、光速の世界。

 アイルが永遠に失った、神域の才能。

 だが思考だけは、時感覚だけは、光速の世界を覚えている!

 

 

 ──【光速の思考速度(パーセプション)】!

 

 

 光速の脚の残滓。脳内世界(インナースペース)でのみの光速。

 たとえ動きにはついていけなくとも、時間軸が揃えば──戦える!

 

 さきほど止められたためだろう。

 パンサーは中央のアイルを避けて、サイドから回り込む。

 最後尾で備えるセナが、パンサーを止めるため、構えた。

 アイルは無理矢理に曲がり(カット)を入れて、180度方向転換する。

 

 が、遅い。

 動きのすべてが見えながら、速度の差がアイルの手をパンサーに届かせない。

 否。セナが右にフェイントを入れた、その動きに従って、パンサーが体ひとつ分、こちらに逃れる。

 

 

「と、ど、い、たーっ!!」

 

 

 アイルは目一杯手を伸ばす。

 指先のみが、パンサーのプロテクターの胸部分に触れる。

 だが、十分。アイルは指先の力で、無理やり己の体を引き寄せ──しがみつく。

 そこにセナが、光速のランナーがタックルに加わって、三人こんがらがって地面に倒れた。

 

 

『にしししし。強いなあ……でも、NFL(プロ)に行くためにも、エイリアンズが勝つためにも、こんなとこで負けちゃいられない──次は勝つよ!』

 

『勝つのはこっちでち。あたちとアイシールドで、エイリアンズと、キミに!』

 

 

 英語がわかってないセナにかわって、アイルが答える。

 

 たがいに獰猛な笑顔を浮かべて、それから、離れる。

 言葉が通じないセナが挙動不審になっているのは、さておき。

 その後わずか5ヤードの攻防で、エイリアンズは中央突破に成功し、タッチダウンを決める。

 

【泥門25‐21NASA】。

 両者の戦いのクライマックス。

 泥門の攻撃が不発の後、エイリアンズがパンサーをパス(ブロッカー)にして、セナを封じる。

 アイルの電撃突撃(ブリッツ)も届かない。会心の【シャトルパス】が決まり、泥門はこの試合初めてリードされる。消耗が、あと一歩を許さなかった。

 

 とはいえ、キックには失敗して、点差は2点。

 残り1分の状況から、泥門は2度の攻撃で、残り30ヤード地点まで進めた。

 

 残り10秒。

 タイムアウトを取っての、作戦会議。

 全員が集まって、ヒル魔の指示を仰ぐ。

 スコアは、【泥門25‐27NASA】。本来キックで逆転できる点差。だが。

 

 

「ケケケ、ゴールポストまで40ヤード。俺のキックじゃ100億%入らねーな」

 

「ですよねー」

 

 

 ヒル魔の言葉に、アイルは乾いた笑いを浮かべる。

 13ヤードのトライフォーポイントですら成功率35%なのだ。考えるまでもない。

 

 

「俺いつでもイケるっすよ! 【マッスルバリアー】を努力MAXでぶち抜いて……!」

 

「アハーハー! こっちもいつでも準備OK、パス成功率100%さ!」

 

 

 モン太と夏彦がパスで行こうと声を上げる。

 

 

「僕も……もう一度パンサーくんと戦いたい……!」

 

「普段のわたしじゃ30ヤード稼ぐのは難しいけど……パスでも(ラン)でもいい。タッチダウンをもぎ取ってみせます!」

 

 

 セナとアイルが戦意を見せる。

 だが、ヒル魔は口の端を悪魔のごとく釣り上げ、笑う。

 

 

「ここでキックはありえねえ。だからあえて(・・・・・・)キックで行く(・・・・・・)

 

「ええーっ!?」

 

 

 ヒル魔の宣言に、全員が驚きの声を上げる。

 

 

「──ケケケ、だが蹴るのは俺じゃねえ。あるんだよ。泥門にはとっておきの奥の手(カード)がな」

 

「ええっ、それってひょっとして……」

 

「ああ……んなとこに引っ込んでんじゃねーよ、出て来やがれ──泥門の(ファッキン)最終兵器!!」

 

 

 ヒル魔の声に応じて。

 スタッフチームの影から、一人の男が出てくる。

 皆が、ひときわ大きな驚きの声を上げて……タイムアウトが終わり、泥門チームがポジションに着いていく。

 

 

『おおっとデビルバッツ、ここでキックを選択したようですね!』

 

『ええ。しかし泥門のキッカー、ヒル魔くんはこの試合ほとんどキックを失敗してます! これは無謀と言っていい試みかー!?』

 

『……いや、待って下さい。ここで泥門、新たなキッカーが出てきました! 手元の資料によると、彼は2年生の──室サトシくんです!』

 

 

 アナウンスを聞きながら、泥門一同は脂汗を流しながらプレイに臨んでいた。

 

 いや、室サトシ自身が、やべー汗をダラダラ流している。

 たしかに元陸上部、現サッカー部で強烈なシュートを誇る彼なら、キックはそれなりに出来るだろう。

 

 秘密兵器として、ここ一番で温存されていたのもわかる。

 だが、なんでこんな9回裏2アウト満塁一打サヨナラみたいな場面で代打投入してしまうのか。

 

 しかも日米対抗戦の場で、日本の威信を背負った状況。

 ストレスで胃に穴が空きかねないプレッシャーだ。陸上部仲間だった石丸がめちゃ心配している。

 

 

『──いや待って下さい。泥門のキッカーといえば、「60ヤードマグナム伝説」のムサシくんが居たはずですが……』

 

『おおっと! 言われてみれば、ムロサトシくんの名前を1文字飛ばしで読むとム サ シ。まさか彼が伝説のキッカーなのかあああっ!?』

 

 

 なんだか勘違いから、さらにプレッシャーがかかっている。

 もう顔色とか赤を通り越して紫色になってたりするが、大丈夫だ。仕様に支障はない。

 

 なぜなら。

 

 

『さあ泥門の「60ヤードマグナム」室サトシくん、勝利を決めるキックを……打たない!? これは──アイシールドの(ラン)だああっ!!』

 

 

 彼にキックさせる気など、ヒル魔には毛頭なかったからだ。

 

 だが、誤解した情報で吹きまくったアナウンサーの『60ヤードマグナム』ってセリフを聞いたアポロ監督は、パンサーに全力でキック妨害を指示していた。

 当然セナの(ラン)に対応する事など出来ず、セナはパンサーに妨害されることなく、光速の脚を発揮する。

 

 それも、全力──かぎりなく常時光速に近い(ラン)を。

 

 パンサーを凌駕する圧倒的な(ラン)

【マッスルバリヤー】を幽霊(ゴースト)のごとくすり抜けながら──セナは勝利を決定づけるタッチダウンを决めた。

 

 

『なんと、幻の60ヤードマグナムの男、室サトシくんを囮にして、最後はアイシールドの(ラン)が炸裂! 日本勝利! 日本勝利! 日本勝利です! よくやってくれた泥門デビルバッツ!!』

 

 

 夜の闇の中、きらめく照明の光とともに、万雷の拍手と声援が降り注ぐ。

 選手ひとりひとり、名を呼ばれながら、その活躍を称えられ──泥門のみなは、それぞれ思いを噛み締める。

 なお、室サトシは極限近いプレッシャーと、パンサーの全力チャージの迫力に腰を抜かしてるが、まあよく頑張った。

 

 

 

 

 

 

 泥門デビルバッツとNASAエイリアンズの試合。

 熱戦の結果は【泥門31‐27NASA】。観客が長く語る名勝負となった。

 

 試合が終わればノーサイド。

 両チームの選手たちは、おたがいの健闘を称え合い、またアイルに謎のマッスルアピールをしたりと和気あいあいだ。

 

 が、それはそれとして。

 どちらのチームも10点差をつけられなかったので、両チームともに国外退去が決まった。

 

 このあと、エイリアンズは初心に帰ったアポロ監督が、新生チームにパンサーを加え、出直しを図ったりするのだが、さておき。

 泥門デビルバッツは、夏休み初日から無期限のアメリカ遠征が決まってしまった。

 

 

 

 

*1
40ヤード4秒9




アイシールド2/1にお付き合いいただき、ありがとうございます!
次回、チャット回です。
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