アイシールド2/1   作:寛喜堂秀介

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19 ベン牧場+アイル

 

 

 

 アイルたちがビーチに戻ると、すでに泥門一同が集まっていた。

 その中に、懐かしい顔が混じっていたが、いまは安堵のほうが強い。

 一行を仕切るヒル魔が、アイルたちの姿を見て、どこか楽しげに口の端を釣り上げた。

 

 

「おう、来やがったな(ファッキン)ドリルに(ファッキン)アゴヒゲ!」

 

「間に合った……すみません。今度から瀧君1人で出歩かせないで下さい。冷汗かいた……」

 

「アハーハー! 楽しいデートだったよ!」

 

 

 デート、という言葉にセナはギョッとするが、すぐ事情を察したのか、ほっと胸を撫で下ろす。

 一方まもりは聞き捨てに出来ず、夏彦に向けて威嚇を飛ばしていたが、ポジティブ100%の夏彦には通じない。

 謎の勘違いをしてまもりをデートに誘って速攻断られたり、それを聞いて言語を失ったモン太と仁義なき戦いが勃発したのは、さておき。

 

 ヒル魔はアイルたちに向けて、小柄な中年男性を紹介する。

 もっとも、アイルは紹介されるまでもなく知っている。ヒル魔や栗田、ムサシに囲まれている懐かしい顔は、泥門の頼れるトレーナー、どぶろく先生だ。

 

 

「あらためて紹介してやる。このアル中オヤジは酒奇溝六(さかきどぶろく)。俺や(ファッキン)デブや(ファッキン)ジジイの中学時代の教師で、デビルバッツのトレーナーだ。(ファッキン)アル中、こいつは1年の──」

 

「……女王?」

 

「の、娘だ」

 

 

 紹介を遮り、アイルを指さし尋ねた溝六に、ヒル魔は短く答える。

 そのやり取りを聞いて、デビルバッツの面々は一様に驚きの声を上げた。

 

 

「いーっ!?」

 

「女王様の娘!?」

 

「お前王女様だったのか!?」

 

「いや違うから……母親(マミー)の異名が『女王』ってだけだから……」

 

 

 アイルは疲れたように否定する。

 

 

「アイルのお母さんって、有名な人なの?」

 

「女王ナディア・ベーロヴァ。アメリカ国内、国際問わずあらゆる大会を総ナメにした女子アマレス界の絶対女王だ。20年近く前のな」

 

 

 首をひねるセナに、ヒル魔が説明する。

 ヒル魔はアイルの素性をすべて把握しているのだ。

 それを当たり前だと思ってるアイルは、まったく動じないけど。

 

 

「そうか、女王の娘か……ってことは天王洲(てんのうず)スグルの娘でもあるのか……言っちゃなんだが母親と瓜二つでよかったな」

 

「あはは、父の顔も嫌いじゃないんですけど……はい」

 

 

 感慨深げにうなずく溝六に、アイルは苦笑を返す。

 

 アイルの父の顔は、お世辞にも整ってはいない。

 愛嬌があってひょうきんな顔なので、嫌だと思ったことは一度もないのだが。

 

 

「天王洲スグル?」

 

「ああ、お前らギリ世代じゃないのか。お前らが小学生の頃も活躍してたから、知っててもおかしくないんだが」

 

 

 溝六が世代の違いを感じて遠い目になっていると、ヒル魔が横から口を挟む。

 

 

「本名で言うから通じねーんだよ。キン肉マンだよ。キン肉マン」

 

「──はあああああっ!?」

 

 

 今度は驚く人間と首をひねる人間、リアクションが真っ二つに別れた。

 

 

「スゲーマジかよお前キン肉マンの娘!?」

 

「子供の頃応援してたぞオイ!」

 

 

 中でも黒木と戸叶ががばっと食いついてきた。

 一方セナはわからない側らしく、きょとんとしている。

 

 

「キン肉マンって、ジャンプ漫画の?」

 

「ちげーよ。オリンピックのレスリング97kg級金メダリストだ。体格も顔面も経歴もキン肉マンにそっくりで大人気だった国民的ヒーローだ」

 

「ええええーっ!? アイルの父さんすごっ!?」

 

 

 ヒル魔の説明にセナは驚きの声を上げた。

 一方、十文字は聞き覚えがあるのか、アイルの父の本名をつぶやきながら、首をひねっている。

 

 

「……あれ、たしか天王洲スグルって、父親が牛王(ごおう)製薬の会長じゃなかったか?」

 

「キン肉マンの方も、レスリング協会の偉いさんやりながら牛王製薬の特別顧問やってんぞ」

 

「お前それホンモノのお嬢様じゃねえか」

 

 

 十文字が呆れているが、言われても困る。

 

 

「いや、5、6才までは普通に掘っ立て小屋に住んでたし、あんまり自覚は……天王洲の屋敷、立派すぎて、いまでも自分の家だって実感ないし」

 

「あの人金メダリストになっても、ずっとキン肉ハウスに住んでたのか!?」

 

「というかアイル、なんでそんな立場でレスリング辞めちゃったの……?」

 

 

 いろいろ出てきたアイルの身の上を聞いて、セナが得体のしれないものを見る目で見てくる。

 アイルも決意を持って辞めたわけじゃないが、まあ普通に考えて「なんで男に紛れてアメフトやってるんです?」って環境だ。

 

 

「いやあ、まあ、勢いで言っちゃって……」

 

 

 あらためて考えると、その場で応援を表明した父のほうがヤバい人なのかもしれない。

 母の方は選んだ競技がアメリカ人の国民的スポーツじゃなかったらヤバかったかもしれないが、なんだかんだ両親ともに受け入れてくれてて、恵まれてると思う。

 

 

「しかし顔や体つきが母親と瓜二つなのはいいとして、縦ロールまで似せることもなかろうに」

 

「いやそれは母の趣味だから……」

 

 

 あきれたような溝六の言葉に、アイルは答える。

 アイル自身にこだわりもセンスも無いので、あえて変えようと思わないだけである。

 

 

「まあアレだ。俺らの世代の、しかもアメリカ人なら、女王そっくりなお前さんの容姿は目立つから、注目されたくねえなら、サングラスでもしとくんだな」

 

「サングラスかけると、よけい似ちゃうんですよね。瞳の色がブルーかダークブラウンかってのが、いちばん大きな違いなんで」

 

『ダ! うちのしょぼくれた親父が昔言ってたな。東洋のブ男が我らが女王を攫って行ったって』

 

 

 溝六とアイルの会話に、褐色の入れ墨男、サイモンが英語で口を挟む。

 泥門頭いい組のまもりがみんなに翻訳すると、三兄弟がなんとも言えない表情になった。

 

 

「キン肉マンの言われよう……」

 

「よく見りゃ愛嬌のある顔なんだが、まあアメリカ人から見りゃそうなるよな」

 

「あれで紳士ならまあ評価もされるんだろうが、キン肉マンのレスリングスーツ着たり、必殺の超高速諸手刈りにキン肉スペシャルとか名前つけるような人だもんなあ……」

 

「本当にどういう人なの……」

 

 

 三兄弟の話に、セナがつぶやく。

 そんな疑問に、保護者(ははおや)のまもりが端的に説明する。

 

 

「能天気でお調子者だけどやる時はやる、みたいな?」

 

「まもり姉ちゃん、それはキン肉マンの話なの? それともアイルのお父さんの話なの?」

 

「セナのお義父(とう)さんになるかもしれない人の話よ」

 

「本当になんの話してるのまもり姉ちゃん!?」

 

 

 まったくいつも通りのまもりである。

 だがお義父さん、と聞いて、アイルはふと思い出した。

 

 

「あ、でもお父さん、セナに一度会いたいって言ってたなあ」

 

「なんでっ!?」

 

「セナ、練習が遅くなった時は毎回下宿先に送ってくれてるし、たぶんそれを家政婦さん経由で知ってだと思う」

 

 

 家政婦の水戸さんは、スポーツ医師の水戸先生の姪だ。

 水戸先生は、現役時代の父を支えた優秀なパートナーだったので、一族ぐるみでなかなか深い縁がある間柄だ。

 

 

「セナ、先方のお義父様にはきちんと挨拶しなきゃダメよ?」

 

「まもり姉ちゃんはどこ目線なの!?」

 

「最近、実は私がセナを産んだんじゃないかって思えてきたわ」

 

「正気に戻ってまもり姉ちゃーん!?」

 

 

 まもりの母性が相変わらず暴走してるのは、さておき。

 

 溝六と合流し、無事旅の目的のひとつを達成した泥門一同だが、今夜泊まる宿がない。

 なんでそんな状況でアメリカに来たんだって言いたくなるが、罰ゲームなんだから仕方ない。

 

 しかしなんとかなるもので、共闘とビーチフットの優勝賞品である牛を運んだ縁で、一同は西部ワイルドガンマンズの宿泊地、ベン牧場に泊めてもらうことになった。

 

 西部ワイルドガンマンズ。

 神速の投手(クォーターバック)キッド率いる、東京最強の攻撃(オフェンス)チームだ。

 西部劇に出てくるガンマン風スタイルで、監督のルーツも西部テキサスにあるらしく、夏合宿のためにこの地にやって来たらしい。

 

 ベン牧場に到着後、ヒル魔が買い込んできた食材で、西部のメンバーを巻き込んでバーベキューとなった。

 麻黄(まおう)中の三人──ヒル魔、栗田、ムサシが溝六と旧交を温めていたり、大食い勢が競うように食べまくったり、夏彦がごく自然にガンマンズの輪の中に混じってたり。

 

 懐かしいような、でも少し違うような。

 そんな雰囲気を、アイルはセナたちと楽しんだ。

 

 宴も半ば。

 肉や野菜をたらふく食べたアイルが、休憩がてら夜風に当たっていると、長身の男が声をかけながら近づいてきた。

 

 

「──隣、いいかい?」

 

「キッドさん……はい」

 

 

 ワイルドガンマンズの投手(クォーターバック)、キッドだ。

 アイルにとっては初対面だが、セナとしてはついに越えられなかった壁であり、頼れる仲間としてともに戦ったこともある、すごい人だ。

 

 細身で無精髭。

 赤いネッカチーフにテンガロンハットを目深に被った西部劇スタイルの男は、静かにアイルの隣に並ぶ。

 

 そのまま、しばし無言。

 気まずくなってアイルがソワソワし始めた頃、ぼそりとキッドが口を開いた。

 

 

「天王洲アイル……君の名前は、まあ聞いてるよ。女子アマチュアレスリング・アジアカデット(17歳以下)選手権65kg級金メダル……人呼んで、秒殺のプリンセス」

 

「あはは、恐縮です……」

 

「そんな君が、いまは男に紛れてアメフトをやってる。こう言うのもなんだけど……うん、他人事と思えなくてねぇ。生まれとか含めて」

 

 

 ──そういえば。

 

 

 言われてアイルは思い出す。

 キッドが捨てた本名は、武者小路紫苑(むしゃのこうじしえん)

 オリンピックピストル射撃で金メダル三連覇した華族の末裔、武者小路(はじめ)の一人息子。

 国民的人気を誇るオリンピック金メダリスト、天王洲スグルを父に持つアイルとは、ひどく似ている。

 

 

「重くなかったかい? ご両親とか、周りの期待とか」

 

 

 なんかとんでもなく重い話に巻き込まれて、アイルは緊張しながら答えを探す。

 間違いなくキッドの繊細な部分に関わる話題だ。下手に答えて古傷に触れたくない。

 

 

「あははは、わがまま通したわたしがそれを言うのは違うっていうか……アメフトでも応援してくれて、本当に申し訳なく……」

 

「……いい父親なんだねぇ。いや、あの人だって、たぶん悪かったわけじゃないんだろうけどね。おたがい、ちょっと──期待しすぎてただけで」

 

 

 ──重い重い重い重い重い! だれかたすけて!

 

 

 アイルは内心悲鳴をあげるが、異様な空気を感じてか、セナもみんなも遠巻きに見てるだけだ。

 裏切り者の自分(セナ)はあとでシメる、と理不尽に恨みをぶつけながら、アイルは吶々(とつとつ)と話すキッドの言葉に、耳を傾ける。

 

 

「優勝出来るのは本当の天才一人だけ。ほとんどの人間は負け犬になる。君が居たのはそういう世界で……君は間違いなく、たった一人の側だったはずだ……アメフトを、始めるまでは」

 

「……ええ。日本に限ったとしても、アメフトだとわたしの才能は、十指はおろか、30の指からもこぼれ落ちるかもしれない──それが、戦わない理由にはなりませんけど」

 

 

 噛み締めながら。最後の言葉だけは、強い意志を込めて放つ。

 たとえ勝てないとわかっていても、何度だって頂点に挑み続ける。

 それが小早川瀬那がアメフトに教わった生き様で……アイルの選んだ道だ。

 

 

「……熱いねぇ。君のそんな目初めて見たよ──いや、こっちが一方的に知ってただけだけどね」

 

「あはははは……恐縮です……」

 

 

 思わず縮こまってしまうアイルに、キッドは目を向けない。

 はるかテキサスの荒野と、柵の中を悠々と歩む馬たちをながめながら。ややあって彼はぽつりと漏らした。

 

 

「安心したよ。君は、なんというか……いろんなものを抱えたままで、フィールドに上がってきたんだねぇ」

 

「あ、心配してくれてたんですね……ありがとうございます。秋大会、楽しみにしてます」

 

「期待してもいいことないよ?」

 

 

 キッドは謙遜するが、アイルには関係ない。

 

 彼がどれほど強いか。

 敵として戦い、味方としてともに戦った自分が知っている。

 

 

「知ってますから。キッドさんが、世界と戦えるすごい人だって……でも、負けません。最強の投手(クォーターバック)はキッドさんでも、最高の投手(クォーターバック)はヒル魔さんです」

 

「その……なんだ。焦がれてるのかい? 彼に」

 

 

 キッドが、遠慮がちに尋ねてくる。

 その言葉の意味を理解して……いや意味がわからない。

 アイルにとってヒル魔は、悟飯にとってのピッコロさん*1とかそういう存在である。

 

 

なんでそんな恐ろしい発想が……?

 

「いやわかったよ。聞いて悪かったよ」

 

 

 脳がバグを起こして身震いするアイルにキッドが謝る。

 

 

「──でも、あれだ。俺が最強かどうかは、ほら、わからないけど……もしデビルバッツと戦うことになるなら──あれだ。最高のチーム同士で戦うことに……なるんじゃないかな?」

 

 

 言って、キッドはゆっくりと振り返る。

 視線を追いかけると、なんか建物の影から、泥門や西部の野次馬連中が顔をのぞかせてたりするが、さておき。

 

 泥門も、西部も、最高のチームだって意見には賛成だ。

 

 

「……ま、あんまり先のことは語らないでおこうか。期待しすぎると、ロクなことがないからねぇ」

 

「キッドさん……」

 

「──でも、もし君に勝てたなら……なんというか、あの言葉を、口に出来そうな気がするよ」

 

 

 全国大会決勝(クリスマスボウル)

 すべての高校アメフト選手の大目標だ。

 

 ザッ、と乾いた大地に足をすべらせて。キッドは去っていく。

 その背中に向けて、アイルは心のなかで、声をかける。

 

 

 ──キッドさん、東京大会準決勝で。今度は勝ちます。

 

 

 

 ちなみに、その後のことを端的に話すと。

 全部終わってからのこのこと様子を見に来たセナに、アイルは背後から軽くベアハッグ*2を決めて。

 いろいろ押し付けられたセナが顔を真赤にしてもがき、その様子を見ていたまもりは笑顔でサムズアップしたまま沈んでいったりしたのだが、まあ平和な光景である。

 

 

*1
出典ドラゴンボール

*2
リバースベアハッグ。

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