アイシールド2/1   作:寛喜堂秀介

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02 泥門アメフト部+アイル

 

 

 残り9ヶ月あまりの中学生活を、アイル=セナは無駄にしなかった。

 

 天王洲アイルが持つレスリング技術を、アメフトでどう活かすか。

 小早川瀬那が持つアメフト技術を、天王洲アイルの体でどう再現するか。

 そして、アイルとセナ。異なるふたりの異なる技術を、いかに一本に撚り合わせるか。

 

 アイルもセナも、決して頭はよくない。

 だが、ふたりとも最高峰の若手アスリートだ。やるべきことはわかっている。

 

 

 ──考えまくり、調べまくり、試しまくる!

 

 

 ひたすら地道に試行錯誤と反復練習を繰り返し、ひとつの技術へと練り上げていく。

 年内はレスリング関係の予定も消化する必要があったが、実践訓練として、むしろ好都合だった。

 

 両親も、アイルのアメフトへの熱意が本物なのを感じて、他区にある泥門高校への進学も認めてくれた。

 数少ない友人たちは、「アメフトやるにしても、なんで泥門?」と不思議がられたが、泥門の仲間たちとアメフトやりたいんだから仕方ない。

 

 そして季節は巡り、春。桜の季節。

 天王洲アイルは、泥門高校に入学を果たした。

 

 クラスは以前とおなじ1年2組。

 となれば当然、小早川瀬那も居る。

 どこかおどおどした昔の自分の姿を見て、心にちくちくダメージを負ったのはさておき。

 

 アイルは休憩時間に速攻、アメフト部の部室に向かった。

 玄関を出て靴に履き替え、体育館の裏手に回ると、記憶よりボロくて小さな小屋が見えてくる。

 

 

「うわー。改装前の部室、懐かしいなあ──すみませーん」

 

 

 ノックして、ちょっとドキドキしながら部室に入る。

 中に居たのは、チラシの束を抱えた、優しそうな巨体の男。

 それと、椅子に深く腰掛け、ガムを膨らませている金髪ピアスの男。

 

 ひさしぶりに見る栗田とヒル魔の姿だ。

 記憶よりすこしだけ若く見えるのは、ともに歩んだ1年で、ふたりも成長していたということだろう。

 

 

「あ、誰だ?」

 

「もしかして……入部希望者かな?」

 

 

 ヒル魔が鋭い眼光を向け、栗田が顔を輝かせる。

 想像と違う反応に一瞬戸惑うが、よく考えたらふたりはアイルとは初対面。当然の反応だ。

 

 気を取り直して、アイルはヒル魔の問いかけに応える。

 

 

「はいっ! 泥門高校1年、天王洲アイル、アメフト部に入部希望です! よろしくお願いします!」

 

「おお労働力!」

 

「言いかたー! せっかく来てくれたんだからさー。あ、ケーキ食べる?」

 

「先に入部届だ(ファッキン)デブ! タダで食わす気か!」

 

 

 元気よく挨拶すると、ヒル魔と栗田がそれぞれ反応する。

 慣れ親しんだ、いつもの掛け合い。いつも通りのふたりだ。

 

 

 ──泥門に、デビルバッツに帰ってきたんだ。

 

 

 しみじみと感じながら。

 アイルは入部届を書くよう促されて、椅子に座る。

 ごちゃっと物が置かれた机の余りスペースで、必要事項を書いていると、ヒル魔が感心したように声を上げた。

 

 

「ほー、天王洲アイル。アメフト歴1年──こりゃタッチフットか?」

 

「個人的に指導を受けてました。実戦経験はないですけど、基本的な作戦や動きはわかってるつもりです」

 

 

 アイルになってからはほぼ独学だが、嘘は言ってない。

 小早川瀬那として1年間、ヒル魔や栗田、トレーナーのどぶろく先生から指導は受けてきたのだ。

 

 

「ほー、そりゃ使える──もとい、いいマネージャーになりそうだ……と、あん? マネージャーやんのに希望ポジションはいらねーぞ」

 

「えーと、自分、マネージャー志望じゃなくてですね……選手希望なんです。はい……」

 

「ええー!?」

 

 

 アイルがおずおずと言うと、栗田が驚きの声を上げた。

 ヒル魔は黙ったまま、アイルの体に視線を向ける。

 

 

「……体つきが素人じゃねえな。アスリートのそれだ」

 

「はい。レスリングを、10年くらい」

 

「レスリングか。悪かねえが、それでも男に混じるにはキチーぞ。テメーもアスリートなら、承知の上だろうけどよ」

 

「あはは、みんなにも言われました。男と女じゃ身体能力が違いすぎる。無謀だぞって」

 

 

 忠告は当然だ。

 男と女じゃ頑丈さも身体能力も違いすぎる。

 怪我や故障が当たり前の荒っぽい競技なのだ。

 そこに身体能力で劣る人間が混じればどうなるか。無謀以前に危険極まりない。

 

 

「テメーも男に混じってアメフトやろうってんだ。それなりに自信はあんだろ。でもな、女で40ヤード走5秒5切れるんなら立派な短距離走者(スプリンター)だが、男なら凡人だ。本来1流のアスリートが、2流扱いされる。テメーはそんな環境に耐えれんのか?」

 

「ひ、ヒル魔、もうちょっとやさしく言おうよ」

 

 

 気が優しい栗田が止めようとするが、ヒル魔は「バーカ」と返す。

 

 

「これくらいで怖気づくようじゃ続かねえよ──おい(ファッキン)ドリル! 選手を目指すのはかまわねぇが、音を上げやがったら一生マネージャー見習いの奴隷だからな!」

 

「ど、ドリル? ……ええ! それくらい覚悟してます! なにせ目標は、全国大会決勝──クリスマスボウルですから!」

 

 

 アイルはそう言って、アメフト部のチラシを広げて見せる。

 チラシにはデカデカと、「目指せクリスマスボウル」の目標が掲げられている。

 栗田の、ヒル魔の、そしてチームの目標。アイルにとっても避けて通れない道だ。

 

 

「ケケケ、(ファッキン)デブ! バカだ。無謀なバカが居やがるぞ!!」

 

「いいじゃない。アイルちゃん、いっしょにクリスマスボウル目指そう!」

 

 

 アイルの、言葉に。

 ヒル魔が悪魔的な哄笑を楽しげに響かせる。

 栗田がフォローしながら、アイルに向けて優しい笑みを向ける。

 

 

 ──ああ、懐かしいな、この感じ。

 

 

 まだ三兄弟もモン太も、まもりすら入ってなかった頃の、アメフト部の空気。

 

 そんな郷愁に浸っていると。

 

 

(ファッキン)ドリル。クラスの運動神経いいヤツには目ェつけとけよ。なんせ部員が足りてねえんだ。新入部員は1人でも多く欲しい」

 

 

 ヒル魔は早速そんな指令を下す。

 

 アイルに否やはない。

 なにせアイルのクラスには、将来の部員が4人もいる。

 まだ不良やってる三兄弟は、簡単には入ってくれないだろうが、セナは放っておいても入る。たぶん今日明日にも。

 

 

「了解です。注意して見ときます!」

 

「ま、テメーのツラなら、ちょいと腕組みゃホイホイ部室についてくんだろ。そしたら、あとは任せろ」

 

 

 ケケケ、とヒル魔は邪悪に笑う。

 

 

「それって美人局(つつもたせ)……」

 

「ま、そこまでして入部させてえ奴が居たなら、そんなありがてえことはねーがな。3日以内に1人も引っ張ってこれなかったら、美人局(つつもたせ)ってのも悪かねえなあ」

 

 

 アイルは明日速攻セナを連れてくることを決意した。

 過去の自分を秒で売る女が居るらしい。

 

 

 

 

 

 

 客観的に見て、天王洲アイルは美人である。

 大柄だが均整の取れたスタイルで、天然の金髪で、なにより顔がいい。

 中学の頃は美少女ジュニアレスラーとか言われてテレビで特集されたこともある。

 

 そんな美女が、教室の隅っこで存在感消してる、オドオドしたチビに話しかければどうなるか。

 

 大事件である。

 

 

「セナ君。ちょっとついて来てもらっていい? 大事な用事があるんだけど」

 

「え、僕が……大事な用って?」

 

 

 学校2日目、放課後の教室。

 アイルが声を掛けると、セナは挙動不審に受け答える。

 好奇や殺意の込もった視線があちこちから投げられてる状況だからしかたない。

 とはいえ、過去の自分の未熟さというか、臆病なとこを見せられて、アイルのメンタルはゴリゴリと削れる。

 

 

「みんな見てるし、ここじゃ秘密ってことで……ちょっと来て?」

 

 

 教室に立ち込める殺意が濃厚になったのは、さておき。

 怯えてはっきりとしない態度にしびれを切らし、アイルはセナの手を取った。

 

 

「いいいい!?」

 

 

 セナが驚きの声を上げるが、かまわず引っ張って強制的に立たせる。

 突然の出来事に、女子たちは黄色い悲鳴を上げ、男子たちはセナの処刑方法を議論し始める。

 そんなクラスメイトたちを尻目に、アイルはセナの手を引いて、教室の外へ無理やり連れ出した。

 

 廊下でも、行き交う生徒たちから好奇の目を向けられるが、かまわない。

 一見男女が手をつなぐ姿だが、実態は高校生最弱の男子が霊長類最強の女子に引きずられてるだけなのだ。

 

 

「──なに? なんなの? なんで手を繋ぐの?」

 

「手を繋いでるんじゃなくて、手を引いてるんだけど」

 

「あんまり変わらないよね!? 僕中学以降、運動会のダンス以外で女の子と手を繋いだことないんだけど!?」

 

 

 アイルもそれは知ってるし、小学生の時に手を繋いでいたのは姉貴分の姉崎まもりだから実質カウント外だってことも知ってる。なにせ自分だし。

 

 でも可能なら、自分の黒歴史を廊下で叫ばないで欲しい。

 アイルまで巻き添えでメンタルにダメージ食らうから。

 

 

「だったら、高校に入ってさっそく手をつなげたってことで」

 

「僕が恥ずかしいの! というか距離感近すぎてめちゃ怖いんだけど!」

 

「怖い……?」

 

 

 予想しない言葉が出てきて、アイルはいぶかしむ。

 が、よく考えたらセナ視点だと、アイルは初対面の女だ。

 過去の自分だからって雑に距離を詰めたが、警戒されるのも当然の所業をかましている。

 

 

「わかった。一度離すから、後をついてきて」

 

「ど、どこへ行くの?」

 

「そんな警戒しなくても大丈夫だから……アメフト部の部室だよ」

 

「アメフト部……あ、ひょっとしてキミもアメフト部に入ったの?」

 

 

 不信全開だったセナの表情が、アメフト部と聞いてパッと晴れた。

 

「キミも」という言葉が引っかかって、アイルは首をひねる。

 アイルの記憶では、アメフト部の入部届を書いたのは今日だったはずだ。

 一応、入部の意志だけは前日栗田に伝えてたから、そのことを言ってるのかもしれないが。

 

 

「あれ? セナ君も、もうアメフト部に入ってるの?」

 

「うん。昨日栗田さんと話しして、主務やることになったんだ」

 

 

 どこか自慢げに胸を張るセナ。

 主務は、アメフト部のチーム運営業務を受け持つ役割だ。

 セナの手に余りまくる大変な知的業務なのだが、なぜか自信満々だ。

 いや。根拠もなく、パーフェクトに主務をこなす幻想を、自分が抱いてたのは知ってるが、姉崎まもりがこなしていた作業の数々を知ってるアイルからすれば、なぜそんなに自信を持ってるのかわからない。

 

 

 ──大人しく選手に専念すればいいのに。

 

 

 なんてことを考えながらいっしょに歩いていると、セナが「あれ」と首を傾げた。

 

 

「主務の用事じゃなかったら、僕なんで呼ばれたの?」

 

「ああセナ君、昨日人混みを避けて、ものすごいダッシュしてたでしょ? あれすっごくアメフト選手向きだなあって思って、部の先輩方に紹介しようと思って」

 

「いやいやいや。昨日映像で見せてもらったけど、僕にはぜったい無理だよ。あんなぶつかり合いの中に入ってくとか、怖すぎるよ」

 

 

 アイルの言葉に、セナは手と首を振りまくって否定する。

 いちいち腰が引けすぎてて、自身の臆病を隠さない。そんな姿を見て、アイルは胃がシクシクしてきた。

 記憶の中の自分は、もっとこう、ビビリながらも勇気を出してアメフトの世界に飛び込んでた気がするのだが……どうも思い出を美化しまくってたらしい。

 

 

「だ、大丈夫だと思うけどなあ。アメフトはたしかに乱暴な競技だけど、セナ君みたいに触れることも出来ないフットワークがあったら関係ないし」

 

 

 ──まあ、毎度膝はガックガクになるまで酷使されたし、掌底や手刀や拳でふっとばされることなんてしょっちゅうだったけど。

 

 

 アイルは心の中で言葉を付け足す。

 嘘はついてないけど、実践するのは非常に難しいのだ。

 

 アイルの言葉に、セナは一瞬興味を示して、やっぱり首を横に振る。

 この臆病さは、試合をこなしてライバルとぶつかり合わなきゃ治らないもんだと諦めた。

 

 

「ひとまず役割はおいといて、まずはもう1人の先輩に面通しかな」

 

「そういえば栗田さんに聞いたけど、部員、キミを含めて3人なんだっけ」

 

「天王洲アイル。アイルでいいよ。セナ君もセナって呼ぶね」

 

 

 面と向かっては名乗ってなかったことに気づいて、アイルは自己紹介する。

 ついでに、自分を「君」づけで呼ぶことにどうにもムズムズしてしまうので、どさくさで呼び捨てにしてしまう。

 

 

「いいけど、なんでそんなに距離感近いの……ところで、アイルさん。もう1人の先輩ってどんな人? 怖い?」

 

「ヒル魔って2年生。卑怯で卑劣で悪魔みたいだけど、アメフトが大好きで、アメフトにだけは誠実な先輩……まあアメフト自体、ルールが緩いとこあるから、試合でも容赦なく騙しまくるすごい人なんだけど……味方にすると、頼もしいんだ」

 

 

 ヒル魔、という言葉に、廊下を歩いている生徒の何人かがパニックを引き起こしたのはともかく。

 

 

「ヒル魔って、まもり姉ちゃんが言ってた……」

 

「いい先輩だよ……アメフト部の仲間としては。ものすごく仲間思いだし」

 

 

 なお敵対したら……想像すらしたくない。

 

 

「あの、遠回しに辞めたらひどい目に遭うぞって言ってない?」

 

「大丈夫。なんだかんだでセナもアメフト好きになると思うよ。一度楽しさを知れば、夢中になれる。そうなるって知ってるから」

 

「そうかなあ……」

 

 

 そんな会話をしながら、階段を降りて玄関をくぐり、校舎裏に回る。

 一瞬、懐かしい姉崎まもりの姿を見た気がするが、なんか近所のおばちゃんみたいな目で見てきたのは何なのだろうか。

 

 ともあれ、古びた部室の扉を開けると。

 

 

「Ya──Ha──!」

 

 

 なんか全身黒のコーデで、アサルトライフル片手に、帝王みてえな座り方决めたヒル魔が待ち構えていた。

 

 

「──!?」

 

 

 声にならない悲鳴を上げて、セナは爆速ダッシュで逃げる。

 が、反応を読んでいたアイルは、セナの腰に素早く手を巻き付けて、ガッチリとホールドした。

 ホールディングは反則だが、アメフトじゃないから大丈夫だ。

 

 

「ケケケ、さすがアマレス仕込みだ。やるじゃねえか糞ドリル!」

 

「ヒル魔さん、この子臆病なんだから、むやみに怖がらせないでください──大丈夫だよセナ、初見でビビらすためのカマシだから」

 

「怖い……帰りたい……」

 

「我慢しよう。わたしもいっしょに居るし……帰るともっと怖いから」

 

 

 双方の心理を理解しすぎていて、良い警官と悪い警官みたいになっているが、アイルにその意図はない。

 ついでにアイルがセナをあすなろ抱きしてる格好になってるが、アイルに自覚はないしセナは恐怖でそれどころじゃない。

 

 

「ま、その姿勢のまま聞きやがれ。俺がアメフト部のキャプテン、蛭魔妖一(ひるまよういち)だ。昨日の見事なタッチダウンは見させて貰ったぜ。よろしくな期待の新人ランニングバック君」

 

「僕が入部したのは主務としてですってー!」

 

 

 入部届を手に、悪魔みてえな笑顔で挨拶するヒル魔に、セナが必死に抗議する。

 すでに入部しているとは思っていなかったのだろう。ヒル魔は驚いた風に眉を上げる。

 

 

「あ? もう入部してやがったのか? じゃ拉致らせるまでもなかったか」

 

「昨日栗田さんに会って入部してくれたみたいです。口頭で伝えただけで、入部届はまだかもですけど」

 

「ちゃんと書いたよ! いまちょっと後悔してるけど!」

 

 

 アイルが説明すると、腕の中のセナが悲鳴混じりにつけ足す。

 話を聞いて、ヒル魔は手に持っていた入部届をぽい、と投げ捨てた。

 

 

「おし。じゃあ(ファッキン)デブが来たら、あらためて顔合わせすっから、それまで防具とユニフォームのサイズ見繕ってろ。そこらの箱ん中に入ってっから」

 

「入部届提出済みってなったら、急に淡白になった……」

 

「もう手遅れだぞ、ってこと?」

 

 

 アイルの言葉に、セナが不安そうに尋ねる。

 そういう側面もなくはないが、単にカマす必要が無くなったから、通常営業に戻っただけである。

 

 

「……あー、セナのほうは直接教えてやれるが、(ファッキン)ドリル。てめー防具の付け方知ってるか?」

 

 

 ヒル魔が尋ねたのは、防具を付けるために着替える関係上、教えるのが異性だと問題アリアリだからだ。

 

 

「大丈夫。やったことあります」

 

「ならいい。着替えの時は時間ズラせ。防具やユニフォームの使い回しが嫌なら言えよ。テメーの分くらいは新しく都合してやる」

 

「あははは、お気遣いなく」

 

 

 そんな話をしながら、アイルとセナは部室を交代で使い、ユニフォームに着替える。

 セナも、頭の先から足元まで防具フル装備。ヘルメットにはアイシールドまで付いている。

 

 

「よく考えたら主務の僕は、着替える必要ないんじゃ……?」

 

 

 せめてもの抵抗か、セナがそんなことをのたまうが、ヒル魔とアイル両方から「お前まだそんなこと言ってんの?」的な目で見られる。

 

 着替え終わって待つことしばし。ようやく栗田がやってきた。

 優しげな顔の巨漢は、巨体を揺らしながら狭い部室に入ると、メンバーをぐるりと見回す。

 

 

「お、3人とも、もう集まってるね」

 

「遅ェんだよ(ファッキン)デブ!」

 

「掃除当番だったんだから仕方ないじゃないかー……おおー! ふたりともユニフォームすごく似合ってるよ! セナ君のアイシールドかっこいい!」

 

 

 ヒル魔が怒鳴るのもかまわず、栗田が歓声を上げる。

 アイシールドは、アメフト用ヘルメットの目の部分につける、色付きの保護シートだ。

 

 セナがヘルメットを取って、不思議そうにアイシールドをながめる。

 

 

「でも、なんでわざわざ目元を隠すんですか?」

 

「テメーの足にゃ黄金の価値がある。試合中は顔を隠しとかねえと、運動部で争奪戦になんだよ」

 

「僕主務……」

 

 

 セナの小声の抗議がスルーされたのは、さておき。

 ヒル魔の言葉に、栗田がひょこりと首を突っ込む。

 

 

「セナ君ってそんなに速いんだ?」

 

「ああ、間違いねえ。速さもそうだが、あの人混みを縫うような、エッグい曲がり(カット)入れた走りは、まさにアメフトをやるために生まれたと言っていい!」

 

「ええー! そんなに!?」

 

「そんなにだ! ちょうど着替えたことだし、グランドの端開けさせて新入部員どもの40ヤード走計ってみっか!」

 

 

 ヒル魔と栗田、先輩ふたりは、テンション高く話し合って。

 栗田が、「あれ?」と首を傾げた。

 

 

「今日って、ウチがグラウンド使う日じゃないんじゃ……」

 

「脅迫」

 

 

 栗田の疑問に、ヒル魔は脅迫手帳を取り出して応じた。

 アイルにとってはもはや慣れたものだったが、どん引きなセナの表情を見ると、実は慣れちゃいけないことなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「よし! じゃあテメーらタイム計るぞ!」

 

 

 グラウンドに出て。

 10ヤード刻みに引かれた(ライン)4本分。スタート地点とゴール地点を確認すると、ヒル魔はゴール地点に向かう。

 

 

「ヒル魔先輩、いいですか!? わたしとセナ、同時に計ってもらいたいんです!」

 

「あん? いいけどテメーじゃ勝負になんねーぞ。こいつ5秒の壁は余裕で切るからな」

 

「大丈夫です……それくらいじゃないと、試し甲斐がないですから……!」

 

 

 怪訝な表情のヒル魔に、アイルはまっすぐ視線を向ける。

 いい機会だ。光速の脚を失った自分が、小早川瀬那とどこまで戦えるか……試したい。

 

 

「ま、いいだろ。やってみやがれ」

 

 

 ヒル魔の許可が降りた。

 なら、あとは全力で走るだけだ。

 走る前に軽く準備運動していると、セナが声をかけてきた。

 

 

「あ、アイルさん、お手柔らかに……」

 

「アイルでいいって言ってるのに……あんまり恐縮しないでよ。こっちが胸を借りる立場なんだから」

 

 

 おどおどとしたセナを力づけて。アイルは挑戦的に笑う。

 

 

「──でも、やるなら全力で、だよ。(わたし)もセナの全力が見てみたい」

 

 

 そう、言って。

 構えながら、ヒル魔のスタートの合図を待つ。

 隣のセナも、戸惑いながらも同じく構えを取って。

 

 

「よーい……ドォォォン!」

 

 

 文字通りの号砲と同時に、体を前に漕ぎ出す。

 だが、その一瞬で。セナに一歩の差をつけられている。

 

 

 ──速い!

 

 

 小早川瀬那の持つ光速の脚。

 その力はまだ磨かれていない。

 

 だが。それでもなお。

 ロケットのような初速だけは、全盛期のそれ。

 セナが持つ、アイルが失った──光速の脚だ。

 

 

 ──けど……僕も技術だけは。10年間ずっと走り続けてきた、その経験だけは──忘れてない!

 

 

 前へ。前へ。

 離れていたセナの背中がどんどん近づいてきて。

 セナに追いつき、並んだところがゴールだった。

 

 

「5秒0! すごい! ふたりとも5秒の壁ジャストだ!」

 

「ケケケ、さすがフィジカルエリート様だ。男でも後衛(バックス)並みの俊足じゃねーか……だが、妙だな。チビの速さはこんなもんじゃねーはずだが」

 

 

 栗田は関心しきりだが、ヒル魔は納得しない。

 セナの中学時代の体力測定の結果を引っ張り出してきて分析し、100%の実力を出させるための最適解を弾き出す。

 

 すなわち、猛犬ケルベロスに追わせて、スピードを緩めさせない。

 

 

「ケルベロォス!!」

 

「ひいいいいいいいいいいっ!!」

 

 

 そうして叩き出された記録は、4秒2。

 NFL──本場アメリカのプロトップレベルだ。

 

 

 ──でも。

 

 

 アイルは思う。

 光速の脚は失っても、それでも足さばきの技術は失われていない。

 

 だったら、なれるはずだ。いまの自分なら。

 セナが憧れて、超えたいと願って、戦った最高のライバル──進清十郎のような……ラインバッカーに。

 

 

   入 部 届

 

 学  年  :1年2組

 

 氏  名  :天王洲アイル

 

競 技 経 験:1年

 

希望ポジション:ラインバッカー

 

 

「──却下。ウチは攻撃全振りチームだから、使える駒は全員オフェンスにぶっ込む」

 

「ひどいっ!?」

 

 

 アイルのポジション希望は一瞬で却下された。

 なお攻防両面にぶっ込まれてないだけ温情である。

 

 

 

 




次回明日投稿予定です。
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