ベン牧場に来て、翌日。
早朝からトレーニングで1日を費やし、次の日は日本に帰国予定だ。
だが、アイルは知っている。これは旅の終わりじゃない。始まりなのだと。
ジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港。
帰国便を前に、ヒル魔、栗田、ムサシの古参組は告げる。
テキサス州ヒューストンから、ネバダ州ラスベガスまでの2000km超。アメリカを横断するルートを40日以内に踏破する過酷なトレーニングに……泥門デビルバッツの面々は、次々と参加を表明していく。むろん、アイルも。
「──天王洲アイル。42番。ポジションはタイトエンド……勝ちましょう。みんなで──
その、些細な言葉の違いに気づいたのは、ベテラン組の3人のみ。栗田は怯え、ムサシは受け止め、ヒル魔は笑う。
そして【
◆
【
レシーバーはパスルートを走りながら。
ランナーは石蹴りでフットワークを鍛えながら。
キッカーはランダムなタイミングでキックを挟みながら。
そして
夜を徹しての二日練習と一日休息。
超回復を利用した高負荷の練習を続け、踏破を目指す、肉体の限界に挑むトレーニングだ。
ちなみに担当のスポーツ医師、水戸先生にはブチ切れ気味に止められたが、「やる」前提でケア方法を教わった。覚えたのは雪光だけど。
以前のアイルは、この【
セナはすでに習得済だが、この特訓を乗り越えられれば、悪魔の走りには、さらに磨きがかかるだろう。
そしてアイル自身は、
ランナー特訓→
あんまりにもあんまりな指示だが、タイトエンドはパスも
「ケケケ、あれもこれもいいとこ取りなんぞ並の選手にゃ悪手だが、テメーならやれんだろ、
「……アハーハー! 天才にふさわしい特訓なら、なんでもこなせる僕もやらせてもらうよ!」
ヒル魔の言葉に、
ついでに対抗心満々のモン太まで吊れたが、こっちはさすがに無理があった。
負荷均一化の都合上、アイルが
──ひさしぶりの【
かつての過酷な日々を思い出しながら、アイルは拳を握りしめる。
日本最強のラインバッカー
才能が劣る人間が天才たちを押しのけ、頂点を目指すなら。
困難に挑み続けて、己の持つ才能を──練磨し続けるしかない。
初日はランナー特訓。
セナとともに石蹴りしつつ、徹夜で
蒸し暑い真夏の道路を、ひたすら西へ。スポーツドリンクによる水分補給と数時間ごとの小休止を挟みながら、昼夜問わず、徹夜で何十kmも走り続ける。
翌日の夜、完全休息の時間には、さすがのアイルもバテバテになっていた。
「知ってたけど、ひさしぶりにキッツいトレーニングだ……これホント……」
「さすがに死ぬ……これホント……」
「川の字……」
アイルとセナは並んで横になり、笑顔のまもりに介抱される。
24時間休憩を言い渡されたが、徹夜なのに、疲れすぎて眠くない。
他の面々も似たようなもので、みんな疲れ切っているが、ヒル魔だけは平気そうにしている。
パスルートに沿ったショットの練習をしながら、銃火器を抱えての指示出し。いや銃火器はおかしいのだが、人一倍負荷の強い特訓だったはずだ。
「あれ……?」
一度目は気づかなかったが、二周目だ。アイルは気づく。
ヒル魔の様子が少しおかしい。まるで白秋ダイナソーズ戦の時、骨折を押して出場したときのような。
──いや、あの時もいまも、顔色はぜんぜん変わってないんだけど。
ともあれ、ヒル魔の異常を雰囲気で察したアイルは、頑張って身を起こす。
ヒル魔は一人で休憩するためか、みんなとは距離を取り、デコトラの裏に回っていく。
「ヒル魔さ──」
追いかけながら声をかけようとして。
ぽん、と、頭に手が乗せられた。
デカくて硬い、仕事人の手……ムサシだ。
「俺が行く」
言ってムサシは、ゆっくりとヒル魔の後を追う。
二人のことが気になるアイルは、気配を殺してこっそりとのぞく。なぜかセナとまもりもいっしょに。
路側に停められたデコトラの裏では、ヒル魔が荷物を椅子代わりにして座っている。
道路側と違って常時真っ暗な中、ノートパソコンの明かりだけが、ヒル魔をわずかに照らしていた。
平気そうな顔をしているが、まくりあげられたヒル魔の膝は、赤く腫れている。
そこに、ムサシがゆっくりと歩み寄る。
「ん」と放り渡したのは、アイシング用の氷嚢だ。
「……ケケ、似合わねえ心配してんじゃねえよ
「心配はしてねえよ。自己管理できん男じゃないのはよく知ってる……取ってくる手間を省いただけだ」
「……あー、そういうことにしといてやるよ」
アイルたちは黙って元の場所に戻った。
男の友情だ。これ以上のぞくのは無粋だろう。
その後は、睡眠の時間になった。
夜の道路脇は蛇や野生動物が普通に出るので、地面では寝られない。
自然、デコトラの
「いやだー!」
アイルは運転席での睡眠に、完全拒否の姿勢を示した。
まもりが困った顔をしてなだめるが、無理なものは無理である。
「どうしたの? まもり姉ちゃん」
揉め事を聞きつけて、セナが様子を見に来た。
アイルとしては、いま来るくらいならキッドがグラビティな話をしてる時に来て欲しかったが、まあいまさらの話。
こっちはこっちで大事なので、アイルはセナに助力を求める。
「セナ、まもりさんが、いっしょにトラックの
「……それのどこがおかしいの? 男女で別れるなら、アイルがそっちに行くのは普通じゃない?」
たしかに普通ではある。
相手がまもりだし、アイルだっていつも通りなら嫌がったりはしない。
だが、徹夜で特訓して汗だくになった後なのだ。そう広くないトラックのキャビン内、汗の匂いで迷惑かけたくない。というか恥ずかしい。セナ的にも、アイル的にも。1+1で0になる余地がない。
「体は拭いてるし、気にしないでいいのに」
「気にしますよさすがに!」
セナは、自分が関わるべき話題じゃないと気づいたのか、回れ右したが、まもりが首根っこ掴んで止めた。
「わたしは、ほら。トラックの荷台で大丈夫ですから……」
「それは絶対にダメ! 女の子が男子といっしょに雑魚寝なんて」
「いや、みんな気にしませんって」
「いやいやいやいや、みんな気にするに決まってるから。ダメだから。アイルは女の子なんだから」
あんまりなアイルの発言に、セナが光速の首振りをして会話に割って入る。
まもりはセナの言葉に、ちょっと手で抑えた鼻から感動が盛れていたりするのは置いといて。
男連中にアンケートを取ったところ。
気にする──セナ、栗田、小結、黒木、戸叶、十文字、ムサシ。
気にしない──モン太、夏彦、どぶろく先生。
だった。
モン太は意地はってるのが見え見えだし、夏彦はなにも考えてない。
なお、あきらかに下心があった溝六はヒル魔にバチクソ撃たれまくった。
そんなヒル魔の意見は、「別に気にしやしねえが、絶対眠れなくなるヤツが出るからやめろ」。実にごもっともである。
トレーニング地獄に加え、風呂にも入れない野宿生活がしばらく続いて。
湿った風が、乾いたものに変わり始めた頃。デビルバッツはヒューストンから西へ約300km──サンアントニオ市にたどり着いた。
モーテルでの宿泊は天国だった。
手足を伸ばして休める。ふかふかのベッドがある。なによりお風呂がある。
湯船に浸かりこみ、思い切りお風呂を堪能して。
それから泥門一同、みんなパジャマで集合する。
一部屋に選手11人とマネージャーのまもり、トレーナーの溝六、計13人が集まったので、めちゃ狭い。
「アイル、なんかいい匂いしない?」
「ふつうに石鹸の香りだよ。たぶんセナもいっしょの匂い」
アイルとセナのそんな会話に、隣のまもりがそわそわしている。
なおまもりの逆隣に居るモン太が、パジャマ姿のまもりに昇天しかけているが、まもりの視界には入っていない。
ともあれ、全員集まって話すのは、デビルバッツの戦力補充についてだ。
「泥門の中途入学枠ってのが、一人分だけあるの!」
「虎の子の1枠だ。下手なやつにゃ使えねえ。だからアメリカで
ヒル魔の言葉に危険を察して、溝六がこそこそとカーテンの後ろに隠れたのは、さておき。
栗田とヒル魔の説明を聞いて、十文字が首をひねる。
「でもよ。いま泥門に足りてねえポジションってどこなんだ?」
「足りてねえとこはねえが、故障考えたら欲しいのは
ヒル魔の返答に、アイルは白秋戦を思い出す。
あの時はヒル魔が骨折退場して、
「ヒル魔さんの代わり……必要なんだろうか……?」
「まあ実際代わらないにしても、手札があると
まだ想像もつかないことなのか、首をひねるセナに、アイルは語る。
「スカウティング──相手の戦略を見抜いて攻略法を考える奴だな。使える頭はいくらあっても困るこたねぇからな」
アイルの説明を、ヒル魔が補足した。
たぶん使える頭に含まれてるのは、まもりと溝六だけである。
雪光も、勉強の余裕が出来れば即戦力なのだが、いまは筋肉とスキルの習得に手一杯なのだ。
「──まあ贅沢は言わねえ。ランニングバック、レシーバー、タイトエンド……尖ってる才能持ってるやつなら、どのポジだってありがてえ」
「いや、タイトエンドは無理だろ。天王洲の代わりってことだろ?」
「いやいや、わたしが何でも屋やるには、現状足りないものが多すぎるから……本職のタイトエンドが来てくれるなら、ランニングバックに行くから……」
十文字の買いかぶりを、アイルは否定する。
なおアイルがイメージしてる「本職のタイトエンド」は関東最強のリードブロッカー、赤羽だったりするから、要求水準が高すぎる。
「代わりのタイトエンドがオメー以上だったらそうしてもいいんだけどな。現状の第一候補が入れ墨のビーチフットのリーダー、サイモンだ。テメーのポジションは取れねえよ」
「奴はビーチフットに本気だから難しいと思うが……それにしても嬢ちゃん、サイモンと比べても上か」
ヒル魔の言葉に、溝六が感心する。
「女の中じゃバグみてえな筋力してやがるからな。NASA戦前に計った記録が、40ヤード走が4秒9、ベンチプレス85kgだ。おまけにハンドテクは全国区ときてやがる」
「……女で5秒の壁切ってくんのか。インターハイで記録狙える速さだぞ」
溝六が呆れたような声を上げる。
ちなみに、アイルが40ヤード走5秒0だった頃の100m走のタイムは12秒フラット。
インターハイの女子100m走の最高記録が11秒72*1とかだから、いまのアイルなら普通に記録更新が視野に入ってくる。
「走力は文句無しに合格点だ。欲を言うならベンチプレスは100kg越えが望ましいんだがな。それとキャッチが凡なとこ以外はまあ、理想だな」
「適性はラインバッカーだって毎回主張する用意があります」
「守備陣の連携指示出せるようになってから言いやがれ
「はい……」
一撃でへこまされて、アイルは小さくなった。
進清十郎への道は遠い。
「ともあれだ。
「転校じゃなくて中途入学となると、なかなか難しいですよね」
「転校じゃダメなの?」
同意するアイルの言葉にセナが首を傾げると、ヒル魔が知らない者向けに説明する。
「転校後の出場停止期間が6ヶ月あるからな。秋大会にゃどうあがいても間に合わねえ」
「ってなると、探すのが本当に難しくなりますよね」
「ただの中卒探すわけじゃねえからな。偶然高校に行ってねえアメフトクソ強ぇ
溝六がまたこそこそと隠れたのは、さておき。
「あ、だったら、可能性ありそうなとこあります!」
思いついて、アイルは手を挙げる。
この時期、サンアントニオ市では、アメフトのプロチーム、アルマジロズの入団テストが開かれている。
アイルの時は、いろいろ不幸と偶然が重なって参加するはめになったが……高校に行かずプロを目指すバカが、夏彦の他にも居たかもしれない。
「
直接見つかる可能性は低いかもしれない。
だが、選手の情報集めるのにも、関係者が集まるテスト会場はうってつけなのだ。
「──問題は、誰をスカウトにやるかだな」
「ヒル魔さんじゃダメなんですか?」
「ヒル魔さん居ないと
セナの疑問に、アイルが答えた。
レシーバーのパスルート指示も、キッカーのキックタイミングの指示も、ヒル魔がやってるのだ。代わりは居ない。
アルマジロズの入団テストがある日が完全休息のタイミングならよかったのだが、あいにく徹夜特訓の真っ最中だ。
「じゃあ、どぶろく先生は?」
「
「アハーハー! ボクだね!」
夏彦がズビシ! と親指で自分を指し示したが、もちろん違う。
「俺ッスね!」
モン太は夏彦に対抗してるだけである。
「──俺だな」
ムサシが、口をへの字にしてうなずいた。
アメフト経験はヒル魔、栗田に次いで長く、17歳ながら、武蔵工務店の営業や交渉を一手に引き受けていた男だ。適任と言っていい。
「──だが俺は英語わかんねえぞ」
「わーってるわ。
ズビシ、とヒル魔はアイルを指差す。
「アイルが? まもり姉ちゃんじゃだめなの?」
「テメー
セナのぼけた疑問に、ヒル魔がツッコむ。
現状デビルバッツには人的余裕がないのである。わりと深刻な感じで。