「
アイルたちが【
情報にたどり着くのに、それほど時間はかからなかった。キーボードを叩く細長い指が動きを止め、ヒル魔は「こいつか」とつぶやく。
「ロス・プロクター。元フェニックス中の
「
「
アイルが首をひねると、ヒル魔が説明する。
「アメリカの中3──14歳時点で身長184cm体重85kg、40ヤード走5秒0、ベンチプレス120kg……ケケケ、14歳でこれなら、なにもなけりゃ今頃もっとバケモンになってたろうな」
「なんでアメリカの中学生選手の細かいデータまで調べられるんだろう……」
「公式戦どころか練習試合にも一度もでてないパンサーさんの能力すら把握してたし……」
悪魔の笑みを浮かべながら語るヒル魔に、セナとアイルがこそこそ話す。
画像データまであって、見れば高校生といって通じるだろう、デカくてゴツい赤毛の選手だ。
ヒル魔の横でモニターを覗き込みながら、ムサシが無精髭を撫でる。
「だが、高校に行けねえほどの怪我をしたんだろ?」
「人身事故だな。詳細はわかんねえが肩と膝に重症を負って全治一年、治療に専念するために高校進級を1年遅らせた……ケケケ、ご都合よく9月の高校入学までに間に合ったってわけだ」
パタン、とノートパソコンを閉じて。
ヒル魔は口の端を、悪魔的に釣り上げた。
「ケケケ、おありがてえことにフェニックスは、ラスベガスに行く通り道だ。暫定第一候補にねじ込んどいてやる。現地着いたら速攻行くぞ
「あ、わたしは続投なんですね……」
「仕方ねーだろ。英語喋れて休憩中手空きなのはテメーしかいねぇんだ」
正直アイルの英会話は、雪光よりは出来るかな、程度。
……なのだが、雪光から休息時間を奪うと冗談抜きで涅槃に旅立ってしまいかねないので仕方ない。
「アイル、フェニックスってどのあたりなの?」
「アリゾナかな。ここからだとたぶん1000km以上先?」
セナの質問に、アイルは過去の記憶を探りながら説明する。
ヒューストンからラスベガスを目指す【
フェニックスはアリゾナ州にあり、1600kmを越えたあたり。順調に行けば30日目。【
「言っとくがフェニックスだけじゃねえぞ。他の都市でも候補探すかんな。エルパソ、ツーソン、フェニックスを挟んでキングマン……ケケケ、地獄に付き合ってもらうぜ……!」
「あはははは……がんばります」
ヒル魔の言葉に、アイルは乾いた笑いを浮かべる。
「完全休息中に動いていいの……?」
「い、一応ウォーキング程度の負荷の軽い運動は、むしろ推奨されてるから……」
セナと雪光がそんな話をしているが、はたしてそれは救いになるんだろうか。
◆
サンアントニオ市を出て。
パスルート走行、石蹴り、デコトラ押し。
ローテーションで回しながら
2日徹夜、1日完全休息のサイクルは、フィジカルエリートに分類されるアイルをすら、確実に消耗させていく。
とはいえ、スポーツ医師の指導を受けた食事や回復法を併用しているおかげか、みんな顔色に余裕がある。あくまで前回と比較して、だけど。
「あれ、みんなけっこう慣れた風なのに、わたしだけ全然体が慣れてこない?」
「ローテーションで別のメニューやってんだからそうそう慣れるわきゃねーだろ
アイルの疑問に、ヒル魔が雑にツッコむ。
言われてみれば当然だ。
専門メニューをやっているほうが疲労がより蓄積しやすい反面、体の慣れは早いのだ。
「それかあ……てっきり性差とかそういうのかと……」
「テメーに限っては女に数えていいのか疑問だけどな」
アイルが頭をかくと、ヒル魔が口をへの字に曲げた。
まあアイルの身体能力を見れば、そう言いたくなるのもわかる。
が、聞き逃さなかった者が居た。
「失礼な! アイルちゃんは、ちゃんと女の子なんだから!」
発奮して割り込んで来たのは、当然まもりである。
ヒル魔がとんでもなく面倒くさい顔になっているが、まもりは抗議をやめない。
女の子、と聞いて、アイルはふと思い出す。
「あれ、女の子といえば……今月生理まだ来てないような?」
「孫!?」
「なに言ってるのまもり姉ちゃん!?」
まもりが神速のインパルスしたが絶対に違うし、たとえアイルとセナの間に子供が出来たとしても、それはまもりの孫ではない。
なぜかみんな動揺したり、高度な情報戦が始まろうとしていたが、ヒル魔が頭を掻きながら切って捨てる。
「ただの生理不順だろ。【
「せーりふじゅん?」
ヒル魔の言葉を理解したのは、まもりと雪光と十文字だけだった。
バカばっかりである。
◆
30日目。
乾いた暑さのステップ気候から、うだるような暑さの砂漠気候へ。
真夏の灼熱地獄の中、フェニックス市にたどり着いた一行は、倒れ込むようにしてホテル休息を取る。
一晩たっぷり睡眠を取って。
ヒル魔とアイルは、目的の選手──ロスに会いに行く。
これまでエルパソ、ツーソンと回ってきたが、すべて空振りだった。
やはりアメフト経験者で、なおかつ高校に行ってないって条件が厳しいのだ。
現状彼が本命だが、はたしてどうなるか。
アイルが心配する間に、ヒル魔はどういう伝手を使ってか、本人に連絡をとると、会う約束を取り付けてしまった。
宿泊した場所とは、別のホテル。
そのロビーで待っていると、一人の男が声をかけてきた。
『──おお、ミスターヒル魔』
その男は爽やかな笑顔で現れた。
190を超える長身だが極端な痩せぎす。ひょろりと長い手足。
癖のある赤毛に
画像とはまったくの別人……と言いたいところだが、画像の彼を極端に痩せさせれば、こんな感じになるかもしれない。
というか、アルマジロズの入団テストの時、観戦してた若いにーちゃんが居たが、彼な気がする。
『初めて会うな、ロス・プロクター。日本の高校アメフトチーム、泥門デビルバッツのヒル魔だ。それとアイル』
痩せっぷりに度肝を抜かれたが、ヒル魔は動揺を見せず、英語で自己紹介する。
赤毛のマッチ棒──ロスは、爽やかな笑みのまま、ヒル魔を視線でひと撫でして。
『……ふむ。やや虚弱ながら、それを補うほどに鍛え抜かれた肉体。
初見で言い当てたことに、アイルは驚いた。
一方ヒル魔は平然としているが、それが本心からか、ただのポーカーフェイスかって言うと……たぶん前者だ。
『──そしてそちらのレディは、マネージャーではなく、プレイヤーだな。肌に防具ズレの痕がある。だが、押すよりも引く筋肉の発達はアメフト選手のそれではない。ジュードーか、レスリング。おそらくレスリング経験者だろう。適正はラインバッカー。だがタイトエンドにも向く』
『ケケケ、正解だ。さすが
『ククク、半分はハッタリだとも。貴様の連絡から待ち合わせまで、多少なりとも調べる時間はあったということだ』
それまでの紳士の装いをあらためて、ロスは口の端を釣り上げた。
ソファに目深に座り、どっかと膝を組む姿は、ヒル魔と鏡写しのよう。
悪魔と、傲岸な教授。
そんなふたりは、しばし、視線を交わしあって。
『ロス・プロクター。泥門デビルバッツに入りやがれ』
『断る──おお、賢明な貴様なら、理由はわかるだろうヒル魔。右肩腱板部分断裂に、両膝前十字靭帯断裂、半月板損傷。交通事故による負傷は完治したものの、俺様は戦える体を取り戻せていない。進学先のチームからも見放された。それがいまの俺様だ』
言って、ロスは腕を示す。
長身に対して、あまりにもか細い、握りつぶせそうな腕だ。
1年に渡る治療生活が、彼から筋肉を奪ってしまったのだろう。
『だが、テメーはアメフトをあきらめちゃいねえんだろう?』
『あたりまえだ。天が俺様から奪った筋肉を、どれほど時間がかかろうとも取り戻す。そうだ。何者にも、俺様からアメフトを奪わせはしないとも!』
『──なら、悪魔と契約して見る気はねえか』
邪悪に笑いながら、ヒル魔はロスにカードを差し出す。
カードには、デビルバッツのマスコット、デビルバットが注射器を抱えた看護婦の格好をしているイラストが描かれている。
『網乃大付属病院。日本のスポーツ科学の最先端。こっちはそこに伝手がある……どうだ。神から肉体を取り戻すなら、日本で最短距離を走るのも悪かねえだろ?』
『……かわりに差し出すのは、俺様の
『バーカ、全部だよ。ケケケ、とっとと筋肉取り戻して、選手としても働きやがれ
ヒル魔の言葉に、ロスの顔色は変わらない。
ただ細い手がぎゅ、と握り込まれる。
『おお、しかしだ、我が契約者たる悪魔殿よ。君たち日本の高校生フットボーラーが目指すクリスマスボウル。その予選は、9月にはもう始まるはずだ』
『ああ。だから3ヶ月だ! 3ヶ月で最低限戦える体を取り戻しやがれ! ケケケ、どのみち目指すのは
ヒル魔の、誘惑に。
ロスは苦笑を浮かべた。
『……蛭魔妖一。泥門デビルバッツの攻防両面の司令塔。指揮官としては俺様より数段上だ。俺様ではデビルバッツでパンサー有りのエイリアンズに勝つ絵図面など、とてもではないが描けないとも』
『ケケケ、お褒めに与り光栄だぜ』
『だからこそ、わからないのだよ、悪魔殿。故障前ならともかく、いまの俺様は
『幅だ』
ロスの疑問に、ヒル魔は即答する。
『──プロフェッサー・ロスにゃ釈迦に説法だろうが、アメフトは手が一本増えるごとに破壊力が倍増すんだ。アメリカで
『すみまちぇん……』
馬鹿を代表してアイルが謝る。
ロスは、しばらく考え込んで……語り始めた。
『……天王洲アイル。男相手に当たり負けしない強靭な肉体を持つ、規格外の女性。天才的なレスリングの才によるハンドワークは、そこだけ取れば神の領域だ。もし男に生まれていれば。あるいはあと15センチの身長を神から与えられていれば、頂点にも手が届いたかもしれない』
『はは……まあいまでも貰いすぎくらい貰ってまちゅから、これでやっていこうと思ってまちゅ。はい』
褒められて、アイルは恐縮する。
光速の脚──神の領域に入る資質こそないものの、幾多の実践を経て、アイルの力は超人の域に足を踏み入れている。
『栗田良寛。日本人離れした巨体と怪力を持つ、優秀極まるセンター。特にスナップ精度は特筆すべきものだ……そしてセナ・コバヤカワ。アイシールド21を自称する小兵。1プレイごとに進化していく光速のランニングバック。みな魅力のある選手たちだ……ともに戦うにはな』
ロスの言葉に、ヒル魔は笑って手を差し出す。
その手を、ロスはしっかりと、握り返した。
『ケケケ、契約成立ってことでいいんだな?』
『この地では誰も求めなかった、選手としての俺様を求めてくれたのだ。相手が悪魔だろうと契約するさ……なにより、クリスマスボウル──頂点を目指す姿勢が気に入ったとも』
『ケケケ、俺が連絡してから突貫工事で調べたにしちゃあ、やけにくわしいじゃねえか』
『ククク、それも半分ハッタリだ。国内チームの試合はすべて見る主義でね。NASAエイリアンズとの対戦の時から、貴様らには興味を持っていたのだよ……つまり』
手を、握り続けたまま、ロスはヒル魔に語る。
『──選手として以前に、一人のアメフト好きとして、俺様はとっくにデビルバッツのファンだったのだよ』