アイシールド2/1   作:寛喜堂秀介

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23 魔のラスト500km+アイル

 

 

「ふんぬらばっ!」

 

 

 はるか遠きラスベガスへの道を進む。

 本日のアイルは、(ライン)組に加わる番。

 栗田たちといっしょに、デコトラ【デビルバット号】を押す特訓だ。

 

 8月も下旬だが、灼熱の太陽は容赦なくアスファルトを焼く。

 遠くに見える赤茶けた山脈が、地面から立ち上る陽炎で揺れて見える。

 

 

「レディ・ゴリラ、『ふんぬらば』とはなんという意味だ?」

 

「ゴリラはやめてね……気合の掛け声で、意味とかないと思うよ……」

 

 

 泥門の新入部員、ロス・プロクターに問われ、アイルは汗だくで答える。

 この地獄の特訓に「不合理だ」と嘆きながらも、赤毛のロスは【死の行軍(デスマーチ)】に同行している。

 リハビリ中の彼はデコトラの荷台に座って、パソコンを弄りつつ、トレーナーの溝六(どぶろく)の指導を観察している。そんなロスを、十文字が睨む。

 

 

「ちくしょー新入りが楽しやがって……!」

 

「おお、仕方がないのだジュウモンジ。いまの俺様の貧弱な体では、高負荷のトレーニングを長時間こなすことは出来ないのだよ」

 

 

 十文字の愚痴に、ロスはたどだどしい日本語を返した。

 

 

「……日本語話せんのかよ」

 

「当然だ……とは思わないで欲しい。デーモン軍の一員として戦うためにも、日本でリハビリ指導を受けるためにも、日本語が話せるほうがよい。だから勉強しているのだよ。いま、ここでね」

 

「昨日の今日でもう日本語覚えたのかよ!?」

 

「おお、残念なことに、俺様の日本語はまだ不完全だ。習得するにはあと3日は必要だとも。プロフェッサー・ロスともあろうものが屈辱だ。文法の構造の違いはまあよいとして、なぜ文字を3種類並行して用いるのだ。それに当然のように主語を略すのはなぜなのだ」

 

 

 なにが不服なのか、ロスはぶつぶつと不満を漏らす。

 

 

「3日で日本語喋れるようになるとか、やべー天才だなこいつ」

 

「それでも不満とか、どんなレベルで頭いいんだこいつ」

 

「頭悪すぎてダブルリミテッド*1になりかけたわたしには遠い世界すぎる……」

 

 

 黒木、戸叶に続いて、アイルがため息をつく。

 

 日本人の父と米国人の母は、家ではそれぞれ母国語で話していた。

 おたがいリスニングに不足はないのと、誤解なく正確に意図を伝えるためそうしていたのだが、アイルはその影響をモロに受けたのだ。

 娘の異常に気づいた両親が、すぐに会話を日本語に統一してたため改善はしたのだが、英語のほうは今でも赤ちゃん言葉混じりになってしまっている。

 

 なおママみを感じるとして一部界隈では人気だったりする。

 

 

「ククク、半分はハッタリだとも。NASAエイリアンズ戦で興味を持って、デーモンの情報を集めるために日本語を学習し始めたのだ。会話はともかく、読み取りはすでに完璧だ」

 

「嫌味かよ」

 

「ハッタリ意味ねえー!」

 

「どの道頭良すぎて腹立つ……!」

 

「フゴッ!」

 

 

 汗だくでデコトラを押しながら三兄弟がやっかみを口にすると、小結が、なにやら鼻で笑った。

 パワフル語はわからないが、バカにされてるのは一目瞭然だ。十文字が怒りに歯を食いしばる。

 

 

「フゴガキがよぉ……!」

 

 

 なぜ「メスガキがよぉ……!」みたいに言ったのか。

 

 

「ほれ。お前ら喋ってないで押せ押せ! こんな調子じゃいつまでたっても後衛(バックス)組に追いつけねえぞ!」

 

「進まなすぎて、ガソリン切れが早くなるのは本当にやめて……」

 

 

 溝六の檄に、アイルが死んだ目でつぶやく。

 アイルとまもりがセクシーな衣装で車を呼び止めて、ガソリンを強奪し(わけてもらっ)た出来事は記憶に新しい。

 鈴音が居ない代わりとしてアイルも頑張ったが、それ以上にまもりが頑張ったため、この極限状況でモン太の血液が無駄に失われた悲しい事件だった。というのはさておき。

 

 

「さあ行くぞ!」

 

「ふんぬらばっ!!」

 

 

 溝六の掛け声の元、デコトラ【デビルバット号】は乾いた大地をゆっくりと、だが確実に進んでいった。

 

 

 

 

 

 

死の行軍(デスマーチ)】33日目。

 モンスーンの影響か、空は分厚い黒雲に覆われ、土砂降りが乾いた大地を叩き続ける。

 魔のラスト500kmの最中、過酷な特訓と苛烈な環境変化に、肉体は悲鳴を上げ続けている。

 

 それを無理やり抑えながら、アイルはジグザグに石を蹴り、走る。

 

 

 ──前回だと、雪さんが倒れた頃だけど……

 

 

 フラフラになりながらも、雪光は姿勢を保ったまま走り続けている。

 空元気ながら、モン太も「余裕MAX!」と叫びながら先をゆく。二人を追うヒル魔が合図をすると、頭の上を、ムサシの蹴ったボールが勢いよく飛んでいった。

 

 

「あははは、わたしが一番キツそうだ……」

 

 

 力を振り絞りながら、石を蹴り駆ける。

 他の人間も言うほど余裕はないのだが、前回の【死の行軍(デスマーチ)】より、確実に限界を身近に感じる。

 

 それは性差か、身にまとう筋肉の差か、それとも単純に体重の差か。

 だが、そこを超えるために【死の行軍(デスマーチ)】に挑んでいるのだ。へばってなんて居られない。

 

 

「アイル、大丈夫?」

 

「大丈夫、元気いっぱいだよ……!」

 

 

 セナに気遣われていると気づいて、アイルは虚勢を張る。

 どれだけキツくても、根性だけは。心だけは過去の自分(セナ)に負けるわけにはいかない。

 

 夜を徹した特訓は、翌日夕方に終わった。

「体を冷やさないように」とまもりがすぐさまタオルで体を拭いてくれた。

 アイルの耳には、「体」が「母体」って聞こえた気がするが、深く考える余裕はない。

 

 そして訪れた休息の時間。

 雨よけの幌を張ったデコトラに腰を落ち着け、アイルが膝のアイシングをしていると、セナが横に座ってきた。

 

 

「アイル、昼間キツそうだったけど、大丈夫そう?」

 

「大丈夫。キツイけど、パンクはしない。体の労り方は知ってるから」

 

 

 水で溶いたミックスサプリメントを飲みながら、アイルは答える。

 米国に来た時、トランク2台分あったサプリメントも、残り少なくなってきている。11人で分けてるのだから、そりゃ消費も早い。

 

 

「……セナこそ、大丈夫?」

 

「膝が少しキツいかな。熱を持ってる感じ。けどなんとか平気そう」

 

 

 デコトラの荷台で、隣り合って肩を並べる。

 すると、あらためてセナの小ささ、細さを感じる。

 

 

「? どうしたの?」

 

「いや、こんな細い脚で、なんで光速を出せるのかって思って」

 

「いやいやいや、これでもお医者さんの指導と筋トレでだいぶ太くなったんだからね? むしろアイルが太いんだよ。たぶん十文字くんくらいあるよね?」

 

 

 比較対象にされた十文字が、「巻き込むんじゃねえ!?」と抗議の悲鳴を上げたのはさておき。

 

 

「たしかに。並べると、わたしの太ももは1.5セナくらいだ」

 

「僕を単位にしないで!?」

 

「足の長さとかも、たぶん1.3セナくらいありそう」

 

「たしかに僕は短足だけどさあ!」

 

 

 まもりが優しく見守る中、ひとしきり掛け合いをして。

 それからアイルは、雨よけの幌を張ったデコトラの天井を仰ぐ。

 

 

「……知ってたよ。高校に入った頃に比べて、セナに筋肉がついてることも、背が伸びてることも……この先もっと強くなることも」

 

「ははは……だったらいいんだけどね……なんか筋トレばっかで強くなった気がしないけど」

 

「確実に強くなってるよ。【デビルバットゴースト】がLv1だったのが、Lv10くらいにはね」

 

 

 アイルは以前の自分を思い出しながら、語る。

 エイリアンズ戦の【デビルバットゴースト】は、なんとか間に合った程度だ。

死の行軍(デスマーチ)】を経たセナの走りは、おそらくアイルの記憶にある初戦──網乃サイボーグズ戦でのそれを遥かに上回る。

 

 

「Lv10……それってどれくらい変わるの?」

 

「春の進さんなら普通に抜けるくらいかな」

 

「むしろLv1じゃ抜けなかったの!? 春の進さん相手なら僕けっこう自信あったんだけど!?」

 

 

 セナが抗議するが、いいとこ互角だろう。

 中学から数えて4年。それだけ技術を積み続けてきた音速の戦士に五分で戦えるんだから、むしろすごいのだが。

 

 

「シン・セイジュローか」

 

 

 と、二人の会話に、赤毛のロスが入ってきた。

 マッチ棒のように細い体を折り曲げながら、ロスは話を続ける。

 

 

「──映像で見せてもらった、たしかに強いな。体格以外弱点がないと言えるほどに」

 

「その弱点の体格だって、わたしたちより大きいからね」

 

 

 進が175cm71kg。

 対するアイルが170cm65kg。

 セナに至っては、155cm48kgだ。

 いまはもう少し伸びているとはいえ、ことセナやアイルに対しては、進唯一の弱点が、弱点になっていない。

 

 

「……だが、俺様は見たのだよ。エイリアンズ戦で、あのパンサーとの戦いの中、セナ、貴様がどんどん進化していく姿を。戦いの中で進化する。その末に、必ずシンを越えられる。この、イカれた訓練に立ち向かい続けた貴様ならば」

 

「ロスさん」

 

「俺様が保証しよう。貴様はシン・セイジュローに勝てる。このプロフェッサー・ロスが応援するのだからな」

 

 

 セナが戸惑っていると、ヒル魔がやおら笑い声を上げた。

 

 

「ケケケ、王城戦のラストを思い出せ(ファッキン)チビ。テメーが進に勝てんなら、(ファッキン)ドリルを自由に動かせる。攻撃力が爆増すんだよ。泥門が王城に勝つにゃそれっきゃねえ……(ファッキン)マッチ棒、せいぜいお得意の鑑識眼で、進を丸裸にしやがれ!」

 

「一対一で……僕が、進さんに……!」

 

 

 セナが、噛みしめるように拳を握りしめ、闘志を燃やす。

 一方、ヒル魔と向き合ったロスは、立ち上がり、両手を広げた。

 

 

「おお当然だとも。俺様もまた、すでに泥門デビルバッツの一員なのだからな」

 

「ケケケ、ならお偉い教授(プロフェッサー)様には、デビルバッツの一員として、明日から死の行軍(デスマーチ)に参加してもらわなきゃな」

 

 

 ヒル魔の言葉に、大きな拍手が上がる。

 地獄へようこそ、的な意味で。

 

 

「待ち給え我が悪魔殿! 俺様はリハビリ真っ最中のこの体なのだぞ!? もういちど体を壊しかねないマネは許容できないのだが!?」

 

「テメーがそんな甘え自己管理能力なわきゃねーだろ。ケケケ、壊れねえ程度に時間かけて【死の行軍(デスマーチ)】についてきやがれ!」

 

 

 ロスの抗議に、ヒル魔は悪魔のごとく笑う。

 

 

「やったな赤毛!」

 

「歓迎するぜ赤毛!」

 

「なに、心配すんな。ヘタったら【デビルバット号】に乗せてってやるからよ赤毛!」

 

「はは、大丈夫だよロス君。ガリ勉で貧弱な僕だってなんとかついていけてるんだから……明日からよろしくね」

 

 

 三兄弟や雪光が、こっちへおいでとばかりに招く。

 地獄行きが決定してしまったロスを尻目に。アイルとセナは、顔を寄せ合って話す。まもりが「あらあら」してるのはさておき。

 

 

「……セナ、月刊アメフトに出てた秋大会のトーナメント表見た?」

 

「うん。表紙がまたアイルで巻頭僕の特集でびっくりしたけど」

 

「それはどうでもいいから……王城との対戦は、決勝。たぶん10月末くらいになる。いまからでも2ヶ月あるんだ。実戦を戦いながら、まだ高みを目指せる」

 

「それは、進さんも同じだよね。まだまだ強くなる」

 

「それはそう。進さんも進化する。だったら、わたしたちも立ち止まってられないよね?」

 

 

 アイルは知っている。

 進清十郎が修行の末に、光速の領域に到達することを。

【スピア・タックル】を磨き上げ、さらに【ロデオドライブ】を加えた最強の三又槍、【トライデントタックル】を編み出すことを。

 

 だが、アイルは知っている。

 セナだって【デビルライトハリケーン】を、【デビルスタンガン】を編み出して、進清十郎に打ち勝ったことを。

 

 

 ──あ、でも都大会で王城と戦うなら、その時の僕じゃないんだ。

 

 

 気づいて、アイルは冷や汗をかく。

 都大会のタイミングだと、さしもの進も光速の領域には至ってないかも知れない。【トライデントタックル】も完成してないに違いない。

 でもセナも、あの関東最強のリードブロッカー赤羽や、神速のインパルス、金剛阿含との戦いを経験していない。対戦の結果は未知数だ。

 

 

 ──と、とりあえず頑張って強くなってもらおう。

 

 

 それだけ決めて、アイルはデコトラに身を預ける。

 徹夜後、栄養を取ってすぐのタイミング。速やかに眠気が訪れてくる。

 

 

「あれ、アイル? ここで寝ちゃマズいよ。おーい」

 

「疲れてんだろ。飯まで寝かしといてやれ。(ファッキン)チビ」

 

 

 そんな声を聞きながら、アイルの意識は闇に溶けた。

 

 

 

*1
バイリンガルのなりそこない。2か国語使えるものの、どちらの言語も年齢相応のレベルまで達していない状態。




アイシールド2/1にお付き合いいただき、ありがとうございます!
次回24 ラスベガス+アイルでいったん一区切り、書き溜め期間に入らせて頂く予定です。よろしくお願いいたします。
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