アイシールド2/1   作:寛喜堂秀介

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24 ラスベガス+アイル

 

 

死の行軍(デスマーチ)】35日目。

 2000km超の地獄の行軍も、いよいよ終わりが見えてきた。

 

 とはいえ、すんなりとは終わらない。

 セナの石が割れて、石蹴りがハードモードになったり。

 モン太と夏彦がケルベロスに追われながらパスルートを走ったり。

 普通に走ってるだけの赤毛のロスが、死にそうな顔でフラフラとついてきたり。そんなロスを気遣いながら、雪光が並走したり。

 アイルも(ライン)組とともにデコトラ【デビルバット号】を押していたが、三兄弟が車に乗ってのゴールを「ダセえ」と拒否。最後までデコトラを押し続ける道を選んだ。

 

 

「ふんぬらばっ!」

 

 

 みんなで息を合わせながら、根性で進んでいると。

【デビルバット号】の進む先に、しだいに光が見えてきた。

 街の明かり……ではあるが、これまで見たどの街よりも明るい。

 夜空の星をかき消さんばかりの、天にも登るほどに膨大な光の塊。

 

 

「見えてきたぞ、あれが……」

 

「ラスベガスか!?」

 

「すげー!」

 

 

 汗だくの三兄弟が、顔を見合わせて叫ぶ。

 

 それから、ゆっくりときらびやかな光の街に入って。

 ベラージオホテルの噴水ショー ──ライトアップされた噴水の、水と光のイルミネーションの前にたどり着くと、後衛(バックス)組が待っていた。

 ここに泥門デビルバッツ選手12名、トレーナー1名、マネージャー1名、計14名が、【死の行軍(デスマーチ)】の最終目的地、ラスベガスに勢揃いした。

 

 達成者ゼロ。挑むものを地獄に叩き落とす【死の行軍(デスマーチ)】。

 最難関の試練に挑んだ泥門デビルバッツは、脱落者ゼロのおまけつきで、この偉業を成し遂げた。

 

 その成果は、自覚はなくとも確実に手にしている。

 死の試練を超えて宿る悪魔の祝福。常人の1年分にも匹敵する修練の成果、それに圧倒的なスタミナを。

 

 だが、あくまで基礎能力、それに精神力(ハート)だけだ。

 フットボーラーとしての強さを。天を摩す巨大な楼閣を築くのは、これからなのだ。

 

 ただ。

 

 

「いまはただ完走の美酒に酔いやがれ! よくぞ2000km走り抜いた! お前ら最高だ!」

 

 

 溝六の激励を尻目に、みんなへばっているのはさておき。

 みんなふらふらになりながらも、なんとかホテルの部屋にたどり着くと、倒れるようにしてベッドに突っ伏す。

 

 一応部屋は3つ取ってあるのだが、みんな同じ部屋でぶっ倒れてしまっている。

 あと赤毛のロスが口から出しちゃいけない(もの)を出しかけているが、大丈夫だ。かろうじて意識は保っている。

 

 

「おーいセナ、大丈夫? お風呂に入ってパジャマに着替えてから寝たほうがいいよ」

 

「よ、横になったら疲れが一気に……アイルは平気なの?」

 

「あんまり平気じゃないけど、根性で……気持ち切らしたらぶっ倒れちゃうのはわかってるし」

 

 

 そこは経験者の強みだ。

 いや、【死の行軍(デスマーチ)】2回達成とか本気で狂気の所業だけど。

 

 

「……セナ、キツいなら着替えだけ手伝おうか?」

 

「まって、アイルは僕になにをしようっての? まさか服を脱がすつもり?」

 

「着替えさせるならそりゃそうじゃない? ついでにタオルで体拭こうか?」

 

「いいいいいいよっ!? 自分でシャワー浴びてくるからっ!!」

 

 

 セナはガバっと飛び起きて、シャワールームに走っていった。

 あわてすぎて着替えを忘れて行ってしまったが、大丈夫だ。まもりがセナの荷物を漁って下着とパジャマを持っていった。

 

 シャワールームからセナの悲鳴が上がった気がするが、さておき。

 

 

「みんな──」

 

「いい! セナの後で順番に入るから手伝うとか言うなっ!」

 

 

 十文字に超抗議されて、アイルは男部屋から追い出された。

 さすがに自分(セナ)以外を上半身裸に剥く気はなかったのだが、タイミング的に、まあ勘違いされる。

 

 仕方なく女部屋で風呂の準備をしていると、笑顔のまもりがやってきた。

 

 

「まもりさん、風呂の用意してます。先に入ります?」

 

「いいから。アイルちゃん疲れてるんだし、先に入って」

 

 

 言いながら、まもりはテキパキと荷物の整理を始めている。

 

 

 ──本当に。たった1歳違いなのに、しっかりしててすごいなあ。

 

 

 そんな事を考えていると。

 

 

「どうしたの? 疲れすぎてて動けないなら、私が背中流そうか? セナには断られちゃったけど」

 

「当たり前です! というかまもりさん小っちゃい頃でもそんなことしたことないでしょ!?」

 

「そんなことないわよ。セナを産湯に漬けたのは私だもの」

 

「正気をとりもどして!?」

 

 

 もちろん存在しない記憶である。

 ともあれ、その後はゆっくりと風呂に浸かって。

 眠らぬ街ラスベガスの光に抱かれて、アイルは眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 翌日。【死の行軍(デスマーチ)】を終えた安心からか、ぐっすりと眠っていたアイルは、まもりに起こされた。

 

 いよいよアメリカ合宿も最終日。

 借金を抱えて日本に帰れない溝六を連れ帰るために、デビルバッツ一同は、フォーマルな装いに着替え、カジノに向かった。

 

 アイルの装いはターコイズブルーの袖無しロングドレス。

 セナの視線がゴーストを生じさせたり、十文字にさんざん「詐欺すぎる」とぼやかれたりしたが、ともかく。

 

 目標額は、2000万円。

 手持ちの小銭を手に、みんな「いざ出陣」と散っていった。

 アイルは賭けずに、まずはみんなの様子を見て回ることにした。

 

 セナとモン太はルーレット。

 ルールを知らないながらも赤黒で当てて、幸先が良さげだ。

 

 (ライン)組の5人はスロット。

 開幕早々、三兄弟と小結で盛大に幸運格差が生まれている気がするが、仕方がない。

 

 まもりと雪光、夏彦はクラップス。サイコロだ。

 最初からまもりが勝ちの目を出して歓声を浴びている。

 

 そんなみんなを、笑顔で見て回っていると。

 おなじようにカジノをうろつく赤毛のロスを見つけた。

 

 

「ロスさんは遊ばないの?」

 

「おお、同い年、同じチームの仲間なのだ。俺様のことはロスでいいさ、レディ・ゴリラ」

 

「そのゴリラっていうのをやめてくれたら、ロスって呼ぶよ」

 

「最初の質問に答えよう」

 

「後の方の提案に応じてよ!」

 

「ククク、カジノは遊びと社交の場さ。賭博で儲けようとするのはスマートではない。そう思わないかね」

 

 

 ドリンクを手に、ロスは言って……口の端を曲げる。

 

 

「──というのは半ばハッタリだ。俺様は賭け事に弱くてな。カジノでは確率の女神に微笑まれたことが一度もないのだ」

 

「あー、ロスさんも運がない系?」

 

「賭博センスもな。だから原資を減らさず大人しくしておくことが、俺様が出来る一番の貢献だとも……というか本命は悪魔殿だろう?」

 

「あ、わかるんだ?」

 

 

 ロスの言葉に、アイルは感心する。

 アイルはヒル魔がここで勝つことを知っているが、彼はそんなこと知らないはずだ。

 

 

「もちろんだともレディ・ゴリラ。よほど腕に自信がなければ、カジノで金を増やそうなどという発想が、出てくるはずがないのだよ……まあ、お手並み拝見させてもらうさ」

 

「じゃあわたしは、もう1回他のみんなを見てくるね」

 

 

 ヒル魔を探すロスと別れて、アイルはみんなを探す。

 うろうろしていると、バーの前のテーブル席のひとつに、仲間たちが集まっていた。

 

 

「みんな、どうだった?」

 

「この姿見てわかんねえのかよ……」

 

 

 アイルが尋ねると、裸スーツ姿の十文字が目をすがめる。

 黒木と戸叶も同様で、三兄弟全員大負けに負けたらしい。

 みんなの顔色を見ると、栗田と夏彦は負けて、小結は大勝ちしてるのがわかる。

 

 

「いまのとこ、5ドルプラスかな。アイルさんは?」

 

 

 集計しているのか、雪光がメモ帳を手に尋ねてくる。

 答える前に、アイルはメモ帳の上に、旅行小切手(トラベラーズチェック)の束を乗せる。

 

 

「これは……え、こんなに?」

 

「カジノでは賭けないですけど、旅行のためにまとまったお金は用意してたから、足しにしてください……といっても、2000万には焼け石に水だけど」

 

 

 実家が太いとはいえ、父は健全な金銭感覚を持ってるので、アイルが自由に使えるお金は、お年玉貯金くらいなのだ。

 まあ子煩悩でもあるので、ちゃんと理由を説明して頼めば、買ってくれたりするのだが……まさか博打の借金を肩代わりするなんて言えるはずがない。

 

 

「元手がデカいならそれ増やしゃいいのによ」

 

「いやいや増えないよ。万一に備えて置いとくほうが絶対いいから……こういうのは結局胴元が勝つように出来てるから……」

 

 

 物欲しそうに見てくる十文字に、切実に語る。

 経験談である。三兄弟も現在進行系で体験しているはずだが、まだ懲りてなさそうだ。

 

 

「そういえばセナたちは? どこで遊んでるんだろ」

 

「セナならモン太くんとルーレットの方に居ましたよ?」

 

 

 首を傾げるまもりに、アイルは答える。

 ちょうどその時、ルーレットのほうから声が聞こえた。

 

 

『13万ドル*1獲得ー!!』

 

 

 セナとモン太が勝ちを積み上げまくっているのだ。

 

 アイルは直に体験したので、知っている。

 ふたりは赤黒に賭け続けて、元手1ドルをここまで膨れ上がらせたのだと。

 

 みんなであわてて様子を見に行くと、セナとモン太の前に、チップが山ほど積上げられている。

 衝撃的な光景だが、渦中の二人も信じられない状況にガッチガチ。セナはテンパりまくった表情で、縋るようにアイルを見てくる。

 

 

「ああああアイル、これどうしよう? もう辞めたほうがいいよね!? ね!?」

 

「ば、ば、バカ言うなよセナ! あと一回だけ勝てばどぶろく先生の借金返してお釣りが来るんだぞ!」

 

 

 セナは消極的でモン太は積極的だけど、どっちも声が震えている。

 あたりまえだ。1000万以上のお金なんて、人生で触れたこともないのだ。

 

 

「うーん。好きにしちゃっていいんじゃないかな?」

 

 

 一方、ヒル魔が勝つと知っているアイルは気楽なものである。

 アイルの時は、欲に駆られたモン太が最後に数字賭けをして、見事に外してしまった。

 止めてもいいが、どうせセナやモン太に大金が舞い込んできたところで、テーピングかバナナくらいしか使い道がないのだ。

 

 ここで辞めるもよし。

 賭けるにしても、無くなって元々、勝てばラッキーくらいでいいだろう。

 

 

「だったら、アイル。最後にどっちの色にするか、選んでくれる?」

 

「また責任重そうな役を……」

 

 

 セナに頼まれて、他人事気分だったアイルは頬を引きつらせる。

 

 

「だって、アイルなら『知ってた』って言ってくれそうだし……」

 

「さすがにギャンブルでそういうのはないよ……じゃあ黒で」

 

「黒だね!」

 

 

 アイルが色を選ぶと、セナは元気よく全額黒に賭ける。

 

 

「え、数字賭……」

 

「いや、数字の一点賭けはやめとこうね」

 

 

 モン太が数字賭の誘惑に呑まれかかったが、セナが早かった。

 ディーラーは、一瞬、賭け色を决めたアイルに視線をやって。回転するルーレットに玉を入れる。

 

 出た目は、黒の5番。セナの勝ちである。

 

 

「やったー!!」

 

「これで26万ドル! 先生の借金返せるよー!」

 

「セナ、ついでに俺らの服も(しち)から取り返してくれ……」

 

 

 大勝利に、全員ハイタッチで湧く。

 観衆も、大一番に勝った少年たちに惜しみない拍手を送っている。

 いや、一部『女王……』とか『バイキン……』とか聞こえるが、聞かなかったことにする。

 

 溝六も、夢の中に居るような表情だ。

 いや、チップを羨ましそうに見ている。

 あれは「元手がこんだけあるなら、もうちょい増やしてえなあ」とか考えてる顔だ。

 

 

「あれ、そういえばヒル魔さんは?」

 

「ブラックジャックのとこだよ」

 

「ねえ、先に換金しようよ。おそろしい……」

 

 

 アイルの言葉にみんな意気揚々と向かいかけるが、セナが震える声で呼び止めた。

 それから、騒ぎを聞きつけ様子を見に来たロスに、ディーラーへのチップやら換金やらやってもらいあらためてヒル魔のもとに向かった。

 

 ブラックジャックのテーブル。

 その一席。ヒル魔はいつになく真剣な表情で勝負に挑んでいた。

 少し離れて腕を組み観戦しているムサシに、アイルは声を掛ける。

 

 

「ムサシさん、どんな様子ですか?」

 

「ん。見ての通りだ。あいつのカードは米軍基地(ベース)仕込みだ。強えぞ」

 

 

 ムサシが顎で、ヒル魔の前に積まれたチップの山を示す。

 仲間たちが全員、興味津々で勝負を見ていると、赤毛のロスが静かにつぶやいた。

 

 

「悪魔殿の知恵は悪魔的だよ。彼の脳内には、トランプ6組み316枚の在り処が、あらゆる数字とともにすべて収まっている」

 

「カウンティングって裏技だね。ロスさんも頑張れば出来そうだけど」

 

雪光(ユキ)、覚えておくといい。ギャンブルにおいて確率は我が大敵だと」

 

「完璧にカウンティング出来て、それでも負けるんだね……」

 

 

 ロスの背中が煤けてるのは、ともかく。

 ヒル魔が築いたチップの山は、勝負を重ねるごとに高くなっていき……あっという間に2000万円を超えるチップを積み上げてしまった。

 

 

「2000万ゲット……お、お前らも勝ったか。やるじゃねえか」

 

「みんなで26万5ドルの勝ちだよ!」

 

「あははは、ほぼ全部セナとモン太くんの勝ちですけどね」

 

 

 ヒル魔が口の端を釣り上げると、栗田が喜んで報告し、アイルがつけ加える。

 

 

「俺のタネ銭は(ファッキン)アル中の【デビルバット号】だからな。借金はこっちから返しとく。そっちはややこしいから、テメーらで分けやがれ」

 

「頭割りしても140万……?」

 

「いや、セナとモン太で分ければいいじゃない」

 

 

 ヒル魔の言葉に十文字が皮算用するが、さすがにダメだろう。

 というか分けたら確実に全額スッてしまうに違いない。

 

 

「ままままもりさんにゆびわ……」

 

 

 モン太がなにやら妄想モードになってるのはともかく。

 

 

「セナ! これはちゃんと貯金しておくのよ! ……結婚資金として!」

 

「まもり姉ちゃんはなにを言ってるの!?」

 

 

 まもりが暴走モードになってるのも、さておき。

 

 

「というか、たぶんこれ確定申告が要ると思う……」

 

 

 雪光がドリームをクラッシュしているのも、さておき。

 

 

「これで、借金が返せる……日本に帰れる」

 

「あくまで貸しだかんな。デコトラの分は差っ引いてやるが、ギャンブルに使うような金は一切残さず搾り取っから覚悟しやがれ(ファッキン)アル中!」

 

 

 感涙にむせぶ溝六に、ヒル魔がぶっとい釘を刺す。

 こうして聞くと、溝六が道を踏み外さないよう管理しているとも思えるから不思議だ。

 

 

 ともあれ。

 セナが、期待に満ちた瞳を溝六に向ける。

 

 

「どぶろく先生。これでトレーナー、続けてもらえるんですよね!!」

 

「ああ。こんなアル中で良けりゃあな」

 

 

 セナが聞き、溝六が答える。

 その言葉に。泥門メンバー全員が、それぞれの形で歓呼の声を上げた。

 

 ヒル魔たちの、中学時代からの顧問にしてトレーナー、酒奇溝六(さかきどぶろく)

 フェニックス中の名投手(クォーターバック)にして、データ分析(スカウティング)のスペシャリスト。プロフェッサーの異名を持つ赤毛のロス・プロクター。

 

 修行の成果とともに、頼れる仲間を連れて、一行は日本に帰る。

 異次元の成長を遂げたデビルバッツが戦う舞台は、最終決戦──ライバル、強豪渦巻く秋大会。

 

 そのたったひとつの頂点を再び目指し、天王洲アイルは戦う。

 前にも増して頼れる仲間たちとともに。そして、進化し続けるかつての自分とともに。

 

 

 ──いっしょに行こう。もっと先へ。もっともっと先へ!

 

 

 

 

*1
当時の為替で約1400万円




アイシールド2/1にお付き合いいただき、ありがとうございます!
これにて一旦一区切り。書き溜め期間に入らせていただきますので、再開をお待ちいただけましたら幸いです!
ここまでの応援と声援に感謝を。再開後もよろしくおつき合いください!
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