アイシールド2/1   作:寛喜堂秀介

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29 西部戦前+アイル

 

 

 

 巨深戦が終わって。

 翌週に控えた西部ワイルドガンマンズとの戦いの前に、高校生活の一大イベントが待っている。

 

 

「もうすぐ体育祭だね」

 

「西部戦も近いし、ホントは練習に集中したいんだけどね」

 

 

 試合翌日から練習に励みながら、アイルとセナは話す。

 

 アイルにとって体育祭は一度体験した行事。

 だからこそ、それが決して無駄な時間ではないのはわかっている。

 

 

「まあ学校行事だし、こう目先を変えてみるのもいいんじゃないかな。いろんな種目からアメフトに使える技が見つかるかもしれないし」

 

「アイルってさ、ほんとアメフトばっかだよね」

 

 

 セナに呆れられてしまったが、それはさておき。

 アイルのエントリー種目は、「フォークダンス」「100メートル走」「大縄跳び」の3種目。

 ヒル魔がパスターゲット潰しの接触(コンタクト)技──【バンプ】の練習として利用する騎馬戦は男子種目なので、アイルが巻き込まれることはない。

 

 

 ──あの時は、雪さんとかまもり姉ちゃんがハジけてたなぁ。

 

 

 思い返して、ちょっと懐かしく思っていたが。

 

 

「ケケケケケケケ!!」

 

「ククククククク!!」

 

「わはははははは!!」

 

「ほほほほほほほ!!」

 

 

 やっぱり今回も思いっきりハジけてた。

 しかもなぜか、赤毛のロスまで加わっている。

 

 

「どんな手を使っても勝ちなさい!!」

 

「ガッテンダ!」「ガッテンダ!」「ガッテンダトモ!」

 

「どおおなってんのー!!?」

 

 

 命令するまもりの姐御に、ヒル魔、雪光、ロスが従う。

 ヒル魔化したまもりと雪光に、セナやモン太は大混乱だ。

 ちなみにロスはあんまり変わってないが、三下口調のロスは存在自体がなんか怖い。

 

 

 ──体育祭に負ければ、恐ろしいなにかが待っている。

 

 

 そんな予感に赤組のメンバーたちがざわつく。

 まあアイルは西部対策の必殺技、【心臓バンプ(どつき)】を仕込む布石だとわかっているので、不安はないけど。

 

 ともあれ、波乱含みの体育祭が幕を開ける。

 開会式から校長が貧血でぶっ倒れるサプライズが起こったのは、さておき。

 

 最初の種目、「綱引き」では泥門(ライン)陣がその力をいかんなく発揮し、赤組が圧勝。

 

 続いて「玉入れ」では、ヒル魔、ロス、まもり、雪光ら白組の泥門四智将が手早い連携で白玉を集め、上着を袋にして一気に投げ入れた。

 一方の赤組は、モン太がダンクシュートをミスって籠をぶちまけてしまい、とんでもねえ球数差で白組の勝利となった。

 

 続いては1、2年生による「フォークダンスで地獄行き」。

 一見普通のフォークダンスで、事実普通のフォークダンスではあるのだが。

 知っているアイルは、悟りの境地でセナや他のメンバーとともに、入場の列に並ぶ。

 

 

『それでは、一、二年生のみなさん、合図とともに列に従って入場してください……なお、男女で若干の人数差がありましたので、女子の列に教師有志──体育教師のマッスル三銃士と、古典の嫁き遅れ先生、用務員の酔っ払い、酔っぱらいが連れてきた豚、猛犬ケルベロスに入ってもらいます!!』

 

「ひいいいい地獄!?」

 

「男子だけ理不尽に地獄……!」

 

『なお女子は、好きでもねえ野郎と手を握るだけである種地獄なので、そのまま競技に挑んでもらいます!!』

 

「言い方ぁ!?」

 

「男子の夢を壊さないで!?」

 

 

 なんか始まる前から阿鼻叫喚な競技だったが、重佐武(おもさだけ)と筆頭にぽっちゃり系の若干名が猛犬に噛まれただけで済んだ。精神的にはわりと多数が致命傷だったけど。

 

 気を取り直して、続いては「100メートル走」。

 得点に絡まないにも関わらず、ゴリゴリメンタルが削られたデビルバッツ赤組の面々は、出場するアイルに声援を送る。

 

 

「がんばれよ天王洲!」

 

「ここは絶対取れるとこだからな! やらかすんじゃねーぞ!」

 

「頑張れ! てめーなら男子の部に混じっても勝てる!」

 

「なんせスピードのあるタイプのゴリラだからな!」

 

 

 なんか応援なのか貶めているのか微妙な三兄弟たちの声援を受けながら。

 アイルは他クラスの女子とともに、女子100m走予選のスタートラインに立った。

 

 

 ──100m……中3の最後に計った時は12秒0だったけど。

 

 

 構えながら、アイルは静かに集中する。

 40ヤード走が速くなったからといって、100メートル走の記録が伸びるとは限らない。

 

 40ヤード走を早く走るには、とにかく爆発的な加速力が必須だ。

 100メートル走のペースで走っていたら、最高速度に達する前にゴールしてしまう。

 逆に40ヤード走の走りだと、加速が早すぎて、本来のトップスピードに乗り切れない。

 

 とはいえ、早くなったのは40ヤードに最適化したおかげだけじゃない。

 いまのアイルは、全身の筋力もスタミナも、格段にパワーアップしている。

 

 

 ──その成果を、試す……!

 

 

『それでは、女子100メートル走予選開始します。位置について……よーい、ドン!』

 

 

 構えて、乾いた銃声を耳にした、刹那。

 

 アイルは爆速でスタートを切る。

 勢いのまま前へ。前へ。地面を漕ぐように加速する。

 最高速度に到達する頃には、他の選手はもはやはるか後方だ。

 

 フィールドを幻視する。

 遮るものは誰も居ない。ゴールラインに向かって一直線に──駆け抜けた。

 

 

『ゴール! 2組の天王洲アイル姫、ぶっちぎりの1着でゴールしました! おっと、タイムを測っていた陸上部の顧問があわてて姫に駆け寄ろうとしましたが、白組の悪魔──もといヒル魔様に蹴散らされております!』

 

 

 なぜアイルが姫呼びなのか。

 そしてなぜヒル魔が様なのか。

 理由は不明なまま、アナウンスは続く。

 

 

『えー、ただいま情報が入りました。手元の集計によると、天王洲選手のタイムは11秒43……えーとこれは女子が出していいタイムなのでしょうか?』

 

 

 アナウンス担当がドン引きしている。

 公式計測じゃないから誤差はあるだろうが、高校女子陸上100メートルのタイムを大幅に更新しているのだから、そりゃ顧問の先生も色めき立つ。

 

 

「ぜひ陸上部に!」

 

「いや女子サッカー部にこそ!」

 

「泥門にだってレスリング部はあるんですよ!」

 

「でもヒル魔が怖い」「ヒル魔さん無理」「生理的に無理」「ヒル魔さん敵に回すとか無理すぎる」

 

 

 女子運動部員の先輩たちが騒いでいたが、ヒル魔のおかげで勧誘ラッシュは避けられそうだ。

 続く決勝では記録更新ならずだったが、それでも近いタイムを出して。アイルは女子100メートル走で赤組の勝利をもぎ取った。

 

 競技場を出て、クラスの待機エリアに戻る途中。

 近寄ってきた観客が、ふいに声をかけてきた。西部ワイルドガンマンズの司令塔、キッドだ。

 

 

「速いねぇ。ひょっとしてキミ、あれだ。陸上でもメダル、取れるんじゃない……?」

 

「難しいですね。陸上はナチュラル・ボーン・スプリンター、黒人の独壇場です。やるとなれば力は尽くしますが……どうせ頂点を目指すなら、わたしはアメフトがいいです」

 

「やれやれ……おたくほどシンプルでいられたら……いや、これでも素直に生きてるつもりなんだけどね」

 

 

 キッドは小さく息を吐く。

 胸に熱意を秘めながら、決して言葉にはしない。

 それが彼だと知ってはいる……けれど。アイルは韜晦するキッドに対峙する。

 

 

「キッドさん。この秋大会、泥門は西部に負けないチームに仕上がったと思います」

 

「ああ……準決勝まで行かないと当たらないと知った時は、ちょっと厳しいかと思ってたんだけどね……でも、待っていたよ」

 

「戦いましょう。いつか約束した通り、最高のチーム同士で」

 

「……ああ、最高のチーム同士で」

 

 

 短く言葉を交わし、ふたりは別れる。

 その背中越しに、キッドのつぶやきが聞こえてくる。

 

 

「俺には鉄馬がいる。それで充分だと思ってたけど……少しおたくがうらやましいよ」

 

「──ケケケ、あれだけのメンツそろえといて、なに贅沢言ってやがんだ」

 

 

 アイルと入れ替わるように、今度はヒル魔がキッドに対峙する。

 その様子を最後まで見ずに、アイルは2組のエリアに戻った。

 

 その後は3年生による「組体操」。

 それから「着ぐるみ二人三脚リレー」。

 

 昼休憩と応援合戦を挟んで、午後からは全学年女子による「大縄跳び」。

 1年の「ムカデでマイケルジャクソン」、2年の「駅伝」、3年の「死ね! ドッジボール」と、やたらと不穏なプログラムを消化して、双方優勝の目を残しつつ、最終戦の全学年男子の「騎馬戦」へともつれ込む。

 

「騎馬戦」では、ヒル魔たちの策略で騎手が手錠を掛けられ、両手を封じられた状態で戦う羽目に陥る。

 対策は、【バンプ(どつき)】。敵騎手を両手で押して、バランスを崩したところで鉢巻を奪う戦法だ。

 

 これを自ら思いついて、殺るか殺られるかの真剣の場で実践する。

 ヒル魔たちの思惑は当たり、「騎馬戦」の中、泥門赤組メンバーは【バンプ】で戦い、勝利を収めた。

 

 体育祭は、赤組の勝利で無事終了した。

 ヒル魔による閉会の挨拶の後、セナはアイシールド21の正体に気付いた西部のエースランナー甲斐谷陸(かいたにりく)と対峙することになった。ついでに石丸さんにも地味に正体がバレたのは、さておき。

 

 

「セナ。俺は最強のライバルのつもりで、プライドに賭けてセナに勝つ……!」

 

「陸。僕も陸に勝つ。時代最強(アイシールド21)の名にかけて……!」

 

 

 陸とセナ。兄貴分と弟分であり、師匠と弟子。

 ふたりの関係は短いながらも、その後の人生を左右したものだ。

 もし陸と出会っていなければ。セナは今でもただのパシリだっただろう。

 そんなふたりが、たがいをライバルと認め合って戦う。これはそのための宣戦布告だ。

 

 陸と背を向け合い、別れたセナに、アイルは歩み寄る。

 真剣な、戦う男の表情(かお)になったセナに、アイルは握り込んだ拳を向ける。

 

 

「戦って、勝とう。それが出来るって、知ってるから」

 

「アイル……うん。アイルならそう言ってくれるって、知ってた」

 

 

 

 

 

 

 体育祭の余韻冷めやらぬ夕方、カジノな部室。

 他の部員は合宿所で休んでいて、集まっているのは、ヒル魔、ロス、まもり、アイルの4人だけだ。

 

 

「──次の西部戦、甲斐谷陸を加えんなら勝率はいいとこ五分だな」

 

「ふむ、西部秘蔵のランニングバック。セナの師匠(マスター)ということだが、セナほどの速度はあるまい。だが、小学生の頃から走りにテーマを置いて修練を続けてきたなら……その熟練は、セナ以上と見積もっておくべきだ。双方殴り合いの手札(カード)には事欠かない。派手な点の取り合いになる。五分というのは妥当だとも」

 

 

 ヒル魔の目算に、赤毛のロスが同意する。

 

 

「西部の最強パス陣形【ショットガン】対策は応急処置できたが、問題は鉄馬だ。あいつを止めんのは、正直(ファッキン)猿じゃキチい」

 

「おお、だがたとえジェントル・瀧を当てたとしても、鉄馬を止めるのは至難の業だとも」

 

「かといって鉄馬に2枚もマーク付かせてみやがれ。空いたとこにパス投げたい放題だ。鉄馬(ヤツ)の存在が、ショットガンの威力を万倍にぶち上げてやがる」

 

 

 ヒル魔の分析は正しい。

 かつてアイルが対戦した際には、2人どころか3人がかりでも太刀打ちできなかった。

 

 

「それでも。マッチアップするなら、一番可能性が高いのはモン太くんです」

 

「だろうな。(ファッキン)猿の『レシーバーナンバー1』への執念は伊達じゃねえ。万が一の可能性があんのはヤツだけだ。どのみち西部戦は点の叩き合い。たった1本でも鉄馬からボールを奪えりゃ泥門の勝ちだ。悪かねえ」

 

 

 アイルの意見具申に、ヒル魔はうなずく。

 

 

「わたしでも、鉄馬さんを相手にするのは無理ですか」

 

「いや、無理じゃねえ。むしろテメーが一番可能性がある……だがそれじゃ俺がキッドに勝てねえ。大前提は、俺とキッドが頭脳戦で拮抗してることだ。そのためにゃテメーが要る」

 

「ふむ。悪魔殿ほどの知恵者が勝てんほどの相手か」

 

「正味の知恵比べじゃ五分だろうな。だが、思考の瞬発力が違う。コンマ数秒内の判断じゃ向こうのが100億倍強ぇ」

 

 

 興味を示すロスに、ヒル魔は答えた。

 地頭の良さもあるのだろうが、ビームライフルの元トップ選手だ。

 その経験値──幼い頃から鍛え続けてきた瞬間的な判断力は、もはや神速の域。

 

 

「──ケケケ、だが、頭脳戦で有利な点がある。西部の頭はキッド1人、こっちは3人ってことだ……(ファッキン)マネ、ハンドサイン考えてきたんだろうな」

 

「準備してきたけど……私が考えてよかったの?」

 

 

 ヒル魔の言葉に、まもりが帳面ビッシリの暗号メモを取り出しながら、首を傾げる。

 

 

「おお、良い疑問だともレディー。サインには作った者の手癖が出る。作戦に関わる俺様や悪魔殿が考えるより、判断材料が少なく、畢竟(ひっきょう)手癖を読みにくいレディーが考えた方が、解読が難しくなるのだ」

 

「ケケケ、情報は逐次把握してく。各プレーの成功率や選手の疲労度、状況別の反応、意識から飛んでるルート……読みまくってベンチから全部教えやがれ」

 

 

 赤毛のロスが説明すると、ヒル魔が指示を出す。

 わりと無茶振りな気がするが、ロスはおろか、まもりまで当たり前のようにうなずいてて、アイルの常識が行方不明になる。

 

 

「……で、(ファッキン)ドリル。てめえだが」

 

「すいません、西部戦までじゃちょっと……覚えきれません」

 

「てめえに頭の良さは期待してねーよ雑頭。だが俺らがキッド相手に勝ち切るためにゃテメーの働きが必須だ。ケケケ、死ぬほど働いてもらうから覚悟しとけ」

 

 

 言われてアイルはホッとした。

 キッド相手に宣戦布告した手前、多少の無茶は望むところだが、サインの暗記は本気で自信がなかった。

 

 

「任せてください。ハンドサインも、覚えられるよう頑張ってみますけど……眼の前の相手をぶっ倒すことなら得意ですから!」

 

 

 アイルは拳を握りしめて、自身の胸を叩く。

 ゲームとはいえ、黒木だって指揮の勉強してるのだ。自分も今のままじゃいられない。

 それこそ司令塔(クォーターバック)になることだって想定しなきゃ行けないんだから、ハンドサインくらい覚えないとだ。

 

 

「ケケケ、十分だ(ファッキン)雑頭! テメーならできる。めいっぱい暴れやがれ!」

 

 

 体育祭が終わって、泥門デビルバッツはふたたび猛練習の日々へと戻る。

 かつては勝てなかった準決勝・西部ワイルドガンマンズ。その打倒を胸に秘めて、アイルは戦いに挑む。

 

 

 

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