「野郎ども、明日は春大会初戦だ!」
アメフト部部室。
部員総勢4名が集まる中、ヒル魔が吠える。
応えて栗田とアイル、セナが「おー!」と声を上げるが、栗田はタイミングが遅いし、セナは声が小さい。バラバラだ。
「──だが選手が足りねえ! 明日までに最低7人、助っ人を用意しなきゃなんねえ!」
「また僕まで選手に数えられてる……」
ヒル魔の言葉に、セナが不満を漏らすが、ヒル魔は完全スルーだ。
「狙いは運動部のヤツ一本だ! とにかくどんな手ェ使っても人数確保してこい!」
「……アイルさん、やっぱ運動経験はあった方がいいのかな?」
ヒル魔の言葉を聞いて、セナが小声でアイルに訪ねる。
「アイルでいいよ」と言っているのだが、セナは「恐れ多い」と、かたくなにさん付けで通している。
「スポーツやってる人は、体の動かし方を知ってるからね。他の競技にも応用が効くんだよ。球を追うカンを養ってる野球部の人ならレシーバーの素養十分だし、相撲部や柔道部の人なら
「走れるだけの僕はまだまだダメってことだよね?」
セナがそう聞いたのは「だったら僕試合に出なくてもいいよね?」という確認からだろうが、違う。
「逆。セナほど尖ってたら、他のダメなとこ全部目をつぶっても選手に欲しい」
「えええ……僕主務なのに……」
「まあ試合に出る出ないは置いといても、セナはアメフトで戦える武器を持ってる。そのことは、わたしが知ってるから」
そんな風にこそこそ話していると、だらららっ、と爆音が響く。
「オラ一年ども、くっちゃべってる暇あんならとっとと勧誘行きやがれ!」
「ひいいすみませーん!」
ヒル魔の怒声に追い立てられて、アイルとセナは部室を飛び出した。
それから教室に戻って、2人は机を囲い、作戦会議する。
朝のホームルーム前、すでにほとんどの生徒が登校している。
ものすごく人目を引いているが、視線を気にしているのはセナだけである。殺意を向けられてるのはセナだけだし。
「ど、どうしよう。入学したてだから、知り合いなんて居ないんだけど」
殺意の籠もった視線に挙動不審になりながら、セナが相談する。
「とりあえず部室
「そうだね……こういうのは主務の本業なんだから、頑張らなきゃ」
アイルの言葉に、セナは意気込んで。
と、思いついたように顔を輝かせた。
「ねえアイルさん。クラスのみんなにも声かけてみない? お願いすれば、ひょっとしたら来てくれる人も居るんじゃないかな?」
セナがそう提案すると。
「はいはいはい! 俺出る!」
「俺も! 天王洲さんが困ってるなら手を貸すぜ!」
「ラグビーやったことないけど、俺も俺も!」
即座に3人ほどが手を挙げ、うち条件に合う2人の試合参加が決まった。
それから、昼休みを使って、明日の集合場所と準備物。簡単なアメフトのルールを説明して、放課後。
なんとなく流れで、協力して勧誘することにしたアイルとセナは、途中、なんか物陰からこっちを覗き見てる姉崎まもりを見つけた。
スルーしようかと思ったが、ばっちり視線が合ってしまって。
スス、と近づいてきたまもりは、何事もなかったかのように笑顔で尋ねてきた。
「セナ、隣のガールフレンド紹介してくれないかしら?」
その表情は、息子の恋愛事情に興味津々な母親のそれだ。
「まもり姉ちゃん。今朝も言ったろ。アメフト部の仲間でクラスメイトのアイルさんだよ──アイルさん、こっちは2年生で幼馴染のまもり姉ちゃん」
「あ、天王洲アイルです。セナ──くんとは同じ部活でお世話になってます」
セナの、どこか呆れまじりの紹介の後。
アイルが挨拶すると、まもりは花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「あらあらご丁寧にどうも。姉崎まもりです。泥門では風紀委員やってるので、困ったことがあったら相談してね。あとセナのことなんでも知ってるから、聞きたいことがあったらなんでも聞いて」
「まもり姉ちゃん! 変なこと言わないで! 僕が恥ずかしい!」
まるきり、息子の恋愛に前のめりな母親と、それを恥ずかしがる息子の姿である。
ただ、アイルにとってセナは自分である。しかも半分黒歴史の頃の。いまは他人になってるとはいえ、心情的には手のかかる弟だ。
「でも安心したわー。高校入って、セナがちゃんと友達作れるか心配してたんだけど、アイルちゃんみたいないい子が友達になってくれるなんて」
徹頭徹尾母親目線なまもりに、アイルもなんだか居たたまれない。
「心配しなくても大丈夫ですよ。まもり先輩が思ってるほどセナ君は頼りなくはないです。そりゃしっかりはしてませんけど、ちゃんと男の子だって、知ってますから」
アイル的にはセナの弁護ではなく自己弁護である。
だが、そんなアイルの言動に刺さるものがあったのか、まもりは「お、お、お……」と溢れるものを止めるように、両手で鼻を抑える。
「……まもり姉ちゃん?」
「急にどうしたの? 大丈夫ですか?」
声をそろえるふたりに、まもりはぷるぷると身を震わせて。
「心の栄養分を間近で摂取したいから、アメフト部のマネージャーに、してください……ぜひ!」
「なに言ってんのまもり姉ちゃん!?」
よくわからないことを言い出したまもりに、セナが突っ込む。
なんだか知らないけど、自分の時とはぜんぜん違う経緯で、姉崎まもりはアメフト部のマネージャーになった。
その後、バスケ部部室で山岡と佐竹を二つ返事で勧誘することに成功し、セナのがんばりで陸上部の石丸が試合に出てくれることになった。
アイルとセナが集めた助っ人は、都合5人。
それとマネージャーを加入させるという功績に、ヒル魔は上機嫌で褒めて。
結局ひとりも勧誘できなかった栗田の罰ゲームが決まった。
◆
翌朝、JR泥門駅前に集まり、電車で試合会場に向かう。
最寄りの駅を降りてから、そろって天界グラウンドに行くと、まだ前の試合が終わっていない。
罰ゲームで、小山のようなアメフト道具を運んでいた栗田の荷解きを、セナやまもりとともに手伝って。
みんなが試合の準備を始める中、アイルとセナはヒル魔に呼ばれた。
「おう、てめーらは2回戦に向けての隠し玉だ。勝てそうなら出さねーが、ヤバけりゃしゃーねえ。ワンポイントでも出すから、覚悟はキメときやがれ!」
「僕選手じゃないのに……」
「まあまあ。恋ヶ浜キューピッドは決して強いチームじゃないし、勝ち上がるほど強いチームと戦わなきゃなんだから、経験だと思って出てもいいと思うよ」
「人ごとだと思ってー」
涙目になるセナ。
まあ弱いと言ってもセナ視点だと、全員自分より遥かに体格に優れた連中なのだ。怖がるのも仕方ない。
アイル視点だと、いまのセナでも恋ヶ浜相手になら、指一つ触れさせない実力があるんだから、セナがなぜ逃げ腰なのかわからないのだが。
いや、正確には、わかるけどわかりたくない。
わかると黒歴史が思い起こされて精神的に死ぬのだ。
「つーわけでだ、糞ドリル。この試合の間、テメーとマネは暇になるわけだ」
「えーと。応援はするつもりですけど……なんかめちゃくちゃ嫌な予感が……」
「野郎どもの士気のためだ。てめーらふたり、チア衣装着やがれ」
悪魔的な表情で、ヒル魔はチア衣装の入った箱を手渡してきた。
その後、まもりが猛抗議したが聞き流され、選手たちの無言の圧力に負けて、アイルとまもりはチア衣装を着ることになった。
なお正規のチアガールは、恋ヶ浜の応援に来た女の子に臨時雇いでやってもらっている。
自分たちがチア衣装を着る意味が行方不明だが、とりあえず泥門の助っ人連中は最高にうれしそうだ。
「どう、セナ? アイルちゃんのチア衣装」
自分もチア衣装なのだが、まもりはセナに向かってアイルを押し出す。
ちなみに泥門デビルバッツのチア衣装は、へそ出しの超ミニスカ。腰のくびれとかはちきれそうな太ももがあらわになっている。
「え、そりゃ似合ってると思うけど……」
セナは顔を赤らめながら視線をそらす。
そんな思春期行動が、まもりのナニカを満たしたり、アイルに反射ダメージを食らわせたのはともかく。
「──ぶっ・こ・ろす! Yeah!」
始まった泥門デビルバッツと恋ヶ浜キューピッドの戦いは、双方ミスと攻撃失敗の応酬で、0対0のまま推移する。
2回戦の相手──王城ホワイトナイツの偵察の目を警戒しながら、気がつけば試合は残り数分となり、引き分けが見えてきた。
「ねえアイルさん、試合が引き分けになったらどうなるの?」
アイルといっしょに観戦しながら、セナが尋ねてくる。
「そういえばこの頃はルールも何も知らなかったな」と思い出しながら、アイルはセナに説明する。
「タイブレーク──両方1回ずつ攻撃して、そこで点差がつけば決着。つかなかったらもう1回……って感じかな」
「どこかで僕らの出番、あると思う?」
ベンチでビデオ撮影中のまもりに視線を送りながら、セナは不安そうに尋ねてくる。
以前の自分のように、心の準備をする暇もなく試合に出るのと、あらかじめわかってて、不安と戦いながら出番を待つのと、どっちがいいのだろうか。
そんな事を考えながら、アイルはセナに提案する。
「もし、セナが本当に無理そうなら、わたしだけ出るよ。責任持ってポイントを奪ってくるって、ヒル魔さんにそう具申する」
「いや、それは……なんかダメだ。怖いけど、嫌だけど……僕も出るよ。守られてばかりで、居たくないから」
「うん。セナなら出来るって、知ってる。なら、着替えに行こうか。いつでも出れるように」
「……いや、それアイルさんがチア衣装から着替えたいだけだよね?」
セナのツッコミに、アイルはから笑いで応じた。
別に露出度高い衣装着るのはいいのだが、みんなにジロジロ見られるのは落ち着かないのだ。
ともあれ。ベンチで応援しているまもりに断り、ふたりでその場を離れる。
まもりは興味津々な様子だったが、ビデオカメラでの撮影があるので、ついてくることはないだろう。
そして出番がやってきた。
3点ビハインド、残り9秒。
もうセナの
ふたりが急ぎ着替えて戻ってきたタイミングで、ヒル魔が叫ぶ。
「テメエらの出番だ、
そして天王洲アイルは、ふたたびフィールドに戻ってきた。
作戦は至って単純。
敵がこちらに撃ち込んできたボールを取って、セナが敵陣最奥まで駆け抜ける──キックオフリターン・タッチダウンだ。
ボールが、敵陣から高く上がる。
あわてるセナを落ち着かせるように。アイルは声をかける。
「大丈夫。安心して」
セナのかわりに、ヒル魔がボールをキャッチする。
追ってきた敵のタックルを受ける寸前、ヒル魔はセナにボールをトス。
必死でボールを受け取るセナの前に出ながら、天王洲アイルは宣言する。
「──セナに、指一本触れさせないから」
走る。
アイルが熟達したレスリングとは違う。
見るべきは相手すべき1人の敵じゃない。敵チーム全体の動き。
日々人混みの中を走りまくったセナの経験が、突破可能なルートを導き出す。
──セナなら敵に掠らせもしない。けど、相手を抜くのに時間がかかれば、どんどん敵が追いついてくる。
だから。
──縦に抜く。セナが横に避けざるを得ない敵だけを潰す!
敵の進路を見極めながら、差し伸ばした手で相手の重心を押し崩し、アイルは道を切り開く。
手を使った相手の重心コントロールは、レスリングのお家芸で、アイルの得意技。
鎧袖一触。アイルはセナの進路に集まる敵を、的確に倒していく。
──ランナーの盾、リードブロック。あの赤羽さん*1の
敵陣が切り裂かれ、眼の前に広がるのは無人の原野。
全速で走るアイルの脇を、セナが光速で駆け抜けていく。
瞬間4秒2、選ばれたものにしか見ることが出来ない、光速の世界。
アイルが永遠に失った天与の才にして……泥門デビルバッツ最強の武器。
「いけ、アイシールド! フィールドを──ねじ伏せろ!」
離れていくセナの背中に向かって、アイルは拳を突き上げた。