アイシールド2/1   作:寛喜堂秀介

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36 1年2組の男子ども

 

 

 とある平日の昼休み。

 生徒たちで賑わう泥門高校の学食。

 その一角を、異様な雰囲気の集団が占領していた。

 

 セナやアイル、三兄弟が在籍する、1年2組男子有志総勢15名。

 実にクラス男子の7割以上が、極めて深刻な表情で顔を突き合わせている。

 

 張り詰めた空気に他の生徒たちはドン引きだが、男たちは気にもとめない。

 まっとうに料理を注文した以上、学食の机席を占領したところで非難されるいわれはないのだ。

 

 

 ──いや普通に迷惑だしやめろ。

 

 

 という当然のツッコミはさておき。

 

 

「さて、会議を始めよう。本日の議題だが──」

 

 

 議長役のメガネ男子が、肘を机に立て、口元で両手を組んだ。

 これから語られる議題が、世界の命運を左右するかのように錯覚させる、真剣そのものの声音。

 

 そして厳かに紡がれたのは。

 

 

「──『なぜ小早川ごときが天王洲さんとお近づきになれたか』だ」

 

「そこからかよ!?」

 

 

 議長の言葉に、十文字一輝は思わずツッコんだ。

 

 たしかに入学当初からふたりの仲が妙にいいのは謎だが、季節はそろそろ秋も終わろうという頃だ。

 議題としてはいまさらすぎるし、そこさえも認められない男連中の、セナに対する一種怨念めいた敵愾心には恐怖すら感じる。

 

 小早川セナは、1年2組の生徒で、アメフト部の主務。

 ビビリで小市民なチビだが、なぜかクラス男子の憧れの的である天王洲アイルと距離が近い。

 そのアイルは、金髪縦ロールのハーフで、スタイルもいい気さくなお嬢様っていう、そりゃ世間のアイドルめいた人気も納得の美人さんだ。

 いいかげんつき合いの長い十文字から見れば、アイルは異性に対する危機感皆無な小5*1メンタルの子供(ガキ)なのだが、知らない連中から見れば嫉妬されても仕方ない。

 

 ともあれ。

 話の腰を折る十文字のツッコミに、会議の参加者一同は冷ややかな視線を向けた。

 

 

「十文字オブザーバー。発言は挙手してからにしたまえ」

 

「そうだぞ十文字君。これは大事な議題なんだ。もしチビカス──失敬、小早川被告が催眠術でも使っていたら、天王洲さんが危険なんだぞ!」

 

「そうだそうだ! 危険な薬物が使用されてるかもしれないんだ! 一刻も早くその入手ルートや用法を吐かせなくては……!」

 

「あっ、てめえさては抜け駆けするつもりだな!? そうはさせんぞ!」

 

「そうだそうだ! 新たに悪魔と契約して天王洲さんの心を手に入れるのは俺だ!」

 

「静粛に! 静粛に! 発言は挙手してからにしたまえ!」

 

 

 男子たちの熱量がすごい。

 というかセナへのヘイトがヤバい。

 挙句に身内同士で争い始めて収拾がつかない。

 

 

「……帰りてえ」

 

 

 十文字は、心底後悔した。

 学食の食券に釣られて来てしまったが、割に合わないなんてもんじゃない。

 ため息をつく十文字の肩に、クラスメイトの一人がポン、と優しく手を置いた。

 

 

「……気持ちはわかるよ十文字君。小早川だけじゃなく、こいつらクズ共からも天王洲さんを守らなきゃだよね!」

 

 

 クズが曇りなき眼で仲間ヅラしてくるが、そういう問題ではない。

 というか十文字的には、こいつらよりセナのほうが圧倒的に仲間(ツレ)だし友達(ダチ)だ。

 

 

「つーかよ。お前らも知ってんだろ。セナがアイシールド21だってこと。天王洲と釣り合うかはわかんねーけどよ、お前らが『ごとき』なんて言える立場かよ」

 

 

 泥門デビルバッツの絶対的エース、アイシールド21。

 その正体が彼だと判明して以来、セナのクラス内カーストは底辺からグーンと上がり、ついでにそれまでも悪くなかった女子受けも上々だ。

 

 十文字に現実を突きつけられ、クズどもは一斉にズーンと沈み込んだ。

 

 

「ははは、そうなんだよ……あのチビが東京最強のデビルヒーローなんだあよなあ……」

 

「小早川に比べたら俺らはモブのカスだ……」

 

「ひどいよ十文字君! 人の心とかないんか!」

 

 

 怒ったり凹んだり、本当に忙しい。

 ただでさえ悪目立ちしていたものだから、周囲の視線が痛すぎる。

 こんな連中と同類だとは間違っても思われたくないが、クズどもは十文字を完全に同志扱いしてくる。

 いや同じクラスの仲間ではあるのだが、こんな嫉妬全開な集団の一員だと思われるのはマジでご免である。

 

 

「……もう帰っていいか?」

 

「待て、待ってくれたまえ! 泥門学食名物、特選カツ丼定食の食券3枚分の情報は話してもらうぞ!」

 

 

 腰を浮かせかけた十文字を、議長のメガネがあわてて引き止める。

 すでに後悔はしまくってるが、先に食券を貰ってしまったため、バックレるわけにもいかない。

 いや、やろうと思えば出来るが、短くても春までは同じクラスで過ごす仲間なんだし、少なくとも1年2組は、小中学の時と比べてもダントツで居心地がいい。同類扱いだけは、死んでもゴメンだが。

 

 

「まあ、いいけどよ……言っとくがアメフト部の仲間でダチだ。アイツの悪口はこれ以上ゴメンだぜ」

 

「くっ……! ならば──議長! 本日の議題を、『アイル姫がなぜ小早川ごときに目をかけているか』に変更したい!」

 

「みな異論はないか? ……よし、異論なしと認め、議題変更を許可する!」

 

 

 具申を受け、議長は厳粛に宣言した。

 たいして変わってない気もするが、議論の中心がセナからアイルに変わるわけだから、悪意を挟む余地がないだけマシだろう。

 

 

「それでは、十文字オブザーバー。天王洲さんが小早川を……ギギギ、妙に気に入っている理由について、君の知見をいただきたい」

 

 

 なぜ事実を認めるのに血の涙を流す必要があるのか。

 まあ不思議とは思うし、十文字にもうらやましいって気持ちが無いわけじゃないないから、わからんでもない。

 

 

「つってもな。俺らが部に入った5月頃にはもう仲いい感じだったぞ?」

 

「ぐはっ!」

 

「大久保ー!? だめだ。息をしていない!」

 

保健委員(メディック)! 保健委員(メディーック)!」

 

「いきなりなんてこと言うんだ十文字君! 言葉には気をつけてよ! 僕らの心臓にも限界はあるんだよ!」

 

「マジ帰りてえ……」

 

 

 頭を抱えるが、後悔しても逃げ場はないのである。

 

 仕方ないので、十文字は理由を考えてみる。

 入学当初、アメフト部の1年は、アイルとセナの二人きりだった。

 シンプルにそれだけでも親しくなる理由として充分だと思うが、それを抜きにしても、二人はウマが合っている。

 

 単純に人間として相性がいいし、感性が近く、会話も妙に噛み合っている。

 アイルがセナを大事に思っているのは間違いないが、友情よりは親愛の情に近く、しかも恋愛感情を持っているようには見えない。

 

 恋愛未発達な小学生男女の親友、というのが近いかもしれない。

 

 

「……まあ、天王洲のヤツもガキみてえな感性してやがるからな。セナのやつも子供っぽいとこあるし、そのへんで波長が合ってんのかもな」

 

 

 十文字は端的に結論を語る。

 具体的な親密エピソードも語ろうと思えば語れるが、攻撃的なくせにメンタルがおぼろ豆腐なスペランカーたちに配慮して省いた。

 

 そんな十文字の言葉に、クラスのクズどもはガタッと席を立った。

 

 

「そんな事言うなら俺はポケモントレーナーだぜ!」

 

「俺もミニ四駆の大会出てるぜ!」

 

「僕はビーダマン!」

 

 

 次々と立ち上がり、自信満々に主張するクズども。

 感性が子供なのと、持ってる趣味が子供なのはぜんぜん違うのだが、アイルはゲームや漫画も嫌いじゃなさそうなので、強くツッコむとこでもない。

 

 

「……じゃあそれ持って天王洲のとこ行ってみろよ」

 

「いや、それはちょっと……」

 

「子供っぽいって思われたら恥ずかしいし……」

 

 

 十文字が投げやりに言うと、クズどもは急にモジモジし始める。

 

 

「ならなんで自慢したんだよ」

 

 

 たぶんノリと勢いである。という事実はさておき。

 男子のひとりが、ふいに思いついたように手を打った。

 

 

「……というか、アイル姫が子供みたいな感性してるなら、ひょっとして小早川を気に入ってるのは足が速いから?」

 

「それだー!!」

 

 

 腑に落ちたのか、全員が声をそろえて同意し……くずおれた。

 

 

「あかん……女子小学生はかけっこ速い男が大好きや!」

 

「勝てるわけねえよ……なんだよあのド俊足……!」

 

「俺らが総出で追いかけても捕まえられねえんだもん……さすがアメフト部エース……」

 

 

 辻褄の合う考察に、クズどもは光速で落ち込んでいく。

 アイルはセナを過去の自分と見ており、その感情は姉弟に近いものだという十文字も知らない事実はともかく。

 単純にアイルと距離を縮めるだけなら、こんなとこでくだを巻いてるよりよっぽど効果的な方法を、十文字は知っている。

 

 

「つーかよ。天王洲のやつ妙に馴れ馴れしいとこあるから、仲良くなりたいなら普通に話せばいいと思うぞ?」

 

「天王洲さんが馴れ馴れしいのって主にアメフト部の連中に対してなんだよなあ……」

 

 

 十文字の無自覚な持ってる側の意見に、クズどもの目が座り、ゆらりと腰を浮かした。

 

 

「待て。その三角フラスコやら黒板用コンパスはどこから出した」

 

「発言には気をつけなよ十文字君。僕らのメンタルはガラス細工のように繊細なんだから……!」

 

「お前は言いながらリコーダーを構えてにじり寄るな! 怖えんだよ!」

 

 

 学校の教材を手にしたクズどもに囲まれ、十文字が身構えながら叫ぶ。

 学食の片隅で起こりつつある不穏な事態に、数名の生徒がパワフル語使いの体育教師を呼びに走ったが、十文字もクズどもも気づいていない。

 

 

「──つーかよ。天王洲のやつがアメフト部員に馴れ馴れしいんなら、お前らもアメフトやるのが一番なんじゃねえのか? つーか入れよ。こっちは人数ギリギリでやってんだよ!」

 

「アメフトは……無理……」

 

「は? スタッフチームとしてがんばってますが?」

 

「オレ春に助っ人やった時、王城の進のタックル食らって丸2日寝込んだんだぞ!?」

 

 

 十文字の視線が同情のそれになってきたのはともかく。

 アメフト部入部のハードルの高さと苦労を、クズどもが声高らかに語り合っていた、ちょうどその時。

 

 どこから現れたのか、アメフト部入部一番のハードルが、唐突にやってきた。

 

 

「ケケケ、テメーら面白そうな話ししてるじゃねーか」

 

 

 ひょこりと顔をのぞかせた泥門高校恐怖の支配者、ヒル魔。

 その邪悪な声と姿を目の当たりにした、2組男子たちは、たっぷり一呼吸分、固まって。

 

 

「あ、あ、悪魔だーっ!?」

 

 

 次の瞬間、蜘蛛の子を散らすように、仲間を押しのけ合いながら我先に逃げていった。

 醜くも電光石火な逃走劇に、十文字は呆れ。ヒル魔は学食に邪悪な笑い声を響かせる。

 

 泥門高校は、今日も平和である。

 

 

 

*1
小学五年生




ようやく目処がたったので、再開です。よろしくおつき合い下さい。
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