アイシールド2/1   作:寛喜堂秀介

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37 関東大会抽選前

 

 

 

 高校ワールドカップ決勝。

 アメリカ代表との死闘の結果は、【日本45‐45アメリカ】の同点。

 本来ならば、引き分け同時優勝。だが決着を望んだ両国代表メンバーたちは、自発的に延長戦を開始する。

 

 アメフトの頂点との熾烈な決戦をフルで戦い抜き、体は満身創痍。

 体格に劣る日本チームにとって、延長線は圧倒的に不利。初っ端から奇策で勝負に出るしかない。

 

 指揮官のヒル魔が檄を飛ばし──初手から瀬那を投手(クォーターバック)に指名した。

 瀬那は戦場(フィールド)を俯瞰する。広く日米双方の陣形を視野に収める、司令塔の景色。

 

 

SET(セット)──HUT(ハット)!!」

 

 

 栗田からのスナップを受け、敵陣の動きを見ながらボールを構えて──そこで天王洲アイルの意識は、現実に引き戻された。

 

 時刻は午前6時。

 電子音を奏でる目覚ましを止め、アイルは身を起こす。

 

 

「夢、か……あの時の」

 

 

 アイルがまだ小早川瀬那だった時の夢にして、目標(ゆめ)

 あの続きを戦いたい。無重力の脚を持つ最強のライバル、パンサーとの決着をつけたい。

 そのためにアイルは、二度目の全国大会決勝(クリスマスボウル)への道を、かつての仲間と、そしてセナとともに歩んでいる。

 

 

「水戸さん、おはようございます」

 

「おはようございます、お嬢様」

 

 

 身支度を整えてダイニングに向かうと、家政婦の水戸さんがすでに朝食を用意してくれていた。

 古式ゆかしい割烹着に頭巾姿の、20代前半の眼鏡女子で、栄養士資格も持ってる完璧家政婦だ。

 アイルにとっては父の親友の娘さんで、いろいろお世話してくれる年上のお姉さんって感じの人である。

 

 今日の朝食は、純和食。

 サバの生姜醤油焼きに、ほうれん草とキノコのしらす和え、レンコンとニンジンのきんぴらに、具だくさん豚汁だ。

 

 

「今日も美味しそうだね。いただきます!」

 

 

 泥門高校に入学して半年。

 すっかり親しんだ味を堪能していると、水戸さんがふと口を開いた。

 

 

「そういえば、お嬢様。来週には奥様がアメリカからお帰りになりますね」

 

 

 アイルの母は若かりし頃、アメリカ女子レスリング界のタイトルを総ナメにした絶対女王だ。

 現在は日本の女子レスリング振興に尽力しつつ、日本代表のコーチも務めている。先日も世界大会のため、アメリカ行きに同行していたのだ。

 

 

「うん。しばらくは家に居るみたい。会えたらいいんだけど、関東大会前の追い込み時期だからなあ」

 

「そんな事言ってると、また下宿にお越しになりますよ」

 

「あはははは……いいんだけどね。びっくりするけど……」

 

 

 世界を飛び回る母とはなかなか会えないが、メールでのやり取りはあるし、アポなしでやって来て驚かされたこともある。

 

 最近はなぜかセナ絡みの話題が謎に多い。

 普段セナとどんな話をしているのかなんてことを気にしたり、セナの両親の人柄を聞いたり、一度会いたいなんてことも主張してきたり。

 それに関係しているのかいないのか、「ちゃんとアイルのために戦ってくれる子じゃないとダメだよ」なんて意味不明なメッセージを送られたこともある。

 

 

「旦那様も奥様も、泥門の皆さまのご活躍を楽しみにされておりましたよ」

 

「うん。全国大会決勝(クリスマスボウル)に行くためにも、頑張らなきゃだよね」

 

「はい。全国まで勝ち上がれば、ご実家から反対の声が上がることもないでしょうし」

 

「……なんの話?」

 

 

 そんな話をしながら、食事を済ませて。

 アイルは早朝練習のため、足早に学校に向かった。

 

 

 

 

 

 

 数多の強豪を退け、東京大会に優勝。

 泥門デビルバッツは、無敗のまま関東大会に駒を進めた。

 だが、目標はあくまで全国大会決勝(クリスマスボウル)。夢は、まだ半ばでしかない。

 

 超人たちの祭典、関東大会を。

 神々の最終決戦、全国大会決勝(クリスマスボウル)を。

 キャリアの浅い選手だらけの泥門が勝ち抜くためには、まだまだ足りないものだらけだ。

 その事実を、選手ひとりひとりが痛感しているからこそ、練習への熱量はどこまでも高い。

 

 表彰式翌日の月曜日。

 関東大会を見据えて早朝から練習に励んでいたメンバーたちは、放課後、グラウンドに出て……困惑した。

 

 ユニフォームを着て集まっているのは、いつもの面子だけじゃない。

 やけにマッチョだったりモジャモジャだったりカクカクしてたり……なんか他チームのユニフォームを着た連中が混じっている。

 

 その筆頭が進清十郎。

 王城ホワイトナイツが誇る、日本最強のエースラインバッカーだ。

 なぜ彼が泥門のグラウンドに居るのかに関しては、アイルにも察しがついた。

 

 

「先日の天王洲アイルへの一件の贖罪として、今日一日、泥門デビルバッツの特訓に加わることになった進清十郎だ。よろしく頼む」

 

 

 東京大会決勝前のテレビ特番での事故──アイルの胸に触れた一件の償いとして、泥門の戦力強化に強力することになったのだ。

 

 

「ハ? ウチのお嬢に手ぇ出しといてよくツラぁ見せられたなコラ!」

 

「ハァ? 泥門(ウチ)まで乗り込んで来やがってナメてんのかコラァ!?」

 

「はぁああああ!? 頭が高えんじゃねえのかクラアアアッ!!」

 

 

 経緯が経緯だけに、身内愛の強い黒木、戸叶、十文字はガンガンに威嚇している。まもりに至っては鈍器を探しに無言で備品倉庫に向かった。

 

 

「抑えろ(ファッキン)マネに(ファッキン)野郎ども。この件学校としては王城側の全面的な詫び入れで手打ちが済んでんだよ。(ファッキン)ドリルがぶん殴る分にはいいが、テメーらは我慢しとけ」

 

「はははは……もう終わったことだし、決勝戦でリベンジもしてるんで、みんな蒸し返すのはナシで。かえって恥ずかしいし」

 

 

 義務的に止めるヒル魔に便乗して、アイルはみんなをなだめる。

 ……が、殺意を放っているのは、なにも泥門メンバーだけじゃなかった。

 

 

「泥門には、スポーツ医学による指導を通して網乃の血が脈々と流れている」

 

「そんな泥門の選手、ことアイル姫や我が親友雪光君への狼藉は網乃に対するそれと同義!」

 

「我ら網乃サイボーグス有志! 心は泥門と共にあると心得られよ!」

 

「ぅおのれ進清十郎ぉ! アイル姫と同じ画角に映ったのみならず同じスタジオで呼吸し、あまつさえ神の奇跡の如き造形美の結晶たるそそそ双丘に触れるなどという神をも恐れぬ大罪を犯した下郎めええっ!! 神よ感謝いたしますぞ! 拙者に天罰を代行する栄誉を与え給うとは!!」

 

 

 網乃サイボーグスの有志たちだ。

 なんかあったら泥門の肩持つよ、程度の表明だが、モジャモジャのラインマン・青柳だけはヒートアップしすぎて意味不明な感じで叫んでる。

 

 

「えーと。お気持ちはありがたいですけど、怪我とかナシにしてくださいね? 王城とは関東大会でも当たる可能性高いですし、正々堂々と戦いたいので……」

 

「やさしい……」

 

「下郎にも優しいお嬢様……」

 

「仏か」

 

「はっはっは。アイル姫のお言葉は全てに優先する。不埒な我が殺意はたった今葬り去りましたぞゲフッ……」

 

 

 アイルが釘を差すと、青柳が吐血しながらサムズアップする。

 吐血しているのは地獄のような怒りを無理やりに抑え込んだ反動か。あまりに異様な様子にセナがちょっと引いている。

 

 ぐだぐだしてきたところで、ヒル魔が手を叩いて皆の注目を集める。

 

 

「オラ、時間ねえんだ! とっとと特訓はじめんぞ(ファッキン)野郎ども!!」

 

「はい、ヒル魔先輩! 進先輩や網乃組との特訓って、具体的になにすんスか!?」

 

「ケケケ、決まってんだろ! 守備の王城の要、進清十郎。その技術(テク)と経験値を丸ごといただくんだよ!!」

 

 

 モン太が手を挙げて尋ねると、ヒル魔は邪悪な笑みを浮かべる。みんなドン引きである。

 

 

「ええええ、本人居る前で言っちゃうんだ……」

 

「構わない。特訓の趣旨は庄司監督も承知済みだ。むしろこちらこそ、攻撃の泥門の技術や経験値を盗ませてもらう」

 

 

 セナが冷や汗をかきながら視線を向けるが、ストイックな進は淡々と答えるだけだ。

 ともあれ。泥門デビルバッツに進清十郎と網乃サイボーグス有志を加えた特訓について、ヒル魔が説明する。

 

 内容は、単純明快。

 守備チームと攻撃チームを作っての実戦形式の練習。

 

 守備チームは、泥門のスタメンからアイルとセナを外し、かわりに進とムサシを加える。

 攻撃チームは、雪光を始めとしたベンチ組にアイル、セナそして網乃の助っ人有志加えてフォーメーションを組む。

 

 

 ──ただし、作戦は必殺の(ラン)プレー、【デビルフォーミュラ・ワン】のみ。

 

 

「ケケケ、つまりは泥門最強の矛を、進に率いさせた泥門守備にぶつける! 矛と盾、両方を超速進化させるスペシャルハード特訓だ!!」

 

「おおおおおおっ!」

 

 

 ヒル魔の説明に、泥門メンバー全員からどよめき上げる。

 困惑の色が濃いのは、今まで頼れる武器だった最強のコンビネーション(ラン)が、自分たちに向けられることへの恐れと不安からだろう。

 

 

「……セナ、わたしたちの二人の特訓の意味、わかる?」

 

 

 周りの視線を受けながら、アイルはセナに問いを投げかける。

 その意味を噛み締めて、アイルもセナも、二人で前に進まなきゃいけない。

 

 

「【デビルフォーミュラ・ワン】を磨く……だけじゃ足りないんだよね?」

 

「そう。ヒル魔さんが前に言ってたよね? 【デビルフォーミュラ・ワン】は出せば必ず得点できる。そういう必殺技だって」

 

 

 だが、そんな必殺技も、関東大会では容易には通じない。

 西部戦で、王城戦で、その破壊力を充分すぎるほど見せつけたのだ。

 関東大会に駒を進めた強豪たちなら、必ず徹底的に研究し、対策を練ってくるはずだ。

 

 

「どんな対策をされてもぶち破って、必ず点を取る。僕たちの(ラン)を、そんな必殺技にするってこと?」

 

「そう。たとえ相手が神だったとしても、ね……」

 

「神……神龍寺ナーガ」

 

 

 言葉にして、セナが小さく身震いする。

 春大会。天才・金剛阿含抜きの状態でありながらが、関東大会準決勝で王城を打ち破った圧倒的な姿が脳裏をよぎったのだろう。

 

 

「じゃあ始めんぞ! 野郎ども、とっととポジションにつきやがれ!」

 

 

 ヒル魔の号令で、地獄の特訓が幕を開けた。

 初手、50ヤードラインからスタートしたアイルとセナのコンビネーション(ラン)は、ラインバッカーの黒木を跳ね退け、進の【騎馬槍突撃(ランスチャージ)】をアイルが抑えている間にセナが縦に抜き去り、抜け目なくカバーしているヒル魔すらねじり抜いて、ゴールラインを駆け抜けた。

 

 

「ケケケ、さすがに王城守備とは比べるべくもねえか」

 

 

 あっさりタッチダウンを奪われて、ヒル魔は一人ごちる。

 しかし、それを聞いた進は「そんなことはない」と即座に否定した。

 

 

「黒木、戸叶、十文字の息の合った連携には評価すべきものがある。黒木が天王洲アイルを0.1秒でも止めていれば、小早川セナは彼女の陰から出て来ざるを得ず、俺と1対1の状況になっていただろう」

 

「でもよう。さすがにアイルとサシはキチーぜ」

 

 

 褒められたことに照れながら黒木が弱音を吐くと、進は表情を変えずに応じる。

 

 

「勝つ必要はない。わずかでいい、止めるのだ。それだけでコンビネーション(ラン)の連携は崩せる」

 

 

 こうしてワンプレーごとに進の講評が入る。

 すると、特訓を重ねるごとに、黒木たちの動きが目に見えて変わっていく。

 進路を誘導し、あるいはギャップを埋め、アイルに突破されても泥臭くしがみつく。セナと進が1対1になるシチュエーションが増えていく。

 

 だが、アイルにも一流ランナーとしての経験値がある。

【スピン】や【デビルバットゴースト】、ハンドワークを駆使して相手をなぎ倒し、鋭いステップで進路を急変更する。

 変幻自在のテクニックは、セナも持っているもので……だからこそ、アイルとセナ、二人の動きはF1のスリップストリーム走法のごとく、完璧にシンクロしていく。

 

 一方、泥門守備陣も負けていない。

 進化していく二人のコンビネーションを少しでも乱すため、連携を、個人技を、進清十郎に引き上げられるようにして進化させていく。

 

 守備が攻撃を、攻撃が守備をレベルアップさせる無限の好循環。

 ヒル魔の指示でランダムで混ぜ込まれるパスプレーが、守備をアイルとセナだけに集中させない。

 

 

「小早川セナの(ラン)は1プレーごとに進化し続ける。ならば、こちらも進化し続けるしかないだろう」

 

 

 守備の指揮、指導を行いながらも、進はアイルとセナとに対するプレッシャーを緩めない。

 40ヤード走4秒2台。亜光速のスピードと、瞬間光速の【騎馬槍突撃(ランスチャージ)】は、【デビルフォーミュラ・ワン】という砥石によって練磨され、さらに鋭さを増し──それがまた、アイルとセナをさらなる高みに押し上げる。

 

 特訓は深夜遅くまで続いた。

 全員が疲労困憊でフィールドに倒れ込んだが、それぞれが得たものは計り知れない。

 特に、元々アメフトゲームで戦術のいろはを学んでいた黒木は、進の守備指揮を肌で学んで、守備の要、ラインバッカーとして格段に成長。三兄弟の息の合った連携もさらに磨かれた。

 

 そして、アイルとセナも。

 進化していく進清十郎率いる守備陣を相手に、なお通用する必殺技として、【デビルフォーミュラ・ワン】を進化させた。

 

 

「守りの芯は通った。あとはひたすら練磨するだけだ」

 

 

 進の言葉に、泥まみれの部員たちが真剣な表情でうなずく。

 本物の天才の光を受け引きずりあげられた、強制的な限界突破。

 これを本当の意味で自分のものにするためには、膨大な量の反復練習が必要になる。それをみな肌で感じている。

 

 

「進さん、それに網乃のみんなも、ありがとう」

 

「感謝すべきは俺のほうだろう。こちらも得たものは大きい」

 

「あ、アイル姫ー! 光栄ですぞー!」

 

 

 感謝するアイルに、進は表情を変えずに返す。

 その脇で網乃の青柳が感涙にむせび泣いているのは、ともかく。

 それから関東大会での再戦を約束し、別れた進の背を見送りながら、アイルは拳を握りしめる。

 

 

 ──もっと、もっと技に磨きをかけて、神でも王でも、絶対にぶち破って見せる……わたしと、セナで!

 

 

 

 

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