アイシールド2/1   作:寛喜堂秀介

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39 関東大会抽選会後

 

 

 

 関東大会初戦の相手は、大会九連覇の神、神龍寺ナーガ。

 学校に戻った泥門の面々は、打倒神龍寺に向けてさっそく動き出す。

 

 (ライン)組や夏彦は、トレーニング室で筋トレ。

 ヒル魔、ロス、まもりの泥門頭いい組は、部室でスタッフチームが収集してきた神龍寺の資料の再分析。

 

 そしてアイルは雪光に頼んで、ノートPCに阿含、一休の動画データを移して貰っていた。

 動きのイメージを焼き付けるためで、二人とマッチアップするセナ、モン太にも見てもらう。ただ、部室だと邪魔になるので、セナとモン太には、外で待ってもらっている。

 

 もうじきデータが移し終わろうかという時、部室の扉が開いた。

 

 

「あの……ヒル魔さん……」

 

 

 申し訳なさそうに顔をのぞかせたのは、セナだ。

 

 

「──他の学校の女子が、アイルに会いたいって来てるんだけど……」

 

「あー、他校の女子? こちとら忙しいんだ。適当に追い返せ」

 

「で、でもその子、わざわざ関西の方から来たって……」

 

 

 関西、と聞いて、アイルは小首をかしげる。

 天王洲アイルの交友関係で関西の女子高生といえば、うっすらとレスリング関係──小中学の全国大会で対戦した選手くらいだ。

 

 彼女たちにとってのアイルは、打倒すべき最強の王者だ。

 そのせいか、バチバチに敵意を向けられてた印象しかない。

 同じ中学とか、交流があった他校の選手なら、仲良くなったりもしたのだが。

 

 ともあれ。

 盛大に不義理して去った負い目があるため、相手がレスリング関係者なら、門前払いするのは気がとがめる。

 

 

「わたしに用事で関西から来るとしたら、やっぱりアマレス選手かな? わざわざ来てくれたのなら、少し時間作ろうか?」

 

「それが……アメフトの人なんだ。小泉花梨(こいずみかりん)さんっていう……」

 

「あのあの、セナ君。お邪魔やったら、私全然ええですから……」

 

 

 聞き覚えのある、どこかおどおどした声が、セナの背後から聞こえてきた。

 

 小泉花梨。

 高校アメフト界の頂点に君臨する最強チーム、帝黒アレキサンダースの紅一点にして正投手(クォーターバック)

 素早い身のこなしと正確無比、最強に取りやすい【フローラル・パス】を武器に、全国大会決勝(クリスマスボウル)で泥門を苦しめた機動型(モバイル)投手だ。

 

 その名を耳にした一瞬、ヒル魔の視線が一鋭く細められる。

 膨大な量のデータを頭脳に収めているヒル魔が、西の絶対王者の正投手(クォーターバック)の名を知らないはずがない。

 

 だが。次にヒル魔の口から出たのは、拒絶の言葉ではなかった。

 

 

「ケケケ、おおかた同じ女選手のテメーが気になって会いに来たってとこだろ。せっかくだ。丁重に歓迎してやれ」

 

「ククク、悪魔殿。海老で鯛を釣るつもりか」

 

 

意外な指示に一瞬驚いたものの、ロスの言葉で腑に落ちる。

 花梨と個人的に親しくなって、あるいは貸しを作って、帝黒の情報を引き出そうってハラなのだ。

 そんな仕込みがなくても、以前モン太や鈴音と見学に行った時、帝黒の面々に歓迎された、という事実はさておき。

 

 

「わかりました。ちょっと行ってきます」

 

 

 ちょうどデータも移し終わったので、ノートPCを持って外に出る。

 そこに居たのは、セナとモン太、それに、予想通り、気弱そうな細身の美少女の姿があった。

 淡い色彩の髪をゆるく編み込んだ三つ編みおさげ。目鼻立ちから指先に至るまで繊細極まりない水晶細工のような容姿は、間違いない。アイルの知る小泉花梨その人だ。

 

 

「あ、て、天王洲さん……?」

 

「はい。天王洲アイルです。小泉花梨さんですよね? 帝黒の」

 

 

 帝黒、と聞いてセナやモン太が首を傾げているが、説明は後でいいだろう。

 

 

「は、はいっ! なんや帝黒で選手やらしてもろてます小泉花梨言います。ほんまに会えてよかった……!」

 

 

 花梨の表情がすうっと晴れる。

 なんというか、以前も思っていたけど、どことなく通じ合うものを感じる人だ。

 

 

「こちらこそ、会えてうれしいです。小泉さんの事はわたしも知ってるけど……どうして泥門に? 当然偵察なんかじゃないですよね?」

 

「いやいや、そういうのやないんです。ここに来させてもらったんは、本当に私的な理由で……その、天王洲さんのことがずっと気になってたんです。同じ女の子の選手として……!」

 

 

 胸の前で、きゅっとぐーを作る花梨。

 アイルとしては花梨が同性だという意識は薄いのだが、まあ事実としては同性だ。

 それに、せっかく頑張って東京まで来てくれた相手だ。冷たくする気にはなれない。

 というか以前帝黒に行った時、彼女は親切に対応してくれたのだ。こちらも丁寧にもてなすのが礼儀というものだろう。

 

 

「ありがとう、会いに来てくれて。歓迎するよ。とりあえず部室──はいま作業中だから……合宿所に案内しようかな。セナとモン太君はどうする?」

 

「お邪魔なら俺らロッカー室で待っとくぜ? ノートPC貰ったら先に動画見とくから」

 

「いやいや、そんなん申し訳ないですから……!」

 

 

 モン太の提案に、花梨があわてて両手を左右に振る。

 どう考えても遠慮しているだけなので、アイルはセナたちに目配せしながら微笑んだ。

 

 

「そうだね。女子同士で話したいこともあるだろうし、ふたりは先に動画見といてくれるかな」

 

 

 言ってモン太にノートPCを渡して。

 アイルは恐縮する花梨を手招きして、合宿所へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 合宿所の居間。

 普段は仲間たちが並んで食事を取る長机にふたりで座り、熱いお茶を一服。

 最初恐縮しっぱなしだった花梨だが、一息つくと、やがてぽつぽつと話しだした。

 

 

「いやでも、ほんまによかった。天王洲さんがやさしそうな人で……もうちょっと、こう、すごい人を想像してたんで」

 

「アイルでいいから……ちなみに、どんな想像してたの?」

 

「なんかこう、派手目のギャルとか、高飛車な感じのお嬢様とか……」

 

 

 原因はどう考えてもサキュバスメイクである。

 

 

「あはははは……雑誌とか試合用のファッションだと、そんなイメージになっちゃうよね」

 

「そうなんですよ! アメフトやることになって、練習ホントキツいしみんなは私の話聞いてくれへんしで悩んでた時に、関東にも女の子のすごい選手が居るゆうて知って……いろいろ相談したいって思てたんです!」

 

「ああ、帝黒のみんな、それぞれ違うベクトルで押しが強そうだもんね……」

 

「そうなんですよ! みんな体育会系で押しが強くてワガママで……私引っ込み思案やからなんも言わせてもらえなくて……セナくんといい、アイルさんといい、泥門の人はちゃんとお話しできる人たちでほんまによかった」

 

 

 ほっと胸を撫で下ろす花梨に、アイルは内心苦笑する。

 正直境遇には共感しかないけど、彼女も負けないくらいすごい人だ。

 なにせ女の身で15歳からアメフトを初めて、秋大会ですでに帝黒1軍の正投手(クォーターバック)やってるって規格外である。

 

 もしアイルが帝黒学園に進学していたとしても、秋大会までに1軍に上がれたかは怪しい。

 それほどの才能を持つ彼女がいくら弱音を吐いても、周りが「何いってんだコイツ」って感想になるのはわからなくもない。

 

 

「アイルさんは、男の人に混じっての練習とかしんどくないんですか?」

 

「うーん。たしかに練習は地獄に片足突っ込んでるくらいキツいけど……目標があるから、頑張ろうって思えるかな」

 

「目標? どんなか聞いてええですか?」

 

「泥門のみんなにはまだ内緒だけど──高校世界大会(ワールドカップ)。そのためには全国大会決勝(クリスマスボウル)で勝たなきゃだけどね……といっても、まずは目の前の試合。神龍寺ナーガに勝たなきゃだ」

 

「……ええですね。なんやすごすぎる夢やけど……もし、アイルさんといっしょに世界に行けたらって思うと……私もちょっとだけ、勇気出てきました!」

 

 

 なんか押してはいけないスイッチを入れてしまった気がするのは、さておき。

 その後、普段の練習や身の回りの不安、あるいは普段の生活について、じっくりと話しあって。

 そろそろ帰る時間ということで、最後にアドレス交換をしてから合宿所を出ると──なんかよく見知った連中が居た。

 

 花梨と同じく、帝黒学園の1年生エース、大和猛(やまとたける)本庄鷹(ほんじょうたか)だ。

 本物のアイシールド21と、空をも歩く日本最強のレシーバー。懐かしい顔であると同時に、世界大会出場に至るまでの最大の障害であり、アイルが越えたい、超えるべき最強のプレイヤーたち。なのだが。

 

 そんな大和が、セナとグラウンドで対峙している。

 合宿所前の石段の下では、モン太と鷹が肩を並べてセナたちを観戦している。

 

 

「いったいどういうことなの……」

 

 

 どうしてそうなったのか。

 まるで想像がつかないが、見過ごしも出来ない。

 花梨を連れて石段に足をかけると、気づいたモン太が軽く手を挙げた。

 

 

「お、アイル、話終わったのか。こいつら花梨の連れだって聞いたぜ?」

 

「あ、す、すみません。チームメイトです! 東京までは一緒に来て、私が泥門さんにお邪魔してる間、余所で時間を潰しててもらう段取りやったんですけど……私が長居しすぎてもうたから、様子を見に来てくれたみたいで……!」

 

 

 花梨が頬を朱に染めながらペコペコと頭を下げる。

 どうやらチームメイトの花梨が世話になったお礼がてら、勝負好きの大和がタイマン勝負を提案し、決着がついたところらしい。

 

 

「へえ……セナVS大和君、結果はどうなったの?」

 

「大和の勝ちだな。大和のものすげえ(ラン)をセナは完璧に捕まえたんだが、そのままゴールラインまで引きずられちまった」

 

 

 大和の必殺(ラン)、【帝王の突進(シーザーズチャージ)】だ。

 その破壊的な突進を思い出し、武者震いしていると、モン太の傍らに立つ本庄鷹が首を横に振った。

 

 

「……いや。大和はそもそも、相手に指一本触れさせる気がなかった。それがあの(・・)ステップに対応され、突き出した腕すらいなされ、まともにタックルを喰らっている。本人は、勝ったとは微塵も思っていないだろう」

 

「舐めんな。そっちの勝手な基準は知らねえが、勝手な理屈で勝利を譲られて、セナが納得するかよ。負けは負けだ……だが、あんなもんでセナは折れねえ。何度かかるかはわかんねえけどよ。最後に勝つのはセナだ」

 

「ふ……さすがキャッチNo.1を目指す男、雷門太郎の友だ」

 

「へへ。今回はキャッチ勝負とはいかなかったが……西日本で勝ち上がってこいよ、本庄鷹! 憧れの人の息子だからって遠慮はしねえ。クリスマスボウルで勝負だ!」

 

 

 モン太はすでに鷹の素性を知ってそうな言動だが、屈託は無さげだ。

 まあ、モン太の感情が拗れに拗れたのは、出会った順番が致命的に悪かったからこそだ。

 本庄選手と運命的な再会を果たす前に鷹と知り合った今回は、きれいに折り合えてそうだ。

 

 

「そうか。だといいな」

 

 

 鷹の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。

 アイルの知る本庄鷹は、クリスマスボウルでモン太が食らいつくまでは、終始退屈そうだった。だが、いまの彼にそんな様子はない。

 関西でもこれから大会が始まるところで、まだ他のレシーバーに失望しきってはいない。そんなタイミングでのモン太との出会いは、鷹にとってもいい刺激になったのかもしれない。

 

 ともあれ。

 帰りの新幹線の時間も迫っているらしく、帝黒の3人組は慌ただしく泥門を去ることになった。

 

 

「アイルさん、ほんまにありがとうございました。また、必ず全国大会決勝(クリスマスボウル)で!」

 

 

 手を振り合って花梨たちと別れて。

 遠ざかる3人の背を眺めながら、モン太がしみじみとつぶやく。

 

 

「あいつら、タダモノじゃなかったな」

 

「そりゃそうだよ。1年生とはいえ、西の絶対王者、帝黒アレキサンダースのエース選手たちなんだから」

 

「西の、王者?」

 

 

 セナが関心を示したので、アイルは釘を刺す。

 

 

「興味を持つのは勝ち進んでからだよ。あの人達と戦うためには、関東の絶対王者、神龍寺ナーガ──あの金剛兄弟や、細川一休に勝つしかないんだから」

 

 

 神龍寺戦まで、残り2週間。

 神の領域にある強敵たちとの戦いは、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 

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