アイシールド2/1   作:寛喜堂秀介

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40 神龍寺戦前+アイル

 

 

 関東大会初戦、神龍寺戦まであと6日。

 この日網乃大附属病院の一室で、ひとつの重要な決定が下されようとしていた。

 

 赤毛のプロフェッサー、ロス・プロクター。

 これまで過酷なリハビリに耐えながら、チームの頭脳として影から泥門を支えていた彼の、神龍寺戦の出場可否だ。

 同行したのは、同じく網乃でスポーツ医学に基づくトレーニング指導を受けている泥門の面々──アイル、セナ、雪光の3名。

 

 4名そろって各種検査を受けた後、ロスが真っ先に診察室へ通される。

 アイルとセナ、雪光は待機室で待っていたが、思いのほか診察が長引いて、みんな焦れてくる。

 3人が心配しながらそれぞれ顔を見合わせていたところ、ようやく診察室の扉が開き、ロスが姿を見せた。

 

 

「ロスくん、どうだった……?」

 

 

 同時に腰を浮かせて、3人が尋ねる。

 心配げな仲間たちに、赤毛のロスは不敵な笑みを浮かべて。

 

 

「無論、出場──解禁だとも!」

 

 

 歓喜をにじませながら、両手を広げた。

 

 1年以上に及ぶ過酷なリハビリ生活。

 来日してからの、徹底的な管理下での筋力トレーニング。

 悪魔じみた執念と努力が、一度は天に奪われたはずのアメフトを、再びその手に取り戻させたのだ。

 

 

「ロスさん、おめでとう!」

 

「関東大会いっしょに頑張ろう!」

 

「ロスくんがいっしょに戦えるなんて、ほんとに頼もしいよ!」

 

 

 アイル、セナ、雪光が、拍手して我が事のように喜ぶ。

 

 

「──ただし、場合によってはドクターストップをかけさせてもらいますけどね」

 

 

 と、言いながら。

 診察室の奥から声をかけてきたのは、担当医の水戸先生だ。

 彼に促され、一同はあらためて診察室に入ると、くわしく説明を受ける。

 

 

「ロス君の運動機能は、すでに十全に回復しております。さすがに筋力的にはまだ元通りとはいきませんが、試合でのパフォーマンスは保証いたします」

 

 

 ただし、と水戸先生は戒めるように表情を引き締める。

 

 

「──アメフトはコンタクトスポーツ。故障のリスクは常に付きまといます。だから試合中、出場続行の可否は、僕が現場で判断させてもらいます」

 

「えっと……それじゃ水戸先生が泥門のチームドクターとして、ベンチに控えててくれるってこと?」

 

「うむ。我が盟友たる悪魔殿とミスター・ドブロクには事前に打診してあったようだ。ミスターも応急処置の腕は一流だが、本職の医師が加わるのなら、本来の役目に専念できようというものだ」

 

 

 アイルの質問に、担当医に代わってロスが答える。

 トレーナーのどぶろく先生に、マネージャー兼主務のまもりと、指揮下のスタッフチーム。それに加えてチームドクターの水戸先生。頼もしすぎる面子だ。

 

 

「水戸先生は大丈夫なんですか? 病院のお仕事とか」

 

「ははは。君たちが頑張ってくれたおかげでね。僕は泥門デビルバッツの全国大会決勝(クリスマスボウル)出場に向けて、全面的にバックアップするよう仰せつかっているんだよ……いろんな方面からね」

 

 

 水戸先生が意味深な笑顔で応じる。

 網乃のスポーツ医学の力を示したい病院上層部とか、野望を託した網乃大付属高校とか、あとはアイルの父とか、いろいろだろう。

 

 

「それでは遠慮なくお世話になります。水戸先生が居てくれるなら本当に頼もしいです……!」

 

「こちらこそ。お父上に続き、お嬢様、あなたとともに試合の場に居られることを光栄に思いますよ」

 

 

 アイルと担当医は固く握手をして。

 それから、アイルたちのいつもの検診になった。

 すでに各種計測は済んでいるので、待合室で待ちながら順番に呼ばれる形だ。

 最初にセナ、次に雪光。セナたちの診察結果も共有するため、アイルの診察はいつも最後だ。

 

 測定されたアイルの各種数値は、女子高校生としては破格。

 だが、男子アメフト選手の中に入れば、ようやく一流といったところ。

 ……とか思ってたら担当医に「やっぱり指先の(ピンチ)力と反射速度がどうかしてます」と言われた。

 

 天与の才である指先の力に加え、【光速の思考速度(パーセプション)】。

 加えて、世代の頂点を競う濃密な経験に裏打ちされた、レスリングテクニックがあるのだ。

 心・技・体。すべてを総合したアメフト選手としてのアイルは、すでに超人の域にあるといっていい。

 

 それでも、進清十郎や金剛阿含、キッド、大和猛、本庄鷹──超人たちの頂点に君臨し、神の領域を窺う天上の戦士たちには届かないが……アイルはアイルに出来ることで、泥門の勝利を掴み取るだけだ。

 

 そんな決意を新たにしていると。

 

 

「──おっす、アイルちゃん! あらためて、東京大会優勝おめでとう!」

 

 

 手を振りながら診察室にズカズカと入ってきたのは、ひょうきんな顔立ちの、スーツの上からでもわかる分厚い筋肉で鎧われた、長身の中年男性──アイルの父、天王洲スグルだった。

 

 

「スグルさん、診察室に入るときにはノックして下さいと、いつも言ってるでしょう」

 

「まあまあミート、そう目くじら立てんでもええやんねん」

 

「誰がミートですか……はいはい王子。思春期の娘さんが居るんだから、最低限のデリカシーは身につけましょうね」

 

「はっはっは。アイルちゃんがわしを嫌いになるわけないじゃろう……だよねー?」

 

 

 水戸先生が居るからか、ダメな時全開な父に、アイルは深くため息をつく。

 悪い人では絶対にないのだが、アイルやセナとは絶望的なまでに距離感の違いがある。

 

 

「はいはい。嫌いにならないから、病院であんまり騒がないでね」

 

「ほれほれミート! うらやましかろう!」

 

 

 自慢げに胸を張るキン肉マンに、「はいはい」と受け流す水戸先生。

 騒がしくもどこか懐かしい、幼いころから天王洲アイルがよく目にしてきた光景だ。

 

 

「──と、そういえばセナ君はどこかのう? 普段アイルちゃんが世話になっとる礼が言いたかったんじゃが」

 

「セナなら待合室に居たはずだけど……居ないならトイレとかじゃないかな? ……あんまり恥ずかしいマネはやめて欲しいんだけど」

 

「もう、アイルちゃんてば思春期なんだからー!」

 

 

 うれしそうな父のテンションに辟易しつつ待合室の様子を窺うと、ロスや雪光は居るが、やはりセナの姿が見えない。

 仕方なく、先にふたりに父親を紹介していると、しばらくして、やっとセナが帰ってきた……のだが。なぜだか、その額には汗がにじんでいる。

 

 セナはアイルの姿を見て、ぎょっと目を目を丸くした。

 

 

「あれ? アイル、いつの間に戻ってきたの?」

 

「いつの間にって……わたし、ずっとここに居たんだけど」

 

「いやいやいや……さっきまで僕、アイルと勝負してたんだけど。トイレから出たとこで偉そうなトレーナーさんに連れてかれて、待ってたアイル相手に、いきなりアマレスで……!」

 

 

 セナは恨みがましげな視線を向けながら、不思議なことを言う。

 

 当然、アイルに心当たりなどない。

 というかセナにアマレスで勝負とか、ぶっ殺すと同義なこと絶対しない。

 

 不可解な出来事にみんな首を傾げていると、キン肉マンがはたと手を打った。

 

 

「ひょっとして、ママじゃないかのう?」

 

「マミーが? そりゃマミーなら教え子を連れてこの病院に来ててもおかしくないけど……」

 

「いやいやいやいや。ふたりして僕をからかってるでしょ? さすがにアイルのお母さんとアイルは間違わないから」

 

 

 セナは否定するし、アイルもさすがに無理があると思いたい。

 たしかに母親とは、容姿も髪型も体格も姉妹かってくらい似ているが、目の色と声色と、なにより若さが違う。

 

 

 ──いや、カラーコンタクトとかメイクで誤魔化せば……いや、それする理由欠片もみつからないけど。

 

 

「万が一相手がマミーだったとしたら、よく無事で済んだね。一線引いてるとはいえ、女子アマレスのトップだった人だよ?」

 

「あははは……何度か倒されたけど、なんとか……予備動作なしにタックルが飛んできて怖かった……」

 

 

 アイルの母、ナディアの得意技は、まさにその予備動作なしの(ノーモーション)タックルである。

 となると、セナが戦った相手はやはり母なのかもしれない。いや、アイルだと誤解されたのは、ものすさまじく不本意だけど。

 

 

 ──あとでマミーを問い詰めないと。

 

 

 そう心に誓っていると、アイルとセナの間に、父がひょこりと顔を割り込ませてきた。

 

 

「おお、そういえば、キミがセナ君じゃな? いつも娘が世話になってすまんのう」

 

「いえいえ、こっちのほうがお世話になりっぱなしで……」

 

「いやいや。こう見えてアイルちゃん、抜けたとこがあるからのう。これからも見放さずに支えてやってくれんか」

 

 

 なんだか保護者同士みたいな会話をされて、アイルは居たたまれなくなる。

 

 

「あの……お父さん、恥ずかしいから……子ども同士のつき合いに、あんまり口出さないで……!」

 

「子ども同士の関係で済むなら、そりゃあ安心なんじゃがのう……まあ、わしは応援しとるから、がんばれ若人たちよ!」

 

 

 愛嬌のある笑顔を浮かべて。

 キン肉マンは「母さんが来てるなら会ってくるぞい」と言い残して、バタバタと去っていった。

 

 

「なんだったんだろう……」

 

「セナくん、さすがにわかっとかないと……」

 

「親公認。そういうことだろうとも」

 

 

 キン肉マンの言葉に首を傾げるセナに、雪光とロスがツッコむ。

 セナはそれでもわかってなさそうだけど。ついでにアイルもあんまりわかってないけど。

 いや、恋愛関係を勘ぐられてるのはさすがにわかるのだが、具体的になにを心配されてるか、さっぱりわかっていないのだ。しょせんセナである。

 

 そんなとき、アイルのポケットで携帯が震えた。

 画面を確認すると、母親からのメール。内容は短く、たった二文字。

 

 

 ──『承認』。

 

 

 なんだこれ。

 意味不明なメッセージに、アイルは首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 泥門デビルバッツと神龍寺ナーガには、因縁がある。

 正確には、デビルバッツの創設メンバー、ヒル魔、栗田、ムサシとの因縁。

 3人は元々、麻黄(まおう)中から神龍寺学院に進学し、全国大会決勝(クリスマスボウル)を目指すはずだった。

 ただ、3人のうち栗田だけは学力的に一般入試での合格率ゼロだったため、スポーツ推薦枠での入学を予定していたのだ。

 

 だが、推薦枠に突如金剛阿含が割り込んできたことで、栗田の神龍寺入りの夢は無惨に打ち砕かれた。

 一般入試での合格確実だったヒル魔とムサシだったが、ふたりは名門、神龍寺への進学よりも栗田を選び、ともに泥門高校で一からチームを立ち上げたのだ。

 

 かつて憧れた王者のユニフォームに、弓を引く。

 その覚悟を決めた栗田に、後輩たちも触発され、闘志を燃やす。

 

 

 ──明日からの関東大会、ロスくんを加えた、本当のフルメンバーで戦うんだ。

 

 

 セナとタイマンでの追い込み特訓を重ねながら、アイルは心中のわくわくを抑えきれない。

 

 いまの泥門には、強豪ひしめく激戦の東京大会を制した誇りがある。

 選手のひとりひとりが己の課題と向き合って、さらなる高みを目指している。

 

 

「ブチ殺すぞ! 神龍寺ナーガ!」

 

 

 ヒル魔が吠え、火炎放射器的なアレで深夜のグラウンドを朱く照らす。

 その炎よりも、さらに熱い闘志を胸に秘め。アイルは己の武器たる指先をセナに向け、力強く伸ばした。

 

 

 

 

 

「──獅子搏兎(ししはくと)」

 

 

 神龍寺学院の裏手、大滝の前。

 細く尖った岩塊の上に結跏趺坐(けっかふざ)する神龍寺ナーガ監督・仙洞田寿人(せんどうだすみと)は、坐禅を組み相対する部員一同に語りかける。

 

 

「獅子は兎を捕える時でさえ全力を尽くす。ましてや明朝戦う泥門は、あの王城を下した東京王者。油断できぬ相手よ──さて、一休」

 

 

 監督の指示で、大滝のスクリーンに泥門の資料映像が映し出される。

 それが泥門のチア軍団やまもり、サキュバスメイクのアイルの姿だったりして、一同盛り上がったのは、さておき。

 

 

「栗田良寛。こやつが泥門ラインの要だの」

 

 

 スクリーンの映像が切り替わり、栗田のプレーが映し出される。

 

 デカくて重くて強く、そして上手い。

 鉄壁の王城(ライン)を相手にした獅子奮迅の活躍が、その脅威を物語っているいる。

 

 

「スピードこそないが、油断できぬ相手よ。山伏、お前が手刀を駆使したとしても、な」

 

 

 続いてスクリーンに映し出されたのは、雪光、夏彦、モン太の泥門レシーバー陣だ。

 

 

「泥門の3人のレシーバー。正確なルート(ラン)が信条の雪光。その長身と柔軟な身体能力で密集地帯を制する瀧。そしてもっとも警戒すべきはあの鉄馬や桜庭にも競り勝った空中戦の達人、雷門太郎──どう見る、一休」

 

「……雪光は身体能力は普通ですが、戦況判断が鬼早い。トリックプレーの要スね。瀧の身体能力は脅威だけどレシーバーとしてはまだ甘い。サル君は……俺に叩かせて下さい。空中戦No1は俺だって証明してみせます」

 

 

 答える一休の本気──全身から放たれる鬼気に、神龍寺の選手たちが身震いする。

 次にスクリーンに映し出されたのは、栗田以外の(ライン)組──小結と3兄弟だ。

 

 

「小結、黒木、戸叶、十文字。いまだ尻に殻がついておるとはいえ、油断はできぬ……特に十文字は東京ベストイレブン。練度で劣れどあの王城(ライン)と戦えた事実をゆめ忘れるな」

 

 

 仙洞田監督の厳かな言葉に、選手たちはみな無言で頷く。

 

 続いて大滝に映されたのは、アイルの姿だった。

 金髪美人が大写しにされて、みんなちょっとテンションを盛り返したのは、さておき。

 

 

「天王洲アイル。ラインバッカーとして東京ベストイレブンに名を連ねたが、こやつの本領はリードブロックよ。エースランナー並の速度に、王城の大田原を弾くパワー。それにレスリング仕込みの反射神経に精密なハンドテクニック。此奴こそが泥門の攻防の要よ」

 

 

 下心込みでみんな熱中しているが、あくまで研究である。

 無情にも映像は変わって、スクリーンに赤毛のロスが映し出される。

 

 

「ふむ、コヤツに関してはまだ出場機会がない。特別入学枠で泥門に入り込んだ、痩身の米国人。なかなかの曲者よ。泥門の頭脳を担う参謀と見て間違いあるまい」

 

 

 言葉と同時に、映像はベンチからサインを飛ばすロスの姿に変わる。

 ユニフォームを着てはいるものの、日本での出場経験はなく、選手にしては痩せすぎている。

 いまだ肉体改造中といった様子で、なによりデータ分析(スカウティング)の要だ。実戦に出るよりは、ベンチで作戦を補佐する価値のほうが高いと、神龍寺の分析班は判断している。

 

 また、映像が変わる。

 映し出されたのは、カメラに視線を送るヒル魔だ。

 

 

「そして蛭魔妖一。これがクセ者でな。身体能力を、奇手と謀略でカバーしてくる。才能への挑戦と言う意味で、雲水、ある意味お主に似とるかもしれんのう……」

 

「自由にはさせません。獅子搏兎。こちらも打てる手はすべて打ちます」

 

 

 監督の言葉に、金剛雲水が応じて。

 その頭に、グリッと手が置かれる。遅れてやって来た金剛阿含だ。

 

 

「あ”──! 相変わらず気ぃ小せえな雲子ちゃん! さらにハゲんぞ!」

 

 

 雲水に絡みながら、阿含は大滝のスクリーンに視線をやる。

 そこには、ヒル魔と赤毛のロスが、素早くサイン交換している姿が映っている。

 

 

「心配すんなって。徹底的にぶっ潰してやるからよ。ヒル魔とかいうカスも、ベンチでウザってえクズも──そいつもな」

 

 

 ヒル魔たちに代わって映されたのは、泥門デビルバッツのエースランナー。光速のランニングバック、小早川瀬那。

 大写しにされた、その顔面に向けて。金剛阿含は一年生選手を片手で釣り上げ──容赦なく投げ飛ばした。

 

 

 

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