ついに訪れた、神龍寺ナーガVS泥門デビルバッツの一大決戦。
スタジアムを埋め尽くす超満員の観客に、会場は異様な熱気に包まれていた。
アメフト関係者や各種メディアの記者の数は春大会よりはるかに多く、応援に来た泥門高校の先生や生徒、クラスメイトたち。
選手の親類家族は早くも熱い声援を送り、スタンド際では鈴音を先頭にチアリーダーたちが熱のこもったダンスと声援で会場に華を添えている。
テレビ実況は語る。
NASAは地元有利。王城は台風。
泥門は環境に助けながらも、奇跡の勝利を重ねてきた。
『──でも、挑戦し続けなければ、奇跡なんて起こりません。今回も泥門は、最後の一瞬まで挑戦し続けるでしょう──最強の神を相手に……!』
奇跡。
実況の声を聞きながら、アイルは思う。
アイルが小早川瀬那として戦った泥門デビルバッツは、優勝劣敗。
実力通りに勝ち、実力通りに負ける。そんな勝敗を繰り返しながら、泥臭く関東大会の舞台に這い上がった。
そこに奇跡などない。
ただ積み上げた修練の成果、練り上げた戦略の結実があるだけだ。
でも、かつての神龍寺ナーガとの戦いだけは。
デビルバッツメンバー全員が、がむしゃらに勝利を求めてもがいた結果、掴み取った、正真正銘奇跡の勝利だった。
──奇跡は一度でいい。
アイルは、胸に拳を置き、誓う。
──今度は実力で、神龍寺ナーガに……阿含さんや雲水さんに勝つ!
と、アイルが闘志を燃やしている傍らで。
トレーナーの溝六先生が、海外の賭けサイトで全財産賭けた宣言したり。
「それならエースの俺も背負うもん背負ってやるぜ!」とモン太が全力で乗っかったり。
「エースっつーならセナもだろ」と、なぜかセナが巻き込まれて悲鳴を上げたりしている。
自分の時には見なかった風景だが、まあ流していいだろう。
カジノで稼いだ資産はすぐに現金化できないから、ヒル魔に一時建て替えてもらうという、なんか取り返しのつかなそうなこともやってるが、背水の陣で挑んでくれるなら、むしろ望むところだ。
不安げに光速でチラ見してくるセナに、アイルは笑顔を返す。
「……大丈夫。セナは阿含さんに勝つって、知ってるから」
「ああああ相変わらず根拠のない信頼が重い……!」
「セナ! 勝つのよ! 私は孫はたくさん欲しい派だから、ドーンと5人分くらいの養育費稼いじゃって!」
「なに言ってるのまもり姉ちゃん!?」
そんな感じでわちゃわちゃしながら。
試合開始を控えて、泥門メンバーが自然と集まってくる。
ヒル魔、栗田、ムサシ──最初の三人。
セナ、アイル、モン太、夏彦──1年早期入部組。
雪光、小結、黒木、戸叶、十文字──5月入部組。
ロス──アメリカ合宿参加組。それに最古参の石丸を筆頭に、室サトシ、山岡、佐竹、重佐武、他──助っ人組。
そして、まもり、溝六先生、水戸先生、1年2組を中核とした泥門スタッフチーム。
スタジアムの異様な熱を前に。
そして最強の神の軍団との試合を前にしても、誰も呑まれていなかった。
心地よい緊張感とともに、全員が不敵な笑みを浮かべて……神龍寺の攻撃で、決戦の火蓋が切られた。
金剛阿含がフィールド際に立った瞬間、会場の歓声が大きく波打つ。
阿含が最初の攻撃から参加するのは、昨年の
「あの
「……はい!」
「
「ウッス!」
指令を下しながら、ヒル魔は円陣を描く泥門メンバーを見回す。
敵は神に例えられる東の王者、神龍寺ナーガ。
フィールドを挟んで相対す、神の軍団のプレッシャーに。
しかし、怖気づく人間は居ない。皆すでにして
最強に挑む。
そのために、足りないものを埋め、牙を研いできた。
あとは──戦うだけだ。たとえ実力で劣っていたとしても、それは勝ちを諦める理由にならない。
「ケケケ、いい顔だ……テメーら、俺らはここに試合をしに来たんじゃねえ──殺しに来たんだ! 神龍寺ぶっ殺すぞ!」
「──ぶっ・こ・ろす! Yeah!!」
ヒル魔の鬨の声に、全員が地を震わすような気炎をあげた。
◆
神の軍団、神龍寺ナーガ。
その攻撃は、中央付近から始まった。
進に鍛えられ、鉄筋を通した泥門ディフィンス。
それを受け止める神龍寺
王城とは異質の、しかしそれに匹敵する強固さは、泥門最強、栗田の圧力すら受け止める。
拮抗する中央。その両脇を、阿含たち神龍寺レシーバーが、泥門の陣奥深くに素早く切り込む。
その、出鼻をくじくように。
セナが光速の突進で、阿含への【心臓バンプ】を狙う。
──だが。
光速の掌底を、神速の反応が凌駕する。
セナの手が阿含の心臓に達する、はるか以前に。
阿含が鉈のごとき手刀でセナの腕を叩き落とし、次の瞬間には体を交わして抜き去ってしまう。
すかさずアイルがカバーに入るが、一瞬の空白を見逃す雲水ではない。
鋭い軌道で放たれたパスは、駆ける阿含の手元に吸い込まれる──その瞬間。
──ここっ!
キャッチの刹那を狙い、アイルが腕を伸ばす。
超人的な指先の力によるパス奪取──【
対する阿含は瞬時にボールを片手に持ち替え、手刀を繰り出してきた。
骨に響く衝撃。
しかし、軽量非力なセナと違い、アイルの腕は、手刀の一撃では止まらない。
突進するアイルの手がボールに触れたかと思った、刹那。
ボールの位置は阿含の体ごと、一瞬にして真横に30cmズレた。
──【神速の
アイルは心中で叫ぶ。
意思を動作に変える、その速度は神の領域。
女子アマレス最高峰を誇るアイルの反応速度をしても、人類の限界値を超える百年に一人の天才、金剛阿含には届かない。
──届……かない!
地を蹴り、伸ばしたアイルの指先すらかすらない。
つんのめったアイルの脇をすり抜け、夏彦を、モン太を蹴散らし、さらにはヒル魔をも叩き潰す。
無人の野を行がごとく駆ける金剛阿含が、そのままゴールラインを突き破るかと思われた、その時。
一条の光が阿含に突き刺さった。
セナだ。
一度は完全に抜かれたはずのセナが、光速の
だが。
「あ”──? 何のつもりだクソガキ」
阿含の強靭な体幹は小揺るぎもしない。
ただ眉間にシワを寄せて……圧倒的な力でセナを地面へと叩き伏せ、悠々タッチダウンを決めた。
『タ、タッチダァァァウン! 金剛阿含、圧倒的──!!』
桁違いの実力で奪われた先制点。
だが、阿含の顔に侮りの笑みはない。
その視線はアイルに、ヒル魔に、なにより小早川セナに向けられている。
「セナ、大丈夫?」
口元から血を流すセナに駆け寄って、アイルは声をかける。
セナはアイルに視線を向けず、ただひとり、金剛阿含を見据えている。
「大丈夫。ちょっと口が切れただけだから……すごいね、阿含さん」
「そうだね。今のわたしたちじゃ追いつけない。勝つためには、もっと速く、もっと鋭く──プレーを磨いてぶつかってくしかない」
心が折れてる暇なんてない。
先に進むために。
今よりも強い自分になるために。
アイルは超えるべき目標を、まっすぐに見据える。
続いて、攻守を入れ替え泥門の攻撃。
金剛阿含は、当然のように守備にも出て来た。
事前にヒル魔が想定した中でも、最悪のケース。
金剛阿含が攻防両面をフルで戦う、最強を越えた最強の神龍寺ナーガだ。
──阿含さんは、泥門を潰すために全力で来る。
理由はわからない。
だが、アイルはそのことを知っている。
しかし、それはアイルとしても望むところだ。
神龍寺に勝つためには、セナが1対1で阿含に並ぶことが最低条件だ。
プレーを無限に進化させていくためにも、試行回数が増える状況は理想的。
──滾るような闘争心も、戦士として戦う意志も、セナはもう持ってる。
同じ時期のアイルより、確実に強い。
そんなセナでも、【神速のインパルス】──金剛阿含にのみ許された究極の後出しジャンケンの攻略は難しい。
戦って、覚えるしかないのだ。阿含の強さを、捷さを、凄さを。食らって、肌で感じて、痛みとともに体に覚え込ませ、活路を見出すしかない。
──試行回数を増やす。そのために……
「神龍寺の中央からの攻撃は全部止める。泥門の中央からの攻撃は全部ぶち抜く……」
中央の攻防が拮抗すれば、神龍寺の作戦は
そうなれば、セナと阿含、モン太と一休がぶつかる機会を強制的に増やせる。
「わたしはわたしで──ぶっ倒す!」
「ケケケ、オレたちで、だろ?」
不意にアイルの尻をスパーンと叩いて、ヒル魔がポジションにつく。
ベンチからまもりが猛抗議を上げるが、これがヒル魔なりの激励だと知っているアイルは、頼もしくて仕方ない。
どんな強敵相手でも、どれだけ点差をつけられても。
いつだってヒル魔は、逆転のプランを用意してくれた。小早川瀬那の勝利を信じて託してくれた。
──わたしも、わたしが出来る全力を尽くす……泥門の要を、わたしが支える!
泥門最初の攻撃は、セナの
避けるはずがない。阿含と真正面からぶつかり合うルートだ。
光速の
セナは金剛阿含と光速の勢いで正面衝突して──高速スピンで捩り抜く【デビルライトハリケーン】で突破を図る。
だが、相手は【神速の
接触の瞬間、阿含は超反応で体に逆回転のスピンをかけながらフック気味の右腕を振り回し、セナの体を強烈に跳ね飛ばした。
『泥門の攻撃はエースランナー小早川セナくんと金剛阿含くんの激しいぶつかり合い! 止められたもののボールは手放さず、泥門3ヤード
派手に吹っ飛んだセナだが、受け身は取れている。
だが、心配するアイルの声に、セナは応じない。その目はただ一点、阿含に向けられている。
そして金剛阿含もまた、殺気に等しいプレッシャーを、たった一人、小早川セナだけに向けている。
まだ、セナは阿含には及ばない。
だが、すでに彼の本気を引き出せる存在になっている。
一方モン太は、一休を本気にさせるにはまだ遠い。
モン太へのパスは、競り合いながらも、ことごとく一休に阻まれている。
そして、泥門
だが、アイルが【光速の
序盤戦は、神龍寺がその圧倒的な実力を示した。
百年に一人の天才、金剛阿含。空中戦の達人、細川一休。
高度に連携の取れた神龍寺のプレーを二人の超人レシーバーが牽引し、得点を重ねていく。
だが、泥門もさるもの。
阿含にセナが。一休にモン太が。
執拗に食らいついて、致命的な独走だけは許さなかった。
攻撃においても、中央では栗田が、アイルが、押し合いながらも短い距離を確実に稼ぐ。
両翼ではセナが、モン太が、1プレーごとに全霊を捧げて神龍寺の超人たちに挑み、敗れ続けながらも、相手の意識を自分たちに釘付けにさせる。
そして、前半ながらワンポイント起用された雪光が。
司令塔のヒル魔、ベンチのロスとの高度な情報交換と無言の連携プレー【
『決まったー! 泥門デビルバッツ、今試合初得点は輝けるルートランナー、雪光学──!!』
前半の折り返しで【泥門6‐14神龍寺】、攻撃権は神龍寺。
円陣を組み、仲間たちを見回しながら、ヒル魔は不敵に口の端を釣り上げる。
「ケケケ、あの神龍寺相手に出来すぎじゃねえか……どうだ
「強いですね。守備の連携だけなら王城が上ですけど、神龍寺のほうが懐が深い。これは個人技とか状況判断力に関しては、神龍寺のほうが上だからだと思います」
「正解だ。言ってみりゃ王城は戦列を組んだ軍隊で、神龍寺は散兵──あー、多頭の蛇、ヤマタノオロチだ」
一同のぜんぜんわかってなさそうな顔をみて、ヒル魔はわかりやすく言い換えた。
それでも何人かはわかってなそうだし、なんならアイルも怪しいが、アイルは別方面から理解出来ている。
神龍寺の司令塔は金剛雲水だ。
だが阿含、一休を筆頭に、状況判断に優れた選手たちが、その場で最適の連携を取る。
それが引き出しの多さ、懐の深さとなっているのだ。
「つまり、神龍寺の選手全員が雪さん先輩みたいなものですね」
「絶望しかねえ……」
「いやいや、向こうは僕なんかよりもっとすごいから……!」
アイルの例えに、全員一気に理解して顔を青ざめさせる。
雪光は謙遜するが、もし言葉通りだったら、選手全員が戦況を俯瞰しながら司令塔と判断をシンクロさせる反則軍団が爆誕してしまう。そんなもん帝黒だけで充分である。
「ま、そうは言っても主導権握ってんのは雲水で、手綱引くのは阿含だ。
「……ヒル魔さん。さっそく、その双頭がお出ましみたいですよ」
神龍寺の陣形に視線を向けて、アイルは声をかける。
敵のフォーメーションは、阿含、雲水による異形の
「
ヒル魔の檄が飛ぶ。
金剛阿含。金剛雲水。
天賦の才に差はあれど、双子の兄弟。
感性こそ違えど、阿含はその高い知力と理解力で、雲水は膨大な経験値と献身で、呼吸をぴたりと合わせ、時に阿含から雲水へ、時に雲水から阿含へ、あるいは別のレシーバーに、自ら
だが。
阿含にはセナが。雲水にはアイルが。
瞬時の突撃は双子の咄嗟の判断力を削っていく。
アイルを欠いた中央の薄みは、彼女に及ばずとも黒木が三兄弟魂の連携で補い、ヒル魔の卓越したカード捌きも手伝って神龍寺の進撃は自然、鈍っていく。
一方で、泥門の攻撃も苦戦が続く。
阿含はセナの
──だけど、追いついてきてる。確実に。
点数は、【泥門9‐27神龍寺】。
神龍寺の攻撃に勢いが増したことで、点差は大きく開いた。
だが、セナはすでに阿含相手に互角に近い勝負を演じている。モン太も泥臭く一休に取りすがり続ける。
ふたりが目の前の強敵に一度でも勝てたなら。強力な
なぜならば。
後半になれば、ついに解禁されるからだ。
泥門デビルバッツ最強の秘密兵器──ロス・プロクターが。