アイシールド2/1   作:寛喜堂秀介

42 / 42
42 神龍寺戦後半+アイル

 

 前半戦を終え、泥門メンバーの疲労の色は濃い。

 当然だ。格上相手に、両面フルで戦い続けたのだ。

 栗田やヒル魔は疲労を顔に見せないが、1年生(ライン)陣は甲乙つけがたい疲れっぷり。

 攻撃を半ば雪光に譲った夏彦はまだ体力を余しているが、セナを守りながらフィールドを駆けずり回った石丸、金剛阿含に全力でぶつかり続けたセナは、全身汗だくのフラフラだ。

 

 作戦の要として縦横無尽に立ち回ったアイルも消耗し尽くしているが、それ以上にヤバいのが、モン太だ。

 超格上の一休を相手に毎プレー全力で競い続けた結果、前半終了時には全身汗だくのフラフラで、フィールドから出た瞬間ぶっ倒れてしまった。

 

 

「よくやりやがったテメーら。まずは目一杯休みやがれ」

 

 

 流れる汗を気にとめず、ヒル魔が選手たちを労う。

 

 ハーフタイムは20分。

 その間にメンバーは体を休め、疲労回復に務める。

 チームドクターの水戸先生がメディカルチェック。トレーナーの溝六が疲れを癒すマッサージ。マネージャーのまもりとスタッフチームが冷えたタオルやドリンク、氷嚢を配って回る。

 

 全力で休み、全力で癒し、そして全力で逆転の策を練る。

 そんなハーフタイムを挟んで、いよいよ勝負の後半戦が始まる。

 

 

『さあ、スコアは【泥門9‐27神龍寺】。百年に一人の天才、金剛阿含がフル出場する無敵の神龍寺相手に、泥門が執念で食い下がる中──いよいよ後半戦が始まります!』

 

 

 スタジアムに実況の声が響いて。

 泥門メンバーが次々とフィールドに向かう。

 そんな中、ベンチに座る赤毛のロスは、手順のひとつひとつを確かめるように、ゆっくりとヘルメットのアゴ紐を締める。

 

 その背後から。水戸先生が、そっと肩に手を置く。

 

 

「いいかい、ロスくん。鍛えられた筋肉の鎧に支えられているとはいえ、君の膝は無理が利かない。無茶は禁物だよ」

 

「おお、わかっているともドクター・ミト。体力的にもハーフを戦うのが限界だろう……だからこそ、焦がれながら、待ちわびていたのだ。この後半戦を……!」

 

 

 ドクターの忠告に、そう答えて。

 赤毛のロスはすっくと立ち上がり、ゆっくりと大地を踏みしめる。

 

 肩と両膝に致命的な傷を負ってから約1年半。

 鋼の如き筋肉が溶けるようにしぼんでいく、その恐怖に耐えながら、ひたすら治療に専念し、その後も機能回復を優先してリハビリに励んだ。

 だが肩が、膝が、ようやくその機能を取り戻しても、アメフト復帰への道はなお遠い。プロフェッサー・ロスの名を聞いて迎え入れることに乗り気だったチームも、萎みきった自分の無惨な姿を見た瞬間、選手としての進路を閉ざす。

 

 そんな絶望の底で、ロスは悪魔に出会った。

 悪魔──蛭魔妖一の契約(さそい)に乗って、日本の高校生チーム、泥門デビルバッツに入って、3か月。

 その間、最先端のスポーツ医療、科学的知見に基づいた地道で厳しいトレーニングを続け、選手復帰を目指し続けてきた。

 

 

「ケケケ、よく我慢しやがったな……テメーの(ファッキン)体力じゃ勝負を後半に賭けるっきゃ無かった」

 

「リハビリ半ばのこの身が呪わしかったが……ベンチでじっくりと観察した。神龍寺のプレーは理解させて貰ったとも」

 

 

 後半戦、泥門の攻撃は中央付近から。

 神龍寺の、困惑と警戒、激しい敵意の視線を受けながら。

 ヒル魔と赤毛のロスは肩を並べて、フィールドに足を踏み入れる。

 

 ロス・プロクターは。

 データ分析(スカウティング)の達人、プロフェッサー・ロスは。

 名門フェニックス中のかつてのエース司令塔(クォーターバック)は、戦士として再び嗅ぐ戦場(フィールド)の匂いに、歓喜とともに身を震わせた。

 

 頼もしい戦友の姿を見て。

 セナが、モン太が、ライバルに勝つため、鈍い重みが残る体に気合を入れ直す。

 

 

 ──大丈夫。ふたりの想いは、執念は、阿含さんや一休さんにだって届く。わたしはそれを、知ってるから。

 

 

 心のなかでつぶやくと、アイルは分厚い敵の守りを見据え、集中する。

 ロスの参入により、泥門の作戦は質、数ともに爆増する。作戦を爆発させるためにも、タイトエンドの活躍は不可欠だ。

 

 アイルの背後で。ヒル魔とロスは会話を続ける。

 

 

「よう(ファッキン)マッチ棒。無敵の【ドラゴンフライ】の攻略法は見えたかよ」

 

「おお、彼らの【ドラゴンフライ】は震えるほどに完璧だとも。悪魔殿の取った策──【電撃突撃(ブリッツ)】によるパス時間の短縮が最適解とも言える。だから、それ以上を望むなら……やはり、専門家に任せるべきだろうとも」

 

 

 悪魔からの問いに。

 悪魔に魂を売った教授は、口の端をわずかに持ち上げた。

 

 

『後半戦、攻撃は泥門からですが……これは──っ!?』

 

 

 スタジアムがざわめいた。

 デビルバッツのとった予想外の陣形に、実況が困惑の声を上げる。

 

 泥門の作戦は、神龍寺ナーガと相似形の【ドラゴンフライ】。

 ヒル魔とロス。泥門の二大司令塔(クォーターバック)が並び、それを斜めに切り裂くように、前方にアイル、後方にセナが並ぶ。

 

 

『泥門、これはなんと……【ドラゴンフライ】!?』

 

 

 神龍寺陣営から漏れたのは、わずかな呆れと侮り。

 猿真似に対する呆れ。急造で【ドラゴンフライ】が真似できるはずがないという侮り。

 そんな緩みを、金剛雲水と山伏が一括一喝する。彼らとて歴戦の戦士。選手たちはたちまち気を引き締めたが、観客にはどこか緩んだ空気が残っている。

 

 空気の緩みを引きずるように、泥門の攻撃はゆるりと始まった。

 ヒル魔からのトスでボールを回されたロスは、ゆったりとしたフォームから鋭く夏彦にパス。

 レシーバーの夏彦は、無理に奥へと走り込まず、その場で跳躍、マークの届かぬ高さでボールをキャッチした。

 さっと流したプレーだが、ロスの厄介さに気づいたのだろう。阿含や雲水、一休の表情が変わっている。

 

 投手(クォーターバック)のロスは身長192cm。

 レシーバーの夏彦は身長182cm。

 

 これに並ぶ選手は、神龍寺には居ない。巨漢の山伏ですら178cmなのだ。

 ただでさえ厄介だったパワーと柔軟性に、高さという武器が加わったことで、夏彦の密集地帯でのボール確保力は絶対の武器に化けた。

 

 だが、神龍寺は夏彦にばかり目を向けていられない。

 逆サイドに飛ぶ、ヒル魔からモン太への、限界ギリギリのスパルタパスは、一休以外止められない。

 パスと見せかけたセナの光速の(ラン)が、本来フィールドを広く守る金剛阿含に、セナとの一対一を強制的に要求する。

 

 そして。

 

 

『泥門デビルバッツ、掟破りの逆【ドラゴンフライ】だが……これは強ーい! あるいは神龍寺に匹敵するかもしれない完成度だ!』

 

「ケケケ、作戦自体は急造だがな。死ぬほど練習した【鳥の叉骨(ウィッシュボーン)】が根っこにあるんだ。破壊力は本物だぜ──そして喰らいやがれ、【デビルドラゴンフライ】の真骨頂!」

 

 

 投手(クォーターバック)二人による変幻自在のパス陣形【ドラゴンフライ】。

 ここにセナとアイルを加えることで、(ラン)プレーの究極とも言える【鳥の叉骨(ウィッシュボーン)】への変化が可能となる。

 

 連続攻撃権(ファーストダウン)を獲得し、残り12ヤード。

 ヒル魔からの素早い横パスを受けたロスは、一度ボールを高く差し上げて──そのまま猛然と前方に突進した。

 

 

「──ふんぬらば──だともっ!!」

 

 

 気合一声、吠えながら。

 栗田が、戸叶がぱっくりとこじ空けた中央の穴に、ロスが走り込む。

 

 即座に止めに入る神龍寺ディフェンスのうち、金剛阿含はセナが時間を稼いだ。

 逆サイドはアイルが完璧に抑えている。残る中央は──ロスはその長い腕を突き出し、突っ張り棒にしながら敵を斬り捨てた。

 

 スピードはない。

 パワーはいまだ全盛期に及ばない。

 

 それでも、本場アメリカで培った圧倒的な経験値がある。

 かつてフェニックス中時代、ライバルたちに恐れられた、重戦車のごときパワー(ラン)

 

 

「──こ・の・鈍足カスがぁ!」

 

 

 セナを力任せに引き剥がし、怒りもあらわに追いついてきた金剛阿含が、ロスの巨体に猛然と組み付く。

 

 だが、ロスの進撃は止まらない。

 走力は、この短期間では取り戻しようがない。

 

 しかしパワーは。

 筋肉がその全盛時の姿を覚えている筋力だけは、驚異的な速度で回復しうる。

 分厚いプロテクターで隠されているその体格は、もはやかつてのマッチ棒ではない。

 

 

「誰も、俺様の歩みを……止めさせはしないとも!!」

 

 

 ロス・プロクター。

 40ヤード走5秒7、ベンチプレス──110kg!

 

 熱気を全身から吹き出しながら、ロスはしがみつく体重67kgの阿含を力づくで引きずり、ゴールラインを割り開いた。

 

 

『泥門ランニングバック──いや、第二の投手(クォーターバック)ロスくん、交代早々すさまじい突進でタッチダウンを决めた! ムサシくんのキックも決まり【泥門16‐27神龍寺】! 泥門追いすがります!』

 

 

 スタジアムの泥門応援が、がぜん勢いを増す。

 赤毛のロスの活躍で活気づいた泥門は、続く神龍寺の攻撃を気合で押し留め、キックでの3点に押し留める。

 

 

「獅子搏兎!!」

 

 

 だが、神の軍団も黙っていない。

 気合とともにスイッチを切り替えた神龍寺ディフィンスは、荒々しくも洗練された技で前衛を切り払う。

 超人たちに及ばぬからこそ持ち得た、地上から見る視点。最強の凡人、金剛雲水は、泥門の急造【ドラゴンフライ】を冷酷なまでに堅実に切り崩しにかかる。

 

 

「ドラゴンフライの弱点は、作戦の読みやすさと中央の脆弱さだ。基礎力と練度で勝る神龍寺が正攻法で圧力をかければ、必ず崩せる」

 

「──と、金剛雲水なら思ってやがるだろうな」

 

 

 ふたたび攻防が入れ替わり、神龍寺の攻撃。

 集まったメンバーの前で、悪魔と教授は邪悪に笑う。

 

 

「ケケケ、その弱点はそのまま神龍寺にもぶっ刺さるんだよ──行くぞ野郎ども。中央突破だ! ぶっ殺せ!」

 

「──ふんぬらばっ!!」

 

 

 関東最強のラインマン栗田が、神龍寺(ライン)の鉄壁をぶち破る。

 大きく空いた隙間に飛び込んだのは、俊足のラインバッカー、天王洲アイル。

 

 狙いは金剛雲水への電撃突撃(ブリッツ)

 これまでと違うのは、中央最短距離を駆けるがゆえの──圧倒的速度。

 

 

「触れ──たっ!」

 

 

 突撃槍(スピア)のごときアイルの鋭い片手タックルが、雲水の体勢を大きく崩す。

 だが、膨大な練習に裏打ちされた雲水の投球は、体勢が崩れた程度では狂わない。

 

 だが。

 安全策として選んだ阿含へのショートパスは、雲水の失策だ。

 なぜなら。金剛阿含の側には絶対に居るのだから──無限に進化する、最速のランナーが!

 

 

「おおおおおっ!!」

 

 

 阿含の胸元にまっすく飛んだボールに、小早川セナは飛びつき、ボールをキャッチ──しそこねて、跳ね飛ばす。

 一同ひやりとしたが、切り込んできていた小結が滑り込んできて、ボールをがっしりと抱え込んだ。

 

 見えているのに、届かない。

 光速が、神速の反射を凌駕した事実に。

 天才のみが存在できる領域を踏み荒らされた不快に。金剛阿含は歯ぎしりする。

 もはやセナしか目に入っていない。そんな阿含の様子を見ながら、ヒル魔とアイルは不敵に笑う。

 

 

「ケケケ。野郎、ついに(ファッキン)ドレッドを越えやがった」

 

「まだまだ。セナには阿含さんを正面からぶっとばして貰わないと」

 

「そいつは後のお楽しみだ。本気を通り越した超本気の金剛阿含をぶち抜くために、(ファッキン)チビにゃさらに限界を越えてもらう……毎プレー(ファッキン)ドレッドとぶつかりあってな!」

 

「はいっ……!」

 

 

 セナと阿含の息を呑む高速の攻防は、がっぷり四つ。

 最終的な前進こそ阻まれるものの、セナにのみ集中した超本気の金剛阿含に勝負負けしていない。

 金剛阿含という双頭のひとつを封じられた神龍寺は、モン太へのロングパスを一休で封殺するも、ロスと夏彦の高さで、栗田、アイル、ロスによる火を吹く巨砲のごとき中央突破で、神龍寺をじわじわと押していく。

 

 後半も半ばが過ぎ、点数は【泥門24‐37神龍寺】。

 点差は13点。ムサシを擁する泥門なら、2タッチダウンで逆転できる点差だ。

 だが、セナが、モン太が、差を縮めながらも阿含と一休に勝ちきれない以上、時間との戦いでは分が悪い。

 

 

「敵が時間潰しにかかりゃ逆転できねえからな……ケケケ、ここは先に仕掛けるぞ。(ファッキン)ドリル! テメーの盾で、(ファッキン)ドレッドを抑えきりやがれ!」

 

「確実にタッチダウンをもぎ取る必殺のコンビネーション──【デビルフォーミュラ・ワン】。ここが切りどころですね」

 

 

 泥門の攻撃、敵陣残り20ヤード。

 泥門必殺の(ラン)プレーの得点確実圏内。

 アイルとセナのコンビネーション(ラン)は、さしもの神龍寺とて警戒せざるを得ない。

 それを見せ札に、警戒を割かせ続けたからこそ、神龍寺相手に攻撃を成功させてこれたともいえる。

 

 だが、さんざん裏を見せ続けてきたことで、今度は表が活きる。

 最強の手札で、真正面から神の軍団を粉砕する。それが出来ることを、証明するべき時が来た。

 

 

「──行くよセナ。【デビルフォーミュラ・ワン】!」

 

「うんっ! 合わせるっ!」

 

 

 アイルが風を切って駆ける。

 その背後に、ボールを抱えたセナがぴたりとつける。

 外側から前線を抜けたアイルに、金剛阿含がセナごと叩き潰さんと襲い来る──のはフェイント。すでに阿含はアイルなど眼中にない。

 

 【デビルバットゴースト】でアイルを抜き、阿含は背後のセナの首を刈らんと腕を振りかぶる。

 だがその瞬間、アイルは【光速の思考速度(パーセプション)】で即座に知覚、超反応し、阿含とセナの間に己の腕を割り込ませる。

 

 

「ク・ソ・女ぁーっ!」

 

 

 アイルが盾として機能したのは、わずか0.2秒。

 だが、アイシールド21──小早川セナが阿含を引き離すには、充分な時間だ。

 瞬時に最高速に達した光速の(ラン)が、フィールドと神龍寺ディフェンスを縦に一閃、切り裂いて──セナはそのままゴールラインを駆け抜けた。

 

 

『で、出たーっ! 泥門デビルバッツ必殺のコンビネーション(ラン)炸裂! アイシールド21がタッチダウーン!!』

 

 

「アイル!」

 

「セナ!」

 

 

 会心のタッチダウンに、アイルとセナは、手のひらを強く叩き合わせる。

 

 事前に対策があったのだろう。神龍寺のディフェンスは、間違いなく【デビルフォーミュラ・ワン】を封殺するように動いていた。

 その上で、ふたりの必殺のコンビネーション(ラン)は、金剛阿含や敵セーフティを抜き、タッチダウンをもぎ取った。

 

 

「よくやった(ファッキン)チビ、(ファッキン)ドリル! これで連中はテメーらの警戒を上げざるを得ねえ! ……ケケケ、つまりは奇策の差し時ってこった!」

 

 

 点数は【泥門31‐37神龍寺】。6点差で神龍寺の攻撃。

 キックオフにヒル魔が送り出した泥門のキッカーは、室サトシ。

 

 

『おーっと泥門、キックオフにムサシくんではなく室くんを送り出します! 王城戦の曲がるキック、【バナナキック】が記憶に新しいですが、その再現を狙っているのかーっ!?』

 

 

 興奮を含んだ実況の声がスタジアムに響く。

 だが、そんなものは不可能だと、両チームとも知っていた。

 

 王城戦でのあの超変化球は、台風並の暴風あってのこと。

 無風に近い今、たとえ同じキックを放っても、ボールはほとんど変化しないだろう。

 

 

 ──ならば、【バナナキック】を見せ札にしたオンサイドキックか?

 

 

 派手な奇策の残像が、神龍寺に迷いを生む。だからこそ、狙う。

 

 

『おーっと泥門室選手、これはバナナキックじゃない! 普通のキック──だが短いぞ!?』

 

 

 室のキックは、ふわっとした山なりの軌道を描く。

 

 その落下点を、あらかじめ知っていたかのように。

 泥門(ライン)陣が、神龍寺の前線を抑え、駆け込んできたモン太が、ノーバウンドでボールをキャッチし、そのまま駆け上がる。

 泥門勢に抑えられた神龍寺勢が、モン太を追おうと重心を移した、その瞬間を見計らって──【悪魔の毒(デビルバットポイズン)】が炸裂する!

 

 

「な、なんだこいつら。ブロックが急に強く……!?」

 

 

 この作戦を、アイルは知っている。

 盤戸スパイダーズの特殊(スペシャル)技、【蜘蛛の網(スパイダーズウェブ)】。

 不完全ながら【悪魔の毒(デビルバットポイズン)】が使える泥門だからこそ可能な、ここ一番のために温めてきた戦術コピーだ。

 

 当然、モン太を先導するのは、東京最強のリードブロッカー、天王洲アイル。

 怒りとともに神速で突進してくる阿含をセナが押し留めて、泥門は神龍寺のゴール前15ヤード地点まで押し込んだ。

 

 

『なんとなんと、ここで泥門、超奇策のオンサイドキック! 攻撃権をもぎ取って、一気に神龍寺エリア直前まで差し込んだぞー!!』

 

 

 実況が興奮の声を上げる。

 

 ここで得点出来れば、泥門の逆転だ。

 だからこそ、選ぶのはもっとも確実性の高い作戦──【デビルフォーミュラ・ワン】しかない。

 

 

 ──だが、悪魔の采配はそれを嘲笑う。

 

 

 だからこその、モン太へのパス。

 それも、ヒル魔からではなく、ロスからの。

 

 長身のロスの、長く強靭な指先に弾かれ、超回転を与えられたボールは、やや上向きの姿勢で飛ぶ。

 ヒル魔が得意とする、風を切り裂く【デビルレーザーバレット】ではない。それに比べれば遥かに遅く……だが、落ちない。

 本来ヒル魔同様【バレット・パス】を得意とするロスだが、二人目の投手(クォーターバック)として、まったく別の牙を求めた。それこそが、この魔球。

 

 

「──其は海に揺らめく脅威の炎のことく」

 

 

 ロスは炎のごとく赤毛を揺らして、会心の笑みを浮かべる。

 魔球は、限界域でのキャッチ争いで並走する一休が、目算で伸ばした手の上を泳ぐようにすり抜けて──汗みどろになりながらも、めいっぱい片手を伸ばしたモン太の手の内に吸い込まれた。

 

 

 ──【セントエルモの火(ス・ファイヤー)】。

 

 

 浮力を最大に得る角度で投げる変則ボール。

 球筋の安定は、通常に倍する回転量で担保する。

 192cmの長身にふさわしい巨大な手を持つ投手(クォーターバック)ロスだからこそ可能な、初見ではまず対応不能の必殺技だ。

 

 実はモン太も、練習ではキャッチし損なうことのほうが多かった。

 だが、一休との極限状態のせめぎあいの中、ただひたすらに一途な執念で、キャッチを成功させたのだ。

 

 

「うおおおおキャッチMAXー!!」

 

 

 最強のレシーバー、一休とのキャッチ勝負に勝利し、モン太は雄叫びを上げる。

 

 

『泥門レシーバー雷門太郎、執念のキャッチでタッチダウンをもぎ取ったーっ! 

これで点数は【泥門38‐37神龍寺】! なんとなんと泥門デビルバッツ、あの神龍寺ナーガ相手にリードしたーっ!!』

 

 

 スタジアムに大歓声が上がる。

 メディア関係者の大方の予想を裏切る、泥門の猛攻に、しかしみな感動の身震いを抑えられない。応援は、一気に泥門に傾いていく。

 

 試合終了まで、残り5分。

 攻撃権は神龍寺ナーガに移った。

 阿含はセナに、一休はモン太に、強烈なライバル意識燃え上がらせながらも、王者神龍寺は貪欲に勝利のみを見据える。

 雲水、阿含、一休の投手(クォーターバック)3人体勢による奇策、【ゴールデンドラゴンフライ】で超攻撃的に時間を潰しながら、じりじりと敵陣に押し込んでいく。

 

 神龍寺としては、本来ギリギリのタッチダウンを狙いたいところだが、残された時間がやや長い。

 しかも、阿含がセナと、一休がモン太との勝負を熱望したことで、神龍寺の攻撃は大きく加速する。

 両者マッチアップ相手と争いながらも大きく距離を稼ぎ、結果残り1分を残して神龍寺はタッチダウンを决めた。

 

 

『神龍寺ナーガ、ここで逆転のタッチダウーン! 泥門に王者の貫禄を見せていくーっ!!』

 

 

 これで点数は【泥門39‐44神龍寺】。5点差。

 泥門最後の攻撃は、中央やや神龍寺エリア寄りの地点から始まった。

 

 この時点ですでに残された時間は、わずか30秒。

 (ラン)か、ロングパスでのタッチダウンを狙うしかない。

 

 追い詰められたこの状況。

 最後の最後に頼るのは、やはり【デビルフォーミュラ・ワン】だ。

 

 だが。神龍寺もまた、奇策に出た。

 

 

『おおっと神龍寺、これは……最後方のセーフティに金剛雲水君が入っているぞーっ!!』

 

「……雲水の守備起用はデータにねえ。が、狙いはひとつっきゃねえ……(ファッキン)ドレッドとの連携での【デビルフォーミュラ・ワン】潰しだ」

 

 

 ヒル魔がフィールドに立つ双子に視線を向ける。

 アイルとセナのコンビネーションに、阿含と雲水を当てる。

 同じ血を分けた双子であり、完璧な呼吸、完璧な連携を誇る金剛兄弟による、最強のコンビネーション。おそらく最後の奥の手。

 

 

「でも、負けない。そっちが双子なら、こっちはそれ以上だから!」

 

 

 アイルのトンチキな台詞に、ヒル魔が何いってんだコイツ、みたいな目をしてるのはともかく。

 

 アイルはセナと視線を交わしに、ポジションに付く。

 対峙する金剛阿含から発せられる野生の獣のようなプレッシャーが、肌をひりつかせる。

 

 

 ──阿含さんが、僕の遙か上に居ることなんて知ってる。だけど。

 

 

 ヒル魔からボールを託されたセナを先導して、アイルはアウトサイドを走る。

 モン太が、ロスが、(ライン)組が、アイルとセナに向かう神龍寺ディフィンスとの間に、何度でも身を割り込ませ続けて──最終防衛線、金剛兄弟との対決となる。

 

 後方から駆け抜けた雲水が阿含の前を駆ける。

 向かってくるその姿は、奇しくも【デビルフォーミュラ・ワン】の相似形。

 

 

「──そこが頂点じゃないことを、知ってるから……行かせてもらうよ。もっと先に!!」

 

 

 奇しくも、アイルとセナの口から同じ言葉が発されて──アイルと雲水がぶつかる。

 

 雲水の狙いはシンプルだ。

 アイルを徹底的に足止めして、阿含に対する盾役を果たさせない。

 金剛阿含がセナに勝利すると信じているからこその、捨て身の献身。

 

 一瞬、アイルの動きが止まる。

 その影から、セナが矢のように飛び出した。

 

 同時に、雲水の影から阿含が横滑りするようにしてセナの眼前に立ちふさがる。

 繰り出される阿含の手刀を左腕で弾いて。セナは【デビルライトハリケーン】で阿含をねじり抜きにかかる。

 

 対する阿含も、逆回転のスピンでフック型に固めた腕を振り回す。

 奇しくも、試合序盤と同じ展開。だが、小早川セナのプレーは、金剛阿含を相手に無限の進化を遂げている。

 

 回転しながらも、セナは一瞬、膝の力を抜き、前に向かって身を沈める。

 刻む無数のステップが、奇しくもパンサーのような、地を這うような無数のゴーストを生じさせながら──セナは金剛阿含を完璧にぶち抜いた。

 

 

「小早川──セナああああっ!!」

 

 

 阿含が超反応でセナを追いすがる──が、その指先は、紙一重、ユニフォームに届かない。

 

 なぜならば、もう一人のセナが──天王洲アイルが。

 【悪魔の毒(デビルバットポイズン)】で体勢を崩されながらも、なお持ちこたえる雲水ごと、予備動作無しの高速人間砲弾、【デビルバットダイブ】で、雲水ごと阿含の進路にもつれ入ったのだ。

 

 フィールドを縦に貫く光速の(ラン)は、カバーに入った神龍寺ディフェンスを置き去りにして。もはや遮る者は居ない。一気にゴールラインを突き破った。

 

 

『タッチダウーン!! 泥門デビルバッツ、逆転のタッチダウン!! 神の軍団と互角、いやそれ以上に渡り合った悪魔の軍団、激闘の果てに、エース小早川セナくんのタッチダウンで、ついに勝利を决めたあああっ!!』

 

 

「やー!!」

 

 

 鈴音が歓喜の声を上げる。

 泥門を応援する観客たちの声は、スタジアムを揺らす。

 

 そんな中で。ヒル魔が歓喜の号砲を鳴らす。

 栗田が瀧のごとく涙を流し、黙々と己の仕事を果たしたムサシは、静かに息をつく。

 モン太が、ロスが、雪光が、泥門のメンバー全員が歓声を上げ、全身で喜びを表現する。そんな中で。

 

 

「……無茶をする」

 

 

 芝生の上に倒れ込んだアイルの隣で、自身も倒れながら、雲水が声をかけてくる。

 

 

「圧倒的な格上を相手にしてるんです。予想を越えていかなきゃですよ」

 

「……そうやって、頂点に挑むつもりか。勝てないと知りながら」

 

 

 超高速の脚も、圧倒的な高さも、破壊的なパワーも、無双のキャッチ力も、アイルはなにも持っていない。

 アマレスの経験値と、指先の力、それに光速の残滓。たとえ超人の域に足を踏み入れても、本当の頂点を目指すには、なにもかもが足りない。

 

 

「それでも戦う。挑み続ける。そういう生き方を選んだつもりです」

 

 

 すでに出した答え、選んだ道だ。アイルの言葉は揺るがない。

 

 雲水は、その言葉をゆっくりと噛みしめている。

 そんな中、タッチダウンしたボールを抱えたまま、セナがアイルのもとに駆け寄ってくる……が、とんでもねえ目つきで睨む阿含に、動きをフリーズさせた。

 

 金剛阿含は、しばしセナと、そしてアイルを睨んで。

 

 

「春だ。来年の春大会、テメーらぶっ潰してやる……首洗って待ってやがれ!」

 

 

 阿含の言葉に、柔らかく笑いながら。

 身を起こした金剛雲水が、こちらに言葉をかける。

 

 

「勝って当然と思っていた。実際、試合開始時、総合的な能力ではこちらが上だったはずだ。だが、君たちは試合中にも成長し、最後は地力でも上を行かれた……鍛え直す。そして次は勝つ」

 

 

 別の言葉で、同じ内容を話して。双子はこちらに背を向ける。

 アイルは先を目指すその背に向けて、微笑を送った。

 

 

「アイル……僕たち、勝ったんだね」

 

 

 双子を視線で追っていると、気がつけばセナが隣に来ている。

 

 

「うん、勝った。あの阿含さんたちに……だけど、油断してられないよ。次に戦う時には、ふたりとも今よりずっと強くなってるだろうから」

 

「あはははは……その前に、進さんや陸たちと戦わなきゃだけど」

 

「大和さんたちともね」

 

 

 果てしない強敵たちの顔を思い浮かべながら、アイルとセナは笑い合う。

 ふと見れば、ヒル魔とモン太を先頭に、汗と泥にまみれた仲間たちが、笑顔で駆けてくる。

 

 なんか溝六先生だけ「1億円!」とか叫んでるし、よく考えたらセナやモン太がとんでもなく儲けちゃった気がするけど、まあハッピーなことだから気にすることはない。太陽に賭けさせるのだけは止めなきゃだけど。

 

 みんなから手荒い祝福を受ける中、実況が絶叫に近い声がスタジアムに響く。

 

 

『泥門デビルバッツ、下馬評を覆して神の軍団、神龍寺ナーガに逆転大勝利! 今大会の台風の目が、とんでもない奇跡を見せてくれましたーっ!』

 

 

 

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