アイシールド2/1   作:寛喜堂秀介

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45 閑話1 アイルとアマレス少女

 

 

 それは関東大会の最中。練習の合間の一時。

 部室にはヒル魔とアイル、それに三兄弟しか居ない。

 モン太、セナが無駄にドリームを築いてしまったのに触発されたのか、三兄弟はスロットに夢中だが、秒速で溶かしている。

 ちなみに、ドリーマー筆頭のどぶろく先生は、神龍寺戦で儲けた全額を太陽に賭けようとしたが、生徒を巻き込んでの賭博行為に、チームドクターの水戸先生が激怒。とりあえず儲けた直後に全額スるって未来はなくなった。

 

 ……どぶろく先生の気質の問題だから、やらかすのも時間の問題かもしれないけど。

 

 ちなみにモン太とセナが儲けた金は、使い道もないことだし全額ヒル魔ファンドに預けている。

 モン太は、18歳になったら全額を婚約指輪のために使う気満々だし、セナは、母親を自称するまもりが大量に計画した将来設計の山に埋もれてそれどころじゃない。

 

 ともあれ。

 殺伐としながらも平和な泥門アメフト部の部室に、見知らぬ少女が飛び込んできた。

 

 

「──天王洲アイル、勝負や!」

 

 

 身長は160半ばほどか。

 たぬき顔でベリーショートの、やや童顔の少女だ。

 だぼっとした赤いジャージ姿だが、よく見れば体つきはがっしりしている。

 

 皆の不審げな視線が集中するが、少女は気にもとめない。

 カジノテーブルに足をかけ、パソコンを弄っていたヒル魔がアイルに視線を向けた。

 

 

「知り合いか? (ファッキン)ドリル」

 

「知り合いというか、たぶんアマレス関係? 体格とかそれっぽいですし」

 

 

 アイルは戸惑いながら答える。

 アマレス関係の縁なのは間違いないだろうが、いかんせん見覚えがない。

 正直大会とかで出会ってたとしても、よっぽど印象に残ってないと覚えてる自信はないのだが。試合で一分以上顔を合わせた選手って居ないし。

 

 アイルの言葉に、少女はぷるぷると肩を震わせて。がーっと叫んだ。

 

 

「ウ・チ・は、あんたの宿命のライバルの照井埼絃(てるいざき いと)やーっ!」

 

「……あー、全国あたりで何度か対戦した」

 

「3回や3回! 小6の夏の全国決勝と中2の冬の選抜2回戦と中3の夏の全中準決勝!」

 

 

 名前を聞いて、アイルは思い出したが、少女はがーっと突っ込んでくる。

 

 立派に全国区の選手だ。

 名前も、聞けば「ああ、あの選手」と分かるくらいには覚えてる。

 ぱっと見でわからなかったのは、彼女が髪型をベリーショートに変えてたからだ。ショートボブだった中学の頃とは、相当印象が変わっている。

 

 

「えーと……おひさしぶり?」

 

「ほ・か・に・言うことないんか!? ウチに黙ってレスリング辞めといて!」

 

「いやいやいや、相談するような関係じゃないよね? ……というか全中の大会でわたしがアメフトやりたいって言った時、会場にいたよね? ……たぶん」

 

「おったわ! おったけど冗談だと思ってたんや! よりによってレスリングの神の子みたいなあんたがアメフト転向とか普通思わんやろ!?」

 

「その後も取材とかでアメフトやるとは言ってたと思うけど……」

 

「負けたんが悔しすぎて、雑誌とかテレビろくに見れとらんかったし、修行で山籠りしてる間にあんたが辞めとったんや!」

 

 

 なんというか、辞めるって言った後、学校に押しかけてきた人はけっこう居たけど、こんなノリで来られるのは久しぶりだ。

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぐ少女に、ヒル魔が顔をしかめた。

 

 

「めんどくせえ……(ファッキン)ドリル、もう追い出しちまうか?」

 

「いやレスリング関係者を無下にはできないかなって……盛大に不義理しちゃいましたし」

 

 

 一応確認してくれるだけ、ヒル魔にしては優しい対応である。というのはともかく。

 関係者各位に迷惑をかけた申し訳なさがあるので、アイルはこの手の事情で押しかけてきた人間を、粗略には扱わないと决めている。

 

 

「つかテメー、泥門になにしに来たんだよ」

 

 

 ヒル魔がにらむと同時、スロットに熱中していた三兄弟も顔を向けてきたので少女はビビリ散らかした。

 

 

「ヒエッ……て、天王洲アイル! あ、あんたよく見たらなんやこいつら!? 金髪ピアス! 十字傷の金髪! グラサン金髪! 目付き悪いロン毛!  ……あんた大丈夫なんか? こいつらに脅されてたり……そ、その、ひどい目にあってたりしとらんか?」

 

「ハ?」

 

「はぁ?」

 

「はぁあああ!?」

 

 

 とんでもない風評被害に、十文字、戸叶、黒木が身を乗り出してガンつけする。

 よりによってアイル相手にそういう疑惑を持たれてキレる気持ちも分かるが、知らない人間が見たなら、カジノに改造された部室にたむろしてる凶悪な外見の不良たちっていう、まったく弁護しようがない状況だから困る。

 

 ちょっと可哀想になって、アイルは涙目の少女をなだめる。

 

 

「大丈夫だから……ヒル魔さんも黒木君たちも見た目は怖いけどいい人だから……」

 

 

 見た目は怖いって言われて、三兄弟がちょっと傷ついたのは、さておき。

 アイルの言葉に、少女はほっと胸をなでおろして。

 

 

「アイルちゃん、なんの騒ぎ?」

 

「おっすー姫っちー。次のホンバン用のメイク考えたよー」

 

 

 騒がしいので様子を見に来たまもりと、アイルのメイク担当のギャルがやってきて、さらにこじれた。

 二人とも、見た目的には髪を染めてるし、ギャルに至っては盛り髪茶髪の典型的な姫ギャルスタイルな上に、言ってることも勘違いしようと思えば出来る内容だ。

 

 客観的に見たらどう考えてもアウトロー系の不良グループである。

 少女からすれば、ライバルを尋ねてうっかりそのたまり場に足を踏み入れてしまった状況。

 さらに当のライバルは、どう考えてもヤバい不良たちを、いい人たちだと弁護しようとしている。

 

 数え役満である。

 あとはアイルが脅されてるか絆されたか、程度の違いしかない。

 

 結果──

 

 

「うおおおお! 逃げるで天王洲アイル! ウチがあんたを助けたるからな!」

 

「落ち着いて! 大丈夫だから! なにもされてないから!」

 

「ふんぬおおおお!? ピクリとも動かん! 変な抵抗すなや馬鹿力!!」

 

 

 必死に手を引く少女を抑えて、アイルは必死に勘違いを解く。

 騒ぎを聞きつけたセナやモン太、栗田がやってきたところで、ようやく疑いが晴れる余地が生じて、そこから雑誌やテレビ放送の録画なんかを見せて、少女はようやく納得してくれた。

 

 

「と、いうわけで、照井崎さんが心配してるようなことはないんだよ」

 

「そ、そうか。ならよかった──やない! ウチはお前のライバルなんやからな! 心配なんてしてないんやからな!」

 

「うん……なんか心配かけてごめん?」

 

 

 最初ものすごい勢いで食って掛かってきた彼女だが、根っこのところの人の良さがにじみ出まくってて、なんか振り回しちゃって申し訳なくなってくる。

 

 

「あんた……なんか人間丸くなっとらんか? 前はもっと無関心な感じやなかったか?」

 

「あはは。いまはこんな感じなんで……」

 

 

 アイルは笑ってごまかす。

 

 無関心というのは、実は違う。

 同じ学校の仲間や、交流のある学校の選手なんかとはわりと仲良しだった。

 ただ、大会でバチバチやってるような相手は、ライバル意識が強めな上に、アイルが超良血のサラブレッドなせいか、あんまり話してこない。その上全員秒殺なので印象に残らないのだ。

 

 まあワクワクするような相手居ないなあ、くらいは思ってたけど。

 

 

「そういえば、照井崎さんはいまどんな感じなの?」

 

「んっふっふ、よくぞ聞いてくれた! 弱冠16歳にしてインターハイ・女子レスリング65kg級女王、照井崎絃! それがウチや!」

 

 

 びしいっ! っとキメて、少女は薄い胸をそらす。

 

 

「そこの(ファッキン)ドリルは15歳特別枠でアジア・カデット(17歳以下)選手権 女子65kg級で優勝してるがな」

 

「こ、これからしたるわい! ……とにかく、ウチはあんたに挑戦する資格充分なんや!」

 

 

 ヒル魔のツッコミに勢いを削がれながら、少女はアイルを指さし宣言する。

 

 

「資格とか考えなくていいのに……いいよ。付き合う」

 

「あー、レスリング部にゃ話通しといてやるからとっとと片付けちまえ」

 

「舐めんな! あんたが他の競技にかまけてる間、ウチはレスリング一本で鍛えてきたんやからな!」

 

 

 ヒル魔の言葉がカンに触ったのか、少女は自信満々に胸を張った。

 レスリング勝負ということで、セナや三兄弟が興味津々だったり、栗田やまもりが心配してたのは、ともかく。

 

 アイルは照井崎をロッカー室に案内し、そこで着替えてから勝負の場に向かうことになった。

 といっても、少女はだぼだぼのジャージをぱっと脱ぐと、その下はレスリングのユニフォーム。準備万端だ。

 当然、アイルはユニフォームなど準備していない。実家にあるにはあるが、中学の時と比べたら体の厚みがいろいろ増量してるので、たぶんパッツンパッツンでヤバいことになる。

 

 

「あの、わたしユニフォーム持ってきてないだけど……」

 

「そっちは体操服でええわい。こっちはあんたの指力が怖いから準備してきただけや」

 

 

 まあピッチリした服でもないと、アイルは体のどこでも掴める。

 攻防両面で大きな有利を取られるから、対策するのは当然だろう。

 

 ともあれ。

 体操服に着替えてから、向かう先は泥門高校の体育館だ。

 

 体育館の一面では、レスリング部一同がマットを準備して待っていた。

 段取りしたのはヒル魔だが、脅迫されたわけじゃないらしく、みんな目をキラキラさせて待ってる。

 

 

「天王洲さんのテクが見れるんだ」

 

「相手至岳館の照井崎じゃないか?」

 

「すっご。豪華カードすぎる……」

 

 

 マットの周りに居るのは、レスリング部の部員や顧問。アメフト部のみんな。

 それに、野次馬に来たバスケ部やバレー部の連中。ついでになぜか撮影のために最前列でカメラを構えているスタッフチームまで居る。

 

 

「おおきに。おおきにな」

 

 

 アイルは頭を下げながら。

 照井崎は手を挙げて声を返しながら、マットに立つ。

 

 対峙した瞬間、照井崎の気配が変わった。

 ぴりぴりと肌を打つほどの圧力。集中しながらも自然体の、理想の構え。

 

 向かい合うとよくわかる。

 鍛え抜かれた体、練磨された技量、澄んだ心。

 彼女がレスリング選手として、相当な高みにあるのだと。

 

 アイルは、心を研ぎ澄ませながら、無造作に構える。

 応じて、照井崎絃が一瞬、体を強張らせて。自然体に戻す。

 

 そして、レスリング部部長の掛け声で、試合が始まって。

 

 

 ──決着は、一瞬にしてついた。

 

 

 合図の瞬間、照井崎は視線でフェイントを入れ、低空から両足を狙うタックルを仕掛けた。

 鋭く、速い。常人なら反応すら許されぬ速度だが、アイルが戦う光速の世界には、遥か及ばない。

 

 ガチン、と思考のギアを光速(オーバートップ)に入れて。

 高速のタックルより、さらに速く──照井崎の頭部と左腕にふわりと手を添えた。

 瞬時に危機を察知した彼女は、さらに身を沈めて逃れようとするが、次の刹那、彼女の体はアイルのロックされた腕の中に収まっている。

 巻き込むような投げの動作の中に、少女が飛び込んできた形。そのまま鋭い弧を描いた投げが極まり、少女の両肩をマットに縫い付けた。

 

 部長がマットを叩く。

 天王洲アイルのフォール勝ち。

 試合開始からわずか4秒の出来事だった。

 

 あまりの早業に。

 照井崎絃の強さを知っているレスリング部の面々は呆然とし、野次馬たちはよくわからないまま歓声をあげる。

 

 

「アイル……やっぱ強い」

 

「ケケケ、相手も弱かないが、いまの(ファッキン)ドリルならあんなもんだろ」

 

 

 セナが目を見張り、ヒル魔が笑う。

 日頃ぶっ倒され慣れてる三兄弟や小結はさもありなんと納得し、栗田やまもりは試合が怪我なく終わったことにホッとしている。

 

 

「……勝負は早かったけど、照井埼さんは強いです。いままでわたしが戦った誰よりも。だから、わたしがいま持てる全力で戦いました。結果ほど力に差があるわけじゃなかったです」

 

 

 呆然と見守るレスリング部の部員たちに向けて、アイルは語る。

 

 おそらく彼らですら、少女の強さの半分もわかっていない。

 鋭く、速く。真っ直ぐに向かってくる彼女に、アイルはほんのちょっとだけ──ワクワクさせられたのだ。

 

 

「なんやぁ……負けたモン褒めんなやぁ……弱い相手にゃ興味ないんが天王洲アイルやろがぁ……」

 

 

 アイルの弁護に、少女が倒れたまま抗議してくる。

 泣き顔を隠すためか、両腕で顔を隠している。

 

 

「──ほんまなんなんやぁ……レスリング勝手に辞めといて、ブランクあるのになんでそんなに強いんやぁ……」

 

「辞めたっていってもアメフトやってるから……レスリングと通じるとこあるし、すごい人たちといっぱい戦ってるし……」

 

 

 涙声の少女に、アイルはおそるおそる声をかける。

 

 ブランクが有るといっても別にサボってたわけじゃない。

 成長期も過ぎ、筋肉をつけていい年齢になったため、筋トレはレスリングをやってた頃よりよっぽど厳しく追い込んでるし、アメフトでの実戦は、体格的にも筋力的にも自分より強い人間と当たることが多いのだ。

 

 なにより、アメフトで戦った相手には。

 レスリングをやっていた時、ついに出会えなかった天賦の超人たちが、神域に達した同世代の天才たちが居る。

 

 

「ケケケ、単純に比べるわけにゃいかねえが、(ファッキン)デブや進みてえなのとは、アマレスやってちゃ一生戦えなかっただろうな」

 

「あはははは……階級は違いますけど、上の世代には実は居たりするんですけどね、スゴい人……でも連戦とか複数人がかりみたいな状況は、アメフトじゃなきゃ体験できなかったと思う」

 

「えぐっ、えぐっ……まあ、ええわ……あんたが弱なってのうて……ええ環境そうでよかったわ──それでこそ! ウチの一生のライバルや!」

 

 

 ガバっと上体を起こして。照井崎は泣きはらした顔で声を張る。

 

 その、迷いのない目を見て、ああ、とアイルは思う。

 彼女は、きっとまた天王洲アイルに挑みに来るだろう。

 神の領域を窺う天賦の超人相手に、勝てないと知りながらも。

 アイルだけじゃない。雄の生き方を選んだ人間は、ここにも居る。

 

 だから。アイルは同じ道を行く彼女に、声をかける。

 

 

「──また来て。次も、相手になるから」

 

 

 その言葉に、少女は目を見開いて。

 それから、すこしだけ──口元を緩めた。

 

 

「おおきに、また来るで。あんたに勝つまで、何度でも、何度でもな!」

 

「あはははは、いま大会の真っ最中だから、お手柔らかにね……」

 

 

 ガンガンに押してくる照井崎に、タジタジのアイル。

 そんな光景に、部の仲間たちは、微笑んだり、苦笑したり、「ふごっ!」と触発されて燃えたり。

 

 

「おら、テメーら、見物はここまでだ! 白秋戦まで時間ねーんだぞ!」

 

 

 そんな中、ヒル魔がバンバカ撃ちながら体育館からの撤収を宣言して。

 少女に目を向けた。

 

 

「……あー、その気があるならついでに見てくか? アメフト選手、天王洲アイルの練習風景を」

 

「見るっ!!」

 

 

 そんなヒル魔の提案に、少女は食い気味にうなずいた。

 その後、アイルの練習風景──特に重量級のラインマンとのぶつかり合いの激しさや、光速のランナーとの時感覚の違う勝負を見て、彼女はカルチャーショック込みの衝撃を受けていた。

 

 だが、過酷な練習の中で見せるアイルの生き生きとした表情に、どこか納得して。

 なぜかTVや試合関係の、アイルの映像DVDを大量に抱えて、少女はホクホク顔で帰っていった。

 

 ちなみに、その後。

 関東大会決勝やクリスマスボウルで、アイルを全力で応援する少女の姿があったという。

 そんな彼女に、なぜか鈴音が対抗意識を燃やして、応援にいっそう熱を込めていたというのは、また別の話。

 

 

 

 




閑話です。
不定期投稿になりますので、気長におつき合いいただければ幸いです。
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