アイシールド2/1   作:寛喜堂秀介

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46 閑話2 アイルとヒル魔

 

 

 泥門VS白秋。前半第2クォーター。

 たがいに中央突破を主軸に据えた激戦の中、試合を優勢に進めているはずの泥門は、しかしジリ貧に追い込まれていた。

 

 QB(クォーターバック)サックを狙う破壊の化身・峨王の進撃が止まらない。

 【孤高の(ロンリー)センター】でマッチアップした栗田は、峨王相手に必死で体をねじ込み続けるが、ワンプレーごとに彼我の距離は縮まっていく。

 

 天王洲アイルは知っている。

 いまの栗田に足りないものを。

 

 敵を倒す意思──殺意。

 優しき巨人である栗田には、絶対に持ち得ないはずのもの。

 

 ヒル魔を破壊されて。

 傷だらけになって奮戦する小結の姿を見て。

 特攻するセナと小結、どちらかを守ればどちらかが破壊される。

 そんな理不尽な二者択一に迫られた末に開眼した、守るための殺意。

 

 出来る限りの準備は、してきた。

 峨王との戦いの傷がろくに癒えていないというのに、番場たち太陽のラインマンは快く協力を申し出てくれた。

 その際番場に伝えて、なんとか守るための殺意を開眼させようとしたが、敵にすら優しすぎる栗田は、結局番場たちに殺意を持てなかった。

 

 だが、それでも。いまの栗田は強い。

 殺意こそ持ち得ぬものの、相手の殺意に対する怯えはない。

 アイルというハンドテクニックのスペシャリストとともに練習を重ねてきたおかげで、アイルの知る栗田より技量は数段上だ。

 

 心技体そろった最強の重戦士。

 そんな栗田が、なお圧倒されているのは──峨王が試合の中で、加速度的に成長しているからだ。

 破壊的な腕力を持つだけの、アメフトを始めて1年に満たない素人。だからこそ、その動きは回を重ねるごとに鋭く、強くなっていく。

 

 そして。

 ついに蛾王の破壊の腕が、ヒル魔へと届き始める。

 だから。天王洲アイルは、栗田のカバーへと飛び込み、峨王に対峙した。

 

 

 ──覚悟は、とっくに決めてる。

 

 

 天王洲アイルは鮮明に覚えている。

 かつての白秋戦。峨王によってヒル魔の右腕が破壊された、あの時の絶望を。

 全国大会決勝(クリスマスボウル)への夢が、最悪の形で絶たれかけた、あの時の悔し涙の味を。

 

 

 ──二度と、あの悪夢を繰り返させやしない!

 

 

 だから、アイルは破壊の化身に立ち向かう。

 初回は、その破壊的な腕に全力でぶつかり、逸らすことでなんとかなった。

 なんか無駄にアイルに対しての興味を峨王に持たせるだけの結果になってしまったが……むしろ好都合だ。

 ヒル魔に盛大に怒鳴られたし、栗田がアイルの危険を自覚して勇気を奮い立たせているが、峨王に対して殺意を抱かせるほどじゃない。

 

 そして、決定的な瞬間が訪れる。

 必死に取りすがる栗田を跳ね飛ばしながら、峨王は一直線にヒル魔を狙う。

 ただ身を盾にするだけでは、自分ごとヒル魔が粉砕される。そんな最悪の未来が目に浮かぶ。

 

 

 ──どうする!?

 

 

 思考を光速にまで加速させて、最適解を求める。

 アイルは知っている。小早川瀬那としての記憶の中に、すでに答えは刻まれている。

 

 

 ──【Δ(デルタ)ダイナマイト】。

 

 

 チューボーが、その細腕でロドチェンコや峨王を吹き飛ばした。

 そして峨王自身が、人類最強ドナルド・オバーマンをぶっ倒した最強のブロック。

 

 

 ──集中しろ!

 

 

 峨王に向かって地を蹴りながら、アイルは構えを取る。

 【Δ(デルタ)ダイナマイト】は、頭、肩、腕の3点を同時に相手へとぶち込むことで爆発的な破壊力を生む。

 必要なのは、3点の衝撃が完全に同時であること。本場アメリカの一流プロですら目を見張る絶技。

 

 

 ──光速の時感覚で0.2秒先の未来を描き出せ! 描いた虚像(ヴィジョン)に必殺の一撃を叩き込め!!

 

 

GYYYYYYAAAAAAA(ギイイイイイイアアアアアアア)!!」

 

「おおおおおっ!! 【デビル・Δ(デルタ)・ダイナマイト】ぉおっ!!」

 

 

 咆哮とともに、大地を蹴る。

 軸足から頭部、肩、拳の三角形を結ぶ直線が、美しい三角錐を描きだす。

 悪魔の破壊力を宿した人間型の破城槌が、爆発的な衝撃とともに、峨王の巨躯へと炸裂した。

 

 峨王の巨体が、宙を舞って吹き飛ぶ。

 そのために要した衝撃の反動を、当然の代償として受けて。

 

 天王洲アイルの意識は──そこで、途切れた。

 

 

 

 

 

 

 激闘の末。

 前半リードしていた泥門デビルバッツは、後半白秋の猛追を受け、一時逆転を許しながらも紙一重で勝利を収めた。

 しかし、破壊の化身・峨王力哉の猛威により、最終的にアイル、ヒル魔、雪光、3人もの選手が戦線離脱を余儀なくされた。

 

 そのうちロスを庇って峨王の手がかすった雪光は、軽い打撲。

 ヒル魔を守るため、峨王をふっとばしたアイルは、反動で脳震盪。

 そしてヒル魔自身もその後のプレーで、動揺による判断ミスでサックを避けざまに吹っ飛ばされ、骨折こそ免れたものの、脳震盪と打撲、さらに捻挫を負うことになった。

 

 軽傷の雪光はともかく、脳震盪で一時的に気を失っていたアイルとヒル魔は、精密検査のため即日入院。

 幸い、ふたりとも脳に異常なしと診断されたが、経過観察のため、一晩をそれぞれの病室で過ごす羽目になった。

 

 そして現在。

 ふたりは、網乃大附属病院の医務室の奥で寝かされていた。

 水戸先生に経過を診てもらいながら、放課後にどぶろく先生が迎えに来るのを待っている状態だ。

 

 並んだベッドに、ヒル魔と仲良く身を横たえながら。

 アイルは退屈をもてあまして、天井をながめていた。

 午前中は家族やチームメイト、友人たちからの安否確認のメールへの返信に追われていたが、それも一段落すると、とたんに暇になってしまう。

 

 

「暇ですね……もう全然元気だし、どぶろく先生来るまでまだ時間あるし、トレーニングルーム行きたいんですけど……」

 

「脳震盪だっつったろ。丸一日は絶対安静だスカタン」

 

 

 相談すると、ヒル魔に秒で却下された。

 峨王相手に成功させた【デビルΔダイナマイト(D・D・D)】の感触を確かめたくてウズウズしているのだが、脳震盪は地味に怖いので仕方ない。

 

 

「……(ファッキン)ドリル。ああいうのはもうやめろ」

 

 

 と、隣のベッドから、ヒル魔がぽつりとつぶやく。

 ああいうの、とは当然、アイルがヒル魔を守るために峨王に立ち向かったことだろう。

 

 

「──あの大技、失敗すりゃ峨王に無防備を晒す。テメー自身壊れかねねえイチかバチかの賭けだったろ」

 

「それでも、必要でした」

 

 

 白秋戦、ヒル魔のことは身を挺してでも守る。

 それはアイルが心に定めていた、譲れないことだ。

 

 

「──それに、言っちゃなんだけど、ヒル魔さんよりは頑丈なつもりです。そこは、ほら。結果に出てますし」

 

「ほんとに言っちゃなんだだ、(ファッキン)ガキ」

 

 

 ヒル魔があからさまに渋面になる。

 アイルにもクソ失礼なことを言ってる自覚はあるが、事実だ。

 

 アイルは峨王に正面からぶつかって脳震盪のみ。

 対してヒル魔は、峨王の猛攻を避け損ねて脳震盪と打撲。おまけに捻挫。

 生まれ持った骨格の性質も、鍛え上げた筋肉もアイルのほうが頑健とはいえ、ヒル魔の立場がない台詞だ。

 

 

「……テメーが欠けたデビルバッツで全国大会決勝(クリスマスボウル)行ったところで、(ファッキン)デブは喜ばねーぞ」

 

 

 ぽつり、と。

 こぼしたヒル魔の言葉に、アイルは苦笑する。

 

 

「欠ける気とかなかったんですけどね……てかそれ言うなら、わたしもヒル魔さん抜きでクリスマスボウル行ったって、うれしくないですよ。【孤高の(ロンリー)センター】って、あれ実は相当分の悪い賭けでしたよね?」

 

「ありゃ俺の計算ミスだ。進化し続ける怪物・峨王のバケモノっぷりを過小評価してたツケだな……つっても、俺らの代は負けたら次はねえんだ。俺や(ファッキン)デブで背負い込めるリスクなら、賭けの2つや3つ打ちまくるわ」

 

「いたっ、いたたっ!? ……なんで蹴ってくるんですか!?」

 

 

 ベッドをまたいで伸ばしてきた踵でふとももを小突かれ、アイルは抗議する。

 

 キックの意味はわからないが、ヒル魔の気持ちもすこしわかる。

 一年生には来年がある。来年のためにも、後遺症が残るような派手な接触プレーは避けろ。

 アイルの知る神龍寺戦で、ヒル魔はそう言っていた。ブラフ込みとはいえ、あれもひとつの本音だったのだろう。

 

 でも。

 

 

「──わたしの目標は、今年の全国大会決勝(クリスマスボウル)優勝です。高校の内に、じゃありません。ヒル魔さんたちと、勝ちたい。だから……いっしょに夢を見させてください」

 

「……バーカ。んなもんとっくに知ってんだよ。先輩差し置いてカッコつけてんじゃねえっつってんだ」

 

「いたっ……その言い方、ちょっとズルくないですか?」

 

 

「お前が心配だから」とか、「先輩の責任」とか言われたら、いくらでも反論できた。

 でも「先輩差し置いて格好つけんな」なんて言われたら、後輩としてはそれ以上言い返せない。

 

 

「ケケケ、100億年遅せえよ。俺はズルくて卑怯で卑劣で悪魔みてえな男なんだよ」

 

 

「みたい」じゃなくて、悪魔そのものでは?

 という疑惑が、アイルには拭いがたくあるのだが、さておき。

 

 

「ちなみに、ヒル魔さんの怪我、次の試合までに治りそうですか?」

 

「根性で治す……と、言いてえとこだがな。診断は全治3週間。フィールドに立てるっちゃ立てるが、痛みでコントロール狂っちゃ勝てるもんも勝てねえ。スタートは(ファッキン)マッチ棒で行く」

 

 

 西部VS王城の決戦は三日後。

 そして、その勝者と泥門が戦う関東大会決勝は十日後だ。

 投手(クォーターバック)がヒル魔しか居なかったなら酸素カプセルなりなんなりで無理にでも治したろうが、泥門にはロスが居る。ヒル魔はセカンド投手(クォーターバック)として控えておけるのだ。

 

 

「相手は西部と王城か……どっちが勝ち上がってきますかね?」

 

「単純な戦力でいや王城だが、西部にはあのキッドがいる。一度直接やり合ってんだ。東京大会の焼き直しにはなんねーだろうな」

 

 

 ヒル魔の予想に、アイルはうなずく。

 底知れぬ智謀と、神速の判断力を併せ持つ早撃ちキッド。

 彼が司令塔として西部を牽引する限り、勝ち筋の3つや4つ確実に用意してくるだろう。

 

 

「そこで勝てば、いよいよ全国大会決勝(クリスマスボウル)……ですけど、ヒル魔さん。ヒル魔さんはその先って、考えたことありますか?」

 

 

 ふと、アイルが尋ねる。

 高校ワールドカップを意識してのことだが、そこまでアイルの真意を汲むのは無理だ。

 会話の流れからも、高校卒業後の進路だと受け取るのが自然で、事実ヒル魔はそう受け取った。

 

 

「高校卒業後か……ケケケ、いまからそんな先の話とか鬼が大爆笑するわ」

 

 

 勘違いではあるが、こちらもアイルにとって気になる話題だ。

 というか将来ふわっと「プロになれたらいいな」くらいに考えてる程度なので、聞けるものなら是非参考にしたい。

 

 

「──だがまあ、高校で全国制覇したとして……次の目標は大学で頂点を決める甲子園ボウル。そっから社会人トップとの頂上決戦、ライスボウルだな」

 

「その先は……NFL(プロ)ですか?」

 

 

 アイルはさらに突っ込んで尋ねた。

 ヒル魔にも、NFL(プロ)──アメフトの頂点を目指す意思がある。

 そのことを、アイルは高校ワールドカップの最中、ヒル魔と阿含のやり取りで知っている。

 

 

「ケケケ、それこそ鬼が笑うような夢のまた夢の話だがな。正直、俺の運動能力じゃ真っ当な手段じゃNFL(プロ)にゃ行けねえ……だが、チャンスがあんなら目指してえ──なんだその気持わりー笑いは」

 

「あはははは、なんでもないです」

 

 

 珍しく本音を覗かせたことに、ヒル魔からの信頼を感じて。アイルはにっこにこで答える。

 

 

「だいたい、テメーはどうなんだ。雑頭なりになんか考えてやがんのか」

 

「はい! 行き方とかぜんぜん考えてないですけど、わたしも目指したいですね、アメフトの最高峰(プロ)を! そのほうがワクワクするから!」

 

「ケケケ、運動能力は俺よか万倍マシだが、それでも100億年はえーよ。マジでNFL(プロ)目指すなら、峨王──あの(ファッキン)デカブツ相手に張り合えるくらいになりやがれ」

 

「が、がんばります……なんとか!」

 

 

 ヒル魔の言葉は理不尽ではない。

 本場アメリカのプロ選手は、パワーとスピードを兼ね備えていて当然だが、そもそもまず規格外にデカい。

 そんな中に体格が劣る人間が飛び込もうと思ったら、峨王相手に当たり負けしないくらいのタフネスは必要不可欠だろう。

 

 

「……高校の内に肉体(カラダ)作れるんなら、向こうの高校にアメフト留学も悪かねえぞ。NFL(プロ)目指すなら、アメリカの大学での実績は必須みてえなもんだからな。高校でアホほど活躍して大学スカウトに引っかかるのが一番手っ取り早え。テメーは存在自体話題性の塊みてえなもんだ。それ込みで細えがチャンスは転がってんだろ」

 

「ヒル魔さんは、そっちの進路は目指さないんですね」

 

司令塔(クォーターバック)は競争率馬鹿高えかんな。アメリカで実績なしのぽっと出の日本人が割り込む余地はねえ。日本の大学の頂点取って、日米親善試合で向こうの選抜チーム相手にクソほど実績積み上げて──それでやっとこさ、スタートラインだ」

 

 

 細い、本当にか細い道だ。

 アイルたちの夢の舞台、クリスマスボウルですら、果てしない道の入口にすぎない。一歩でも踏み外せば終わりの、あまりにも長い綱渡り。

 高校ワールドカップのような一世一代のチャンスがない限りは、ヒル魔も、アイルも、険しすぎる茨の道を、もがきながら進み続けるしかないのだ。

 

 

「──ま、勝ち続けなきゃなにも手に入らねえ。俺らの目標はあくまでクリスマスボウルだ。ふらふらしてっと蹴っ飛ばすからな、(ファッキン)ドリル」

 

「もちろん! 将来のためにも、目の前の一戦一戦、全力です!」

 

 

 アイルは、ぎゅっと拳を握る。

 その様子に、ヒル魔がふっと表情を緩めた。

 

 

「ま、その気があんなら頭も鍛えとくんだな。いまのテメーはせいぜい『使えるバカ』だからな」

 

「言い方ぁ……」

 

 

 アイルは口をとがらせて抗議するが、反論の余地はない。

 さすがにハンドサインは全部覚えたが、十文字に追い抜かれて、泥門バカ組のトップの位置だ。

「使えるバカ」じゃなく、せめて「使える女」くらいには評価されたいと思いながら、そっちも道は遠い。というか進化する先は「使えるガキ」な気がする。

 

 アイルとヒル魔がそんなやりとりをしていた、その時。

 診察室の引き戸が勢いよく開き、がやがやと騒がしい声が近づいてきた。

 ややあって。部屋を仕切るカーテンの向こうから飛び込んできたのは、栗田の巨体だ。

 

 

「ヒル魔あぁぁーっ!!」

 

 

 体重145kgのダイビング、実質【栗ハンマー】の敢行。

 どう考えてもヒル魔が死ぬ未来しか見えないので、アイルはヒル魔の襟首を掴んでベッドから引っこ抜く。

 

 ドガッシャアアアン! と自動車同士の正面衝突みてえな音が医務室に響いて。

 

 

「テメー(ファッキン)デブ! 殺す気か!?」

 

「だっで、だっでヒル魔が無事でよかったあああっ!!」

 

「脳みそ揺らしたから精密検査してただけで、元から大した怪我じゃねえっつってんだろ!」

 

 

 涙と鼻水まみれでまた抱きつこうとする栗田と、起き上がって蹴っ飛ばすヒル魔。

 いつものふたりらしい、そんなやり取りを、アイルが微笑ましくながめていると。

 

 

「アー姉!!」

 

 

 今度は鈴音が、こちらはアイルに向かって一直線に突貫してきた。

 ためらいなくベッドに身を投げ出してきた鈴音をあわてて抱きとめると、つづいてセナとまもりが心配そうに駆け寄ってくる。

 

 

「……ったく、おちおち寝てもらんねえ」

 

 

 床でうつ伏せに倒れた栗田の尻を足蹴にしつつ、ヒル魔が口の端をわずかに持ち上げる。

 最後にほうじ茶入りの酒瓶片手にふらっとやってきた溝六を含め、ようやく日常が戻ってきた気がして──アイルもまた、笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

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