4月30日。
賊学カメレオンズとの対校試合当日。
校舎外にはとんでもねえデカさの告知看板が張り付けられ、試合が見える校舎西側には、ほとんど全校生徒来てるんじゃないかってくらい観客が集まっていた。
「お、アイシールド来た」
「うおー!」
「賊学倒せよー!」
「殺人タックル出せー!」
部室で着替えた泥門デビルバッツ一行は、生徒たちの歓声を浴びながら、グラウンドに入る。
歓声が物騒なのは、不良学校の賊学に、普段カツアゲやひったくりで迷惑かけられている不満からだろう。
少し遅れて、「わっ」と、いっそう高い声援が上がった。
別の場所で着替えとメイクを済ませた天王洲アイルが、ヘルメットを小脇に抱えて合流したのだ。
長身に金髪縦ロール。
美しく整った顔に小悪魔めいたメイクとフェイスペイントをキメて、両脇に小さなコウモリ羽のゴム製髪留めを付けた姿は、悪魔というよりサキュバスだ。
デビルバッツのユニフォームとプロテクターを纏ったゴツい姿だが、ボディラインの女らしさが隠しきれておらず、かえってフェティシズムを感じさせる。そりゃ歓声もあがる。
「遅ェーぞ
「メイクに時間かかるんですから仕方ないですって!」
先頭のヒル魔に抗議まじりの弁解をしながら、アイルは列に並ぶ。
場所は、すでにアイシールド21の姿にキメているセナの隣だ。
セナはアイルを見上げるが、アイシールドで表情は読めない。
「なんか……実際に見るとすっごい格好だね」
「言わないで。自分に向いてないキャラだってのはすっごいわかってるから」
アイシールド用の作り声のセナに、アイルは返す。
似合ってるか似合ってないかで言えば、めちゃ似合ってるのはわかる。
自分でもそう思うし、メイクを手伝ってくれたギャルたちも太鼓判を押してくれた。観客の反応も上々だ。
でもその外見から想像される「えちえちお姉さん」な雰囲気を自分が作れないのは、嫌ってほど理解してる。
「すげえ声援だな。だが今日ヒーローになるのは俺だぜ!」
「アハーハー! 僕のためにこんなに集まってくれたんだ。必ずこの声援に応えてみせるさ!」
モン太と夏彦が張り切って、観客に向けてそれぞれポーズを決める。
賊学カメレオンズは強い。
もちろん東京大会王者の王城などとは比べられないが、豊富な部員数を活かし、対戦相手に合わせてメタを張る変幻自在の戦法を得意としている。
キャプテンでエースラインバッカーの葉柱ルイは、不良学校賊学の頂点に実力で上り詰めた圧倒的な暴力と、動くものをすべて捕らえるリーチの長さを持つ、油断できない選手だ。
だが。
アイルの時でさえ、【泥門46‐28賊学】で快勝しているのだ。
走って守れてパスもそこそこ取れる天王洲アイルと、力があってぶつかり合いに強い長身レシーバー瀧夏彦が加わるとどうなるか。
「祝、俺&夏彦入部&デビュー戦初勝利!」
「かんぱーい!」
デビルバッツは賊学に危なげなく勝利してしまった。
その後1年部員だけで集まって、ファミレスでお祝いしようという話になって、今に至る。
テーブルにはピザやポテトやバナナや、とにかくジャンクなメニューが並び、飲み物はドリンクバーから、各自好きなものを取ってきている。
「やー、モン太君も夏彦君も大活躍だったね!」
「いや、俺がキャッチで活躍するのは当然だぜ! それより
「ムッシューモン太! 君の方こそ、この僕と互角の活躍なんて、やるじゃないか!」
パス成功数もタッチダウン数もほぼ互角。
デビュー戦に派手に勝利した興奮もあっておたがい寛容になり、モン太と夏彦は、すっかり仲良くなってしまった。
「セナも、葉柱さんとの対決、強い勝ち方だったよ」
「うん。進さんと戦うって決めたんだ。誰が相手でも負けてられないよ」
アイルに答えるセナの視線に、キョドりはなかった。
腹が据わってきたことに、アイルは静かに満足感を覚える。
事あるごとに怖がって、アイルにスリップダメージを食らわせてきたセナが、安心して見ていられるのはいいことだ。
「アイルこそ、賊学の人たちが乱暴な戦い方し始めた時は、心配だったけど……」
「レスリング畑だからねー。なんでもアリなら、実はわたしのほうが出来ることが多いんだよ。やんないけど」
「アイルに一回転で倒された人、受け身取れなくて失神して泡吹いてたもんね……」
「いやー、栗田さんの肉の装甲に跳ね返されて、そのまま上から潰された人も、たいがいかわいそうだったと思う。あの人も失神してたし」
その様は、北斗の拳のハート様に潰される一般人のようだったという。
ともあれ。そんな感じで、今日のプレーやら先輩方の話やらをして食事を楽しんでいると、モン太がふと首をひねる。
「そういや今日の試合って、部員募集のためにやったんだよな? ポジションってどこが足りてねーんだ?」
「今日あったみたいに怪我が多い競技だから、どのポジションに何人居てもいいんだけど、いま欲しいのは断然ラインだよね」
「栗田さんは大丈夫でも、両脇から崩れちゃうこと多いもんね」
アイルの言葉に、セナが同意する。
栗田は高校アメフト界でも最強クラスの
アメフトを専業でやってくれるメンバーが居ないと、たとえ運動神経抜群の助っ人を集めても、王城などには対抗できないのだ。
「そうか! ライン志望、いっぱい来るといいな! そしたら頼もしさMAXだ!」
「まあ、今日目立ったのはモン太くんや夏彦くんの
「看板選手かー。いいよな、セナはポスターにしてもらって」
アイルに言われて、モン太はうらやましがる。
ちなみにアイシールドの正体に関しては、部内では共有されつつ外部に対してはトップシークレットになっている。
アイルのときと違ってまもりがすでに正体を知っているため、その方が練習などで面倒が少ないのだ……
「俺ももっと活躍すりゃポスターにして貰えんのかな」
「いや、今日の看板の僕みたいに、悪のカリスマにされちゃうから、おすすめしないよ。アイルもコレだし」
なんか妄想してるモン太に、セナが実感がこもった忠告する。
「あー、アイルのそれはなあ。いや似合ってるけど健全な高校生としてどうかと思うっつーか、目のやり場に困るっつーか……いや俺はまもりさん一筋だから大丈夫だけどな!」
「アハーハー! 自信を持てばいいさ! いまの君はとってもセクシーなサキュバスだよ!」
「いやサキュバスは褒め言葉じゃな、い……」
モン太と夏彦にツッコみかけて、アイルは気づいてしまった。
メイク、落としてない。
サキュバスメイクのまま、ファミレスで騒いじゃってる。
「──ああーっ、メイク!?」
「もしかしてメイク落としてたつもりでいたの?」
「なんだ、忘れてたのかよ。もう開き直って家に帰ってから落としゃいいんじゃねーか?」
いきなり叫びだしたアイルに、セナとモン太が言う。
だが、アイルは顔を青ざめさせたまま、つぶやく。
「化粧の落とし方、わかんない……」
「女の子なのに!?」
セナに思い切り突っ込まれたが、仕方ない。
セナと混じる前でも、小学生の頃からレスリング一筋だったし、そもそもあんまり必要とは思わなかったので、化粧を覚える機会がなかったのだ。
「それに、このまま下宿に帰って家政婦の
アイルは身を震わせる。
水戸さんは、アイルが一人暮らしをするに当たって両親がつけてくれた若い家政婦だ。
お目付け役も兼ねているので、サキュバス姿を彼女に見られたら、速攻両親に話が伝わってしまうのだ。
「俺は普段のお前が、あんだけ美人なのにすっぴんだってのが恐ろしいぜ」
「うん。わりとふつうに化粧してるもんだと思ってた……」
アイルの言葉にモン太とセナが突っ込む。
金髪縦ロールでザ・お嬢様みたいな容姿してるから、そう思われても仕方ないけど、アイルは女としては基本残念な子である。
困った様子のアイルに、「あの……」とセナが口を開いた。
「もしよかったら、いっしょにまもり姉ちゃんの家に行こうか? まもり姉ちゃんなら、なんとかしてくれるだろうし」
こうして。お祝い会後、アイルはまもりの家に行くことになった。
モン太が死ぬほどついて行きたがったが、やつは置いてきた。
セナだって家が近所なだけで、まもりの部屋までついてく気はなかったし。
◆
モン太、夏彦と別れて。
家に向かう前に、セナはまもりに電話をかけた。
「もしもし、あ、まもり姉ちゃん? もう家に帰ってる? そう、ちょうどよかった。いまからアイル連れていっていい? ……違う! なんで親への顔合わせとかそういう発想になるの! というかまもり姉ちゃんはアイルのこと知ってるでしょ!? ……違う。だからいっぺん落ち着こう。落ち着いてって! あーもう、アイルが化粧の落とし方わからなくて困ってるから頼りたいってだけの話! うん。とにかく、いまから連れてくからね!」
なんだか、セナ側の話だけ聞いていても、まもりが暴走気味なのがよくわかる。
不安になりながら、セナとともに姉崎家を訪れると、まもりは待ちかねたように、玄関口に立っていた。
「アイルちゃん、待ってたわ。ささ、どうぞどうぞ!」
「は、はい。お世話になります」
まもりの歓迎っぷりにちょっと引きながら、アイルはぺこりと頭を下げる。
セナはホッとした様子で胸を撫で下ろし、まもりにアイルを託した。
「それじゃまもり姉ちゃん、アイルをよろしく」
「なに言ってるの、セナ。アイルちゃんのメイク落としした後はどうするの? この時間よ? 夜道を女の子一人で帰すつもり?」
「その女の子、賊学のラインマンを一回転ダウンさせたんだけど……いや、言いたいことはわかるよ。大丈夫。ちゃんと心配してるし、送るから。僕だって男だし」
まもりの視線の圧力に耐えかねて、セナは約束させられてしまった。
それから。
どさくさでセナもいっしょに、まもりの部屋に連れてかれて。
アイルは、クレンジングオイルで、丁寧にメイクを落としてもらう。
「……まったく。うちのアイルちゃんをいいように使っておいて、後始末を考えてないなんて」
「それに関しては、わたしがそのまま帰っちゃったのが悪いというか……家でメイク落とすつもりだって思われても仕方ないですし」
眉を怒らせるまもりに、アイルはヒル魔の擁護を試みる。
というか実際アイルが迂闊すぎただけなので、これで怒られるのはちょっと不憫だ。
「アイルちゃんも、嫌だったらちゃんと言わなきゃだめよ? セナも、守ってあげないとダメなんだからね?」
「いや、まあ……ヒル魔さんがやることって、基本デビルバッツの為になることだし、これくらいなら大丈夫かなって」
「アイルちゃんの、そのヒル魔くんへの謎の信頼なんなの……」
まあなんだかんだ1年の付き合いだ。
根っこのところはアメフト馬鹿で、チームの勝利のためにやれることを全力でやってるだけだって知ってるのだ。
もっとも、そのやれることってのが、わりと邪悪だったりするんだけど。
アイルがヒル魔の弁護をしていると、まもりがじっと目を眇めた。
「……アイルちゃん、あんな邪悪な男に騙されちゃだめよ。うちのセナのほうがずっといい子なんだから!」
──あれ、まもり姉ちゃんってヒル魔さんにこんなに厳しかったっけ?
アイルは内心首を傾げるが、もうちょい柔らかかった気がする。
いや、それもデビルバッツでの1年間があって、そうなったのかもしれないけど。
ともあれ。
色々話しながら、メイクを落としてもらったアイルは、セナに送られて下宿に帰った。
セナとはマンション前で別れたのだが、家政婦の水戸さんに「お嬢様、先程の殿方は学校のお友達ですか?」と聞かれた。
「小早川瀬那君。同級生で部活の仲間だよ」と答えておいたが、彼女経由で両親には伝わりそうだ。別に探られて痛い腹はないけれど。
と軽く考えているのは、実はアイルだけだったりするのだが、まあただちに影響はない。
ただちに、ってことは、後々には影響があるってことだけど。