こっちを選べばぶち殺される!あっちを選べば一生ツラたん! 作:ラクらる
「こ、こんばんわ」
「ぅ、ぁ……ぐ」
くさい。
酷い匂いが牢屋の中に充満している。
だが、そんなものに気を取られている暇はない。
俺は急いで彼女の容態を確認する。
肋骨が二本折れている。幸い肺には刺さっていない。
顔の腫れが酷い。特に右目は小さな石が埋め込まれているかのように、パンパンに腫れ上がってしまっている。
だと言うのに彼女の目元は一切濡れた形跡はない。
きっともう、泣くほどの体力すらないのかもしれない。
チラリと他の部分に目をやれば、痣よりも目立つのが背中にできた傷跡だ。
鋭利な刃物で斬った跡がある。
血はもう止まってはいるが、これは間違いなく痛そうだ。
下半身については割愛させてもらう。
俺は女としてソコまで長く生きてきた訳ではないが、それでもゾッとする光景だったのは言うまでもないだろう。
そんな彼女は多分、これから一年以上死ぬことはないだろう。
それは、彼女自身の治癒能力の高さにある。
実際、周囲に散らばっている血の量だと、彼女はすでに失血死しているはずである。
それでも彼女が生きているのはひとえに、彼女自身がリアルタイムで体を修復しているからだ。
それだと彼女は一生生きることができるように聞こえるかもしれないが、それは無理である。
確かに彼女の治癒能力は一般人と比べると雲泥の差だ。しかし、その分彼女は莫大なエネルギーを消耗する。
本来であれば食事でエネルギーを補給するのだが、ここではまともな食事すら供給されないために、彼女は自身の寿命を削って治療を行っている。
だからこそ、俺がまず彼女にするべきなのは食事の提供だ。
うめく彼女の体をゆっくりと持ち上げて、状態を起こし壁にもたれかけさせる。
そして事前に作っておいた粥をカゴから取り出し、スプーンで掬って彼女の口元に運ぶ。
「食べれる……?」
「ぅ……あ」
「だめ、食べて……」
彼女はゆっくりと首を動かしてスプーンをやんわりと拒否する。
しかし、ここで食べてもらわなければ、彼女はまともに話せるほど回復しないだろうし、ここはしっかりと食べて傷を治してもらわなければならない。
「ぅ……んぐ」
食べてと言った途端、素直に食べる彼女。
命令して食べさせることに、一抹の不安感が押し寄せてくるが、今はとにかく彼女の体力を回復させなければならないので無視。
それ以降彼女は拒否することなく、私が差し出すスプーンをパクリパクリと口で受け入れてくれる。
そうして全てのお粥を食べ終わった彼女は、ゆっくりと呼吸をするようになった。
どうやら眠ったらしい。
そりゃそうだ。
ここ一ヶ月彼女はまともな食事を与えられてなかった訳だ。
食事を取れたらそりゃ寝るだろうよ。
とりあえず彼女の邪魔をしないよう、俺はゆっくりと彼女から離れて、部屋の隅に敷いてあった古い藁を回収する。
そして背中に背負っておいた新しい藁を床に敷き、彼女をその上に寝かせてあげる。
藁の上に寝かせることに否定的な人もいるかもしれないが、俺も藁の上で寝ているわけだしな。それに布を敷いて寝るよりも断然笑の方が柔らかいわけだし、何より若干暖かい。
さて、あとは彼女が喋れるほど回復するのを待つだけだな。
♢
「いたっ」
おでこにジンジンとくる痛みで俺は目を覚ます。
彼女を見守っている間に寝てしまっていたらしい俺は、地面に額をぶつけることで目を覚ます。
今がどのくらいの時間帯なのかはわからないが、とりあえず彼女はどうしているのかと思い、顔を持ち上げると、部屋の隅でこちらをじっと見つめる彼女と目があう。
顔の傷は既に完治しているようで、地下で監禁されているとは思えないほど綺麗な顔をしていた。
なお、俺を見る目は猜疑心で染まっている。会話が成り立つのかすごい不安になってきた。
「あの……」
「……」
声をかけようとして、止まってしまう。
なぜなら相手は人間全てを憎んでいるような闇落ち少女だ。
そんな彼女に人間である俺が一体どう声をかければいいのだろうか。
(やべぇぇぇ! 全く思いつかねぇぇぇぇ!)
前世の恋愛経験は全く役に立たない。
俺の前世で関わり合ってた異性は全員おっとりとした性格をしていた。
つまり一般的に内気な人間と分類される異性としか恋愛経験はないのだ。
この地雷系のような常時病みを発動している異性と関係を持つことなど、一回もないのだ。
こうなるならダメもとでも、地雷系の異性とお試しで交際をしてみるべきだったかもしれない。
前世の俺は一体何をしていたのだ。
さて、前世の異性との交際経験など今は糞の役にも立たないことが判明した以上、アドリブで彼女に話しかけなければならない。
経験に裏打ちされない発言は俺的にはとてもハードルが高いものだが、今無言のままだと関係値マイナスから変化することはないだろう。
であるからここは少し無理にでも会話というものをしなければならない。
……無理だ。
心に訴えかけるような言葉なぞ、人生では全く関わりがなかったせいで、何を言えばいいのか一つも思い浮かばない。
こ、ここは理論的に考えてみよう。
まず会話をする目的は、俺と集落の人間は全く違う。あなたの味方である。この二つを伝えることが最優先である。
そう考えると言える言葉は色々と思いつく。
(まあ思いつくだけだが。ハイライトのない瞳で見つめられている状態で、しっかりと口を開けるかどうかは別問題)
がんばれ俺。
いけるぞ俺。
せっかくお粥や藁や魔導ランプを用意したのだ。
勇気を出せ俺。
「あの……ご飯のおかわり、持ってきましょうか……?」
「……」
(やばいぃぃぃ! 何口走ってんだ俺ぇぇぇ!)
チラリと視界の隅に写った空になったお粥が入っていた蓋付き茶碗。
彼女はある程度完治したとはいえ、あのお粥程度で全てが完治できるほどのエネルギーを補給できていないはずだ。
だから思わずおかわりのことを口走ってしまった。
普通にこれは失敗した。
彼女も無言でこっちを見つめているし、これは絶対失敗した。
確信を持って言える。
というかこんな暗い牢屋の中で目が覚めたら知らない奴がいて、おかわり要るかと質問してくるとか、変人でしかない。
「……しい」
「え?」
「……ほし、い」
「え、あ、はい!」
彼女はどうやら場の空気を読み取ってくれたらしい。
俺の失敗した会話に乗ってくれるとは。
ということで急いで自宅に戻り、粥を作って彼女のいる地下室に戻る。
「えっと、はい、どうぞ」
「はむ……」
(か、可愛い)
まるで赤子のように、差し出されたスプーンをハムハムと咥える彼女に思わず俺は頬が緩んでしまう。
この可愛らしくご飯を食べる彼女は、圧倒的な暴力を持つ行為存在には見えない。
こじんまりとしたその身体も相まって、餌付けされているハムスターに見えて仕方ない。
だが、周囲の土が剥き出しとなった地下室を見て、すぐに現実に引き戻される。
微笑ましい光景だが、ここは地下室の牢であり、彼女は囚われの身だ。
未だ彼女は俺に対する敵対心を持っている。
これに関しては仕方がない。
何せ彼女とはまだまともに話してもいない状況で、敵である人間に仲間意識など浮かぶはずがない。
そう考えると、十歳だというのにこんな棘の道を歩まされている少女があまりに不憫だ。
ゆっくりと頭に手を置こうとしたが、彼女はびくりと震えて俺と距離をとってしまう。
接触自体はいけそうだったが、どうやら条件反射で体が動いてしまったようだ。
これ以上彼女に深入りすると、警戒心を余計に抱かせてしまうだろう。
どうやら俺は随分とこの少女に絆されてしまったようだ。
チョロすぎやしないか、俺。
俺は空になったお椀を籠に戻し、よいしょと立ち上がる。
彼女にも休む時間が必要だろう。
「また、明日も来るから」
「……」
俺が立ち上がったことで、素早く部屋の隅にまで退避した彼女に別れをつげ、俺は地下室から抜け出す。
今日でひとつ思ったことがある。
彼女は不気味な存在ではある。
考えもあまり読めないし、何より少し動物のような動きを見せる。
そして彼女の奥底で蠢く恐ろしい何か。
だが、それでも。
庇護をするべき対象に、心が壊れかけている孤独な少女に見えた。