クールを気取って距離を縮めてくる後輩女子の策略が、妹を通じて俺に筒抜けな件について 作:古野ジョン
最上が文芸部に入部してから、一週間ちょっとが過ぎた。相変わらず毎日の放課後を読書(たまにボードゲーム)に費やしているけど、少しずつ会話も増えるようになった。もっとも、最上が無表情なのは変わりないけど。
そんなある日の昼休み。教室で弁当を食べた後、飲み物を買うために購買横の自販機前までやってきた。何を買おうかと考えていると、背後から声を掛けられる。振り返ると、そこにいたのは菓子パンを三個ほど抱えた最上だった。
「先輩、こんにちは」
「最上か、お疲れ様。それお昼ご飯?」
「昼食はもう済ませました。デザートです」
「デザート!?」
「何か?」
「いや、別にいいけど……」
メロンパンとクリームパンとチョコチップパンをデザートだと言い張るあたり、柚希が「悠って結構食べるんだよ」と言っていたのは本当かもしれないな。
「先輩は何をしてるんですか?」
「飲み物買いに来た。水筒持ってくるの忘れてさ」
「ああ、柚希が二本持ってましたよ」
「えっ、本当?」
「『おにいに持っていかないと』って言ってたのに、二本とも飲み干してました」
「あっ、そう……」
うちの妹の胃袋も大概かもしれん。それより、さっさと買って戻らないとな。次の授業は体育だし、早く着替えないと。なんて考えながら自販機の方に向き直ると――
「あっ、
「ん?」
また声を掛けられた。再び振り返ってみると、最上の向こうから歩み寄ってくる一人の女子。ああ、同じクラスだ。
「あのねー、次の体育はグラウンドじゃなくて体育館に集合だって」
「あれっ、変わったの?」
「さっき職員室でね、教室のみんなに伝えてきてーって言われたとこだったの」
「そうなんだ、わざわざありがとね」
俺と女子がやり取りしている様子を、最上はぽかんとして眺めていた。あんまり普段見ないような表情だな。
「ところでさあ、詩音くん?」
「ん、なに?」
ふと前を向くと、女子が不思議そうな顔で俺と最上を交互に見ていた。何だろう。
「この子、知り合い?」
「ああ、部活の後輩」
「なあんだ。てっきり彼女かと思ったー!」
「えっ!?」
「じゃあねー、詩音くん! 間違ってグラウンド行かないでねー!」
「ちょっ、おいっ!?」
突然の彼女疑惑に、俺は呆然と立ち尽くすばかりだった。最上はというと……なんだか厳しい視線を俺に向けている。
「先輩。……今の方は」
「クラスメイトだよ。ごめんね、彼女とか適当なこと言って」
「べっ……別にそれはいいです。それより、仲が良さそうでしたけど」
「えっ、どこが?」
「し……」
「し?」
し、という発音を残して、最上は言葉に詰まってしまった。たしかにあの女子とは去年も同じクラスだったけど、特に仲が良いってわけではない。一体なにが気になるんだ?
「しっ、『詩音くん』って呼んでたじゃないですか。下の名前で呼ぶなんて、随分と距離がちか」
「ああ、それ? 同級生はみんな俺のこと名前で呼ぶよ」
「……えっ?」
「『雫石』だと長いんじゃない? みんなが『詩音』って呼ぶから慣れちゃったよ」
「……」
困惑したのか、最上は目をぱちくりさせている。みんな名字じゃなくて名前で呼んでくれるからなあ。知らない人から見れば不思議なのかもしれないな。
「分かりました。じゃあし……先輩、私はこれで」
「えっ?」
「なんでもないです。では」
「あっ、うん。お疲れ様」
しかし最上はすぐに冷静さを取り戻して、自分の教室へと戻っていった。なんか変だったな、今の反応。何も無ければいいけど……。
しかし、何も無ければいいと思った時には何かあるのが世の常である。この日の放課後、文芸部部室にて――俺と最上の関係が、少しだけ変わろうとしたのだ。