クールを気取って距離を縮めてくる後輩女子の策略が、妹を通じて俺に筒抜けな件について   作:古野ジョン

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第18話 おにいの幸せ

 学校からの帰り道、田んぼと線路に挟まれた道を悠と一緒に歩く。雨はいつの間にか上がっていて、歩道にはところどころ水たまりが出来ていた。

 

「ねえー、なんで写真見せちゃいけないのー?」

「いいから、絶対に詩音先輩には見せないで」

「せっかく良い顔なのにい……」

 

 私はスマホの写真アプリを開いていた。画面にはさっき撮ったお姫様抱っこの写真が表示されている。ちょっと気恥ずかしそうなおにいと、抱っこされて穏やかにほほ笑む悠。すっごく良い写真なのにな。

 

「でも良かったね、悠!」

「何が?」

「さっきさ、おにいに名前で呼ばれたじゃん!」

「それは……そうだけど」

 

 悠は恥ずかしそうにそっぽを向いた。帰り際、おにいが「悠、また明日な」って言ってたもんね。ずっと「最上」って呼ばれていることを気にしているみたいだったから、よかったよかった。

 

 それより、私には確かめたいことがあった。この間の本屋の件があってから、ずっと心に疑問を抱えてきたのだ。おにいはあり得ないと言っていたけど、私はそうじゃないと思うから。

 

「ねえっ、悠!」

「なに?」

 

 中学の頃から、悠はいつも物静かだった。自分の考えを表に出さず、じっと黙っている。それも悠の魅力だとは思うけど、これだけは直接聞きだしたかった。

 

「悠ってさ!」

「うん」

「……おにいのこと、好きでしょ?」

「!」

 

 悠はパッと目をそらした。いつも冷静なのに、この反応。たぶん図星なんだと思う。

 

「別に、そんなわけない」

「隠さなくっていいってば! 好きなんでしょ?」

「……」

 

 何も返ってこない。高校に入学してから、悠とやり取りするときはいつもおにいの話題だった。文芸部に入りたいとか、おにいのボールペンを貰ってしまったとか、おにいに私服を見られて恥ずかしかったとか。最初は何も思わなかったけど、こうも回数が多いと私でも勘づく。

 

「柚希は」

「えっ?」

「……柚希は、詩音先輩のことが好きなの?」

 

 前を向いたまま、悠が淡々と問いかけてきた。私がおにいのことを好きか、なんて答えは一つに決まっている。

 

「うん、好きだよ。大好き」

「そっ……そうなんだ。どうして?」

「おにいが私のことを大好きだから。だから、私もおにいが大好き!」

 

 悠は何も言わなかった。分かってる。世の中の兄妹に比べて、たぶん私とおにいはかなり仲が良い。悠が「先輩って、柚希と付き合ってるの」と聞いてきたことがあったけど、半分は本気だったのだと思う。

 

「ねえ、柚希」

「なに?」

「もし、もしだよ。私が詩音先輩のことが好きだったとして……柚希は、それでいいの?」

 

 心配そうな声色。やっぱり悠は良い子だ。きっと、私からおにいを奪ってしまうんじゃないかと心配しているんだと思う。だけど……どのみち、いつかそういう日は来ると思っていた。

 

「あのね、悠」

「うん」

「私ね、本当におにいが大好きなの。ご飯も作ってくれるし、洗濯もしてくれるし、中三の頃は塾の送り迎えもしてくれた。何よりカッコいいしね」

「……うん」

「おにいはいーっぱい私のために頑張ってくれてる。それにお父さんとお母さんがなかなか家に帰ってこれないから、代わりにいーっぱい甘やかしてもらった。だからね、好きになって当たり前だと思うんだ」

「……」

 

 クリスマスにケーキを焼いてくれて、ソフトテニスの大会には必ず応援に来てくれて、お小遣いで私にいろいろな物を買ってくれた。おにいという存在がなければ、今の私はずっと違う人間になっていたと思うくらいだ。

 

「だけどね、最近思うんだ。おにいは幸せなのかなって」

「えっ?」

「おにいがどうして文芸部に入ったか知ってる? 去年はさ、私が高校受験のために塾に行ってたから。だからね、お迎えのために時間の融通が利く部活に入ったんだって」

「そう……なんだ」

「部活も大してやらない、友達も多くない、彼女も作らない。妹のためにどれだけ自分を犠牲にしてるのーって、申し訳なく思うんだ」

 

 おにいは私に弱みを見せない。両親の代わりに家事をやることに不満を言っていたこともないし、私だけ運動部で好き勝手ソフトテニスをしていることを咎めてきたこともない。むしろ、どんな時でも温かく迎えてくれる。

 

「私はおにいが大好きだから、おにいには幸せになってほしいと思ってる。少しは自分の人生を生きてほしいなって」

「……そっか。ごめんね、柚希ってただのブラコンだと思ってた」

「なによそれー!」

 

 人がせっかく真面目な話をしてるのに、ひどい友達だなあ! 私はポカポカと悠の身体を叩いて、不満を表した。

 

「で……柚希は」

「ん?」

 

 悠は私の手を振りほどきながら、改めて問うてきた。いつも通りの凛とした顔で、ゆっくりと口を開く。

 

「もし私が詩音先輩のことが好きでも、本当にいいの?」

 

 この期に及んで「もし」なんて、往生際が悪いなあ。けど……悠に対する返事はもう決まっている。もし、もしの話だけど。もしも、悠が本当におにいのことが好きなら――

 

「おにいの隣に誰かいるとしたら、悠であってほしい。だって――私は、悠のことも大好きだから!」

 

 私は本当におにいの幸せを願っている。もし、悠がそれを叶えてくれるとしたら。それ以上のことは、きっとこの世にないと思う。

 

「そっか。……ありがとう、柚希」

 

 夕日に照らされた親友の頬が、微かに緩んだ気がした。

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