クールを気取って距離を縮めてくる後輩女子の策略が、妹を通じて俺に筒抜けな件について   作:古野ジョン

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第30話 先輩の威厳

「先輩、お願いしますよ」

「分かった、分かったから……」

 

 結局、俺は悠の代わりにクレーンゲームに挑むことになった。両替した百円玉を投入すると、筐体からポップな効果音と陽気な声が聞こえてくる。

 

『ゲット目指して頑張ってね!』

「機械が喋りましたよ」

「そりゃ、インコだって喋るんだし」

 

 などと戯言を抜かしながら、ボタンに手をかけた。悠は俺の右隣に立ち、じいっとクレーンを見つめている。その眼差しはまさしく勝負師。……自分でやればいいのに。

 

「んー……」

 

 ガラス越しに景品の配置を確認する。中央に二本の棒が掛けられており、お菓子の箱がそれらに引っ掛かるように設置してある。クレーンで直接持ち上げるというよりは、押したり引いたりして落とすって感じだろうな。

 

「よしっ」

 

 唸っていても仕方ないので、ひとまず動かしてみるか。まずは①のボタンを押して、横方向に移動させて……うん、このあたりだな。

 

「うん、悪くないかな」

「……」

「聞いてる?」

「獲れてませんけど」

「こっから奥に移動するの! 見てて」

 

 今度は②のボタンを押して、クレーンを奥の方に進める。悠はガラスにかぶりつくようにしてそれを見守っていた。

 

「ここだっ!」

 

 アームの左端が箱にかかりそうな位置で、ボタンから指を放した。クレーンがゆっくりと降下していき、お菓子の箱に触れる。

 

「あっ!」

 

 悠が歓声をあげた。いつもクールなのに、こんな楽しそうな声も出せるんだな。……なんて思っていると、アームが動いて箱を掴もうとしている。だが――

 

「「あ~……」」

 

 二人でため息をついた。箱は少しだけ傾いたが、すぐに元通りの位置に戻ってしまった。何も掴んでいないクレーンだけが虚しく移動している。

 

「なっ、難しいんだよ。また今度に――」

「……詩音先輩、まだ九千九百円残ってます」

「いや、無理だって」

「じゃあっ、私がやります。やり方は分かったので」

「ちょっ、悠!?」

 

 次の瞬間、ボタンを横取りするようにして悠が俺の身体に引っ付いてきた。自分の右側に柔らかい感触を覚えて、思わずドキッとしてしまう。

 

「先輩、ちゃんと場所が合っているか見ててください」

「えっ!? あっ、うん」

 

 しかし悠は完全に集中しているようで、筐体の横から覗きこむようにしてアームの位置を調整していた。しかもいつの間にか五百円分もクレジットを投入していたらしく、残りプレイ回数は「6」と表示されている。

 

「もうちょっと……」

 

 再びクレーンが奥の方に進んでいく。さっきと違い、悠は箱の手前から引っ掛ける作戦にしたみたいだ。その視線は職人そのもの。少しずつ、少しずつアームが――

 

「あー、カップルだー!」

「「!?」」

 

 しかし次の瞬間、背後を通った小学生が俺たちのことを指さして大声を出した。悠は動揺してしまったのか、変なタイミングでボタンを離してしまう。

 

「あっ……!」

 

 時すでに遅く、無情にもクレーンが降下していって……アームが空を切った。何の収穫も得られず、筐体の動作音だけが虚しく響き渡る。悲しそうに立ち尽くす悠の背中には、哀愁すら漂っているようだった。

 

「……ゆ、悠?」

「これ、台を揺らすのは無しなんですか」

「出禁になるからやめて!?」

「屋上に水を入れた容器を置いて、建物ごと傾ければ」

「何を攻略する気なんだよ!?」

 

 俺たちがやっているのって、一玉四千円のパチンコじゃないんだけどなあ。なんて言葉に悠が聞く耳を持つはずもなく、俺たちはずるずると百円玉を吸い取られていくのだった……。

 

***

 

「先輩……今いくらでしたっけ?」

「えーと、二千八百円……」

「じゃあ、あと七千四百円使えますね……」

「計算間違ってるよ!?」

 

 結局、俺たちは未だに景品を獲得することが出来ていなかった。箱を傾けて喜んだと思えば、その次のプレイで元に戻してしまう。ずっとその繰り返しだった。悠は虚ろな目でボタンを操作していたけれど、今回もまたアームが箱を掴むことはなかった。

 

「あー……」

「悠、もうやめようよ。このままじゃいくらかかるか分かんない」

「諦めるんですか? まだ二百円しか使ってませんけど」

「記憶改ざんしてない!?」

「……あの、詩音先輩」

 

 その時、悠が俺の学生服を掴んだ。学校から歩いてきた時と同じように、不安そうな表情で俺のことを見つめている。

 

「やっぱり、先輩が獲ってくれませんか」

「えっ?」

「詩音先輩は何でもできる人ですから。先輩なら……私が出来ないことでも、必ず叶えてくれるって」

「……買いかぶり過ぎだよ」

 

 敢えて平静を装って、景品の方をじっと見た。この後輩は……俺に期待してくれているのだ。自分には不可能でも、俺という「先輩」なら可能に変えてくれると、そう信じているのだ。

 

「分かった。先輩の威厳ってやつ、見せてあげるよ」

「じゃあっ、詩音先輩は――」

「すいませ~ん、店員さんっ!」

「!?」

 

 悠は目を見開き、何が起こったのか分からないといった感じできょろきょろとしている。俺は手を挙げ、近くを歩いていた店員さんを呼び寄せ――一言。

 

「すいませんっ、このお菓子ってどうやったら取れますかっ!?」

「あっ、かしこまりましたー。取りやすいように配置しましょうか?」

「お願いしますっ!」

 

 店員さんが業務用の鍵を筐体に差し込み、中の景品の場所を変えている。……なんだか悠の視線が冷たい。

 

「……これが威厳ですか」

「処世術と言ってほしいねっ」

「はあ……」

 

 悠は呆れたようにため息をつく。しかし、それでも……俺の学生服を掴んで離さないところが、やっぱり憎めない後輩だなと思わせてくれたのだった。

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