クールを気取って距離を縮めてくる後輩女子の策略が、妹を通じて俺に筒抜けな件について   作:古野ジョン

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第33話 距離

「お茶、ここに置くからね」

「これ、何のお茶ですか」

「緑茶だよ。他のお茶が良かった?」

「いえ……詩音先輩が選んでくれたなら、何でも」

 

 目の前のテーブルにコップを置くと、悠はすぐに手に取って口にしていた。俺は自分の分のコップを片手に、悠の左隣に腰かける。

 

「じゃあ、お隣に失礼」

「失礼な先輩ですね」

「そっちが座ってって言ったのに!?」

「冗談ですよ」

 

 この後輩、ジョークを言う時も真顔なんだから本当によく分からないな。もっとも、今は部屋が暗いから表情なんかよく分からないんだけどさ。

 

「「……」」

 

 せっかく隣同士に座ったのに、会話が途切れてしまった。俺の右脚が悠の左脚にかすかに触れるくらいの、なんとも言えない距離。それでも、自分がいつも洗濯に使う柔軟剤とは違う匂いが漂っていることくらいは感じ取ることが出来た。

 

「な、なんか歌わないの?」

「いいんです。詩音先輩こそ、歌わないんですか」

「いや、俺は下手だから」

「柚希から聞いてますよ。歌、本当は上手なんですよね」

「えーと、それは……」

 

 俺は返答に窮して、しどろもどろになってしまう。やっぱり嘘はバレてしまうんだな。慣れないことはするもんじゃない。

 

「ごめん、さっきはつい――」

「いいんです。私も、回りくどいことをしましたし」

「っていうのは」

「……言わせないでください」

 

 悠は俺から顔をそむけてしまった。本当に、この後輩は俺と二人で過ごしたかっただけなんだな。……改めてそう考えると、ちょっと照れ臭く思えてくる。

 

 俺たちの正面にあるモニターには、新曲をアピールするアイドルの映像が流れっ放しになっている。彼女たちはフリルのついた可愛らしい衣装を着て、スタジオの中で踊ったり跳ねたりしていた。

 

「あの」

「ん?」

「詩音先輩も、ああいう女の子が好きなんですか。可愛いうえに明るくて、みんなに愛される感じの」

 

 悠はじっとモニターを見つめながら、ぼそりと呟いた。別に、このアイドルのファンってわけじゃないんだけど。なんとなく画面を見つめていたから、そう思われたかな。

 

「別に、素敵だとは思うけど。それ以上はないよ」

「なんですか、その答え。曖昧ですね」

「可愛くて明るいのは悪いことじゃないから……」

「なーんか、釈然としないんですけど」

 

 ヤキモチなのかな、これ。悠は悠であって、アイドルと比べる理由なんてないのに。画面の中にしかいないアイドルと、今ゼロ距離で座っている後輩。どっちが大事なのかと聞かれれば、答えは一つしかないのだからな。

 

「悠には悠にしかない良さがあるよ。俺はそう思う」

「私は通好みの女ってことですか」

「そんな卑屈な言い方しないでってば」

「いいんです。大勢に好かれたいわけじゃないし、そんな魅力もないので」

 

 悠はやたらと「みんなに好かれる人間」と自分のことを対比しているようだった。何かコンプレックスがあるのか、それとも俺が気にし過ぎているだけなのか。どちらにせよ、悠は自分のことを過小評価している気がする。

 

「だから、悠はもっと――」

 

 素敵な女の子だと思うよ、なんてキザな台詞を言おうとした瞬間だった。部屋の扉が開き、トレーを持った店員さんが中に入ってくる。

 

「フライドポテト、お待たせしました~っ!」

「あっ、ありがとうございます。そこに置いておいてください」

「承知しました! ではっ、失礼しま~す!」

 

 ……いつの間に頼んでたの? 店員さんと淡々とやり取りする悠を見て、呆気に取られてしまう。もしかして、俺がドリンクバーに行っている間に注文まで済ませていたのかな。随分と手際の良い後輩だな……。

 

「どうしたんですか、そんなにぼーっとして」

 

 悠はソファから立ち上がって、テーブルの向こうにあるフライドポテトの皿を手に取る。それを持ったままこちらに戻ってきて、俺たちの前に置いた。

 

「ごめん、もしかしてお腹空いてた?」

「いえ、別に。ただ食欲が亢進しただけです」

「それを腹が減ったって言うんだよ」

「詩音先輩、おしぼり使いますか?」

「あっ、ありがと」

 

 いつの間にか悠がおしぼりを二つ握っていて、そのうちの一個を俺に手渡してくれた。ビニール袋を開けて中身を取り出し、手を拭う。そうこうしている間にも、悠はパクパクとポテトを食べ進めていた。

 

「あの、俺の分も残しておいてね?」

「大丈夫ですよ、ちゃんと残します。一本くらい」

「一本!?」

「じゃあ二本にします」

「そうじゃなくてね」

 

 やれやれ、このままだと本当に食べつくされてしまいそうだ。俺もちょっと小腹が空いてきたし、いただこうかな。なんて、ポテトに手を伸ばそうとすると……肩を叩かれた。

 

「詩音先輩」

「ん?」

 

 右を向くと、悠がじっとこちらを見ていた。暗くて表情がよく分からない。……あれ、何か手に持ってる?

 

「私にしかない良さがあるって、言いましたよね」

「う、うん」

「じゃあ――」

 

 悠は手に持っていた何かを咥えて、顔をこちらに突き出してきた。目を凝らしてみると、そこに差し出されていたのは長いフライドポテト。これって――

 

「たふぇてください、詩音せんふぁい」

 

 後輩は目をつむり、静かに俺のことを待っていた。

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