クールを気取って距離を縮めてくる後輩女子の策略が、妹を通じて俺に筒抜けな件について   作:古野ジョン

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第34話 度胸

 ポッキーゲーム、というものがある。二名の人間がポッキーの両端を咥え、同時に食べ進めていくという「遊び」だ。当然ながら、ゲームのエンディングは二通りしかない。ポッキーが折れるか、参加者の二人がキスをするか……そのどちらかだ。

 

「……せんふぁい」

 

 そして俺は今、目の前の後輩にポッキーゲームを仕掛けられている。咥えているのはポッキーでなくフライドポテトだけど、そんな些細な違いはどうでもいい。……俺、このまま受け入れていいのか?

 

「悠、本気?」

「……」

 

 何も言わないまま、悠は両手を俺の首の後ろに回してきた。そのままグイっと力を込めて、自分のもとに引き寄せる。目の前に迫るは、モニターに照らされた悠の顔。自分の心が一段と跳ね上がったような気がした。

 

「ちょっ、悠!」

「いいふぁら」

 

 悠はさらにポテトを突き出してくる。先輩、あるいは年上として行動するなら、ここは止めるべきなんだと思う。いくらなんでも突然すぎる、とでも言うのが正しいのかもしれない。しかし、だ。

 

 ――悠は妹扱いしないであげてってこと!

 

 昨日の柚希の言葉が、ふと頭によぎった。目を閉じて、じっと俺のことを待っている悠の顔は……とても綺麗だった。神秘的とすら思える。年下の後輩、ではなく一人の女性として受け入れるなら。自分の選択肢は、一つしかなかった。

 

「悠」

「んっ……」

 

 顔を寄せると、悠が静かに頷いた。それを確かめてから、俺はフライドポテトの先を咥える。長めと言ってもせいぜい十センチメートルくらい。互いの息遣いを感じ取れるほど、俺たちの距離は縮まっていた。

 

「「……」」

 

 二人で黙々と食べ進める。合コンなんかと違って、囃し立てるギャラリーはいない。世界一静かで、世界一厳かなポッキーゲーム。そんな気がした。

 

 悠の顔が徐々に近づいてくる。十センチなんて、普段は一瞬で消えてしまう長さなのに。食べても食べても全くポテトが減らない、そんな気分だった。

 

「「!」」

 

 目が合って、反射的に視線をそらす。綺麗な瞳だったな。こんな近距離で見ることなんてないから、今まで気づかなかった。

 

「ん……」

 

 悠が微かに声を漏らした。気づけば、ポテトはあと二、三センチも残っていない。このままだと本当に……キスすることになる。

 

 自分の鼓動がさらに速くなるのを感じた。薄明かりが照らす悠の頬は、ほんの少し紅潮している。近い。本当に近い。互いの呼気が交差する。悠は再び目をつむった。思わず息を止め、目を見開いたそのとき。

 

 一瞬だけ、唇と唇が触れた気がした。

 

「ッ!」

「いでっ!?」

 

 しかし、すぐさま悠が俺のことを突き放した。俺は背中をのけぞらせつつ、後ろに手をついてなんとかバランスをとる。何が起こったのか分からないでいたけど……気が付いた時には、悠は口元を手で覆って向こうを向いていた。

 

「……すいません、詩音先輩」

「な、何が?」

「嫌いになりましたよね、私のこと」

「そっ、そんなわけない!」

「いいんです。私に度胸がなかっただけ、本当にそれだけなんです」

 

 悠は俺の方を見ようともしなかった。さっきと同じように、姿勢良くソファに座り直す。俯いたまま、ただただ自分の唇を手で触っていた。

 

「……」

 

 なんとなく、俺も指先で唇に触れた。本当に刹那的な出来事だったけど、たしかに感触を覚えている。柔らかかったな。

 

 しばらくの間、俺たちは一言も発さなかった。気まずいというよりは、互いに余韻に浸っていたのかもしれない。曲がりなりにも口づけを交わしてしまったのだ。高校生の俺たちにとっては、強すぎる刺激だった。

 

「……ん」

 

 ふと横を見ると、悠の膝の上にポテトの欠片が落ちていることに気づいた。さっきのポッキーゲームで俺も悠も食べなかった部分かな。

 

「悠、落ちてるよ」

 

 声をかけて、欠片を手に取った。……あれ、悠から何の返事もない。

 

「悠――」

 

 パッと右隣を見た俺は、思わず頬を緩めた。ついさっき、俺と間近で顔を突き合わせていた後輩は――

 

「すぅ……すぅ……」

 

 可愛らしい寝息を立てて、穏やかな表情を浮かべていた。まるで安心しきった子どものように見えて、自分の心も絆されていく。そういえば、校門で待ち合わせたときから眠そうだったもんな。緊張の糸が切れたんだろう。

 

 いつも凛とした表情ばかり見ていたから、悠の寝顔を見るのは不思議な気分だった。こんな可愛らしい後輩を、世界で俺だけが独り占めしている。……なんて言うと大げさだけど、それほど心を許してもらっていることが嬉しかった。

 

「せん……ぱい……」

「ん?」

 

 寝言かな。起こさないように気をつけながら、そっと悠の顔を覗き込む。……やっぱり寝てるよな。

 

「……」

 

 じっと悠の顔を眺めていると、どうしても唇に目が引き付けられてしまう。――気づいたときには、ほんのすぐ近くまで顔を寄せていた。

 

「悠……」

 

 そのまま、自分の唇を綺麗な唇と重ねようとして……直前でハッと気が付いた。慌てて我に返り、悠を起こさぬようにそっと姿勢を戻す。

 

「度胸がないのは、俺も同じか……」

 

 自嘲するように、そっと目をつむったのだった……。

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