クールを気取って距離を縮めてくる後輩女子の策略が、妹を通じて俺に筒抜けな件について   作:古野ジョン

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第35話 目が覚めたら

「……せーんぱい、起きてください」

「ん……?」

 

 目が覚めると、悠の顔が目の前にあった。いつの間にか電気が点いていて、部屋の中が明るくなっている。テーブルには何枚かの皿が置いてあって、ソースやマヨネーズをかけた跡があった。

 

「あれ、寝てた……?」

「もう八時ですよ」

「えっ、嘘!?」

 

 慌てて左手首を見ると、たしかに腕時計は八時を示していた。そうか、悠とポッキーゲームをして……あのまま眠り込んでしまったんだな。

 

「帰りましょう、詩音先輩。遅くなりますよ」

「そっ、そうだね。帰ろうか」

 

 座ったまま寝ていたせいか、身体が凝り固まってしまった。腰を手でさすりながら立ち上がり、向こうのソファに積んである荷物を取りに行く。

 

「悠も寝てたの?」

「先輩よりちょっと早く起きたので、ご飯を食べてました」

「そっ、そっか」

 

 起こしてくれれば一緒に食べたのになあ。……いや、俺に食べられないようわざと起こさなかったのかもしれん。それにしても――

 

「……」

「詩音先輩?」

「いや、なんでもない」

 

 まるで何事もなかったかのような振る舞いだな。いつも通りのクールな表情だし、さっきポッキーゲームを迫ってきた人間とは思えない。妙な気分になっているのは俺だけか。

 

 なんとなく、悠の顔を直視することが出来ない。おかしいな。いつも部活で顔を突き合わせているんだから、今更緊張することなんてないはずなのに。どうしてもさっきの出来事が頭をよぎってしまう。

 

「なあ、悠」

「はい」

 

 リュックサックを背負いながら、お菓子の箱を抱えて立っている悠に声をかける。……何を言おうとしていたのか忘れてしまった。

 

「さ、さっき――」

「夢です」

「えっ?」

 

 悠は表情を変えずに、真顔で言い切った。夢、という言葉の持つ意味とは何だろう。

 

「夢、って……」

「私は詩音先輩とポッキーゲームをする夢を見ました。でも多分、夢です」

「そんなことは――」

「夢です。……そういうことに、させてください」

 

 静かに俯き、悠は黙り込んでしまう。この間のテレビ通話の時もそうだ。悠は、自分から思い切った行動をしても……すぐになかったことにしてしまう。自分に自信がないのか、何かを恐れているのか。

 

「悠」

「はい?」

 

 でも、俺は夢ということにはしたくなかった。決して幻ではなく、たしかに悠とキスを交わしたのだ。たとえ一瞬だとしても、それを忘れてしまうことは許せなかった。

 

「……少なくとも、俺は現実だと思ったよ」

「先輩?」

「いや、違うな。夢だったことにするのは――嫌だよ」

「……そうですか」

 

 悠は後ろを向いてしまった。今どんな表情を浮かべているのか、俺が読み取ることは出来ない。だけど、悠にも現実だと思っていてほしい。ただそれだけだった。まあ……ひとまず、帰るとするか。

 

「とにかく帰ろう、悠」

「はい。お会計、割り勘ですよね」

「えっ、俺ほとんど食べてないのに!?」

「先輩の威厳、見せてください」

「それ、気に入ったんだね……」

 

 悠と二人一緒に、部屋を後にした。

 

***

 

 アミューズメント施設を出たあと、俺たちは二人で電車に乗って帰途に就いた。終点の駅に到着して、ホーム上で別れを告げる。

 

「じゃあ、私は地下鉄なので」

「うん、今日はありがとね」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

 悠はペコリと頭を下げて、乗り換え口の方向に歩きだした。それを見送ってから、俺は改札口の方に足を向ける。

 

「ふあ~あ……」

 

 階段を上りながら、大きく欠伸をした。さっきあんなに寝たはずなのにまだ眠いな。今日は家に帰ったら早く寝よう――

 

「ん?」

 

 コンコースに着いたところで、ポケットのスマホが震えていることに気が付いた。手に取って画面を見ると、柚希からの電話だった。なんだろう、こんな時に。

 

 邪魔にならないよう通路の端っこに寄ってから、応答ボタンを押した。柚希は部活で飯に行ってるんだったな。遅くなったから迎えに来いとか、そんな感じか――

 

『なにチキってんのさおにいっっ!!!!』

「!?」

 

 スピーカーが壊れそうな大音量に、思わずスマホを耳から離す。なんだなんだ、何の話だ!?

 

「なっ、なんだよ急に!?」

『なんで悠にちゅーしてあげないのよおっ!!!』

「はあっ!?」

 

 ちょちょちょっ、なんだよそれ!? ちゅーって……さっ、さっきのカラオケの話か!? なんで知ってんだ!?

 

『悠から聞いたのっ! おにいにキスされかけたって!』

「えっ、ええっ!?」

『狸寝入りしてたらおにいが迫ってきたって! なんでそこでやめたわけ!?』

 

 あっ、アイツ寝てなかったのかよ!? 俺を試したのか!? あんまりにもズルすぎだろ! っていうかなんでキス未遂を実妹に責められないといけないんだ!?

 

「いっ、いいだろ別に! 柚希には関係ないだろ!?」

『関係ないに決まってるじゃん!』

「開き直るなよ!?」

『でも悠が可哀想でしょっ!? ちゃんとキスしてっ! お嫁に貰ってっ! 一緒のお墓に入ってあげてよっ!』

「何年先の話をしてんだよ!?」

 

 たしかにちょっと盛り上がっちゃったけどさっ! 嫁に貰うだのなんだのは流石に気が早くないか!?

 

「とにかく! 俺と悠の話だろ!」

『むー……。まあでも、やっとおにいも悠のことが好きになったんじゃないっ!?』

「そっ、それは……」

 

 そんなわけないだろ、とは即答できなかった。さっき悠と二人でいたときも、どこか緊張して平常心でいられなかったのだ。……もしかして、俺は悠に対して特別な感情を抱いているのかもしれない。

 

『とにかく、ちゃんと責任とってあげてねっ!』

「なんのだよ!?」

『えーっ、だってさあ。悠からおにいの寝顔が送られてきたしっ、もう()()()()()()だよね?』

「!?」

 

 寝顔!? 俺が寝ている間に写真を撮ったのか!? どおりで起きた時に部屋が明るくなってたわけだ! 納得!

 

「おまっ、その写真消せよっ!?」

『えー、もう待ち受けにしちゃったのに……』

「お前はお前でどういう感情なの!?」

『じゃっ、私もそろそろ帰るから! じゃあねっ!』

 

 柚希からの電話はそこで切れた。俺は呆然としたままスマホをポケットにしまう。俺、悠に惚れてしまったのかな。もちろん大切な後輩だとは思っていたけど、それ以上の感情は抱かずにいた。それなのに……あんな小さな出来事で、俺の心は変わってしまったのかもしれない。

 

「……」

 

 自分の心を整理できぬまま、改札に向かって歩きだす。まあ、時間はいくらでもあるんだ。月曜になればまた悠と会える。その時に考えればいいさ。

 

 しかし、俺はまだ気づいていなかったのだ。とある女性が、悠の心を大きく揺さぶろうとしていたことに――

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