クールを気取って距離を縮めてくる後輩女子の策略が、妹を通じて俺に筒抜けな件について   作:古野ジョン

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第40話 最上家

「もうっ! おにいの馬鹿っ!」

「ぐええっ、離してくれぇぇぇ……」

 

 大昔の罪人のごとく、アミューズメント施設の外へ引きずられていく俺。頸動脈の交通が怪しくなってくる頃、ようやく柚希が手を離してくれた。

 

「おにいっ、何やってんの!?」

「何って、それは……」

 

 息を切らしながら、ゆっくりと立ち上がる俺。柚希は俺の過ちを咎めるように、さらに話を続ける。

 

「なんでっ、なんでよりによって春先輩なの!?」

「よりによって……って?」

「だって! あの人はっ! あの人はっ……」

 

 俺の一歩先を歩く柚希が、言葉を詰まらせていた。俺の方には一瞥もくれず、言いたくても言いにくいといった感じ。

 

「悠から、春先輩のことは聞いてないの?」

「ほとんど聞いてない」

「……そっか」

 

 再び黙り込み、駅の方に歩きだす柚希。どうして俺のいる場所が分かったのか、どうしてわざわざ迎えに来たのか、どうして春先輩を警戒しているのか。いろいろと聞きたいことがある。

 

「教えてくれ。何なんだ、春先輩って」

「私もちょっとしか話したことないけど。噂はいっぱい聞いてる」

「噂?」

「うん。あの人、裏でいろいろ動いてる」

「へえ……」

 

 生徒会長、という役職に就いている以上は表に出ない仕事も多くこなしているのだろう。さっきの会議じゃないけど、部活や委員会同士の小競り合いも多い。しかし……それなのに、あの人の悪口はほぼ聞いたことがないな。

 

「でも、春先輩のことを悪く言っている人なんて見たことないけど」

「そう!」

 

 柚希がクルっとこちらに振り返り、指さしてきた。何か重要なポイントを突いたらしい。

 

「あの人の変なとこはそこ! あんな大胆に動いてるのに、誰の恨みも買ってないの!」

「本人の人柄じゃないの?」

「それもあるけど! ……恐ろしく仕事が出来て、計算高いんだと思う。しかもそれをニコニコ善意100%でやってるから」

「なるほどな……」

 

 春先輩については、仕事ができる人というくらいの印象でしかなかった。だけど、さっきの出来事といい、今の柚希の発言といい、相当な人物だったのだと気づかされる。でも、「なんでよりによって春先輩なの!?」という柚希の発言にはまだピンと来ないな。

 

「それで、春先輩と関わったら何がまずいの?」

「おにいのばかっ! まだ気づいてないの!?」

「気づくって――」

「悠が……かわいそうだよ」

 

 悠の名を出した瞬間、柚希の声が小さくなった。俺はハッと目を見開く。春先輩と一緒にいれば、悠が悲しむ。詳しい内実はともかく、その理由はなんとなく察することが出来た。

 

「……やっぱり、あの姉妹は仲が悪いの?」

「悪くはないと思う。でも、良くもないかな」

「そっか。悠って、春先輩のことが嫌いなの?」

「嫌い、ってわけじゃないよ。ただ……」

「ただ?」

「――私と違って、悠は()って立場を嫌がってる」

 

 柚希は再び前を向き、歩きだした。自分の感情を出さずにいつも静かな悠に対して、容易に周囲の人間を惹きつけてしまう春先輩。……姉に対する悠の感情は、劣等感(コンプレックス)という一言で表すことは出来ない代物なんだろう。

 

「だからね、悠の気持ちももっと考えてあげてよ。好きな人……ああいや、部活の先輩をお姉ちゃんに取られるーなんて、可哀想じゃん」

「心配しなくても、俺は春先輩になんか――」

「本当にそう?」

「えっ?」

「だって、春先輩はもうおにいのことを名前で呼んでるんだよ?」

「……たしかにな」

 

 俺と悠が名前で呼び合うのにかかった時間は、およそ一週間。それに対して、春先輩はほぼ初対面の俺を名前で呼んできた。他人と距離を詰めるスピードは尋常じゃない。

 

「別にさ、おにいが他の人と付き合う分には仕方ないよ。でも……春先輩だけは絶対にだめっ」

「他の人と付き合う分には仕方ない、ってのは」

「だって、そんなのさっさと告らない悠が悪いんじゃん! ああいや、悠がおにいを好きとは言ってないけどね!?」

「どういうこと!?」

「とにかく!」

 

 柚希は大きく声を張り上げた。俺の手をがっちりと両手で掴んで、はっきりと目を合わせる。

 

「迷わないで! ぽっと出の女に惑わされないで!!」

「柚希……」

「分かった!?」

「……うん、もちろん」

「それでこそおにいっ!」

 

 ニコッとほほ笑み、柚希は前を向いて再び歩き出した。最上春、という人間の本質はまだまだ掴むことが出来ない。けれど、今言えることは――ただ一つ。

 

 俺は、悠に謝りたかった。

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