「さて、どうしたものか」
私は顎に手を当て、小さく呟いた。
目の前に広がる光景を前に、思考を巡らせる。
「おぉ……」
「……エマ、話を聞いてるのか?」
「え? あ! そ、そうだね!」
エマは慌てて笑顔を作り、誤魔化すように手を振った。
今後の動向を冷静に見定めようとする私とは対照的に、彼女はただただ、この街の規格外な景観に圧倒されている。
まぁ、記憶を失い、こんな奇妙な状況に放り込まれていなければ、私も周囲の景色を呑気に楽しむくらいはしたかもしれないが――今の私たちに、そんな余裕は正しくない。
先ほどまでいた建物の窓から見下ろした時は、どこか現実味のない、精巧な絵画のようだと思っていた。
だが、一歩外に出てみれば、そこには天を突くような近代的な高層ビル群が、不自然なほど規則正しく立ち並んでいる。真新しく綺麗に舗装されたアスファルトの道路は、どこまでも真っ直ぐに伸びていた。
行き交う人々の数も多い。それはまさに、エマがぼんやりと思い描いていた【都会】そのものの姿なのだろう。
(……だが、おかしい)
これほど発達した近代都市が、現実に存在しているなど聞いたことがない。
いや、そもそもこれほどの規模の場所が、今まで一度も世間の噂にすら上がらないなんて、どう考えても異常だ。
圧倒されるエマを横目に、私はふと振り返った。
私たちのすぐ後ろには、さっきまでいたレンガ造りの寮がひっそりと佇んでいる。
その塀に取り付けられた木製の看板には、周囲のハイテクな街並みにはおよそ似つかわしくない、拙いカタカナが手書きで刻まれていた。
――【ヘクセンハウス】。
あまりのミスマッチさに、私の顔は自然と引きつる。
「直訳して【魔女の家】、か。随分とまぁ……皮肉が効いてるというか、悪趣味だな」
「あ、うん……でも、リンネちゃんから悪意みたいなものは感じなかったと思うよ? ご飯もすっごく美味しかったし、用意してくれたこの服だって、こんなに可愛いし」
エマは自分の着ている服の裾を少し引っ張り、ひらひらと揺らしながら弁明するように言った。
あんなに美味しい朝食を振る舞ってくれた相手を、どうしても悪人だと思いたくないのだろう。
私は小さくため息をつき、お人好しな彼女を見下ろした。
「それは、エマが楽観的すぎるだけだと思うけどね」
「うぅ……」
図星を突かれて、エマは言葉に詰まる。
自分でも少し暢気すぎたかもしれないと自覚したのか、小さく肩を落として落ち込んでしまった。
「とりあえず、道すがら人に話を聞いていってみよう」
「う、うん」
それから私とエマは、街を行き交うたくさんの人たちに声をかけて、情報を集めるために歩き回った。
10人ほどに声をかけたあたりで――いや、そもそも、歩いている人間を何百人も目にした時点で、私はこの街に潜む決定的な【異常】に気づいていた。
「……男の人が、全くいないな」
私は歩みを止め、周囲の雑踏を鋭い視線で見回す。
行き交う人々、コンビニの店員、パトロールをしている警備員。
そのすべてが、漏れなく女性だった。
「これは少し、いや……かなり正しくないな」
「たまたまって感じでも無さそうだよね。結構遠くまで歩いてきたけど、どこにも男の人がいないし、街の広告に映ってるモデルさんも、全員女性だったよ」
「女だけの都市、か。度々、ネットの片隅のアレな女性の妄言で聞いたことはあるが、にわかには信じがたい光景だな」
「だけど、ゴミ一つ落ちてなくてすごく綺麗だし、電気も水道もちゃんと通ってるみたい。色んな人に聞いてみたけど、みんなこの暮らしに不満はなさそうだったよね。……まあ、肝心な【都市の外に出る方法】は、誰も教えてくれなかったけど……」
「だが、それらを全て知っていそうなヤツの目星はついたな」
私は繋ぎ合わせた情報を頭の中で整理するように、低く呟いた。
「――
私たちは歩きながら情報をまとめ、そして、ついにその目的地へとたどり着いた。
街の人たちの話を総合すると、この都市――【アビゲイル】の中心に位置するその教会は、都市の統治者と言ってもいい絶対的な立場にあるらしい。
指定された大聖堂の周囲には、不自然なほど高い純白の防壁が巡らされており、神聖というよりは外部を拒絶する要塞のような冷徹さを放っていた。
そして、その教会の主な役割は【魔女の監視と捕縛】。
もちろん、私たちがその【魔女候補】であるなんてことは、話を聞いた住人たちには口が裂けても言えるわけがない。
……そもそも、自分がそんなファンタジーな存在だとは、未だに私は思っていないが。
それと、リンネが言っていた、私たちは魔法少女と呼ばれる存在だという言葉。
あまりにファンシーすぎて口にするのもちょっと恥かしいが、怪物扱いの【魔女】と呼ばれるよりは、いくらかマシだと思えた。
「……思っていたより、大きいな」
私は、圧倒されたように大聖堂を見上げる。
「コレ、本当に教会? なんだか、お城みたいにも見えるよ……」
エマがぽかんと口を開けて呟く。
私たちの目の前に立っているのは、荘厳で、芸術的とも言えるほど巨大な建築物だった。
東京ドームが丸ごと一つ入りそうなくらいの圧倒的なスケール感が、見る者をそれだけで萎縮させる。
防壁の中央にある頑丈な鉄製の門の前には、門番らしき二人のシスターが立っていた。
だが――。
彼女たちの手には、お祈りのための十字架ではなく、黒く冷たい【銃】が握られている。
「止まれ!」
門番のシスターの一人が、躊躇なく私たちに銃口を向けた。
(ここは外国か何かか? 人に銃を向けるとは……)
いきなり銃を突きつけられる理不尽さに眉をひそめつつも、私は冷静に両手を少し上げて、説得を試みようとした。
「待ってくれ。私達はただ、教皇に話を聞きに来ただけなんだ」
私の落ち着いたトーンに、門番のシスターは少し考えるような素振りを見せ、銃口をわずかに下げた。
「⋯⋯アポイントメントは」
「それは⋯⋯してないな」
「なら、通すわけにはいかない」
「そうか⋯⋯エマ、とりあえず今日は寮に戻ろう」
「う、うん」
シスターたちの威圧感に気圧されながら、私は一度引くべきだと判断し、来た道を引き返そうとした。エマもそれに追従する。
とりあえず、ヘクセンハウスに戻ってリンネからアポイントメントの方法を聞き出さなければならないようだ。
――だが。
私たちが素直に引き返そうとしたその行動が、逆に門番の癪に障ったようだった。
「おい貴様ら。随分と物わかりがいいな?」
背後から、冷酷な声が突き刺さる。
「いや、そもそも……その服装。このアビゲイルの市民が着るようなものではないな。……貴様ら、魔女か!」
しまってあった服。リンネから用意された、仕立てが良すぎる服。
洗練されすぎていて、それでいてどこか浮世離れしたそのデザインは、この異質な都市においては、何よりも目立つ
カチャリ、と不穏な金属音が響き、再び銃口が私たちの背中に向けられる。
「なっ!?」
「うぇぇ!?」
急な事態に、私とエマは息を呑む。
今度は門番の二人ともが、容赦なくこちらに銃口を向けた。
引き金にかかった指には、いつでも弾丸を撃ち出すだけの力が込められている。
向けられているのは、明らかな殺意と敵意だった。
「どうせこの後、魔法とやらで潜入するつもりだろうが、そうはいかんぞ! おいお前、中に連絡して仲間を呼んでこい!」
「あぁ!」
片方の門番が門を開け、奥へと走っていく。
このままだと、私たちは問答無用で逮捕される。最悪の場合、ここで銃殺されることだって十分に視野に入るだろう。
それをさせまいと、私は必死になって言葉を重ねた。
「待ってくれ! 何故服装だけで私たちが魔女だと断定するんだ! そもそも、私たちはついさっきこの街に来たばかりで――」
「黙れ! 魔女の言うことなど信用するものか! そもそも、魔女が自らここに来る理由などあるものか!」
「くっ、話が通じない⋯⋯!」
理性が塗りつぶされた狂信者相手に、言葉は何の意味もなさない。
――仕方ない。覚悟を決める。
私は、今朝目覚めたときに部屋のクローゼットの奥で見つけていた、密かに服の裏に忍ばせておいた綺麗な装飾の剣――その柄へと手を伸ばした。
目覚めた瞬間には用途不明だったその刃が、まさかこんな形で役に立つとは思わなかったが、迷っている暇はない。
力ずくで突破するしかない、そう判断して剣を抜こうとした、その時だった。
「待て」
「待つのじゃ」
背後と、長大な門の向こうから。
完全に同時に、二つの声が響いた。
背後から聞こえたのは、あの寮で耳にした冷徹な声。
私は、背後へと鋭く振り返る。
そこには、さっきまで【ヘクセンハウス】にいたはずのリンネが立っていた。
足音も気配すらもなく、まるで最初からそこに影として存在していたかのように。
彼女は、少しだけ困ったような表情を浮かべて、黒眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
「すまないな。ここの連中が少し、ヤクザ⋯⋯いや、魔女嫌いなところがあると伝えておくべきだったね。……それと、二階堂ヒロくん」
名前を呼ばれ、私はリンネを強く睨みつける。
「君なら起床してすぐに魔法少女たちの点呼をしたり、ここで一番情報を持っている私に対して、もっと核心に迫る質問をしたりするものだと思っていたがね。……どうやら、予想以上に焦らせてしまったようだ」
私が……焦っていた?
なるほど、言われてみれば、今の私の動きは冷静な判断とは言えなかったかもしれない。
記憶の空白があまりにも多すぎること。
それなのに、エマとの関係だけは確かに覚えていること。
その残された唯一の繋がりを守ろうと、なんとか状況を探ることで、私の頭はいっぱいいっぱいになっていたのだから。
「⋯⋯あぁ、私自身、それには今気づいたよ」
私は自嘲気味に息を吐き出す。
「質問をレイアにだけ任せてしまったのは、本人には悪いが……私の失敗だったな」
そう言った後、私はリンネから視線を外し、再び門の向こうへと目を向けた。
仲間を呼びに行った門番によって、半開きだった重厚な門が、完全に左右へと開け放たれる。
多数のシスターを従えて、門の奥から、一人の少女が姿を現した。
夜空のような深い黒の髪。
慈愛に満ちているようで、すべてを見透かすような金色の瞳。
ハンナとはまた違った、まるでお人形さんのような幼い容姿。
だが、纏っている
この少女こそが教皇であり、街の誰もが恐れ敬う存在――春日井ジウだと、本能が理解した。
「そなたたち、あんまり声を荒げてはいかんぞ?もっと余裕を持って生きることが人生楽しむには必要ぞ?」
軽口ではある。だが、その少女――ジウの放った言葉に、先ほどまで大柄な態度をとっていた門番のシスターは恐怖に顔を歪めた。
カラン、と音を立てて手から銃が滑り落ちる。
今にも泣き出しそうな表情で、その両脚は膝をつこうとしそうなほどガクグガクと激しく震えていた。
「あ⋯その⋯す、すみませんジウ様。しかし、教会に魔女が紛れ込もうと……」
「ん? あー⋯⋯リンネ。そやつらは、お主が言っておった【新しい】魔法少女とやらじゃな?」
「あぁ。だから、あの【咎の魔女】とは無関係だ」
(……咎の魔女?)
新しい魔法少女、という言葉も引っかかったが、それ以上に、私の思考は咎の魔女という奇妙な単語に強く囚われていた。
何か罪を犯した魔女、という意味だろうか。
そもそも【魔女】であること自体がこの都市ではアウトであるはずなのに、わざわざ
――いや。あるいは、あのリンネという女が単に変な呼び方をしているだけ、という可能性も無くはないか。
「ふむ・・・」
ジウは小さな手を顎に当て、リンネをじっと見つめた。
「そち、もしや最初から、おばあちゃんに全て喋らせる気でおるな?」
「……まぁね。それじゃジウ、2人の質問に答えてやってくれ」
悪びれもせずそう言うと、リンネはあっさりと踵を返し、その場から去ろうとする。
「おい! 待て――!」
私は思わずリンネを追おうとして、数瞬の思考の後に、その足を強引に踏みとどまらせた。
二手に別れる――それはダメだ。エマを一人にするのは、このような未知の場所では危険すぎる。
かと言って、このままリンネを追いかければ、教皇という最高権力者であるジウとの対話の機会を失うことになる。
この対話は、立場的に考えても今回限りの可能性が高い。
なら、答えは一つだ。
リンネの分まで、このジウという少女から情報を引き出すしかない。
そもそも、あのリンネという女が一番信用ならないというのが、最大の理由だ。
やがて、リンネの背中が雑踏の中に消え、完全に姿が見えなくなる。
それを見届けたジウが、門の向こうへと、小さく手招きをしてきた。
「やれやれ、おばあちゃんは暇ではないんだけどね。さぁ、お二方。どうぞこちらへ。……おばあちゃんが知っておることは、何でも答えてあげよう」
ジウの言葉に、私は隣にいるエマの顔を見た。彼女はまだ緊張で身体を硬くさせていたが、私が小さく頷くと、意を決したように足を踏み出した。
底知れない雰囲気を纏う幼き教皇の背中を追い、私たちは大聖堂の重苦しい影の中へと消えていった――。
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一方、同じ都市『アビゲイル』の、中央から少し離れた場所にある緑豊かな公園――。
「あぁぁぁぁぁ⋯⋯。ひどく疲れましたわ⋯⋯」
そろそろ正午も近い、午前十一時。
ハンナさんは公園のベンチで思いきり空を仰ぎながら、これまでの徒労を嘆いていました。
「何も成果が得られませんの。外に向かおうとすれば謎の壁がありますし、突破しようにも銃を持った恐ろしいシスターが立ち塞がっていますし⋯⋯。なんだか、物騒な噂話も聞こえてきましたし⋯⋯はぁ」
私はそんなハンナさんをベンチに残し、少し離れた自動販売機へと飲み物を買いに向かっていました。
ハンナさんがスカスカな情報を頭の中で整理していると、一人の、真っ赤な髪をした少女がこちらに近づいてくるのが見えたそうです。
「ん〜? なんなんですの――」
「⋯⋯」
少女はハンナさんの目の前まで来ると、無言のまま、くるりと背中を向けました。
外部の人間を警戒するようなその様子を、ハンナさんがじっと見つめていると――。
次の瞬間。
少女の首が――グリン、と。
あり得ない方向に、丸ごと百八十度捻じれたのです。
少女は背中を向けた姿勢のまま、完全に真後ろを向いた真顔で、ハンナさんをじっと見下ろしていました。
「――ンギャァァァァ!?」
悲鳴とも奇声ともつかない声をあげて、ハンナさんはベンチから飛び上がりました。
勢いあまって地面に派手に尻もちをつきましたが、すぐに立ち上がり、なりふり構わず全速力で私がいる自動販売機のほうへと走ってきたのです。
――――うーん!
綺麗な青空、白い雲、緑豊かな公園!
歩き回った疲れが、一気に吹き飛んじゃいますねー。
「それにしても、この街は便利ですねー。スマホを使ってキャッシュレスで飲み物が買える自動販売機が、あちこちにあるなんて。本当に都会!って感じで――ん?」
「しぇ、しぇえぇぇぇりぃぃぃさぁぁぁんっ!?」
大声。
私を呼ぶ、半泣きの声。
ハンナさんが文字通り滑り込むような勢いで、私の背後にしがみついてきました。
まるで、この世の終わりみたいな恐怖を見た、というお顔です。
「え? どうしましたかハンナさん、何か怖いものでも――ええっ!?」
ハンナさんが走ってきた方向へ視線を向けた私は、思わず言葉を失いました。
うん。これは、私でもドン引きな光景です。
背中をこちらに向けたまま、信じられないほど綺麗なランニングフォームで、しかも満面の笑顔をこちらに向けた少女が、猛スピードで突っ込んできているのです。
B級ホラー映画も顔負けの、凄まじい絵面でした。
「うっわ⋯⋯」
私はさすがに顔を引きつらせながらも――向かってくる少女の顔面に向けて、迷うことなく、右拳を思いっきり振り抜きました。
ドカッ、と鈍い音が響きます。
私の拳をモロに顔面に受けた少女は、ふわっと宙を舞い、地面を何度かバウンドしながら、力なく崩れ落ちました。
ただ⋯⋯。
「ちょ、ちょっと! こ、殺してはいませんわよね!?」
「……うーん、たぶん生きてると思いますよ?」
私は自分の右拳を開いたり閉じたりしながら、首を傾げました。
殴った瞬間の、感触の違和感。
骨の硬さがまったく手に伝わってこなくて、とてもじゃないですが『人を殴った』感じがしなかったのです。
どちらかと言うと、感覚としては肉ではなく――【ゴム】の塊を殴ったような、そんな奇妙な手応えでした。
「―――あはははは! い~い殴りだったよぉ!」
すると、殴られたはずの少女が高笑いをあげました。
床に倒れた状態からバネのように飛び上がり、すとんと綺麗に着地します。
そして、私のパンチによってさらに百八十度――つまり、合計で一回転して完全に捻じれた首のまま、にっこりと笑みを浮かべたのです。
まるで出来のいいゾンビのようでした。
「ひぇ……っ」
ハンナさんは今にも気絶しそうなほど顔面を蒼白にして、過呼吸を起こしかけています。
さすがに怯えさせすぎた、と気づいたのでしょう。
赤い髪の少女は、頭を両手で掴むと、グギギ……という奇怪な骨の音を立てて首の捻じれを強引に元に戻しました。
それから下半身の向きも正面に直し、痛みを感じた様子も一切見せないまま、ぺこりと頭を下げて謝罪してきたのです。
「ごめんねぇ~, ついついからかいたくなっちゃんだぁ。えっと、貴女さんは?」
どうやら、お喋りができるタイプのようです。
「と……遠野、ハンナですの……」
「ハンナちゃんねぇ~。で、そっち……は……」
少女の視線が、私へと移りました。
「はい、橘シェリーです。――あの、私の顔に、何か付いていますか?」
少女は、私の名前を聞いた瞬間に、彫刻のように硬直してしまいました。
そして数秒の後。
何かに激しく感極まったような、震える声で喋りだしたのです。
「橘シェリー……! もしかして、●●●●の、橘シェリー!?」
私は、自分が小さい頃にいた施設の名前を突如として告げられ、全身の血が引くように身体を強張らせました。
(……どうして、この人はその場所を知っているんでしょう?)
けれど、彼女の声音には私を責めるような色は一切ありませんでした。
いたって明るく、敵意のようなものも全く感じられません。
隠す必要は無いと考えた私は、自分でも珍しく、ただ小さく首を縦に振るだけで答えました。
「やっぱり~! 私だよぉ! 寿《ことぶき》リアン! 一緒にあの【地獄】にいた、リアンだよぉ」
「……リアン……。あぁ、そういえば、そんな子がいたような気がします。……ごめんなさい、私、昔の記憶の解像度がそんなに細かくないんですよね」
本当のことを言えば、今の私は大切な記憶がぽっかりと抜け落ちているので、彼女が本当に一緒の施設にいたのかどうかすら分かりません。
だけど、今はとりあえず話を合わせることにしました。
「あははぁ~! そりゃあそうだよぉ~。一度も会話したことない、ただの施設で一緒だった程度の間柄だしぃ」
リアンさんはそう言いながらポケットからスマートフォンを取り出し、自動販売機で別の飲み物を買い足しました。
先ほどから完全に私とリアンさんだけの世界になっていましたが、ハンナさんは私たちが話している間にどうにか呼吸を整えられたようです。
ようやく平静を取り戻した様子で、ハンナさんが横からリアンさんに質問を投げかけました。
「ふぅ……。えっと……。つまり、お二人はほぼ他人、ということですの?」
「はい~」
「や、やはり、ただのおかしな人ですわー!」
「あはは~, まぁ自覚はあるねぇ~。そうだ、コレ、飲むぅ?」
リアンさんは、自動販売機から取り出したばかりのスポーツドリンクを、ハンナさんの方へと差し出しました。
「あ、ありがとうですわ……っ」
先ほど全速力で走ったせいで、ハンナさんの喉はカラカラに渇ききっていたのでしょう。
普段のお上品なしぐさも忘れて、すぐにキャップを開けました。
そのまま空を仰ぐくらいに首と腰をぐっと曲げて、ぐびぐび、と勢いよく喉を鳴らして流し込みます。
冷たい水分を求めていた身体に吸い込まれるように、ものの数秒でスポーツドリンクは空っぽになってしまいました。
「ぷはぁ! ……ふぅ。ありがとうございますわ、リアンさん」
「2回も言わなくていいよいいよ~、それより二人とも、ここは今【立ち入り禁止】だって聞いてなかったかな? それか、あそこにある看板を見てない?」
「え? あー……。そういえば、さっきからこの広い公園に、私たち以外の人が一人も見当たりませんわね……」
「あははは……。そう、ですね……」
私は引きつった笑みを浮かべながら、そっと視線を逸らしました。
(……そういえば、公園に入るときにボクが勢いよく踏み砕いちゃった木切れって、もしかしてその【立ち入り禁止】の看板でしたかね……)
私がそんなことを考えているのが、薄々、表情から読み取れてしまったのでしょう。
ハンナさんがじりじりと、私の方へと詰め寄ってきました。
私の目が泳ぎ始めたのを見て、ハンナさんはより確信を深めたようです。
「シェリーさぁぁん?」
「ご、ごめんなさーい!」
「……ふふ」
逃げるシェリーと、それを怒って追いかけるハンナの追いかけっこ。
リアンは薄い笑みを浮かべて、その様子を静かに見つめているのであった。
聖女教 教皇
春日井ジウ
「おばあちゃんは魔女も人間も同じだと思ってますよ」
プロフィール
幼い外見ながら蘊蓄に長けた様子を見せ、魔女の楽園 アビゲイルの実質的支配者。
今は亡き聖女教教祖の娘であり、ヘクセンハウスのリンネとは旧知の仲でわりと砕けた会話が度々散見される。性格は温厚で融和的、自分のことをおばあちゃんと呼び、誰に対しても優しく対応する。しかし慈愛に満ちた彼女を人によってはどこか作られたような言動に思え、時々空虚な顔をしているところを目撃されている。
魔法 無し? トラウマ ●● 誕生日 7月7日
原罪 絶対的聖女 身長138cm 体重46kg